第49話:奇妙な採掘・工作型
いつだ? いつからこうなった?
戦闘中なのに思考が止まらない。
似たようなことをずっと考えている。
俺たちの勝利は目前だったはずだ。
バグを撤退させ、追跡し、グリムウッドの反対側まで追い詰めたはずだ。
巣と思しき穴も発見し、あとは一網打尽だと確信していた。
しかし現状はどうだ?
俺たちはベースキャンプまで押し返されている。
なにが状況を悪くした?
理由はとてもシンプルだ。
バグの変態。
バグが身体から嘴のような管を突き出し、荷電粒子砲に似たものを吐き出したことで戦況は悪化した。
遠くまで届く広範囲攻撃により、準備した約十万機の部隊は壊滅してしまった。
七割がデッドエンドし、残った三割も無傷では済まなかった。
体勢を立て直すため、俺たちはここまで撤退した。
どうしてバグは変態した?
きっかけはわからない。
わからないが、俺たちに追い詰められたことが原因かもしれない。
俺たちの攻撃により強いストレスを受けたバグが、『環境に適応した』と考えれば辻褄は合う。
少なくとも、『バグは我々と同じアンドロイドで、ここは別のセントラル』という馬鹿げた噂よりも現実的だ。
もしもバグが広範囲攻撃のできるアンドロイドであれば、俺たちが追い詰める前から使っていたはずだし、セントラルやワイズマンが人類同士を戦わせる理由もない。
しかし、いつまでだ? いつまでこの戦いは続くんだ?
「隊長。セビリア隊長」
背中を叩かれたことで俺の思考は中断した。
振り返れば、先ほどのバグの攻撃で左手を溶解させたアランがいた。
アランは手首でベースキャンプのほうを指し、「ここは一度、撤退してください」と俺に言った。
「どういう意味だ?」
「ひとまず、そのボディを治してください。いま隊長がデッドエンドすると、遊撃部隊は機能不全に陥ります」
「言いたいことはわかるが、そんなに簡単な話でもないだろう。俺がベースキャンプに戻ったら、誰がバグの隙をついて射撃の指示を出せるんだ?」
アランの進言を否定しつつ、俺はアンテナの土台からそっと顔を出した。
一キロほど離れた戦場では、人類が必死に戦っている。
総勢二十万機を超えているため、最後尾は地平線まで達した。
中心から近い場所では近距離戦闘型が多く、遠い場所では遠距離戦闘型が多い。
適材適所だし、各人も最善を尽くしているが、俺たちは三匹のバグを足止めすることしかできなかった。
バグはいずれも細長い管をボディから突き出して、光の砲撃を全方位へ乱射している。
閃光が走るたびに、着弾箇所から半径二十メートルのアンドロイドが消滅し、巻き添えで地面が抉り取られた。
生じた巨大な空白は、周囲のアンドロイドが一気に埋め尽くしているが、それだけだ。
戦況は変わらず、同じ風景がずっと続いている。
せめて俺たち遊撃部隊が、超長距離から支援できればマシになるのかもしれないが、バグのうちの一匹――他と違って長い槍のような管を持つ特殊な一匹――が、数少ない俺たちの打開策を封じていた。
他の二匹に比べれば、ほとんど砲撃をしないバグ。
代わりに十二本の脚を素早く動かし、バグに接近する近距離戦闘型を払い落とした。
遠距離戦闘型が放つ荷電粒子砲の光条も、長い管で物理的に弾いた。
なにより厄介なのは、そのバグが常に俺たちを監視していることだ。
もしも俺たちが荷電粒子砲の準備をしようものなら、バグは反射とも言える速度で、直ちに俺たちを攻撃した。
「バグの隙を突くくらいなら我々でもできます。隊長はもう少し、我々を信頼しても良いと思いますよ?」
アランが軽口を叩くと、他の部下たちも頷いた。
ここがセントラル内で、表情のあるアバターを使っていたら、きっとコイツらは笑っていたのだろう。
しかしここはグリムウッドで、俺たちは無骨なアンドロイドだ。
メッセージ以上のニュアンスは伝わらない。
「本気で言ってるのか?」
「本気です。やってみせます。それに上手くいかなかったとしても、このアンテナの土台に身を隠し続けていれば良いんでしょう?」
「おいおい。俺の帰還までなにもしないつもりか? ふざけた奴等だ。そのあいだに戦線が破壊されたらどうする?」
「そのときはそのときです。状況に合わせて柔軟に対処しますよ。でも、まずは生き残ることじゃないでしょうか? 隊長を含め、我々全員が生き残ってこそ、遊撃部隊は充分な力を発揮すると思います」
「それはそうだが」
「安心してください。私は臆病ですからね。絶対に無茶はしませんよ」
アランは明るく言った。
表情はないが、今度は確実に嘘だとわかった。
もしもアランが臆病で、なによりデッドエンドを避けたいなら、さきほどバグに砲撃されたときにも俺を突き飛ばすことはなかったはずだ。
おかげで俺は助かり、キャタピラと荷電粒子砲を損傷するだけで済んだ。
一方、アランは左手を失った。
「なるほど。わかった。では、しばらく任せるぞ」
ただ俺は、アランや部下たちの提案を受け入れることにした。
無理があると思っているが、コイツらの気の済むようにさせてやりたかった。
グリムウッドはもはや、永遠に続く地獄のような世界だ。
戦闘は激しく、状況が好転する兆しも見えず、人類は無慈悲にデッドエンドを繰り返す。
たとえアンドロイドに転移した意識を『ただの複写』と呼んだとしても、意識であることに変わりはない。
幾らかの軽減はあるが、それでも死の恐怖から、完全に逃れることはできない。
だからこそだと俺は思った。
だからこそ俺たちは光を見つけるべきなのだ。
献身、正義、責任感、利他心、義務感、希望、興奮、満足感……
そういった小さな光を集め、それぞれで抱え、期待し、明るい未来を夢みるべきなのだ。
そうでなければ俺たちは、まともな状態でいられない。
バグという怪物や死の恐怖に対し、抗う術は他にない。
ただ……
アランが他の部下と共に「わかりました」と言ったので、俺はアンテナ跡地を一人で離れた。
ほとんど動かないキャタピラの代わりに、左手を使って移動した。
姿勢を前に傾け、左手で地面を押し出す。
進んだ先でまた左手を地面についた。
片足跳びの要領だ。
低重力だからこそ出来る芸当だった。
ふと顔を上げると、採掘・工作型の集団が見えた。
数万機にも及ぶ採掘・工作型が、幾つもの列を作り、戦場とベースキャンプを往復している。
戦場を目指すものは手ぶらで、ベースキャンプに戻るものは例外なく壊れたアンドロイドを抱えていた。
その数がすべて意識の死だと思うと、やはり暗澹たる気分になる。
いつまでだ? いつまでこの戦いは続くんだ?
またあの思考が始まった。
答えのない残酷な問い。
アランたちのように光を見つけなければ、俺はそのうち恐怖と憂鬱に飲み込まれてしまうだろう。
しかし、俺は器用じゃない。
自分に嘘をつき、自分を騙すことができなかった。
強すぎるバグ。
なにもないグリムウッド。
どこかにいるワイズマン。
ダウンロードを止めないセントラル。
死に続ける仲間たち。
復活する仲間たち。
地獄を受け入れる仲間たち。
それでも光を探す仲間たち。
なんだか疲れたなと俺は思った。
バグ・ハンティングなんて、もうどうでも良かった。
報酬があったとしても、俺は参加するべきじゃなかったのだ。
すべてを無かったことにしたかった。
「大丈夫か?」
声をかけられるまで、俺はその奇妙なアンドロイドに気がつかなかった。
脚は五十センチほどの長さだが、胴体が長く、四メートルを超える身長があった。
長い胴体の上のほうは横向きの涙滴形で、一部が水晶のように透き通った物質でできている。
「――まあ、大丈夫だから一人で移動しているんだろうけどな。一応、声をかけておいた」
よく見れば、上半身は別にあった。
丸いボディに四本の腕を持つ普通の採掘・工作型だ。
採掘・工作型が大きく不思議な装置を抱えていたため、俺はその全体を一つの奇妙なアンドロイドだと誤認していたらしい。
「――おいおい。無視かよ。俺とは話をしたくもないってか? あるいはメッセージ送信機能が壊れているのか?」
「なるほど。ソロの戦闘員か」
「ああ。採掘・工作型を使っているが、俺は人間だ。人工意識じゃない」
「なぜ、そんな使えない機体を選択した?」
「悪いか?」
「悪くはない。悪くはないが、絶望的にセンスが無い」
「アンテナだよ。アップロード機能を復活させるために、俺はこの機体を選択した」
言葉を交わしながら、俺は強い既視感に襲われた。
少し前にも俺は同じ会話をしたことがある。
アンテナ跡地で、アンテナの残骸を検分していた奴に会ったことがある。
ただコイツは、俺との会話になにも感じていないようだった。
別の人物による偶然か、あるいは前の記憶をデッドエンドで失ったのだろう。
俺はしっかりと、その採掘・工作型に向き合った。




