第46話:白濁する世界
セントラルが崩壊した―― そう錯覚するほど大きな揺れがあった。
天井は痙攣しているかのように何度も上下動し、床は天井の動きに合わせて突き上げた。
壁の振動はさらに強く、格納庫全体が巨大な蛇の体内みたいだった。
俺は十二本の脚のすべてを使って踏ん張ったが、起立状態ではいられなかった。
無様に転倒し、出入口の壁面にボディの右側面を打ち付けた。
突然動き始めたアンドロイドたちも似た有り様だった。
唯生園で暮らす奴等のように、無秩序に転がり、互いに衝突した。
「デイモン! 無事ですか!」
近づいてくるルシアンの声が聞こえた。
しかし、視界の白濁が進行していて正確な居場所はわからない。
さっきまでは濃度の薄い白煙に包まれているみたいだったが、いまや辺り一帯が乳白色の粘液に沈んでしまった。
粘りつくような解像度のせいで、物質の輪郭が消えつつある。
「――アイツになにかされたみたいです。自動操縦のアンドロイドたちも混乱状態ですし、一旦外へ出ましょう!」
ルシアンは俺の隣を通過し、そのまま出入口の壁を登った。
俺はルシアンを追いかけ、ずっと苦しめられている視界の白化現象について説明した。
ルシアンは「私もです」と同意し、「――おそらく先ほど放出された白いガスの影響でしょう。ひとまず外へ出れば改善すると思います」と続けた。
次の瞬間、また白濁が強さを増した。
もう出入口の底や格納庫の辺りは見えなくなっていた。
俺は注意深く壁の窪みを見つけ、一歩一歩と着実に脚先を差し込んでいく。
先行するルシアンが思い出したように立ち止まり、俺に「大丈夫ですか?」と訊いた。
俺は迷わず「ああ」と答えた。
ひたすら悪い状態だが、俺の視覚はまだ僅かに生きていたし、ルシアンにしても余裕があるとは思えなかった。
俺の回答を聞いたルシアンは、早口で「了解です。では、なにか問題があれば教えてください」と言い、再び壁を登り始めた。
ルシアンを追いかけながら、俺は、俺たちが戦っている小さなアンドロイドたちのことを考えた。
奴等がもしも人間だとすると、俺たちを襲う目的はなんなのだろうか?
ワイズマンはどうやって、このセントラルに別の人類を呼び寄せたのか?
さっき破壊したアンドロイドや、配管に逃げ込んだアンドロイドは何者なのか?
人類同士を戦わせることに意味はあるのか?
いくら考えても答えは出ないのに、疑問が意識の中に積み上がっていく。
視覚はさらに解像度を下げた。
一方、白さは輝きを帯びてきた。
壁も、前を進むルシアンも、空間ですら白く発光した。
俺は眩しさに苦しみながら、それでもなんとか歩を進めた。
まるで瞬間転移システムの中を歩くようだった。
瞬間転移システムの中を歩くときも、いまのように周囲は白く輝いた。
「急ぎましょう。出口はすぐそこです!」
ルシアンが俺を鼓舞し、俺はルシアンを追いかけた。
だが、ルシアンの輪郭は光に溶け込み、もはやどこにいるのか視認できない。
気づけば脚先の感覚も消えていた。
微かにあったはずの重力も感じなくなった。
俺は現在地を見失っていた。
上昇しているのか、下降しているのかもわからなくなった。
ただ、ルシアンを信じて、声の方向に進むだけだ。
「え……どうして……」
外殻に到着したらしいルシアンが、そう弱々しく呟いた。
俺はルシアンから三分ほど遅れて外殻に出た。
そのときにはもう、自分が物理的なボディを操っている事実も疑わしかった。
白の氾濫が極まり、俺と世界を覆い尽くしたからだ。
美しかったガス星雲や、数多の星々や、広大な宇宙は、すべて輝きに飲み込まれてしまった。
「デイモン。残念ですが、どうやら原因は私たちにあるようです」
ルシアンがそう言った。
俺はなにも答えなかった。
答えられなくなっていた。
適当な言葉が思い浮かばず、発言することが酷く億劫になっていた。
やがて俺は力を失った。
たぶんその場に倒れ込んだのだ。
ただ、倒れたことを示唆する感触はどこにもなかった。
いまの俺がどんな姿勢なのか、このアンドロイドが無事なのかも不明だった。
白い輝きがすべてを塗り潰したらしい。
俺の意識や、俺という存在すら消滅しようとしていた。




