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47.桟橋の旅連れ



 ガガールン大公領は、かつてはモルゴン王国と並ぶ独立王国だった。

 成り立ちは東部地域を支配するロスコア帝国と等しく、北大陸中央部に割拠していた小国を併合した結果だ。

 ガガールン王家はロスコア帝室とは縁戚関係にあり、両者の関係は形式的には良好であった。

 だが、東西交易路の通過点ということ以外に大きな産業を持たない王国と、大海に面し東原世界との直接交易により経済、文化ともに最先端を走る帝国との国力の差は、歴然だった。

 結果、武力による侵略こそなかったものの、帝国の圧力に屈する形で併呑されることになったのも、歴史の必然と言えよう。

 以来ガガールン王家は、大公家へと位を下げ、領地の半分以上を献上することを対価として、辛うじて自治を認められていたのだった。


 ガガールンスクの河港は、かつての栄華のなごりを形に残す、海港にも劣らぬ巨大施設だ。

 石組みの強固な岸壁と、川面に突き出した何本もの桟橋。そこに係留されている渡河船は、航海船とも見まごう船格をほこり、それぞれ一本または二本の帆柱をそなえている。

 航海船との違いは、広い甲板が荷馬車が桟橋からそのまま乗り込めるくらいの低位置にあることと、船底も平坦な造りとなっていること。

 この構造は、海と違って高波の心配がなく、代わりに浅瀬での座礁を避ける必要があるためだ。

 動力はもちろん風まかせ、と言っては失礼にあたる。船の運航は、風帆を操る船員の腕に委ねられているのだ。


「ジーン・エルバ殿」


 河港に着き、桟橋に脚をかけようとしたところで、背後から声をかけられた。

 振り返ると、先ほど面会したばかりの二人の若者が立っていた。


「おお、これはストラヴォク殿にホルス殿」

「急ぎのところ申し訳ない。それにしても、ずいぶんと慌ただしい出立ですね。

 父も、ゆっくりと旧交を温めたいと申しておりましたのに」


 次期大公ストラヴォク・ガガールンは、御齢二十八歳の若者だ。

 実は、彼の上には二人の兄がいたのだが、不運にも先の大戦で失われてしまったため、三男である彼が後継者となっていた。

 ホルスは、二十五歳の末弟だ。

 兄弟にはもう一人、彼らの姉となる姫がいる。名をスワーニャといい、すでにロスコアの貴族家に嫁いでいる。


「それは大変失礼をいたしました。なにしろこの姿ですので、あまり人の眼に触れるのもよろしくなかろうと思いまして」

「そのようなことは、と言い難いのは当方の不徳と致すところです。お気をわずらわせてしまい、申し訳ありません。

 ともあれ、ジーン殿のご壮健な御姿にまみえることが出来ただけでも僥倖というもの。そのうえ過分な贈り物までいただき、御礼の申しようもありません」

「なんの。我が種族と大公領の友好を育てる糧と思えば、お安いものです。

 ところで」


 ジーンは、ストラヴォクの傍らに立つホルスの服装に、眼を細めた。

 わずかの時間に着替えたのか、先ほどの軍服とは違う平装、というより旅支度のような格好だ。そのうえご丁寧に、大きな雑嚢まで背負っている。


「ホルス殿下も、どちらかへお出かけですか」

「ええ、西域(モルゴン)へ。それからタイガの森の奥地と、できればツンドゥールカへも赴きたいと思っています」

「殿下」


 やはりそうくるか、と表情を暗くするジーンを、ホルスはさわやかな笑顔で見つめ返す。


「父の許しはいただいております。

 大公家の子弟として、見分を広め諸外国との友好に努めよと」


 諸外国、という良い様に苦笑が漏れかける。

 種族社会を対等の国家と認める、ということか。


「ストラヴォク殿下も、よろしいので?」


 するとストラヴォクは、息を吐きながら肩をすくめた。


「まさか、ちっともよろしくなんかありませんよ。

 弟ばかりがこんな楽しい思いをするなんて、不公平だと思いませんか? 私が代わってやりたいくらいです」

「兄上には、父上の補佐と軍大将という重要なお役目があるのです。

 軽々に領都を離れるわけにはいかないでしょう。お諦め下さい」

「ふん。これといった役のないお前は、身軽でいいな」

「何を言われますやら。私も、今回は大役を仰せつかっているのですよ。

 ジーン殿、ご覧ください。大公より、異族の王(ヴィー)に心ばかりの贈り物をお届けせよとの申し付けです」


 二人の背後、ホルスが指し示す先には、兵装をまとった従者に引かれた数輌の荷馬車。その荷台には、大きな麻袋が山と積まれている。


「麦(ミーロ)の籾と、ポタ芋です。食するも種にするもご随意にと。それから東部産の絹と、綿の織物など。それに酒樽も」

「おお、これは有難い。ですが、殿下のご同行は別問題です。

 西域(モルゴン)、それも人間の領域内であれば喜んでご案内いたしますが、森の深部やツンドゥールカへの旅となれば、危険は計り知れません。御身の安全を保証いたしかねます」

「困難は承知の上。多少は魔道の心得もありますので、自分の身くらいは守れますよ。いざとなれば、逃げ足にだって自信はあるのです」


 そう言って、悪戯っぽく笑う。

 ジーンは、この若者のことを生まれた時から知っている。幼年の頃から武芸に励み修練を積んできた実力は、間違いなくひとかどのものだ。

 そのうえ魔道=ゴウラの使い手となれば、逃げ足どころか、おそらく並の一角熊程度なら互角に渡り合えるだけの力量は備えているだろう。

 たしかに本人のいう通り、よほどの事が起きない限り長旅に問題はないはず。

 だが、そのよほどの事が起きないという保証も、どこにもないのだ。

 ましてや、種族の実態を人間の眼にさらすという点については、彼の裁量の範囲を明らかに越える。

 王(ヴィー)の判断を仰ぐ必要があった。


「わかりました。では、我らエルブルの里まではご招待しましょう。その先のことは、また改めて」

「おお、それは有難い。ご厚意に感謝いたします」


 破顔して頭を下げるホルスを見つめるジーンの眼には、慈しみの色がにじんでいる。

 長命なエルブル族である彼は、ガガールン一族とは交易を通して数代にわたる交流を続けている。

 この若者に対しても、身内に近い感情を抱いていた。


 たとえ異族間であっても、心を通わすことはできる。

 その事実を互いに認め合うことさえすれできれば、種族と人間族の和平も、決して不可能ではないはずなのだが。




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