26ページ
不気味に静まり返った暗い牢屋に金属の軋む音が鳴り響いた。扉の開く音だ。牢屋の通路が扉から差し込む光で照らされる。そして人間の歩く音がした。
その足音は牢屋の中で拘束具をはめられたフェイトに近づいてくる。フェイトは尻もちをついて壁に背もたれをしていた。
「大丈夫? フェイト」
その足音の正体は騎士装束を着たイレーナだった。フェイトが牢屋にいる理由は墓地で勘違いをしたオーガスタに捕らえられたからである。酷い尋問を受けた所為で顔は腫れ上がり、身体のあちこちが痛い。
「あれからどれくらい経った?」
この牢屋に入れられてから何時間経ったのか分からなかった。時計も何もないのだから仕方ない。
「五時間くらいかな。フェイトを擁護する目撃者の調書が取れたから教えに来たの。本当に良かったわ」
エミリアは胸を撫で下ろしてそう言うと表情を曇らせた。
「ごめんなさいね、フェイト。色々と手続きが終わったら出れるからもう少し待ってね。それにオーガスタについてはしっかりと処分するから」
「早く出たいな。この城に居ると色々と思い出すから」
「エミリアさんの事ね……」
イレーナはそう言うと自身の腰の右側に吊るした二本の剣のうち、白い鞘に収まった方の剣を腰から取り外して身体の前に出した。
「三年前、教会に来たフェイトからこれを渡された時は何も知らなかったわ。エミリアさん達が死んだ事も……フェイトが騎士を辞めたことも……」
「…………」
「ある日突然、教会に来なくなったみんなが気がかりで、騎士になってすぐフェイト達を探したわ。その時に初めて知ったの」
「どう言えば良いのかわからなかったんだ……。すまないことをした」
「ううん、大丈夫。フェイトの気持ち分かるから」
「すまない」
「フェイトの話も酷いよ……。一人生き残ったフェイトの事をみんな口々に、仲間を見捨てた奴だとか仲間殺しだとか言ってるんだもん。ありえないよ」
「まぁ、その前から色々言われていたから仕方ないよ」
「でも! それでも……私は悔しい。フェイトが騎士を続けられないのはおかしいよ」
イレーナは剣幕な表情で言い放つ。
「自分の判断で騎士を辞めただけだから心配しなくても大丈夫だ。それにやりたい事もあったし」
「復讐……かしら……」
「どうしてそれを?」
フェイトは少し驚いた。エミリアにその手の話を言った事は無かったはずなのだ。何も知らないはずだった。
「今回の調査対象にオリバーさんの名前が挙がったの。それでフェイトの仕事内容とかの調書が取られたわ」
「オリバーさんに迷惑かけてしまったな。あとで謝らないと」
「うん。それでね? 調書にフェイトがよく東側……ネグロイト村やボナン渓谷での仕事ばかり引き受けている事が書かれていたわ。それを見た時にもしかしたらって……」
「その通りだよ……。小隊が襲われたのはボナン渓谷だったから色々と調べてたんだ」
「私嫌だよ? フェイトまでいなくなるのわ……」
「俺は大丈夫だ。一線を越えないようにしてるから」
「単独で魔物狩りするのも、一人で色々と調べたりするのもやめてほしいわ。いつ何があってもおかしくないもの」
「すまない……」
フェイトがそう言うと牢屋に一人の男の騎士が入ってきた。手には書類らしき紙を持っている。
「イレーナ小隊長」
騎士の男から呼ばれたイレーナはその男に歩み寄った。そして何かしらのやりとりをしている。それが終わると騎士の男から鍵を受け取って牢屋を開けてくれた。
「お待たせ。やっと出してあげれるわ」
「やっとか」
「拘束具を外したいから見せて」
フェイトはイレーナの指示に従って拘束具を見せる。するとイレーナは拘束具を外してくれた。フェイトは楽になった両腕を伸ばして軽くストレッチしながら立ち上がる。
「出口まではイレーナが?」
フェイトが質問をした。王族地区はもともと一般市民が入れるところではない。城ともなれば尚更だ。だから地区の外に出るまでの間は衛兵なり騎士なり、誰かが傍にいるはずだ。
「地区の外までは私がいるわ。ただ、ごめんなさい」
「ん? どうした?」
「騎士団将軍からフェイトを連れてくるように命令がきてるの」
「グラーマンさんが?」
少し驚いた。フェイトは騎士を辞めてから一度もグラーマンと会っていない。騎士団時代も会って話す機会は無かったので、もし会って話すなら六年ぶりぐらいになる。
「そうよ。将軍からの命令だから、私はフェイトを絶対に将軍の部屋に連れていかないといけないの。出るのはそれが終わってからね」
「会いたくないな……」
フェイトはグラーマンに会いづらかった。何も言わずに騎士を辞めたからだ。
「駄々を言わないでよね。連れていかないと私がやばいから」
イレーナの言葉を聞いたフェイトをため息をした。しかし、抵抗しても無駄だと諦める。そしてイレーナの案内をしてもらいながら城を歩いた。
グラーマンのいる騎士団将軍の部屋は城の上側らしい。長い廊下や階段を歩くのだが、たどり着くのにやや時間がかかった。
「私はここまでよ」
アーチ状の大きな両開き扉の前で立ち止まったイレーナがそう言った。どうやらこの扉の先が騎士団将軍の部屋らしい。
「わかった」
「外で待機してるわね」
「ああ」
フェイトは短く返事をして扉をノックした。
「誰かな?」
久しぶりに聞くグラーマンの声。
「フェイト・ラーセンです」
「入りなさい」
「失礼します」
フェイトはそう言って扉を開ける。そして部屋に入った。部屋の中は広い。高級そうな本棚が左右にずらりと並び、剣や槍、盾などが壁に飾られている。部屋の中心には長いテーブルとそれを挟むように置かれた二脚の青いソファー。
部屋の奥は一面ガラス張りで窓際の中心に机があった。グラーマンはその机に両肘をつけて椅子に座っている。フェイトはそんなグラーマンの前まで歩いて立ち止まった。
グラーマンの表情は硬い。何を考えているのか分からない程だ。そんなグラーマンが視線をフェイトに向ける。
「久しぶりだな」
「はい、グラーマンさん」
「怪我の具合はどうだ?」
「問題ありません」
「そうか」
グラーマンとの会話に緊張するフェイト。言葉を探りながら返事をしていく。
「お前を襲った黒コートの集団について話がある」
グラーマンは墓地でフェイトを襲った集団について心当たりがある口ぶりだ。
「はい」
「ここ数年、ノワール・デスペラードと名乗る犯罪集団が王都で暗躍しておるのだが、お前を対象に行われた今回の捜査報告書を見てみると共通するところがあった」
「ノワール・デスペラード。初めて聞く名前です」
「そいつらの服装は黒いコートにフードを被った者。顔には奇妙な仮面をつけているのが特徴だ。合ってるな?」
「はい。俺を襲った集団の特徴と一緒です」
「今回のような事、今までに似たような事はあったか?」
「いえ、人間に襲撃されたのは初めてです」
「何か襲われるような心当たりはあるか?」
「全くありません」
「そうか……」
グラーマンはそう呟くと座ったままフェイトに背中を向けて窓の外を見だした。
「なにぶん襲われたばかりだ。城を出た後はしっかりと用心するんだぞ」
「ご心配、ありがとうございます」
「もしも、ノワール・デスペラードについて何か分かった事があれば城に来て私に話せ。入り口の衛兵には伝えておく」
「わかりました」
「もうよいぞ。しっかり休め」
「はい。失礼します」
フェイトはそう言って部屋を後にする。外ではイレーナが立って待っていた。
「待たせたな」
「大丈夫よ。じゃあ行きましょうか」
イレーナの言葉に従って彼女の後ろを歩く。
「なぁ、イレーナ」
「どうしたの?」
「ノワール・デスペラードって集団の事で何か知ってる話とかないか?」
グラーマンから聞いた犯罪集団の事が気になっていたフェイトは、イレーナなら何か知っているかもしれないと思い、彼女から訊く事にした。
「あー最近王都で犯罪を犯している集団の事ね。何が知りたいの?」
「知ってる事ならなんでも」
「んー。目撃者の情報では黒コートにフード。奇妙な仮面をつけた奴らよ」
「それ以外では?」
その情報はもう知っている。というより実際に襲われた経験があるので必要のない情報だ。
「犯した犯罪は強盗、殺人、この他にも色々よ。小さなギルドや商人、騎士も襲われているわ」
「騎士まで殺られているのか?」
小さなギルドや商人ならいざ知らず、騎士まで襲っているとなると非常に厄介な集団かもしれない。ただの金銭目的なだけの盗賊なら決して騎士を襲ったりはしない。わざわざ敵に回したところで危険が増すだけだし、なんの利益にもならないからだ。
単なる盗賊連中と違って、なんらかの政治思想や復讐心を持った思想犯の可能性も出てくる。騎士団将軍のグラーマンまでもがノワール・デスペラードを気にしている理由が分かった気がした。
「そうよ。数年で十人以上の騎士が殺害されているわ。だから騎士団も総動員で捜査しているの。でもなかなか捕まえられていないわ。後手に回ってる気がして悔しい」
「そんなに危ない連中がなんでまた急に現れたんだろな。一体どこから……」
「そればかりは分からないわ。分かっていたらとっくに騎士団が壊滅に乗り出してるわよ」
「それはそうだが……」
「その件もそうだけど、本当無茶だけはしないでね。それだけは約束して」
「わかった」
フェイトは短く返事をする。その後は軽い雑談をしながら歩いた。城を出て王族地区の入り口まで着くと、フェイトはイレーナにお礼の言葉を言って別れる。そしてクロッカス亭に帰る為に歩き出したのだった。




