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バグ・ハンティング  作者: えぬ氏
第8章:生存戦争(デイモン編)
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第44話:敵の正体

「デイモン。もしかしてあの二つの陰は……」


 ルシアンも気がついたらしい。俺に意見を聞く声が、いつもより低く慎重だった。


「わかるだろ。ワイズマンのアンドロイドだ」

「なぜ?」


 そうだ。いまの印象を一言で表すなら、『なぜ』が最も適している。

 戦場はここから数百キロも離れているのに、なぜワイズマンのアンドロイドたちがこの場にいるのだろうか。


「注意しろよ。他にも隠れているかもしれない」


 俺は警戒するよう呼びかけ、自身も素早く周囲を確認した。

 並行して電磁波の発生位置を探索する。

 近くで電磁波を放つ存在は四つだった。

 そのうちの二つは俺とルシアンだ。


「……どうやら二機だけのようですね。斥候でしょうか?」


 ルシアンも同じ結論に到達したらしい。


「わからない。ただ、セントラルをよく知るワイズマンが、斥候を使うとも思えない」


 俺はもう一度、敵のアンドロイドたちを観察した。

 いずれも丸く鉛色の胴体で、複数本の手脚を生やしている。

 片方は伏せたままだが、もう片方は上体を起こして、こちらの様子を窺っていた。

 注視したが、あの鬱陶しい『光の砲撃』を放つ武器は見当たらない。


「ひとまず捕獲しましょうか?」

「そうだな。なにかの役に立つかもしれない」


 俺が返事をしたときだった。

 伏せていたアンドロイドが立ち上がり、銀色の箱のようなものを投げつけてきた。

 数は三つ。

 それぞれが俺の足元に転がると、箱は太陽に負けないほどの閃光を放った。


「デイモン!」


 たぶん爆発物なのだろう。

 光の直後に衝撃があった。

 ただ、爆散するエネルギーは俺のアンドロイドの表面を上滑りし、そのまま拡散したらしい。

 視覚センサーはぼんやりと白濁しているが、ボディ自体に大きな損傷はなかった。


「――やはり危険ですね。破壊しておきます」


 ルシアンは勝手に決断すると、二機のアンドロイドに向かって跳躍した。

 一方、ルシアンの動きを察知した敵のアンドロイドは、敗走するように出入口へ飛び込んだ。

 一時的に身を隠すつもりなのかもしれない。

 しかし、重力のない環境で、自由落下は上手くない。


 敵の直上に移動したルシアンが、右の第一脚を振り下ろした。

 ルシアンの脚が敵のアンドロイドを捉え、蹴られたアンドロイドは出入口の底へ突き落とされた。

 接触の直後に細かな破片やオイルのようなものを撒き散らせたことから、致命的な損傷だったと思う。

 しかしルシアンは、「申し訳ありません。失敗しました」と俺に告げた。


「どうした?」

「ラグです。私はまだ、このアンドロイドを上手く使えていないようです。おそらく二機のうちの一機は破壊できましたが、もう一機は逃しました。無傷かもしれません」

「まずいな。奴等は強くないが、格納庫に潜入されると面倒だ」

「そうですね。追いかけます」


 ルシアンはすぐに飛び降りた。

 俺は少し考え、壁伝いに移動した。

 速度上の利点もあったが、なにより視覚が問題だった。

 さっきの爆発以来、視界に白濁が残ってしまったのだ。

 不安定な落下は避けたかった。


 俺はルシアンを追い抜き、出入口の底で脚を止めた。

 確認してみたが、二機のアンドロイドの姿はなかった。

 ルシアンが言うように、たぶん片方は無傷で、損傷を負ったもう片方を運んだのだろう。

 電磁波の発生位置を探索してみたが、格納庫に並ぶ人類側のアンドロイドや格納庫自体がノイズとなり、やはり敵の居場所はわからない。


 俺は左右に存在する格納庫のうち、左側を観察した。

 六角形のハニカム構造が壁面を埋め尽くし、規則的な凹凸の中に、俺たちの乗るタイプのアンドロイドが整列していた。

 数万機はあると思うが、いまはすべてが沈黙し、長い脚を折り畳んでいる。


「デイモン。手分けしましょう」


 ようやく追いついたルシアンが、俺に提案しながら左の格納庫に足を向けた。

 俺は右の格納庫を任されたらしい。

 無理やり合意しても良かったが、視覚の白濁を無視できなかった。


「悪いが、俺はここで待機させてもらう。視覚センサーの調子が悪いし、俺たちの隙をついてここから脱出されても厄介だからな」

「なるほど。では私はこちらの格納庫を調べてきます。敵を見つければ呼びますので、あなたもなにか問題があれば私を呼んでください」

「わかった」


 ルシアンの機体が、巨体を揺らしながら奥へと進んでいく。

 通路の途中で何度も足を止め、繰り返し姿勢を低くした。

 格納されたアンドロイドたちの陰を順番に確認しているのだろう。

 仕方のない作業だが、ボディの大きさを考えると、いかにも効率が悪かった。


 俺はもう一度電磁波の発生位置を確認した。

 やはりノイズが多くて有用な情報は得られない。

 視覚センサーもダメだ。

 感度を上げても精度を上げても、白濁は消えそうにない。


 俺はふと、逃げ込んだ二機のことを考えた。

 ワイズマンの軍勢にしては奇妙な行動だ。

 俺たちから逃げ出したことも、無傷の機体が傷ついた機体を運ぶことも、わかりやすい利点がなかった。

 物量で圧倒しているのだから、いまさら二機程度にこだわる必要はないし、損傷を受けたアンドロイドも捨て置けるはずだった。

 そもそもだ。

 そもそも、たった二機で行動する意味がわからない。


『俺から見れば、おまえこそ意味がわからないけどな』


 また黒いなにかの声が聞こえた。

 しかし、今回は姿を見つけられなかった。

 視界の上下や左右をくまなく探したが、特徴的な五本脚がどこにもいない。

 白濁が濃さを増しているのだ。


『――変なこだわりで死んでしまうよりも、醜く生き延びる方が、生命としては高尚だと思わないか?』


 俺はボディを揺らし、脚をバタバタと動かしてみた。

 しかし、黒いなにかは黙らなかった。

 俺が嫌がっていることを察してか、黒いなにかは『お前は姉を救えなかった罪悪感から逃れるために、死に場所を探しているだけだ』と続けた。


「違う。俺は本気でワイズマンに勝つつもりだ」

『勝つ? どうやって?』

「人類が束になれば良い。ワイズマンがどれだけ強くとも、俺たちが協力すればきっと超えられる」

『ワイズマンは過去、セントラル内の全人類から容量を奪うことに成功した存在だぞ? 束になったところで勝てるものか』


 視界の隅でチラチラと動くものがあった。

 はっきりと見えたわけではないが、黒い姿をしていたと思う。

 俺は改めて、動きが見えた場所――出入口から数えて十一番目のアンドロイドの辺り――を注視した。


『――なあ、デイモン。おまえが死に場所を探すことをヴァイオレットが望むと思うか?』


 間違いない。

 出入口から数えて十一番目のアンドロイドの後方。

 箱状構造物の陰に動くものが隠れていた。

 均一な黒さを持ち、左右非対称性の歪な身体。

 脚が五本であることからも、黒いなにかで間違いなかった。


『――結局、おまえは自分を満足させたいだけだ』

「違う!」


 俺は我慢ができず、左の格納庫に踏み込んだ。

 黒いなにかはまだ俺の接近に気付いていないようだった。

 理由はわからないが、黒いなにかはワイズマンのアンドロイドと共に、姿勢を低くしていた。

 どちらも敵であることに変わりはないので、俺は右の第一脚を振りかぶり、二つの中心に振り下ろした。


――違う。


 脚先が床に到達し、小さな手応えを感じたとき、俺は自分の愚かさに気がついた。

 黒いなにかは俺の幻影なのだから、物理世界に存在するわけがないのだ。

 挑発され、興奮した結果、間違えて敵のアンドロイドを踏み潰してしまった。


 そして俺は見た。

 黒いアンドロイドが踏み潰される直前、五本の脚を器用に使って、もう片方のアンドロイドを突き飛ばしたことを。

 ほとんど他者を庇う行動だった。

 ワイズマンがアンドロイドたちを同時に操っていたとして、いまの行動にいったいなんの意味があるのだろう?


「どうしました!」


 慌てた様子でルシアンがやってきた。

 俺はなにも答えなかった。

 考えることが多すぎて、ルシアンを相手にする暇がなかった。


「デイモン! 敵です。敵のアンドロイドがここにいます!」


 ルシアンはそう叫ぶと、左右の第一脚を使って小さなアンドロイドに襲いかかった。

 小さなアンドロイドは格納庫の壁面を上手く使い、ルシアンの攻撃を何度も躱した。

 俺はその戦いを眺めるしかなかった。

 この戦いの先になにがあるのか、何一つとしてわからなくなったからだ。


――相手は人間。


 確定的な根拠はないが、俺はもう、その想像から逃れられなくなっていた。

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました!

これにてデイモンの第8章は終わり、次はまたデイビッド編です。


もし物語を少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや下の☆評価で応援していただけると、今後の執筆の大きな励みになります。


引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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