第41話:脱出の準備
カジノを出た俺とルシアンとブリジットは、人目に付かないように第三区へ移動し、赤土の畦道で南下した。
幅約三メートルの畦道は第三区から始まり、第八区を通過して第十三区に至る。
最初畦道は森林の真ん中を貫くが、第八区に入ったところで両側を鑑賞草原に変えた。
単調な風景を我慢して歩くと、第八区の北端から七キロほど進んだ位置に『第八区第三唯生園』が現れる。
俺たちは第八区の北端から四キロほど南下した場所で足を止めた。
あまり使われることのない畦道だが、幸運も重なり、誰にも見つからずに目的地へ到着した。
南に約三キロ離れた第三唯生園を眺めると、道の赤色を遮断するように多くの人々が集まっていた。
戦争反対派の集団だろう。
コンソールを呼び出して容量を視力に集中すると、瞬間転移システムを囲う有象無象のアバターは数百名に及んでいた。
「二人は道の両端で姿勢を低くしてくれ。完璧じゃないが、発見されにくくなるはずだ」
俺は説明しながら、手で二人に合図した。
二人は頷き、背丈一メートル弱の草むらの近くに膝をついた。
俺も道の右側で姿勢を低くし、手元に長柄斧槍を呼び出した。
予想通り、唯生園の北側へは召喚禁止区域を広げていないようだった。
続けて十メートル先と、五十メートル先と、百メートル先に長柄斧槍を召喚した。
実験の結果、長柄斧槍は十メートル先にだけ出現した。
細かく試してみたところ、十六メートル先まで召喚できた。
俺たちは再び立ち上がり、境界ギリギリの座標まで移動した。
「ではみなさん。幸運を祈ります」
俺とブリジットがいつもの武器を構えると、ルシアンは笑顔でそう言った。
ルシアンの周囲には計二十本の大型両手剣が召喚されていた。
「なあ、おまえら。もう一度聞くけど、本当に良いのか? おまえたちは本当にワイズマンと戦うつもりなんだな?」
「当たり前でしょ」
ブリジットは右手の中で湾刀を一回転させた。
「――私は『自分が一番強い』って思い込んでる奴が気に入らないんだよ。そういう奴を見ると、ギッタギタに刻んでやりたくなる。だから絶対に戦いたい」
俺はもう一度ルシアンに水を向けた。
「ルシアン。おまえはどうだ? 相手はたぶん人類最強だぞ。それでも立ち向かえるか?」
「相手の強さは関係ありません。私はただ、『メイナードさんならどうするかな』と思うだけです。メイナードさんがこの場にいれば、きっと生存戦争にも参加していたでしょう。だから私も参加します」
「なるほど。わかった。もう訊かない。この話はこれで終わりだ」
俺は念のために、今後の流れについて二人と確認した。
俺とブリジットが戦争反対派に奇襲を仕掛け、瞬間転移システムに飛び込むこと。
ルシアンは援護として、この位置から大型両手剣の雨を降らせること。
俺とブリジットが転移に成功すれば、ルシアンはすぐにこの場を離脱し、他の参戦派が身を隠す場所を探すこと。
参戦派を見つければ、『生存戦争が真実であるという情報』と『戦争反対派による包囲網を突破する方法』を伝え、参戦を促すこと。
ルシアンの役割が多いけれど、それが最善だとルシアンは主張した。
参戦派はそもそも参戦を望んでいるので、説明に二人も要らない。
一方、戦場は俺が抜けたことで不利になっているかもしれない。
続けてルシアンは「だからデイモンは急ぎ外殻に戻ってください。セントラルには私が残ります」と言い張った。
北からふわりと風が吹き、風に合わせて鑑賞草原が波打った。
個々の草本植物は風に逆らわず、穂先を南に靡かせた。
空には輪郭をはっきりさせた雲がいくつも浮かんでいて、緩やかに南へ向けて移動する。
「実はまだ、いまいち理解できてないんだけどさ。なんで突然、あの包囲網に反撃できるって話になったの?」
このタイミングでなぜ? と俺は思ったが、ブリジットがあまりに不思議そうにしていたからか、ルシアンは「説明しましょう」と笑顔を作った。
「――あなたもご存知のように、召喚禁止区域の外であれば召喚できるし、一旦召喚したものであれば召喚禁止区域の内側に持ち込めます。今回のデイモンのアイデアは『召喚禁止区域の外から召喚攻撃を仕掛ける』というものです。この作戦を実行すれば、人数差という戦力上の不利を少しは解消できると思います」
「なにそれ。じゃあ最初からそうすれば良かったじゃん」
「まあ、そういうことですね。私が思いつけば、もっと早くに実行できたと思います」
「ふうん」
ブリジットがつまらなそうに言うので、俺は苦笑するしかなかった。
これから大きな勝負が控えているというのに、ブリジットと話していると調子が狂ってしまう。
一方、ブリジットの対応に慣れているのか、ルシアンは「では始めましょうか」といつも通りの口調で仕切り直した。
「待てよ、ルシアン」
突然話しかけられたので、俺は驚き身構えた。
振り返ると、畦道の中央で胸を張るようにクローヴィスが立っていた。
「クローヴィス! どうしてここに?」
ルシアンが誰よりも先に訊いた。
「黙って見ていられなかったからだ。おまえの貧相な射撃能力で、大型両手剣を飛ばすだと? 遠距離からブリジットとデイモンを援護するだと? 狙いが定まらずに、ブリジットやデイモンを傷つけるのがオチだ。ふざけているのか?」
「しかし……」
「まあ、待て。その役目は俺がする。ついでに『セントラル内部の参戦派を探して、話をつけること』も俺がしてやる。だからルシアン。おまえも戦場に行ってこいよ」
「なんだよ急に? おまえは生存戦争に反対なんだろ?」
俺はルシアンを押し退けて、クローヴィスの前に出た。
クローヴィスは俺から目を逸らし、ルシアンとブリジットを見つめて「気が変わった。俺もこの戦争に加担する」と言った。
「もちろん歓迎しますよ。心から歓迎します。しかし、どうして? あなたは反対派だったでしょう」
「まあ、あれだ。戦争に反対してワイズマンに許される確率と、ワイズマンに勝てる確率。よく考えてみりゃ、どっちも大して変わらないんだよな。結局消滅させられるなら、俺だって少しはマシな方を選びたい」
そこで一度、クローヴィスはふふと笑った。まるで自嘲するような笑い方だった。
「――それに、ルシアン。やっぱりおまえが正しいわ。一度戦いが始まれば、メイナードさんは逃げるような人じゃなかった。俺の中ではそれが答えだ。俺はずっとあの人みたいになりたかったんだよ」
「判断が遅いよ。それはカジノで言われてたことでしょ」
ブリジットは両手の湾刀同士を打ち付けて、チンと高い音を鳴らした。
「ああそうだ。だが、臆病者が覚悟を決めるには、それなりに時間が必要なんだ」
「良いのか? 本当に信じて。本当に俺たちの味方になるんだよな?」
俺はクローヴィスの左腕を掴み、三人の会話に割って入った。
「うるさい。おまえは勝手にしろ。別に信じたくなければ信じなくても良い」
クローヴィスは勢いよく俺を払い、二丁の回転式拳銃を左右の手に召喚した。
それぞれを握りしめると、両腕を水平に伸ばし、銃口を第三唯生園の方角に向ける。
「――ただ、射撃は俺の専門だ。ルシアンの大型両手剣よりは期待できるだろ?」
「わかった。じゃあ頼むよ、クローヴィス。あとのこともすべて任せる」




