48.異族の里
一行が目指したのは、森の畔にある種族の村だ。
リーナ河を渡り、東岸にそって上流である南へ三日ほど上り支流にぶつかったところで、進路を東へと変え、さらに五日ほど。
小さな泉を囲んで十数棟の小屋が建ち並ぶ、小規模な集落へ到着した。
里と告げたが、実は単なる中継地にすぎない。
ジーンはとりあえずここまでホルスを案内し、そこから先のことは王の指示を仰ぐつもりだった。
この村には、普段はエルブル族のほか猴族や狼族など数種の種族が常駐しているが、事前に連絡が届いていたため、一行が到着した時には、エルブル族以外の全員が姿を消していた。
ジーンは、空き小屋の一つを提供し、ホルスとその従者となる十名ほどの兵士を迎え入れた。
「お疲れでしょう。水を汲んで参ります」
「ああ、お気遣いなく。それくらいは自分たちでやりますよ」
「そうですか。ではしばらくこちらでお休みください。出歩くのも、とくに制限などございませんが、あまり遠くには行かれませんよう。
わからないことは、近くの者にお尋ね下さい。エルブルの者はみなロスコア語を解しますれば。
それから、狩をする時には必ずエルブルの者をお連れ下さい」
「森の掟には従いましょう。禁忌などもあるでしょうし」
「いえ、そうではなく。獲物と間違えて種族の仲間に矢を向けたりしないようにです」
ホルスは、その言葉に頭を掻いた。
「それは思い至りませんでした。なるほど、我らにはお仲間と獲物の区別などつきませんからね。無礼を働かぬよう、十分に注意いたします。
それで、我々はいつまでここに滞在すればよいのでしょう」
「そうですね。王の裁可をいただく必要がありますので、伝達を頼まねばなりません」
「できれば、ツンドゥールカの近くまでは進みたいと思うのですが。伝令を走らせるにしても、ここからでは往復で半年もかかってしまうでしょう」
「いえいえ、それほどはかかりません。十日もあれば」
「十日ですって? いったいどうやって」
「種族には、翼持つ者もおりますれば」
「あっ……」
ホルスは、衝撃を受けたように黙り込んでしまう。
王家の一員として戦略的な視点と考察力を持つ彼は、空を制することの重要さはもとより、情報の価値も充分に理解している。
馬よりも速く、伝書鳥よりも確実に情報を伝える有翼族の有用性は、計り知れない。
「鳥の種族ですか? それとも飛龍でしょうか。ぜひともお目通りを願いたい」
「さあ、それは難しいかと。
鳥族はとても気難しく気まぐれで、警戒心も強く、人間族に姿を見られることを厭います。
それに、先ほどは十日と申しましたが、彼の者らがいつこの里を訪れるかも、あちらまかせという次第でありまして」
「そうですか、それは残念です」
ジーンは、翼と告げた瞬間のホルスの反応に、うかつに口を滑らせてしまったと思い直し、とっさに若干の嘘を混えた。
鳥族が警戒心が強いのは本当だが、実は近くの森に暮らしており、呼子を吹けばすぐに、文字通り飛んできてくれるのだ。
だがこの公子の観察眼には、姿を見せるだけでどれほどの情報を与えることになるか、想像もつかない。
人間の頭脳は、種族の持つどんな爪や牙よりもずっと鋭いのだということを、ジーンは改めて思い返していた。
「ともあれ、慌てることはありません。しばらくはお体を休めていただきましょう。
陽が落ちぬうちに、小川で沐浴などされてはいかがですか」
「はい、そうさせていただきます」
―――※―――※―――
その日の夜、ジーンは人間たちが寝静まったのを見計らって、集落を出た。
後方を気にしながら小川沿いの小道を登り、しばらく歩いて小さな草地に出る。そこで、呼子を吹いた。
「チ――……! チ――……!」
人間の聴力ではとらえられず、ジーンの耳でも虫の音のような微音が聞こえるのみだ。だが、鳥族には確実に届く笛音が出ているはず。
それが間違いでないことは、ほどなく黒い大きな影が、つむじ風とともに舞い降りてきたことで証明された。
「こんばんは、カエカ。急に呼び出してすまないね」
「クワッカカカッ! なんのなんの、ジーンさんのご用とあらばいつ何時でもはせ参じますともよ。カカッ」
巨大な翼をバサリと一打ちし、大きく開いたくちばしから甲高い笑い声を放ちながら、ジーンを見下ろす。
鳳族の長、カエカ・ドーだ。
「カカカッ。ところで、今日は人間たちを捕えてきたんじゃなかったのでは? かなうならば、おすそ分けを願いたいものですが」
「ああ、申し訳ないが今回は駄目だ。獲物じゃなくて客なんだ」
「それは残念。でも大勢いるのでしょう? 一匹くらいは」
鳳族は、肉食だ。
その名の通り鳥族の中でも際立って大柄で、ときに飛竜ですら獲物とする。
性質は陽気にして獰猛。かれらにとって、地を這う者など単なる餌にすぎず、対等に口をきく相手とも思っていない。
でもなぜか、エルブルの一族のみには敬意を示すのだ。
これははるか古の時代、とあるエルブルが育てた雛が鳳族の王となったことが始まりだと伝えられているが、確かなことは誰にも判らない。
ともあれ、彼とジーンに限って言えば、二者は幼少の頃からの付き合いであり、そこに交わされる友誼は、単なる族長同士のしきたりを越えたものであることは確かだ。
近頃のエルブル族の動向についても理解を示し、労を惜しまず協力してくれる。
ただ一つの困りごとは、先の大戦時にジーンに付き添って戦場に向かった際に、人間の肉の味を覚えてしまったことだ。
それからも度々、草原に出向いては人間を襲っているらしい。
もっとも、彼らなりに相手は選んでいるそうで、武器を持って向かってくるのみに限っている。逃げる者は追わないとのことだ。
「王さま(ヴィー)の言いつけですからね。喰らうのは生意気な奴だけにしてますよ」
「用事というのは、その王のことなんだ。すまないけど、届け物を頼まれてくれないか」
「えっ、王に? 王に会いに行っていいんですか? クワッカカッ!」
嬉しそうに翼を広げ、バサバサと振る。知らぬ者には恐ろしい威嚇としか見えないが、彼ら鳳族にとっては喜びの表現だ。




