第6話:1対3の戦い
俺は長柄斧槍を握り締め、まずはブリジットに突進した。
クローヴィスが言う通り、三対一は不利な状況と考えて間違いない。
ただ俺は『順番に消滅させていけば良い』とも思っていた。
試合と違って自動回復する点も俺の有利に働くはずだ。
左側面に立つクローヴィスは、両手の回転式拳銃で俺の胸と腹を射撃した。
俺はクローヴィスの銃弾を回避せず、そのままブリジットの左脚を切断した。
俺に斬られた左脚は、上下を逆さまにして舞い上がり、三メートルほど離れた場所に落下した。
右脚で姿勢を保つブリジットは、右手の湾刀で俺の長柄斧槍を上から叩いた。
ほぼ同時に、左手の湾刀で俺の首を狙った。
しかし、重心が崩れているからか、どちらの攻撃も遅く非力だった。
俺は長柄斧槍を素早く引き戻し、今度はブリジットの右脚を吹っ飛ばした。
両脚を失って地に伏したブリジットは、仰向けになり、二本の湾刀で頭部を守った。
俺はブリジットに接近し、下腹部から順にスライスしてやった。
俺が長柄斧槍を振るたびに幅約五センチの輪切り肉が生み出された。
俺の一振りはセントラル内時間でコンマ一秒しかかからないため、ブリジットの自動再生よりも早く細切れにできる計算だった。
「ぬるいな、デイモン。この距離なら一発も外さねえ」
俺の真後ろに移動したクローヴィスが、滅多やたらに撃ってきた。
五十発以上の銃弾が、俺の後頭部や肩や胸や腹の肉を削った。
頭を貫通した一発が、俺の右目を裏側から破壊し、視界がグッと狭まった。
ただ、銃弾の損傷部位は小さいので、致命的な問題にはならないと判断した。
自動再生のできる環境において、クローヴィスの回転式拳銃は脆弱過ぎるのだ。
「おい! おまえも手伝え」
クローヴィスの悲鳴に呼応したかのように、ルシアンが襲いかかってきた。
ルシアンの上半身と下半身はいまや完全に結合しており、二メートル近い大型両手剣――両手剣の中でも最も威力の大きいものの一つ――を斜めに構えて俺を狙っていた。
クローヴィスの弾丸のように無視するわけにもいかず、俺はルシアンの刃を下から弾いた。
流れの中で長柄斧槍を持ち上げ、ルシアンの左側から袈裟斬りを試みる。
しかしルシアンは短く口笛を吹き、俺の攻撃をバックステップで軽々と躱した。
クローヴィスから受けたダメージにより、俺の敏捷性は落ちているようだった。
「第一区に飛ばされるのはおまえだよ」
クローヴィスは嬉しそうに、俺の腰あたりに銃撃を集中させた。
胸板を厚くしている反面、アバターの腰周りを細くしていたことが災いした。
身体の正中線近くまで破壊された俺は、左右のバランスを崩し、姿勢を保ちにくくなった。
なんとかクローヴィスに向き直った俺は、腕の力だけで頭部を切断した。
怯んだクローヴィスに二撃目を加えようとしたとき、ルシアンがまた切りかかってきた。
それからしばらく、俺は防戦一方だった。
ブリジットが半壊しているため、三人と同時に戦う事態は避けられているが、与えられた傷は深く、状況は困難だった。
頭を失ったクローヴィスは怒りに任せて撃ってくるし、ルシアンの大型両手剣は重すぎた。
俺は長柄斧槍を盾のように扱い、可能な限り身を守った。
腰が自動再生するまでの時間稼ぎのつもりだが、あまり良いアイデアではなかったらしい。
俺よりも先にブリジットが復活し、クローヴィスとルシアンの援護に加わったからだ。
――結局、俺はこの程度なのか?
クローヴィスが発砲し、ルシアンは突きの姿勢で突進してきて、ブリジットは湾刀を投げた。
一撃の損傷がもっとも大きいのはルシアンなので、俺は大型両手剣に意識を集中させた。
一方、クローヴィスとブリジットは無視するしかなかった。
腰の部分に攻撃を集められた結果、俺の上半身と下半身は千切れてしまった。
二つに分割された俺に対し、三人はなおも追撃を仕掛けてくる。
――人数で負けていても、勝利できてこそ最強じゃないのか?
メイナードの多銃身旋回砲なら、クローヴィスたちと互角に戦えるだろう。
ヴァイオレットの速さと膂力なら、そもそも追い詰められないはずだ。
俺が苦戦しているのは、単純に俺が弱いからだ。すべて俺のせいなのだ。
――いっそのこと、ぜんぶ捧げてやろうか。
俺は左手でコンソールを呼び出し、容量分配の項目を確認した。
列記されたあらゆる基盤機能をゼロにして、速度やパワーや先読み能力に全振りすれば完成だ。
俺は狂戦士となり、いまとは比べ物にならないほど強くなる。
俺という自我を消滅させてしまうが、こんな奴等に負ける未来は避けられる。
俺の意識の奥底にいる黒いなにかが、五本の脚をピタリと止めて、俺の様子を見守っていた。
「俺は頭から削る。ブリジットは腰から削れ。ルシアンには脚の消滅を任せる」
クローヴィスが指示を出すと、仲間二人が呼応した。
俺の上半身はクローヴィスとブリジットに細かく砕かれ、下半身はルシアンが担当した。
俺は両手で地面を押し出し、クローヴィスとブリジットから距離を稼いだ。
稼いだ時間を使って、自我を失う覚悟を決めるつもりだった。
「腕だ! まず腕から潰すぞ!」
クローヴィスがブリジットに号令をかけたときだった。
俺の視界は格子状の模様で占められた。
空に浮かぶ白の積雲が、等面積の正方形で区切られ、その面積は時間と共に拡大した。
網だ。
理由はわからないが、大きな網が俺たちの上に落ちてきたのだ。
クローヴィスたちは揃って転倒し、俺も全身を覆われた。
ただの網なのでダメージはなかったが、繊維の一本一本が重く、身体にビタリと絡みついた。
「んだよこれ!」
クローヴィスが叫んだ。
俺も同じ気持ちだった。
第八区の天候はランダム設定なので、たまに雨や雪や雹が降るけれど、網を降らせるなんて聞いたことがない。
しかも網は限局的で、俺たちの上にだけ降ってきた。
「暴れるな。セントラルはおまえたちの所有物ではない」
少し離れた場所から、不意打ちのような叱責が聞こえた。
首だけを動かして、声の出所を確認すると、全長十五センチほどの亀のアバターがノソノソと動いていた。
口の端と前足に土のようなものをつけており、尻のあたりに数本の柱が倒れている。
おそらくこの網は、唯生園の周囲にかけられていたものだろう。
「なんだおまえ。これはおまえがしたのか?」
「いますぐ網を外しなさい」
「私たちが誰なのか、わかっているの!」
クローヴィス、ルシアン、ブリジットは亀を罵りながら、無様な姿でもがいていた。
俺にしても同じようなものだ。
身体は完全に回復したが、手足が網に絡まり、立ち上がることも長柄斧槍を振ることもできない。
同時に俺は、俺たちの行動を制限しているものがただの網だという事実に驚いていた。
この場にいる四人は、第八区において、総容量で十位以内に入る戦士だというのに。
「しばらくそこで反省すると良い。そして明日からは謙虚に生きることだ」
亀のアバターは掠れた声で説教したあと、唯生園の中にいた数百名のアバターを車輪付きの箱に詰め込んだ。
一連の動きは遅鈍だが丁寧で、砂粒ほどのアバターを一つ残らず収納していく。
すべてを片付けると、亀のアバターは車輪付きの箱を引いて北の方角へ進み出した。
亀の行く遥か先に、ワイズマンの塔が聳えていた。
俺もクローヴィスもルシアンもブリジットも、問いかけ、罵倒し、恫喝したが、亀はまったくの無反応だった。
まるで俺たちの存在を突然認知できなくなったようだ。
クローヴィスはいよいよ激昂したが、怒れば怒るほど身体に網がまとわりついた。
俺は長柄斧槍の刃部を右手に持ち、左手に握った繊維を切った。
順に切断していけば、いずれ俺の身体に見合った穴が開く。
俺のアイデアは正しかった。時間こそかかったが、俺は脱出することに成功した。
一方、クローヴィス、ルシアン、ブリジットはまだ苦戦していた。
ブリジットが俺を真似て湾刀で繊維を切り始めたので、俺は近寄り、ブリジットの両手首を切り落とした。
続けて俺は長柄斧槍を持ち上げ、呆気に取られるブリジットの頭部側面を狙った。
その後は網と共に、ブリジットの身体を五センチ幅で輪切りにした。
ブリジットだったものが一定の大きさの肉塊となり、俺の足元に散らばり始める。
「デイモン! おまえ、ふざけるなよ!」
クローヴィスが情けない姿で罵倒した。
ルシアンは大型両手剣を短く持ち、網を順に切り始めた。
その頃にはもう、俺はブリジットを細切れにする作業を終えていた。
手足と頭部と胸部と腹部。
すべてのパーツが規定単位を下回ったブリジットは、セントラルの判断で自動再生を止め、霧散するように消滅した。
しばらくすれば、第一区の緊急再生ポイントで復活するだろう。
俺は愉快だったが、最高というほどでもなかった。
ブリジットが目覚めたときの気分を想像し、想像出来ないことに気づいたからだ。
おそらく共感能力を無くしたことが影響しているのだろう。
勝利後の満足感のため、少しくらいは残しておいたほうが良いのかもしれない。
「卑怯だろ! 対等の状態で勝負しろ!」
クローヴィスは至極真っ当なことを言った。
三対一で喧嘩をふっかけてきたとは思えない正論だった。
その頃ルシアンは、ほとんど脱出できるくらいの穴を開けていたので、俺は優先順位を考え、ルシアンの正面で長柄斧槍を構えた。
不安そうな顔で見上げるルシアンに、俺は長柄斧槍を振り下ろす。
深い意味はないが、今度は足先から順に輪切りにした。
思った通り、ルシアンは俺を見つめたまま細断された。
胸まで到達したあたりで、ルシアンは何度も首を横に振ったが、やはりなにを意図していたかはわからない。
最後にクローヴィスが残った。
このまま放置しても問題にならない気がして、俺は唯生園を離れた。
クローヴィスは刃物を使わないので、容易には脱出できないだろう。
加えて、網の中で叫ぶだけのクローヴィスより亀のアバターが気になっていた。
いきなり現れ、俺たちをまとめて拘束した謎の存在。
――あの鈍さなので、すぐに追いつけるだろう。
そう考えた俺は、先に進む亀を目指して走った。
下半身を馬形に変えることで移動速度を更に上げた。
幸いなことに、亀の進む畦道に分岐はなく、鑑賞草原がバリケードの役割を果たしていた。
まっすぐに進めば必ず亀に遭遇するはずだ。
しかし俺は、亀のアバターを見つけられなかった。
理由はわからない。
俺は全速力だったし、一時間以上も追跡したが、亀は荷車と共に完全に姿を消していたのだ。




