第40話:それぞれの想い
「ね。だから言ったでしょ」
ブリジットがルーレットテーブルから飛び降りて言った。
「――セントラルが壊れてきてるのに、アレが嘘のはずないんだって。私たちはもっと早くから覚悟を決めるべきだったんだよ」
「え? セントラルが壊れてる?」
俺が繰り返すと、「あなたはすぐに参戦してしまったので、ご存知ないでしょう。詳しくは私が説明します」とルシアンが目を細めた。
ブリジットもなにか言おうとしていたが、具体的な説明はルシアンが適任だと考えたらしい。
一度肩をすくめると、ルーレットテーブルの上に戻った。
「――おそらくセントラルの損傷が原因だと思いますが、幾つもの区域で異変が発生しています。たとえば六区では雪の代わりに石が降り始めましたし、二区と二十四区の海水は減少しました。他にも、七区で気温が上昇し、十四区で風が吹かなくなったという噂があります」
採掘が原因だ――そう俺は確信した――ワイズマンの軍勢が物理的にセントラルを削っているから、削った分だけ不具合が発生しているのだ。
そうでなければ理屈がつかない。
六区で石が降ることも、二区と二十四区の海水が減少することも、俺が記憶している限り、これまでに一度も発生しなかった。
気温や風の問題だって、ワイズマンが原因なのだろう。
「――あとは行方不明になった人物が数名いますが、こちらも噂レベルです。なにせ生存戦争が始まってから、戦争反対派が活発に活動し、何百名も隔離していますからね。隔離中の何名かが行方不明者としてカウントされていても、特段不思議はないと思います」
「そういう意味では結局、生存戦争やセントラルの破壊が『行方不明の原因』と言えなくもないな」
「なるほど。わざわざ分ける必要はないかもしれませんね」
「すまん。話の腰を折った――そんなことより『戦争反対派』だ。そもそもなんで戦争反対派なんて奴等が出てくるんだ? ワイズマンは俺たち人類を全滅するつもりなんだぞ? 戦わずに死にたいのか?」
俺は疑問を口にしながら、トールがセントラルの外殻で言った「死を選んでしまう」という言葉を思い出した。
やはり人類は自ら死んでしまうのだろうか?
それが俺たちの終着点なのだろうか?
しかし、ルシアンは「逆ですよ。彼等はどうしても生き残りたいのです」と、俺の意見を真っ向から否定した。
「――相手は人類最高容量を保有するワイズマンです。まともに戦って勝てる相手ではありません。多くの人々はそう思い、生存戦争に反対すると決めました。反対だけでは飽き足らず、いまでは他の参戦者の妨害もしています」
「もしかして、戦わなければワイズマンに見逃してもらえるとでも思っているのか?」
「仰る通りです。彼等は勝ち目のない生存戦争よりも、生存戦争に加担しないことでワイズマンの許しを期待し、その後に対話ができると考えています」
「は?」
俺は非難の言葉すら思いつかなかった。
あまりにも楽観的で、あまりにも浅い考えだ。
他の奴等はワイズマンを神かなにかだと誤解しているのだろうか?
あるいはワイズマンの保有する高い容量が、知恵や知識や知能だけでなく、神のような慈悲まで付与すると思っているのだろうか?
しかも『対話』だ。
あのワイズマンと対話だと?
俺の視界の右隅に、また黒いなにかが現れた。
黒いなにかは『良いアイデアじゃないか! ワイズマンに土下座すれば、おまえも許してもらえるかもしれないぞ?』と言った。
目障りだったので、俺は右手の甲で黒いなにかを払い、一時的に消滅させた。
「――つまり戦争反対派は『参戦という行為がワイズマンに対する反逆』だと考え、『他の参戦者の存在も連帯責任になる』と恐れたから、他の参戦者の妨害を始めたってことか」
「そうです」
「じゃあ、召喚の抑止はどうしている? 誰かが『他人の召喚を抑止する方法』を使わなければ、いまのような状況にはならないだろ」
セントラルにおいて召喚は、戦力差を覆すためのほとんど唯一の方法だ。
逆に、召喚が使えなければ『数の多いほう』が勝つ道理。
イーサンのように単体で強さを誇る奴は稀なので、戦争反対派の壁を突破することはかなり難しい。
対抗するためには参戦者も数を集めれば良いが、徒党を組むほどの意思疎通はできていないのだろう。
戦闘を好む奴等は、お互いに容量を奪い合ってきた経験から、『背中を預けるくらいなら一人で戦った方がマシだ』と思う傾向にある。
クローヴィスたちの様子を見る限り、ワイズマンの宣戦布告を信じられず、疑心暗鬼になっている奴も多そうだ。
結果として、戦争反対派の望む環境となっている。
「方法はわかりません。しかし、ヨルムという第十三区で暮らす人物が関与していることだけはわかっています。具体的に言えば、生存戦争が始まってすぐに、ヨルムが戦争反対派をまとめ上げ、全三十区の唯生園の周囲に結界のようなものを張りました」
「ああ、ヨルムか……」
「お知り合いですか?」
「いや、すまん。俺も会ったことがある程度だ。話をしたわけじゃないし、詳しくもない」
久しぶりに聞く名前だった。
トールが説得を続けていた自称研究者の一人。
俺もトールの付き添いとして、一度だけ第十三区で会ったことがある。
当時のトールの説明によると、ヨルムはトールより少し低い程度の容量や知識を持っているとの話だった。
だから『他人の召喚を抑止する方法』を知っていても不思議はない。
俺の返答を聞いたルシアンは「そうでしたか。残念です」と溢した。
「なにが残念なんだ?」
「もしもお知り合いであれば、あなたにヨルムを説得してもらいたかったのです。あの結界がある限り、私たちは戦争反対派を突破して、生存戦争に参加できませんからね」
入り口近くに並ぶスロットマシンの筐体が、また当選時のファンファーレを鳴らした。
今度は不吉な感じがしなかった。
甲高く、勇ましく、俺の気持ちを奮い立たせるようだった。
「え? もしかして、おまえたちも参戦するつもりなのか?」
「当然でしょ? そうじゃなきゃ殺されるんだから」
ブリジットが俺を馬鹿にするように言った。
「良いのか? 物理世界は勝手が違うし、相手は無限にも思える軍勢だぞ」
「もちろん、覚悟はできています」
ルシアンは一つ大きく頷いた。
「クローヴィスはどうだ? おまえもワイズマンと戦う気はあるか?」
「嫌だね。俺は勝てない勝負をしない主義だ」
そう言うと、クローヴィスは勢いよく椅子から立ち上がった。
熱くなった空気に、冷風を差し込むような言い方だった。
クローヴィスはルシアンとブリジット睨み、「――おまえらも少しは考えろ。ワイズマンだぞ? 無限の軍勢だぞ? 無理に決まってるだろ」と続けた。
「怖いの?」
ブリジットが堪らず挑発した。
「――クローヴィスはいつだってそうだよ。戦いになれば強い癖に、誰よりも臆病なんだから」
「馬鹿よりはマシだ。俺は賢く生きたい。この場にメイナードさんがいれば、俺に同意してくれたはずだ」
俺はブリジットに加勢し、「おまえも『ワイズマンの許し』なんて、甘い幻想を期待するのか?」と挑発した。
しかしクローヴィスは、「たとえ極小でも、許される可能性はゼロじゃない。でも戦う場合はダメだ。ワイズマンと戦って、勝てる可能性はゼロになる」と言った。
「メイナードさんなら!」
ルシアンが突然大声を出した。
「――メイナードさんなら、たぶん諦めなかったと思います。生存戦争はもう始まっていますし、一度戦いが始まれば、メイナードさんは逃げるような人じゃなかった」
「おい、ルシアン。おまえ、俺を馬鹿にしてるのか?」
「そんなつもりはありません。でも、あなたも覚えているでしょう? メイナードさんは自我を失ってでも勝ち筋を探そうとした」
「知らねえよ!」
クローヴィスがルーレットテーブルを思い切り叩いた。
ルシアンとブリジットはその剣幕を見てビクリと飛び上がった。
「――おまえらが参戦を望んでいるみたいだから、敢えて聞かないつもりだったが、こうなれば仕方がない。なあ、デイモン。これから俺が言う質問にもはっきりと答えろよ」
「なんだよ? 改まって」
「ヴァイオレットはどうした? なぜおまえの話に出てこない。アイツがいれば。あの大会で莫大な容量を獲得した奴がいれば、ワイズマンとも勝負になったんじゃないのか?」
もう逃げられないと思った。
この状況で誤魔化すことはできない。
嘘もダメだ。
ルシアンやブリジットは参戦希望者なのだから、誠意を見せる上でも、すべての情報を共有すべきだと思った。
「ヴァイオレットは大会の二日後……ワイズマンによって連れ去られた」
「ほらな」
クローヴィスはもう一度テーブルを叩くと、大股で歩き出した。
スロットマシンの群れを通り抜け、出口に向かう。
ドアを力任せに開けると、こちらへ振り返り、最後に「あのヴァイオレットが負けたんだぞ! 俺らになにができるってんだ? 話になんねえよ!」と言った。




