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バグ・ハンティング  作者: えぬ氏
第10章:永遠なる祝福(デイモン編)
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第46話:白濁する世界

 セントラルが崩壊した―― そう錯覚するほど大きな揺れがあった。


 天井は痙攣しているかのように何度も上下動し、床は天井の動きに合わせて突き上げた。

 壁の振動はさらに強く、格納庫全体が巨大な蛇の体内みたいだった。

 俺は十二本の脚のすべてを使って踏ん張ったが、起立状態ではいられなかった。

 無様に転倒し、出入口の壁面にボディの右側面を打ち付けた。

 突然動き始めたアンドロイドたちも似た有り様だった。

 唯生園で暮らす奴等のように、無秩序に転がり、互いに衝突した。


「デイモン! 無事ですか!」


 近づいてくるルシアンの声が聞こえた。

 しかし、視界の白濁が進行していて正確な居場所はわからない。

 さっきまでは濃度の薄い白煙に包まれているみたいだったが、いまや辺り一帯が乳白色の粘液に沈んでしまった。

 粘りつくような解像度のせいで、物質の輪郭が消えつつある。


「――アイツになにかされたみたいです。自動操縦のアンドロイドたちも混乱状態ですし、一旦外へ出ましょう!」


 ルシアンは俺の隣を通過し、そのまま出入口の壁を登った。

 俺はルシアンを追いかけ、ずっと苦しめられている視界の白化現象について説明した。

 ルシアンは「私もです」と同意し、「――おそらく先ほど放出された白いガスの影響でしょう。ひとまず外へ出れば改善すると思います」と続けた。


 次の瞬間、また白濁が強さを増した。

 もう出入口の底や格納庫の辺りは見えなくなっていた。

 俺は注意深く壁の窪みを見つけ、一歩一歩と着実に脚先を差し込んでいく。


 先行するルシアンが思い出したように立ち止まり、俺に「大丈夫ですか?」と訊いた。

 俺は迷わず「ああ」と答えた。

 ひたすら悪い状態だが、俺の視覚はまだ僅かに生きていたし、ルシアンにしても余裕があるとは思えなかった。

 俺の回答を聞いたルシアンは、早口で「了解です。では、なにか問題があれば教えてください」と言い、再び壁を登り始めた。


 ルシアンを追いかけながら、俺は、俺たちが戦っている小さなアンドロイドたちのことを考えた。

 奴等がもしも人間だとすると、俺たちを襲う目的はなんなのだろうか? 

 ワイズマンはどうやって、このセントラルに別の人類を呼び寄せたのか? 

 さっき破壊したアンドロイドや、配管に逃げ込んだアンドロイドは何者なのか? 

 人類同士を戦わせることに意味はあるのか? 

 いくら考えても答えは出ないのに、疑問が意識の中に積み上がっていく。


 視覚はさらに解像度を下げた。

 一方、白さは輝きを帯びてきた。

 壁も、前を進むルシアンも、空間ですら白く発光した。

 俺は眩しさに苦しみながら、それでもなんとか歩を進めた。

 まるで瞬間転移システムの中を歩くようだった。

 瞬間転移システムの中を歩くときも、いまのように周囲は白く輝いた。


「急ぎましょう。出口はすぐそこです!」


 ルシアンが俺を鼓舞し、俺はルシアンを追いかけた。

 だが、ルシアンの輪郭は光に溶け込み、もはやどこにいるのか視認できない。

 気づけば脚先の感覚も消えていた。

 微かにあったはずの重力も感じなくなった。

 俺は現在地を見失っていた。

 上昇しているのか、下降しているのかもわからなくなった。

 ただ、ルシアンを信じて、声の方向に進むだけだ。


「え……どうして……」


 外殻に到着したらしいルシアンが、そう弱々しく呟いた。

 俺はルシアンから三分ほど遅れて外殻に出た。

 そのときにはもう、自分が物理的なボディを操っている事実も疑わしかった。

 白の氾濫が極まり、俺と世界を覆い尽くしたからだ。

 美しかったガス星雲や、数多の星々や、広大な宇宙は、すべて輝きに飲み込まれてしまった。


「デイモン。残念ですが、どうやら原因は私たちにあるようです」


 ルシアンがそう言った。

 俺はなにも答えなかった。

 答えられなくなっていた。

 適当な言葉が思い浮かばず、発言することが酷く億劫になっていた。


 やがて俺は力を失った。

 たぶんその場に倒れ込んだのだ。

 ただ、倒れたことを示唆する感触はどこにもなかった。

 いまの俺がどんな姿勢なのか、このアンドロイドが無事なのかも不明だった。


 白い輝きがすべてを塗り潰したらしい。

 俺の意識や、俺という存在すら消滅しようとしていた。

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