2話
「き、貴様あああああああああああ!!」
ファトマが鼻血を吹き出しながら怒り狂う。
ファトマは貴族の美醜感覚からいうとイケメンの類いであり、公爵令息という身分もあって今までこんな事が起きた事は無かった。そしてこれからも起きる予定は無かったはずだった。
にもかかわらず、肌黒で細身の男に殴られ醜態を晒している。
ファトマには許せるはずもなかった。
「貴様!許さんぞ!田舎者のブサイクの分際で!」
「ファトマ殿。殴ってしまったのは申し訳ありません、手が滑りました。ですが、まず彼女に謝ってもらえませんか?婚約者としても貴族令息としても先程のは不適切かと思います」
「うるさい!田舎者め!俺に指図するな!俺には王族の高貴な血が入っているのだぞ!お前ごときに何か言われる筋合いは無い!絶対に殺してやるからな!」
ファトマはそう言って懐から短刀を取り出す。
対してこちらは素手。
「サンクレド様!逃げてください!ファトマ様がこうなったら止めることが出来る人なんて…」
フィーリア嬢が顔を白くしながら俺を心配してくれている。
もうそれだけで勝てるに決まっている!
周りの令息令嬢が動けない中、サンクレドとファトマが対峙し、双方が動きだそうとしたところで、
「何の騒ぎだ!」
と鋭い声がかかる。
周りにいた令息令嬢がハッと我にかえり、そちらを見てすぐ頭を垂れる。
貴族高等学校において全ての生徒が頭を足れる存在はただ1人。
少しふくよかではあるが、健康的で筋肉質なガレル王子が側近を連れて登場した。
ファトマは彼にとって従兄のガレルが来たことで、優位に事が進められるとほくそ笑む。
「ファトマ」
「ハッ」
「何故お前は短刀を同じ学舎に通うものに向けている」
「この者が私に対して無礼な事をしでかしたので、処分をと思いまして」
「ふむ、では君は?名はなんと言う?」
「サンクレド・エクス。士爵であります」
「士爵?令息ではなく?」
「私個人として士爵位を陛下より賜っております」
まさか令嬢令息の集まりの中に爵位を既に持っている者がいるとは誰も思わず、周囲もざわつく。友人達ですら知らない事であり、彼らも目を丸くして驚いている。
まさかこんな時にバレるとは。
「ではサンクレド士爵に問う。何故このような騒ぎになったのだ?」
「ガレル兄、あいつが「お前は黙っていろ」…はい…」
「ファトマ公爵令息がフィーリア嬢の尊厳を踏みにじるような事を言っておりましたので止めました」
「成る程。ファトマ、隣にいる女は何故そこにいる?お前の婚約者はこちらのフィーリア嬢のはずだろう?」
「そんな女なぞいりませぬ!口も煩ければ見目も悪い!フィーリアとは婚約破棄して、ラディスと婚約いたします!」
「ふむ。ではフィーリア嬢、貴女はファトマとの婚約についてどう思う?」
「わ、私としてはファトマ様に何も言っても聞いてくださいませんし、ラディス様と幾度も連れ添っている姿も見ておりましたし…婚約破棄になるのは構いません」
「わかった。ではこのガレルが証人となる。今この時をもってファトマとフィーリア嬢の婚約を白紙に戻し、ファトマとラディス嬢の婚約を認める。後ほど各家に私から証文を送る。サンクレド子爵、フィーリア嬢。少しついてきてもらえるだろうか」
そう言ってガレル王子とその側近は去っていく。
俺はフィーリア嬢が立ち上がるのに手を貸し、ガレル王子達の後をついていく。
後方では「では、私達結婚できるのですね!ファトマ様!」「あぁ!王子が証人となってくださった!俺達は結婚できるぞ!」
と白デブとデブが重なりあう見たくもない光景が広がっていた。
少し離れた場所にある王族用の談話室に入る。
「さて、歩かせてしまってすまないな。フィーリア嬢、この度はファトマがすまなかった、白紙と言ったが公爵家有責で破棄にするように叔父である公爵に了解はとってあるから心配しないでくれ」
「え…殿下、公爵の了解とは何でしょうか?」
「ああ、説明が不足していたな。我々も学園においてファトマの横暴については聞いていてな、常々公爵には報告していたのだ。公爵としては聡明なフィーリア嬢を嫁に欲しかったみたいではあるが、大事になればフィーリア嬢のためにも婚約破棄もやむを得ないと言ってもらっている」
「そうなのでしたか…ファトマ様以外の公爵家の方々には親切にして頂いておりましたし申し訳ない気持ちもありますけど…」
「気にしないで大丈夫だ。このような事態になるまでファトマを裁けない我々にも責任はある。申し訳なかった」
ガレル王子は頭を下げて、フィーリア嬢に謝罪する。
なんで王家や公爵家はこんなにまともなのにあんなワガママデブが育つのか?
絶対何か環境の改善とか考えた方がいいと思うけどな。
「さて、サンクレド。久しぶりだな」




