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69.自分の為の優しさ


「アナリー、アイツ(メリノ)は後で俺がシメとくんで、今日はご容赦ください。」

 ようやっと食事を始めた私に、B班所属の世話焼き吸血鬼、ガドロブ・ボーワが遠い目をしながら言った。普段からお気楽吸血鬼のストッパーを務めているガドロブの、切実すぎる要望だった。

「私は全然大丈夫だけど……。あ、そうだ。噛み跡だけ消してくれない?」

 掻っ攫うように血を吸って去っていったからメリノに忘れられたみたいで、私の首筋には刺された傷跡が二つ残っていた。

 ガドロブは「ああ、すみません……」と項垂れながら、私の首にそっと触れて、噛み跡を撫でた。すると、傷は跡形もなく消え去った。

「ありがとう。」

「いや、これはこっちが悪いんで。俺の監督責任っすよ。」

 同室のガドロブとドークローは顔を見合わせ、困ったもんだと苦笑する。私はドークローが持ってきてくれたオムレツを口に含みながら、その二人を眺めていた。

 逆立った赤髪にラベンダーの虹彩、筋骨隆々な身体にファンシーなエプロンのドークロー・ヨイノ。そして、ブラウンが一房混じったオールドブルーの長髪をお団子に纏めて、ローアンバーの虹彩を優しく瞬かせるガドロブ・ボーワ。家庭的と世話焼きな二人で、集落『スファラ』の保護者コンビとして成り立っているのではと思う二人。

 その二人が集結してるB班って、実は最強なのでは……。

「何か考え事っすか?」

 ありゃ、視線バレた。

「いやー、ガドロブ、『スファラ』の見守り役みたいだなって。ドークローもだけど……。」

 頭に疑問符を浮かべて首を傾げるガドロブに思ったことを素直に口にすると、彼は「え?」と腑抜けたような声を上げた。

「アンタには、メリノを叱ってる様子くらいしか見せてないと思うんすけどね……。」

「割と色々な所にいるわよね。ちょこちょこ見るわよ?」

 仕事がない日でも農作業を手伝ってみたり、洗濯場での水汲みもやってくれてたりする。細かなところで、ガドロブの姿がちらついているのだから。昨日か一昨日にも、それぞれの(ユーリス、ハーゲッデ)班のリーダー達(ノリス、サムス、キラ)に頼まれごとしてたの見たし。

「優しいなと思いながら、お世話になってるわ。いつもありがとうね。」

「え、ああ、いや……。」

 ガドロブは頬をかきながら、なぜか曇った顔で目線をずらした。私の視界の端にいるドークローは、ガドロブの様子を感じ取ると、我関せずと言った具合に調理器具を片付け始めた。

「優しいなんて、そんな綺麗なものじゃないっすよ、俺は。打算的というか利己的というか。自分が何かミスをしたときに責められないよう、防波堤を造ってるようなもんなんで……。」

 ガドロブの口から、はは、と乾いた笑いが零れた。

「完全な悪意を向けられるの、苦手……というか、無理なんすよ。だからこそ、借りにもならない小さな借りを作ろうとしているというか……。つまりは自分の為です。」

 私は、キャロットシチューのお皿を空にしながらガドロブの話を聞いていた。弱々しく「すみませ……」と呟いているところを見るに、嘘をついているわけではないらしい。

 ……別に、打算で人に優しくするなんてありふれた話だと思うのだけど。

「普通のことじゃないの?」

 動揺しているガドロブの表情に、私が疑問を覚えてしまうのだけど……。昔、何か言われたの?

「自分がこうしたから、相手はこうしてくれるはず!そうじゃなきゃおかしい!と見返りを求めているならまだしも、違うでしょ?自分が動ける時に動く、貴方がやっているのはただ純粋なことよ。

 人に優しさを与えることに疲れているのなら、しなければいい。でもそういうわけでもない。仮に打算であったとしても、それに救われた者だって多くいる。だから、自分に負担だという意味で後悔することはあれど、利己的だ傲慢だと自分を責める必要はないと思うの。」

 人の考えなんて、簡単には変えられないのでね。自責してしまうものをひっくり返すことは難しいかもしれないけど。

「ガドロブ。貴方、そばにいるメリノに言われていたじゃない。貴方は自分から、厄介事を背負(しょ)い込みにいく性質(タチ)だって。人を助けること、好きだという思いもあるんじゃない?」

「……。」

 視線を彷徨わせるガドロブの頭に、片付けを終えたらしいドークローの手が載せられた。あのファンシーなエプロンはお役御免となったみたい。

「お前が根回しなぞしなくても他の奴らはお前を支えるぞ。打算的になぞ誰も見ていない。ただ優しさを受け取られているだけだ。」

 ガドロブが、ゆっくりと頷く。その様子に、ドークローも柔らかい表情を湛えて頷き返した。……早口すぎて、何言ってるのかあまり聞き取れなかったけど。

「そういう……もんすかね。まあ確かに、純粋に人の助けになれるのは嬉しいですからね。」

 それじゃ、気に病むもんでもないか。ガドロブは何処か明るくそう言った。私とドークローは、目線を合わせてこっそりと微笑みあった。

 綺麗に頂いたシチューとオムレツは、ほっとする味だった。

 

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