90.盗賊一家 Ⅴ
屍のように生き延びて、いつどうやって死のうかと考えることが一日の大半を占めるようになって数日後。その日は、一日中陽気な音楽が流れていた。耳が痛いほどの明るい音楽に、まともに動いてもいない思考が狂った。
「……リーピリーの祭りだな、ありゃ。」
ノアディルさんが、外をぼんやりと眺めながら呟いた。夜の闇を祝い祀る、マチレ村にある古くからの祭り。しかしその実態は、森の奥深くへ、若い女子供を供物にする事実を闇に葬るための空元気だと。森の奥には鏡があって、鏡の奥にある別の世界には、化け物がいるのだと。
「へー......。」
うっすらとした声しか浮かばない。心底どうでもいいと思った。けれど、若い女子供を供物にするという単語が、妙に引っかかっていた。
その子が嫌がっているのなら、俺がその子の代わりになればいいんじゃないか、と。
その日の夜、俺はノアディルさんの目を盗むようにして道場を出た。そして、この村に来てからずっと、入るなと言われ続けていた森、アスレタルト森林の中に入っていった。
当たり前だけど、手入れなんてされてない古森。跳ね返る草花で足が切れる。それでも、俺は奥へと進んだ。裸足のまま、道場でノアディルさんに着せられた服のままで。
ある程度歩くと、今年の供物にされたのであろう綺麗に飾られた服を纏った少女が現れた。そしてその奥に目を凝らすと、綺麗な姿見が置いてある。
少女は俺の姿を見て怯えたけれど、俺が無言で今までの道を引き返すように指を指すと、全て理解して引き返していった。
誰もいなくなった森の中で、鏡に触れてみる。水に触れているみたいに境界線がなくなって、体温がゾッと奪われる。
鏡の中に、化け物がいるんだろう。次目を覚ますときは、きっとあの世だ。
これで、良いんだ。やっと、あの人達のところへ行ける__。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
「どちら様ですか?」
冷たい声に目を覚ました。倒れていた状態から頭を上げると、完璧に計算された、それでいて怒りが抑えきれていなさそうな綺麗な笑みを浮かべた男が立っていた。
スノーホワイトの外ハネの短髪に白いマント。薄暗いその空間には似合わない優麗な男は、俺に質問を投げかけているようだった。
「ここは、化け物の供物が来るところだって……。」
「ええ。貴方ではありません。間違えたのならお帰りなさい。今ならまだ間に合います。」
冷たい男の指先は、俺の後ろの空間を指差しているようだった。
俺は恐る恐る後ろを振り返り、そして目を見開いた。
俺の後ろにあったのは、森にもあったあの鏡。でも、俺が驚いたのはそれじゃない。
一面が砂でできた世界。真っ白な砂で覆われて、地平線まで白が続いている。そして、その上にあるのは星空。体の中の何かが吸い込まれて奪われていると錯覚するほどに綺麗なそれは、真っ暗闇の中で痛いほどに存在感を放っていた。
なんて、なんて綺麗なんだろう。父さんが盗んでくる宝に囲まれたって、きっとこんな世界は見えやしない。
これが死の世界だと言うなら、命の終だと言うのなら、俺はまだ、この死は俺の身には余る。
俺はまだ、こんなに美しい恩恵を受けられるほど、綺麗な生き方なんてしていない。
「......大丈夫ですか?意識あります?」
白髪の男が、座り込んで放心していた俺の顔を見下ろし、微笑みながら溜息を吐いた。吞まれるほどに綺麗なその男も、俺には死への一部に見えた。
男は、俺と俺の背後へ目線を動かした後、諦めたように首を鳴らすと、俺の胸倉を掴んで俺を引き摺った。
「たった今、鏡が閉じました。最低でもあと一年、貴方は此処から出ることが出来ません。あの男に......、ユーリス・ビディに報告します。」
体力がなくなっていた俺は、その男の歩幅に合わせることができず、そのまま引き摺られていた。途中で腹が立ったのかそれとも疲れたのか、呪文の単語を吐かれた挙句、俺は薄っすらと宙へ浮かされた。
真っ白な砂漠の中、俺は知らない砂の城へと連れていかれながら、俺は何も考える気が起きないままに辺りを見回していた。
此処からどこに連れていかれるのか、目の前のこの男は誰なのか。何も、分からないまま。




