49.翼の使者
「王に! 王に会える! クゥワッカカカカッ! カカカカッ! カカカカアーッ!」
大声をあげて踊りまわるカエカ・ドーに、ジーンは苦笑いをもらす。
「こらこら、嬉しいのはわかるがそんなに騒ぐな。人間たちに気付かれたらどうする」
「カカカッ、これは失礼。でもでも、べつに気付かれたってかまわないのでは?
ボクはぜんぜん平気ですよ」
「その点も含めて、王の判断を仰ぎたいんだ。我々の情報を、どこまで明らかにしていいのかをね」
「ふうん? それでそれで、ボクは何て言えばいいのですか。王にそれを伝えて、返事を聞いてくればいいんでしょ?」
「用件は手紙にしたためた。これを、王に渡して欲しい」
そう言って一通の封書を見せると、カエカは怪訝そうに首をかしげた。
「それはなに? テガミってなに?」
「人間が使っている通信手段だ。この中に、言葉を絵図に写した文字というもので、王への相談事を記してある。
これを見せれば、王は同じように返事を手紙にしてくれるはずだ。それを持ち帰ってくれ」
「モジって? それは乾いた葉っぱ? 皮じゃないですよね、獣の匂いがしないし。うーん、よくわかりません。クワワ」
種族に、文字という文化はない。
いや、はるか古代にはあったはずだということは、ツンドゥールカの遺跡に残されていた数々の碑銘や刻印から推測されるが、それも今は途絶えてしまっている。
エルブル族が使っているのは、ロスコア語の文字だ。
ジーンは、やれやれ仕方がないと封を解き、中の手紙を広げて見せた。
「ほら、これが手紙。ここにある細かい模様みたいなものが、文字だよ」
「クワワー、ふうーん。なるほどなるほどー」
と、ジーンが掲げた紙切れをのぞき込んで感心してみせるが、何も理解していないのは明らかだ。
「うん、よく判りました。つまり、あれだ。テガミなんですね」
「そうだよ、手紙だ」
納得したというより、どうやら考えるのを放棄したようだ。
ジーンはふたたび手紙を畳むと、長い紐のついた皮製の鞄にしまった。
「ちょっと頭を下げてくれ」
カエカが素直に従うと、紐を首にかけ、固く縛った。
「きつくないか?」
「うん、平気。でもちょっと変な感じです」
「大事なものだから、落とさないでくれよ」
「わかってますともわかってますとも! 大事な大事な、王への手紙! ねえねえジーンさん、これを届けたら王さま(ヴィー)は褒めてくれますかね」
「ああ、もちろんだ」
「クワッ! クワッ! カカカカッ!」
ヴィーラグアは以前、鳥族の主だった者を集めて飛翔の勝負をしたことがある。
もちろん、速度においても高度にかなう者などいるはずもなく、このカエカも、その力強さと美しさを目の当たりにして、すっかり心酔してしまったのだ。
「クワワッ。じゃあ、行ってきますね」
カエカはそう言い残すと、ジーンの挨拶も待たずに飛び立ってしまった。
見上げる視界の中で、星のきらめきを遮る黒い影はすぐに小さくなり、夜空に溶け込んで消え去った。
「やれやれ、あいかわらずせっかちなことだ」
鳥族の習性として、あれこれ考えるのは苦手らしい。
が、短気で付き合いづらいというわけでもなく、性格がまったく異なるエルブル族とも、上手くやれている。
どうやら、面倒なことはこちらに任せて、言われた通りにやるのが一番気楽だと考えているようだ。
「さて、あとは王のお考え次第だが」
おそらく、人間たちは歓迎されることになるだろう。
そこまでは良いとして、問題は、種族の情報をどこまで開示するかだ。
彼としては、王の姿こそ一番秘匿したい情報なのだが、すでに戦場において数多くの眼にさらしてしまっている。
むしろ龍人の姿を見せて安心させるべきかとも思うが、安心を通り越して侮られる要因となる懸念もある。
ホルスという人間は信用できる、これは確かなことだ。が、彼の持ち帰る情報が人間界にどう伝わり、どう受け止められるかが問題なのだ。
ガガールン大公にはうまく立ち回って欲しいが、まさか同族を裏切れとまで望むわけにはいかない。
知らなければ、それまでのこと。
余計な情報は、彼らにとっても重荷となるだろう。
敵ではなく味方として、こちら側にもわきまえるべき節度があると、ジーンは考えていた。




