最終話:輝芒
「それで、アンテナの作成は順調か?」
「まさかだろ。アンテナはもう止めた。グリムウッドとバグ・ハンティングの情報を集め、未来を考えた結果、もはやアンテナじゃないと理解した」
「そうか。残念だったな。じゃあ、おまえが採掘・工作型を選んだ意味もなくなったわけだ」
「そうでもないさ」
その採掘・工作型は大きく奇妙な装置を地面に置き、黒いコードを自分のボディと接続した。
涙滴形の底面を戦場に向け、装置の右側面に立った。
採掘・工作型の胸の高さに準備されたスイッチのようなものを押すと、透き通った部分が微かに明るくなった。
「――採掘・工作型だったおかげで、俺はこの『光学信号機』を作り上げた。運が良かったと思っている。他のアンドロイドじゃたぶん完成できなかっただろうからな」
「それはなんだ? 光学信号機?」
「あの噂を知らないのか? グリムウッドはセントラルで、バグはセントラルを守るアンドロイドだそうだ。そして俺の作ったこの信号機は、別々のセントラルを繋ぐ鍵となる」
「ありえない」
俺は我慢できず、自分の考えを披露した。
馬鹿なコイツに、俺は自分の考えとこれまでの出来事を説明してやった。
バグの獰猛さ。
バグの一連の行動の不可思議さ。
セントラルが嘘をつく理由がないこと。
ワイズマンが人類同士を戦わせる動機がないこと。
しかし、馬鹿な採掘・工作型は、「違う。俺にはわかるんだ。グリムウッドはセントラルで、あいつらがアンドロイドだってことを」と言い張った。
「強情な奴だな」
「お互い様だろ」
「じゃあ聞くが、おまえはこれからどうするつもりだ? グリムウッドがセントラルで、バグがアンドロイドだったとして、この信号機でなにをする?」
「バグに意識があれば、コミュニケーションは成立するはずだ。そして最低限のコミュニケーションは、オンとオフの二つのリズムで成立する。だから俺は、この光学信号機でバグと会話ができると思っている。バグと会話ができれば、戦闘をやめられるかもしれない」
「どうしようもないな。本当にどうしようもない奴だ。あの攻撃的なバグを相手にコミュニケーションだと?」
「まあ、否定したくなる気持ちはわかるよ。おまえらはまだ、バグ・ハンティングという糞ゲームを楽しんでいるみたいだからな」
「違う! おまえになにがわかる!」
俺はメッセージに怒りを込めた。
表情があれば睨んでいたところだ。
しかしここはグリムウッドで、俺たちは無骨なアンドロイド。
メッセージ以上のニュアンスは伝わらない。
「――それにだ。仮におまえの仮説が正しかったとしても、相手が人工意識ならどうするつもりだ? バグの中の存在が人工意識なら、コミュニケーションなんか取れないだろう? 光の信号も意味もない」
「通じるさ。同じ意識なんだ。人類だろうと、人工意識だろうと問題ない。なんなら人工意識だって、人類と深い関係を築くことが出来るはずだ」
「はあ? なにか根拠はあるのか? 人工意識だぞ? 感情を含めた一部の機能が抑制されているんだぞ?」
「いや。根拠はない。ただ俺がそう信じているんだよ。そんな風に思うだけだ」
俺は呆気にとられた。
いや、呆れ果てていた。
俺たちは進化の果てに肉体を捨て、膨大な容量を抱え込んだ存在だ。
しかし、コイツはあまりにも非合理的で、あまりにも滑稽だった。
人類を破壊し続けた巨大生物をアンドロイドと信じ、人工意識を相手に人類以上の関係を築けると信じる。
そして、その根拠は「ない」と言う。
純粋な狂気以外の何物でもなかった。
だが、なぜだろうか? いまの俺は、コイツを卑下する気分になれない。
「とりあえず、そこで見てろよ。いま証明してやるから」
そう言うと、馬鹿は光学信号機を操作した。
一回、二回、一回、二回……
馬鹿が手を動かすたびに、涙滴形が点滅する。
装置自体は小さいくせに、眩しすぎるほどの光を放った。
太陽が沈んだばかりなので、見える範囲で光学信号機は最も明るい物体だ。
たぶんアンテナ跡地や戦場にいる全員が、この単調なリズムを視認していることだろう。
一回、二回、一回、二回……
馬鹿は何度も繰り返す。
バグと会話をするために。
このバグ・ハンティングを終わらせるために。
しかし俺は知っている。
この程度の小細工で解決するような問題ではないと。
バグ・ハンティングという地獄が終わるはずはないと。
一回、二回、一回、二回……
しかし俺は疑問に思う。
俺はなぜバグと会話できないと決めつけるのか。
バグ・ハンティングが終わらないと確信するのか。
そこに根拠はないのに。
ただのネガティブな想像でしかないのに。
「あ!」
次の瞬間、光学信号機は撃ち抜かれた。
長い槍のような管を持つバグが反撃したのだ。
青白い輝きは超高速で涙滴形の発光部を貫き、そのまま彼方へ飛んで行った。
涙滴形は完全に消失し、辺縁が熱でドロリと溶けた。
信号機の基盤は残っていたが、もう修復できるとは思えない。
「残念だったな……しかし、これが現実だ」
俺は上体を起こし、馬鹿を見上げた。
嘲笑しても良かったが、そんな気分にはなれなかった。
どこかで悔しく思う俺がいた。
同情と哀れみが混じり合っていた。
「ああ、そうだよ! これが現実だ! な? 俺が言った通りだったろ!」
しかし、馬鹿は一人で興奮した。
光学信号機と連結していたコードを外し、四本脚でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
俺には意味がわからなかった。
ショックのあまり、馬鹿の狂気が深まったのだと思った。
「おい。大丈夫か?」
俺は左手を伸ばし、馬鹿の脚を掴んだ。
すると馬鹿は俺を抱え上げ、「見たか? 見たよな? 完全に同じだったぞ!」と叫んだ。
「なんだ? おまえはなにを言っている?」
「わからないのか? タイミングだよ。バグは俺の信号に合わせて応答した。『一回点灯』のタイミングに、寸分違わず光る攻撃を合わせてきた。これがコミュニケーションでなくてなんなんだ! やはりバグとの会話は成立する!」
そう言うと、馬鹿は俺を地面に下ろし、今度は光学信号機に身体を向けた。
基盤部分を素早くチェックし、溶解したところを手でなぞった。
信号機全体の状態を調査しながら、「こりゃひでえ。さすがに一から作り直しだな」と呟いたが、まったく辛そうには見えなかった。
「おい」
俺は馬鹿に声をかけた。
「なんだ?」
馬鹿は俺に顔を向けた。
「本気で言ってるのか?」
俺は馬鹿に問うた。
「どういう意味だ?」
馬鹿は訊き返した。
「いや。なんでもない」
俺はもう、馬鹿を否定しようとは思わなかった。
否定すべきは俺だった。
アランたちが信じようとした「光」を、俺は自分の中に見つけることができなかった。
俺は器用じゃなくて、自分を騙すことができなかった。
このままの状態でいれば、いつか俺は、恐怖と憂鬱に飲み込まれてしまうだろう。
「――なあ。もしも可能なら、俺にも手伝わせてくれないか?」
「なにを?」
「おまえの挑戦だ。バグとコミュニケーションを取り、バグ・ハンティングの終焉を目指すこと」
簡単な話だった。
自分の中に光がなければ、外に光を求めれば良い。
幸いにして、この馬鹿が示す光はどこまでも強かった。
暗い戦場だけでなく、俺すらも明るく照らしてしまう。
だから俺は、この馬鹿と一緒に行動したくなったのだ。
「良いけど……良いのか? 俺を手伝うってことは、もうバグを駆除できなくなることを意味するんだぞ? バグ・ハンティングを止めることを意味するんだぞ?」
「ああ」
「なんの報酬も返せないぞ?」
「ああ」
この馬鹿は、また不格好な信号機を作るのだろう。
信号機を作り、バグに向かって光を放つのだろう。
いつか本当にバグとコミュニケーションを取れるかもしれないし、やはりただの夢物語で終わってしまうかもしれない。
しかし、その姿を見ている限り、俺はこの永遠に続く地獄のなかで正気を保っていられる気がした。
この暗闇の先に、明るい何かがあると信じられる気がした。
馬鹿は少し考える素振りを見せたあと、俺に一つ頷いて見せた。
「わかった。じゃあ、よろしくな」
了
これにて完結です。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
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