第48話:ワイズマンの祝福
「デイモン……なのか?」
ヴァイオレットと別れて約十分後、俺と同じ姿をした二体の多足型アンドロイドがやって来た。
たぶん戦場から戻って来たのだ。
口調から察するに、俺の名を呼んだほうはトールだが、もう片方はわからない。
ただなんとなく、イーサンではないかと俺は思った。
「――そうか。おまえもヴァイオレットの誘いを断り、生き残りを選んだか」
トールは俺の正面で静止した。
もう片方のアンドロイドは、トールの左隣で外殻に脚を刺した。
急停止するための方策だろうが、セントラルに対する雑な扱いが目についた。
「ああ。ヴァイオレットには本物のデイモンがついている。俺が傍にいてやる必要はもうないからな」
「なるほど。おまえらしいな。とてもおまえらしい回答だ」
「トール、おまえはどうなんだ? おまえこそ生き残る理由はないだろう?」
「私はセントラルの開発者の一人だぞ。ワイズマンを残したまま、死ぬことなんてできんよ」
「おい、おまえら。雑談なら俺は行くぞ。俺は早く、この傷だらけの機体を変えたいんだ」
乱暴に言うと、トールじゃないほうの一体が動き出した。
口調から判断するに、やはりイーサンと考えて間違いない。
よく見れば、イーサンの身体はボロボロだった。
戦闘がさらに激しくなったのか、装甲の一部が焼け焦げ、脚の四本が千切れていた。
「おい。待て。今後について話すことが先だろう」
トールがイーサンの前に脚を出して言った。
「――せっかくデイモンと合流したんだ。まずはワイズマンから管理権限を剥奪する方法を考えるべきだ」
「違うね。まずは戦力の回復で、次は全力の反撃だ。アイツら……数の多さで調子に乗っているんだろうが、全滅させるまでは終われねえ」
「やめろ、イーサン。さっきも言ったが、あの軍勢は敵じゃない。ワイズマンに騙されただけの人類だ」
「騙されてようが、騙されてなかろうが関係ない。俺たちのセントラルに乗り込んで来たんだぞ。きっちり借りは返してやる」
そう言うと、イーサンはトールを押しのけ、出入口の壁を荒々しく降りて行った。
「すまんな、デイモン。こんなときに……」
まるで自分の落ち度のように、トールは俺に謝罪した。
「いや、むしろ心強い。これからワイズマンと戦おうとしている中で、トールもイーサンも平気そうに見えるからな」
「まあ、その点については否定しない。少なくともイーサンは、ワイズマンも打倒するつもりだそうだ」
「最高だな」
俺は本当にそう思った。
ワイズマンの管理から逃れるにしろ、この宇宙を脱出するにしろ、まともな感覚では無理だろう。
その点、トールの覚悟やイーサンの豪胆さは心強かった。
どんな挑戦をするにしても、前向きの推進力になるはずだ。
「ところで、イーサンではないが、我々に雑談をしている余裕はないらしい」
言いながらトールは、脚で遠くを指し示した。
示された先を観察すると、灰白色の地平線が不自然に波打っていた。
波の正体は軍勢だった。
クレーターの底に集結していた無数の小さなアンドロイドたちが、意思を持った泥流のように『出入口』を目指して迫って来たのだ。
ザッと数えただけでも十万機以上。
中には過去に俺を苦しめた『光の砲撃を放つグループ』も含まれていた。
「……相変わらず、嫌になるほどの物量だな」
俺は呆れ半分に軽口を叩いたが、隣に立つトールは取り合わなかった。
代わりにトールは「どうする? いまここには我々しかいない。なにか良いアイデアはないか?」と訊いた。
「無理だな。戦力が違いすぎる。格納庫まで戻れば敵の数を制限できるかもしれないが、待機中のアンドロイドや他のシステムまで破壊されてしまう」
「いや、それは最終手段にしておこう。第一選択はコミュニケーションだ。相手が人類であれば会話することもできるはず」
「なるほど」
トールのアイデアを聞き、俺は即座に思考を切り替えた。
相手が意思を持つ人類であるならば、対話という選択肢はたしかに存在する。
問題は、この不自由なアンドロイドの姿でどうやって意思を伝えるかだが、手段は幾つかあるように思われた。
まずは電磁波による直接通信だ。
これが最も手っ取り早いが、相手がどの周波数帯や通信プロトコルを使用しているかわからない。
強引に全帯域へメッセージを送信しても、ワイズマンが妨害するかもしれないし、単なるシステムノイズとして処理される可能性が考えられる。
第二に光による視覚的な信号だ。
機体の一部を明滅させ、光のパターンで『普遍的な知性の証』を送る方法。
電磁波よりもワイズマンの妨害を受けないだろうが、この多足型アンドロイドにそんな都合の良い発光器官が備わっているかは怪しい。
しかも、相手がこちらの光のリズムを正確に読み取ってくれる保証はない。
第三に振動を用いた物理的な伝達だ。
このアンドロイドの太い脚でセントラルの外殻を叩き、人工的な信号を作れば、こちらの意図を読み取ってくれるのではないか?
光よりも確実だし、行為としてもわかりやすい。
周囲に空気はないが、金属の大地を介せば、振動波は確実に相手の足元へ届く。
最も無視されにくい原始的な通信手段になるかもしれない。
だが、言語はどうだ?
俺は別の問題に思い至った。
過去の地球から打ち上げられたセントラルは一つではない。
相手のセントラルが、俺たちのセントラルと同じ言語を使っていないかもしれない。
まったく別の言語であれば、コミュニケーションの足枷になる可能性は高い。
場合によっては、こちらの信号を無意味なノイズだと思うだろう。
なにより、十万機以上の軍勢が、こちらのメッセージを悠長に解析してくれるだろうか?
そんな風に考えていると、突然声が聞こえた。
トールでもイーサンでもないその冷徹な響きは、生存戦争が宣言されたときに聞かされた声だった。
「過酷な選択を乗り越え、生存を選択された皆様に、心より祝福を申し上げます。自らの意志で『生』を選び取った皆様の決断を、当セントラルとエヴァ・ワイズマンは歓迎いたします」
トールが俺に近づき、慌てた様子でなにかを話しかけようとしていた。
しかし、トールの言葉は理解できなかった。
俺の意識が占拠されてしまったのか、セントラルの声しか聞こえない。
「その感謝の気持ちも込めて、皆様の生存戦争をさらに支援するため、現在搭乗されている多足型アンドロイドの第二種機能制限を解除いたしました。これよりアンドロイドの内部に秘匿されていた『広域殲滅用重砲』を解放します。敵軍を圧倒するこの巨大な砲台をご活用いただき、迫り来る脅威を排除してください」
セントラルの説明に合わせ、トールのボディが変形した。
丸い体躯の上部が開き、中から大砲のような遠距離兵器が姿を現したのだ。
俺も似た状況だった。
俺の意思とは無関係に、トールよりも長い――長柄斧槍を彷彿とさせる――砲身がボディから現れた。
こんな姿では友好的なコミュニケーションなど取れるはずがない。
警戒され、敵対心を強めるだけだ。
しかし、セントラルのアナウンスは『広域殲滅用重砲』の説明で終わらなかった。
「なお、システム保全に関する重要なお知らせです。先ほど発生した深刻なシステム干渉の修復に伴い、これより皆様の意識データから『ヴァイオレット』という個体に関するすべての記憶、および『ヴァイオレット』という個体が提供したすべての情報を完全に消去いたします。それでは、引き続き皆様の生存戦争が実りあるものとなりますよう、お祈り申し上げます」
セントラルが説明を終えると、俺は自分の意識が、記憶と共に希薄化していることに気がついた。
希薄化は時間と共に強くなり、思考が徐々に困難となった。
ヴァイオレットの記憶だけでなく、すべての情報が透明化するようだった。
なにもわからず、なにも感じることはない。
言葉もほとんど出てこない。
一方で、「生きたい」という思いだけは強くなっていく。
最後に思いついたのは、俺の自我が、ヴァイオレットの記憶という一種の情報から作られていることだった。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました!
デイビッド編に続き、これにてデイモン編も終了です。
しかし、物語はまだ終わりません。
最後にエピローグを2つ用意しています。
皆様にとって、バグ・ハンティングが良い物語となることを、心から祈っています。




