第43話:再び戦場へ
俺はまず脚の状態を確認した。
十二本の脚は損傷など始めから無かったかのように美しく、千切れていた左の第二脚と第三脚も問題なく動いた。
脚以外についても、ワイズマンの軍勢に付けられた傷が綺麗に消えている。
俺がセントラルへ戻った期間に修復されたのだと思うが、もしかすると、俺が新しいアンドロイドに転移したのかもしれない。
そんな風に考えてしまうほど、完璧に元通りだった。
「最悪……なにこれ」
三つほど左にあるアンドロイドから、ブリジットの不満気な声が聞こえた。
自分の身体を見下ろそうとでもしているのか、球形のボディをぎこちなく揺らしている。
「――真っ黒で、テカテカしてて、脚ばっかり。まるで虫みたい。こんなにダサい格好で戦わなきゃいけないわけ?」
「そうだ。それが『サーバ保守用の多足型アンドロイド』だからな。デザインよりも機能性を重視している」
俺がブリジットを嗜めると、すでに歩き始めているルシアンが、「少し癖があるようですね。動きにラグがあって、独特の重さも感じます」と言った。
「難しいか?」
「いえ、まあすぐに慣れるでしょう。代わりと言ってはなんですが、莫大なパワーが素晴らしい」
そう言うと、ルシアンは銃の試し撃ちのように近くのアンドロイドを蹴り飛ばした。
蹴られたアンドロイドの太い脚は、跳ねるように飛び上がった。
「――メイナードさんなら『面白いおもちゃだ』と喜びそうです」
「さあ、行くぞ。遊んでいる暇はないんだ」
俺は雑談を切り上げ、二人の前に移動した。
視界の左下にあるマップの存在を教えつつ、俺は通路を先導する。
まずは格納庫の奥にある『出入口』を目指すつもりだった。
「ねえ、ちょっと待ってよデイモン」ブリジットが慌ただしく追いかけてきた。「――武器はどうするの? 湾刀が出せないんだけど」
「その脚が武器だ。蹴ることは当然として、物を掴んで投げることもできる。先端を鋭利な爪に変形すれば、敵を突き刺すことも可能だ」
「はあ? 自分の脚を使えってこと?」
「そうだ。物理世界では武具を召喚できない」
「まあ仕方ないか……ここはセントラルの外なんだし」
意外と簡単に納得したブリジットは、脚の先を尖らせ、近くにあったアンドロイドを突くように蹴った。
蹴られたアンドロイドのボディに丸い穴が空き、中からオイルのようなものが漏れ出した。
どうやら二人は『乗り手のいないアンドロイドなら破壊しても良い』と思っているらしい。
モタモタしているとこの場のアンドロイドをすべて破壊されるような気がして、俺は先を急いだ。
広場に到着したあと、俺は二人に外殻へ出る方法を伝えた。
六角形のハニカム構造が敷き詰められた壁面は、このアンドロイドにとって梯子のようなものだ。
脚先を差し込んでボディを持ち上げて見せると、ルシアンとブリジットも俺に倣った。
「この上がセントラルの外なんですよね?」
見上げるルシアンの声に、少しだけ興奮の色が混じっていた。
「三百メートルほど上だ。そこがセントラルの外になる」
「なんだかすごいですね。こんなときですが、まさかセントラルの外に出られるなんて思いもしませんでしたよ」
「そうだろうな。俺もだ」
「ちょっと! 見てこれ! 少し力を入れただけで身体が浮くんだよ! 軽い、軽い!」
騒々しいブリジットは、脚を一本しか使わず、ぴょんぴょんと飛び跳ねるように壁を登った。
「調子に乗るなよ、ブリジット。低重力とはいえ、足場から離れると落下するんだからな」
「平気だって。私こういう立体的な動きは得意なほう」
そう言うとブリジットは、俺を追い抜き、一人で先に駆け上がった。
俺は「待て」と注意したが、ブリジットは止まる素振りも見せなかった。
ルシアンは俺に「あの状態になると、ブリジットは止まりませんよ」と言い、「――でも戦闘となれば協力してくれるので、許してあげてください」と続けた。
ブリジットは俺とルシアンから百メートルほど先行する形で壁を登った。
外殻に近づくにつれて、出入口から見える宇宙は大きくなった。
唯生園の住人のように星々は小さく、しかし無数に散らばっていた。
ときどきガス星雲が自分の存在を主張して、暗闇の中に様々な色彩を加えている。
『英雄気取りか? 馬鹿らしい』
黒いなにかの声が聞こえた。今度は視界の上のほうにいた。
『――この二人はおまえが人類のために戦っていると誤解しているぞ。良心の呵責はないのか? 騙したままで良いのか?』
黒いなにかは囁き続ける。
俺は左の第一脚を使用して、黒いなにかを振り払おうとした。
しかし、このアンドロイドの構造では、脚を真上にあげることができない。
仕方がないので俺は、さっきと同じようにボディを振り、黒いなにかを意識の外へ追いやろうとした。
黒いなにかは消える直前、『――おまえは自分の目的に他人を巻き込んでいる。大勢を巻き込もうとしている。わかってるんだろ? 誰よりも人類を馬鹿にしているのはおまえだ』と言った。
「どうしました? なにか問題でもありましたか?」
ルシアンが俺と並走しながら訊いた。
「なんでもない。気にするな」
やがて頂上までの距離が二百メートルを切った辺りで、ブリジットが突然ジャンプした。
勢いよく飛び上がったブリジットは、出入口を抜け、セントラルの外殻に到達した。
焦ったルシアンが「単独行動は危険ですよ。待ちなさい」と叱り、続けて飛び上がった。
仕方がないので俺も二人の後を追う。
出入口を抜けると灰白色の外殻が広がった。
セントラルはその巨大さ故に小惑星のようだ。
実際に重力まで発生しているのだから、知らない奴が見れば、金属型の小惑星と思うだろう。
俺は右の第五脚を出入口の縁に引っ掛けて、ジャンプの勢いを殺した。
速度をつけすぎたのか、脚を引っ掛けた途端に外殻が少し振動する。
二人に追いつくと、ブリジットは「遅いよ。私はそんな遅さに付き合ってられない」と言い残し、また勝手に走り出した。
おそらく全速力だ。
十二本の脚をバネのように使い、ブリジットは一瞬で地平線の彼方へ消えた。
ルシアンもさすがに呆れたのか、「ブリジットには参りました」と呟き、追いかけなかった。
俺は惰性で少し歩いたが、結局ルシアンと同じように足を止めた。
ただ、俺が足を止めた理由は、俺が大きな違和感を覚えたからだ。
ルシアンが「どうしたのですか?」と問うたので、俺は思い切って反転した。
違和感は最悪の形で存在した。
俺が脚を引っ掛けた出入口のすぐ近く。
ワイズマンの小さなアンドロイド二機が、伏せた状態でこちらを見上げていたのだ。




