第42話:走れ!
俺は反転し、腰を落として再び長柄斧槍を両手に構えた。
ルシアンは一本を残して大型両手剣を消滅させた。
ブリジットはぴょんぴょんとその場で飛び跳ねている。
準備は整った。
覚悟はできている。
あとは始めるだけだ。
「いくぞ!」
俺の合図でルシアンとブリジットも走り出した。
狙いは三キロ先にある瞬間転移システム。
敵は戦争反対派。
俺たちはクローヴィスが援護する中、立ち塞がる奴等を切り捨てて進むつもりだった。
第三唯生園まで一キロを切ったあたりで、集団の一人が俺たちに気づいた。
誰かが「おい! 気をつけろ!」と言い、別の誰かが「迎撃するぞ」と息巻いた。
ルシアンが俺の前に出た。
大型両手剣を右手で握り、剣身の平らな面を左手で支えた。
鼻の先で構えた剣はある種の盾のようだった。
俺は長柄斧槍を斜めに保持し、ルシアンの背中を追った。
ブリジットはすぐに視界から消えた。
正確には、俺たちの膝より下の高さに身を潜めた。
第三唯生園までの距離が百メートルを切ったところで、俺たちは更に加速し、戦争反対派の集団に突撃する。
正面にいた奴等は例外なく盾を構えていた。
身体を寄せ合い、隙間無くし、大きく強固な塊となった。
しかし、ルシアンは意に介さない。
減速せずに体当たりを実行する。
重量や数の力のみで勝負すれば、ルシアンに勝ち目はなかっただろう。
ただ、大型両手剣は敵を次々に弾き飛ばした。
前線にいる奴等は衝突の直前、ブリジットに足を削られ、踏み止まれなくなったからだ。
こじ開けられた道を進みつつ、俺は左右の敵を切り伏せた。
最初の衝突から十メートルほど食い込んだあたりで、ルシアンは大型両手剣を振り回した。
防御できなかった奴は上下に両断され、盾で防げた奴も後方へ吹き飛んだ。
ブリジットは相変わらず地を這うような姿勢だ。
盾の隙間や視界の外から、ブリジットは敵の足首を狙い続けた。
俺は二人を援護し、反撃された場合はルシアンやブリジットの代わりに防御した。
俺たちは順調に瞬間転移システムまでの距離を縮めていた。
特にクローヴィスの存在が大きかった。
乾いた破裂音が聞こえると、直後に誰かがバランスを崩す。
弾丸は速く、数も多かった。
飛び上がって上から攻撃を仕掛けてくる奴等は、もれなくクローヴィスに仕留められた。
『なあ。本当にまたワイズマンと戦うつもりか?』
黒いなにかは視界の右隅で問いかけた。
『――やめとけよ。ヴァイオレットなんて諦めろ。どうせ助けられないんだから』
「もう出てくるな」
『そもそもおまえはヴァイオレットを救いたいわけじゃない。自分の良心の呵責を消したいだけだろ?』
「しつこいぞ!」
俺は頭を振り、こびりつく幻覚を意識の外へ追いやった。
黒いなにかは「偽善者め」と吐き捨て、すっと姿を消した。
「壁だ! 壁を作って射線を切れ! あの狙撃を封じるんだ!」
瞬間転移システムの近くにいた誰かが叫んだ。
その命令に前衛の一部が反応し、重なるようにして隙間のない壁を造った。
場所は俺たちとクローヴィスのあいだだ。
次の瞬間、クローヴィスの放った複数の銃弾が、ガンガンガンという音を立てて盾の表面で弾かれた。
「安心しろ! 狙撃はもう来ない! 全員で押し潰せ!」
動揺していた集団が、意思を取り戻したようだった。
後方に控えていた奴等も雪崩のように殺到する。
俺たちは一歩も進めなくなった。
間の悪いことに、最初の衝突で切り伏せた奴等の傷が回復しつつあった。
「どいてよ! 邪魔!」
ブリジットが湾刀を振るうが、敵は損傷を気にせず向かってくる。
もはや個の暴力だけでは押し返せなくなっていた。
俺の長柄斧槍も、ルシアンの大型両手剣も、狭い空間に殺到する群衆の中では思うように使えない。
重い。
アバターたちの質量が、俺たちの足を完全に止めた。
二百以上対三という数の差は歴然としていた。
誰かが前に立ち塞がり、誰かの手が俺の脚を掴み、盾が四方から押し当てられた。
倒しても倒しても新しい敵が湧いて出てきた。
まるでワイズマンの軍勢を相手にしているようだった。
「一人ずつで良い! 奴等を地面に縫い付けろ!」
誰かの怒号が飛んだ。
最初に狙われたのは俺だった。
長柄斧槍の柄の部分が敵の盾とぶつかり、勢いを殺された瞬間、左右から無数の手が伸びてきて、俺の身体を拘束した。
「くそっ!」
もがく俺の上に、何人もの戦争反対派が折り重なった。
次にブリジットが押さえ込まれ、最後にルシアンが盾の下敷きとなった。
「終わりだ。参戦者ども――縛り上げて、隔離施設へ連れて行け!」
俺は首を捻って、上空を見上げた。
高度約三キロの座標で召喚した計二百本の長柄斧槍。
特攻を始める前に移動させ、高度五百メートルの位置で待機させていた。
「ルシアン! ブリジット! 自分の身は自分で守れよ!」
渾身の力で叫んだ。
奥の手を発動させる合図だった。
俺は計三百本の長柄斧槍を解き放ち、唯生園の前の畦道へ狙いをつけた。
破壊力のある銀色の雨は、武具を砕き、身体を切断し、地面を抉った。
悲鳴はほとんど聞こえなかった。
出せるほどの余裕がないからだ。
敵と味方の区別もない。
俺の背中に乗っていた奴等が串刺しになり、俺自身の右腕もどこかへ消えた。
肩や脇腹に傷を負った。
ルシアンやブリジットも同じような状態だった。
ただ、拘束は解けた。
「いまだ! 走れ!」
俺は立ち上がり、瞬間転移システムを最短距離で目指した。
ルシアンは近くに刺さった長柄斧槍を杖代わりに立ち上がり、ブリジットは戦争反対派を蹴り飛ばしてから進んだ。
事前に雨が降ることを知らない奴等は、まともに攻撃を喰らったようだ。
串刺しになったアバターの残骸が、墓標のように林立している。
もはや俺たちの前進を妨げる者はいない。
ただ走った。
遥か遠くで発砲音が聞こえた。
たぶんクローヴィスの挨拶だろう。
俺とルシアンとブリジットは、瞬間転移システムの中へ足を踏み入れた。
また黒い水のようなものが全身を包み、ズブズブと下へ落ちていく。
ルシアンとブリジットは戸惑っている様子だったが、泣き叫ぶようなことはなかった。
俺の落ち着いた様子が安心感に繋がったのだろう。
しばらく落下すると、俺たちの脚先は、黒い水の底に到達した。
ここまで通して読んでくださり、ありがとうございました。
予定では残り8話で完結です。
最後まで集中して書きますので、お付き合いいただければ幸いです。




