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地下水路はとても暗い。カビと泥の匂いが混じった独特の匂いが鼻をつく。地下水路は足音が響きやすいので少し心配だったが水路を流れる水の音のおかげで問題無いようだ。
オーガスタと距離をとって歩くフェイトの視界の頼りは、オーガスタ本人が持つランタンの灯火だけ。足元を注意して歩かないと躓いてしまいそうだが、それだけは絶対にできない。そんな事をしてしまえば尾行がバレてしまう。
張り詰めた緊張感の中、オーガスタを尾行して地下水路を歩いて行くと次第に前方が明るくなってきた。
その明かりはフェイト自身の身体も若干だが照らしていた為、フェイトはすかさず真っ直ぐ延びる通路から右に曲がれる通路に避けて壁に隠れた。
顔を少しだけ出して覗くとオーガスタが明かりの灯る方、右側に曲がって行く。完全に姿を消した所まで確認をした上で、オーガスタが曲がって行った所まで静かに歩いた。するとオーガスタの声が聞こえる。
「リーダーは居るか?」
「おやおや珍しい。お前がここに来るなんてな」
オーガスタは何者かと話をしている。相手は男の声だ。フェイトは姿勢を低くして静かに覗き込む。
「________‼︎」
フェイトは目を見開いて驚いた。オーガスタが曲がって行った方では想像もしてなかった光景が広がっていたからだ。
広い正方形の空間。石の床や壁に刻まれた複数の魔方陣。木箱や酒樽が部屋の隅に無造作に置かれている。だが、驚いたのはそこじゃない。
黒コートにフードを被った集団が居たからだ。一様に奇抜な仮面をつけている。フェイトや騎士団が行方を追っていたノワール・デスペラードだった。
(なんて数だ……)
見えるだけでも二十人ぐらいは居る。もう少ししっかりと確認したいがこれ以上顔を出す訳にはいかない。床や壁に刻まれた魔方陣はおそらく転移魔方の陣。ノワール・デスペラードの拠点はここだと把握した。
「リーダーは今居ない」
「ちっ! なんでリーダーが居ねーんだよ!」
空間の中心に居るオーガスタは声を上げている。苛ついているようだ。
「リーダーは常に忙しいんだよ。騎士なんてクソみたいな仕事してるお前と違ってな」
「誰のおかげで騎士団から逃れられてると思ってんだぁ? 俺らが情報提供してるからだろうが」
オーガスタの話を聞いて納得した事がある。何故、騎士団がノワール・デスペラードを捕まえられないのか。それは内通者が騎士団の中に居たからだ。
イレーナはいつも後手に回っている気がして悔しいと言っていた。確かに後手に回っていたのだろう。内通者が犯罪集団に協力していたのだから。
俺らって事はオーガスタ以外にも内通者がいるようだ。どうやって騎士と犯罪集団が繋がったのかは分からないが。
「はいはい。んでー? なんで騎士団のお前がこんなところに顔を出したんだ? 仕事はどーした?」
一人の黒コートの男がからかうように言い放つ。
「騎士を辞めさせられるかもしれないんだ! だから相談に来たんだよ!」
「お前まさか……。俺達との関係がバレたんじゃないよなぁー?」
「違ーよ! クソ野郎の所為でクビになりかけてるだけだ!」
「良くしらねーけど、お前一人駒が減っても中にはまだ居るんだ。クビになったら俺達の元に来たらいいじゃねーか」
一人の黒コートがそう言うと、他の黒コート達が不気味に笑い出した。その笑い声が地下水路に響き渡る。
「俺は狙ってる奴がいるんだ! だから騎士団を辞める訳にはいかない!」
オーガスタは怒鳴り声を上げる。
「あー? 狙ってる奴だぁー? 知るかよそんなもん」
黒コートの集団は再び笑い出す。最初からオーガスタの言葉に聞く耳を持っていないようだ。
フェイトが聞き耳を立てていると地下水路の奥から何者かが歩いて近づいてくる音が聞こえた。複数の人間の足音みたいでやけに大きく聞こえる。
(ここまでか……)
あまり深追いをすれば取り返しのつかない事態になりかねない。フェイトはすかさず立ち上がると足早に出口を目指した。暗くて視界は頼りにならないが一度は通った道だったので然程支障は無かった。
地下水路から出ると一目散に階段を駆け上がる。そしてギルド街の細い路地に逃げ込んだ。
細い路地を足早に歩くフェイト。彼には向かいたい場所があった。それはバージェスの兄弟がやっていたギルドが襲われた犯行現場である。そこで確認したい事ができたのだ。
その犯行現場である木造の建物にたどり着いたフェイトは、なんの迷いも無く部屋の中に入った。そして奥に繋がる廊下を歩いて突き進み、裏口の扉を開けて庭に出る。
庭に出たフェイトはすぐに地面を確認し始めた。推測が正しければ必ずあるはずのものを探すのだ。
「あった……」
フェイトの視線の先には四角い形をした鉄格子の蓋。その蓋の下は人が一人通れる程の穴が空いている。この穴に入って行った先はおそらく地下水路だ。
地下水路は職人が王都から以来されて点検や整備を行う事がある。その時にピンポイントで問題のあるところに行けるようにこういった穴が王都中の至る所に設けられているのだ。
犯罪集団、ノワール・デスペラードはこの穴を利用して犯罪を繰り返していると分かった。目標の地点までは地下水路を通って移動し、犯罪を犯した後は転移魔法で地下の拠点に逃げる。それが奴らの手口だと分かった。
「ふざけた真似をしやがって……」
巧妙に仕組まれた手口から奴らが如何に悪質な犯罪集団なのか分かった気がする。内通者のオーガスタの事といい、怒りが込み上げてきたフェイトであったが、その気持ちを抑えた。
そして、自分が知り得た情報を騎士団将軍のグラーマンに伝える為に城を目指すことにしたのだ。
情報はなるべく早くグラーマンに伝えた方が良いだろう。騎士団内部に潜入している内通者の数、また内通者の階級位置など気になる点は色々とあるが、王国騎士団将軍であるグラーマンなら何とかしてくれるはずだ。
それに王族地区内でオーガスタを拘束して尋問すれば内通者も割れるはず。後はグラーマンの指揮のもとで動く騎士団に任せれば何の問題もない。
ギルド街の大通りを真っ直ぐと歩いて貴族地区に入ったフェイトは、そのまま王族地区を目指す。やがて王族地区を囲む城壁の入り口に辿り着いたフェイトは警備をしている衛兵の男に声を掛けた。
「フェイト・ラーセンという者です。王国騎士団将軍に謁見をしたいのですが、お願いできますか?」
「ラーセン……。いや、登城許可証はあるか?」
鎧を着た衛兵はフェイトの性が気になった様子だ。しかし相手にはしてもらえた。
「登城許可証はありません。ただ、王国騎士団将軍からの話では、入り口の衛兵に話を通しておくとの事でした」
「分かった。確認をするので待っていろ」
衛兵はそう言い残して王族地区の中に消えて行く。しばらく待っていると姿を現して、こちらに向かって歩いてきた。
「確認が取れた。部屋までは俺が案内をする」
衛兵はそう言って手招きをする。フェイトは無言で頷くと衛兵の案内に従って城に入った。そしてグラーマンの居る部屋に辿り着く。扉を数回ノックするとグラーマンからの返事があった。それを聞いたフェイトは部屋の中に入る。
「ノワール・デスペラードについて何か分かったのだな」
部屋の窓側に置かれた机で何かしらの書類を手に持って見ていたグラーマンであったが、フェイトの姿を見るなり書類を机に置いた。
「はい。まず、犯罪集団の拠点と思しき場所をギルド街の地下水路で確認しました」
「地下水路……なるほど」
フェイトは自分が集めた情報を全てグラーマンに話す。拠点がギルド街の地下水路にあり、犯罪集団が水路を利用して犯罪を繰り返している事。奴らの巧妙な手口の数々。そして内通者の存在。
フェイトが一通りの説明を終えると、グラーマンは静かに目をつぶった。無言で何かを考えているようだ。静寂に包まれる部屋であったが、グラーマンはやがて口を開いた。
「オーガスタという騎士の捕縛は明日行い、それと並行して奇襲作戦を仕掛ける。フェイトよ」
「はい」
「お前は明日の作戦に加わりなさい」
「自分がですか?」
そのような提案をされるとは思わなかった。自分はあくまでも知り得た情報を教えるだけで、ここから先は騎士団の仕事のはずだからだ。
「そうだ。お前はノワール・デスペラードに一番近づく事ができた存在。作戦に加わる事でこちら側が有利になる」
「ですが……」
「それに内通者がいるのだ。お前の、外部の目が必要だと考えている。騎士団将軍ではなく私個人での頼みだ。受け入れてくれるか?」
グラーマンは固い表情でそう言った。鋭い視線をフェイトは感じる。グラーマンの頼みを聞く事になれば、騎士団と一緒に行動しなければならない事になる。少しだけ悩んでしまうが、グラーマンからの頼み事を断る事はフェイトにはできない。
「了解しました」
「助かる。お前の事情は知っている。なるべくお前が共に行動しやすい騎士団を同行させよう」
どうやらグラーマンはフェイトが騎士を辞めた経緯をしっているようだ。騎士を嫌っている事も。グラーマンの提案はフェイトにとって救いだった。
「自分が騎士の中で唯一行動しやすいのはイレーナ・バレンタイン小隊長です。イレーナの率いる小隊であれば問題ありません」
「イレーナ・バレンタイン……。分かった。その隊について調べておこう」
「ありがとうございます」
「早急に作戦を練らねばならん。お前はその間この部屋で待機していろ」
グラーマンの言葉に少し驚く。しかし、すぐに仕方ない事だと納得した。このまま城を出て行ってしまえば作戦内容が全く分からない。明日自分はどこに向かい、どう行動したらいいのか分からないのだ。
「了解しました」
グラーマンは無言でフェイトの返事を受け取る。そして部屋から出て行った。一人部屋に取り残されたフェイトは肩の力が急に抜けて、静かに息をこぼす。
やはりグラーマンとの会話は緊張するのだ。話ながら色々と考えてしまう。どう話そうかとか、どう思われているのだろうとか。
緊張感から開放されたフェイトは、静かな部屋で一人、グラーマンが帰ってくるまで待ったのだった。




