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71.本物の管理人


 背後を見遣り、誰にも見られていないことを確かめながら、薄暗い廊下へと歩を進める。

 鈍く錆びた鍵束から聞こえる音に気が触れる。一つ舌打ちを落として、大きくそびえたつドアの前で私は立ち止まった。

 異端者という烙印を押された白マント(レイネル・ハルマ)の姿は、他の者にはどう映っているのか。想像で事足りるほどには、自分の背負うマントの意味は分かっている。

 鍵束から、黒いリボンが巻き付けられた一つを手に取る。鍵穴に押し込み、時計の針が決して向かない方向へ手首を捻った。感覚がなく、不思議に思いながら手を掛けると、そのままドアに隙間が出来た。

 ドアを開けると、薄暗い空間に、人間の匂いがした。

 簡素な三つのベッドのうち二つに、それぞれ人間が眠っている。二人とも女の身体を持っていると見ずにも分かる。

 そっとドアを閉め、中へと歩を進める。奥側にいた女のブランケットを剥ぐと、薄い白のワンピースを纏った全身傷だらけの身体が現れた。抉られたような傷跡である。

「……ミーシャ。」

 女の目は開かない。二年前、吸血鬼に怯えて揺れていた琥珀の瞳は、完全に目蓋に隠れてしまっている。それでも、身体に血が通っていることははっきりとわかる肌の色だった。

「貴女も死にませんか。そうですか。」

 我ながら冷たい声だと思った。未だ目を覚まさない女の頬を一つ撫でてから、私は手袋を外した。


「……殺したのか?」

 掠れた荒削りな声が聞こえ、視線だけを後ろに向ける。絶対に人に見つからないと思っていたのに。

「お疲れ様です、ウィリアンさん。」

 気に入りの鈍器を手に持った屈強な男、C班所属のウィリアン・ネーロ。うねるネイビーのハーフアップと、ホリゾンブルーの瞳。好戦的で、無遠慮。子細は知らないが、同じC班のコルリ・メッセは彼を心底嫌っているらしい。

「……どのようにして、此処まで来られたのです?普段は決して立ち入らない場所でしょうに。」

「この間見つけた。引いてみたら開いたものでな。」

 鍵を壊すなと言いたくなったが、そのまま口を噤んだ。何を言ったところで、この男には届くまい。

「ミーシャもアイサも、こんな所に安置されていたのか。」

 ウィリアンは、ベッドに眠る二人を眺めながら言った。彼女らは、アイサが一年前、ミーシャが二年前、鏡の奥へ贄として送られてきた少女だ。アナリーにこの様子を見せることは一度とてないだろうが、とある事情で此処に眠らせているまま。

 そして、この管理場が、誰も知らない私の居所であった。はずだった。

「生きてますよ。」

「殺しておらんのか。つまらぬ。」

 深いことは考えず、思ったことをそのまま口に出しているようで、柔らかく表現を変えるようなこともせず彼は言う。彼女らにも私にも失敬だ。……思ったのみで口に留める。マントの黒が、いやでも目に入ったからだ。

「退出ください。私も出ます。……此処に来たことは人に話さないで下さいね、ウィリアンさん。ユーリスさんかもしくはスイレイさんに怒られますから。」

 心底つまらないと言いたげに、ウィリアンは外に出る。C班の所属を示す水色の石飾りが、黒いマントを留めているのが目に入った。

 嫌がらせのように皆、黒いマントをなびかせる。だから、表には出たくない。いいように使われ、好奇の目に晒されるのみなのだから。

 もう一人の白マントを思い出す。あの吸血鬼こそ、本物の白マントに違いないのだ。

 私にはどうしても、彼がE班のメンバーに守られているようにしか見えない。部屋から出てこないあの吸血鬼と、一度でも言葉を交わすことが出来たなら。

 ……私も少しは変われたかもしれないのに。

「此処に入ってはいけなかったのか。」

「ええ。私の(白マント)部屋ですから。」

 ウィリアンが、納得したかのような反応をする。そのまま部屋の外に出て、それ以上何も言わずに去っていく。

 勝手なものだ、マジョリティ(多数派)は。それを再度理解して、また黒いリボンの鍵を持った。

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