第39話:カジノにて
天井の高さは約八メートル。
全体がオレンジ色の光源となり、室内にぼんやりとした明るさを提供している。
壁に窓はなく、代わりにいくつもの大型ディスプレイが並んだ。
それぞれが『ジャックポット時の配当』、『当選確率』、『過去の当選履歴』といった情報を文字や数字で表示しているが、カジノは開店休業状態なので、参考にする奴は皆無だった。
床は深紅の絨毯が隙間なく敷き詰められ、必要以上に毛足が長い。
全身を縛る綱から解放された俺は、ルーレットテーブルの奥に用意されたソファに座らされ、口のテープを剥がされた。
「どういうつもりだ?」
漠然と問いながら、俺は三人の様子を注視した。
クローヴィスは正面の椅子に浅く座り、やや前傾姿勢で俺を睨む。
ルシアンは大型両手剣を床に刺し、杖のように握りながらクローヴィスの隣に立った。
ルーレットテーブルの上に腰をおろすブリジットは、先ほどから湾刀でコインを削っている。
メインストリートで救出されたことや俺の拘束を解いたことから、害意は低いと考えられるが、油断はできなかった。
このカジノの中でも召喚はできないし、結局は三対一だからだ。
仮に俺が暴れたとしても、クローヴィスたちは問題なく俺を再拘束できるだろう。
「不満か? 俺たちがおまえを助けたことが」
「そうは言っていない。ただ、なにか目的があるんだろ?」
「おい、デイモン。嫌な言い方をするな。俺たちは長い付き合いじゃねえか」
クローヴィスは軽口を叩くが、表情はいたって真剣だった。
ルシアンもブリジットも笑っていない。
その態度が奇妙だったし、俺には気持ち悪かった。
「わからない。おまえはさっき『俺たちはそこのデイモンに用がある』と言ったよな? あれは嘘だったのか? それとも俺の聞き間違いか?」
「なぁに。ちょっと聞かせて欲しいことがあるんだよ。だからわざわざおまえを救出し、安全な場所へつれてきた」
「聞かせて欲しいこと?」
「『瞬間転移システム』って奴だ。あの向こう側にはなにがある? おまえは向こう側に行ってきたんだよな?」
どう回答すべきか俺は迷った。
クローヴィスたちの目的や意図がわからなかったからだ。
なにかを教えればなにかが不利になる――俺とクローヴィスたちはいつもそんな関係だった。
ただ、俺はすぐに考え直した。
瞬間転移システムの向こう側なんて、実際に行けばすぐにわかることだ。
隠すメリットもなければ、嘘をつく理由もない。
そう判断した俺は「戦場だ。このあいだセントラルが説明していた通り」と正直に答えた。
「マジかよ」
意外にも、クローヴィスたちは戸惑っている様子だった。
顔つきは険しくなり、しばらく無言になった。
ブリジットだけが嬉しそうに、ニヤリと口を歪めている。
「なにを驚いている。当然だろ? 他になにがあると思っていたんだ」
「本当にセントラルの外に出るのですか?」
ルシアンが誰よりも早く質問した。
「そうだ」
「ワイズマンの軍勢と勝負できるの?」
ブリジットは、削っていたコインを床に捨てて訊いた。
「そうだ」
「なんだよ。意味わかんねえ」
クローヴィスはそう言って、開いていた両膝のあいだに頭を落とした。
「繰り返すが、ぜんぶセントラルの説明通りだ。ワイズマンは人類の放棄を決定し、軍勢を率いてセントラルの破壊を進めている」
「作り話じゃないのか? 俺にはどうしても信じられねぇ」
「おまえが信じようが信じまいが関係ない。それが事実であり、真実だからだ。俺が嘘をついていると思うなら、おまえもセントラルの外殻に立ってみると良い。そこで偏見のない情報が手に入る」
「いや、いい。いまのは忘れてくれ」
またクローヴィスが黙り込んだので、代わりにルシアンとブリジットが幾つか質問した。
俺は訊かれた内容に合わせ、多足型アンドロイドの操作性や、ワイズマンが操るアンドロイドや、現在の拮抗状態について説明した。
いずれも大した情報じゃないが、三人は真剣に耳を傾けた。
たぶん唯生園の周囲の妨害により、外の情報が入ってこないのだろう。
ブリジットは戦闘の方法に興味を持ち、ルシアンはすでに参戦している奴の数と名前を知りたがった。
クローヴィスだけが静かだった。
クローヴィスは口を挟むこともなく、険しい顔つきで俺たちのやりとりを聞いていた。
なんとなくだが、俺にはクローヴィスの気持ちがわかった。
おそらくこれが普通の反応なのだろう。
生存戦争だけでなく、ワイズマンからのメッセージも、セントラルによる強制的な説明も、俺たちは過去に経験したことがない。
俺だってワイズマンと対峙し、未来を見ていなければ、たぶん混乱していたはずだ。
そういう意味では、ルシアンやブリジットが異常に見えた。
やがて、二人の質問が終わると、クローヴィスは「ワイズマンと戦争だと? なんでだ? なんでこうなった?」と呟いた。
「理由はわからない。ワイズマンが決めたことだ」
「本当に知らないのか? いきなり人類は放棄されることになったのか? ワイズマンが前触れもなく決定したっていうのか?」
「ああ、そうだ。最初からそう説明している」
「じゃあなんで、おまえや亀は、さっさと参戦を決めたんだよ?」
クローヴィスにしてはかなり鋭い質問だった。
俺は即答できず、口を閉じた。
下手な言い訳をするつもりはなかったが、真実を話す気にもなれなかった。
「――誰かがセントラルをハッキングしたのかもしれない。ハッキングをして、セントラルで暮らす全員に嘘の情報を流したのかもしれない。仮にあれがワイズマンのメッセージだとしても、生存戦争とは無関係で、ゲートに入った者を捕獲する罠かもしれない」
クローヴィスは矢継ぎ早に可能性を挙げた。
しかし、俺を言い負かしたい訳ではなさそうだった。
悪意どころか、言葉の端々に必死さを感じた。
やはりクローヴィスは現状を理解できず、混乱しているのだろう。
敵でも味方でもなく、迷える一人の人間だ。
「――だから俺には意味がわからない。なんでおまえや亀は、さっさと参戦を決めたんだ?」
「どうしてわからない? すべてが本当の話だとしたら、急ぐしかないだろう? 意味もなく待っているあいだに、取り返しのつかない状況に追い込まれるかもしれない」
もう一度考えてみたが、やはり真実は言えなかった。
言ったところで意味がないからだ。
人類の進化の極点に死が待っていることも、ヴァイオレットが容量過多で死にかけていることも、その結果としてワイズマンが人類を諦めたことも、例外なく説得力に乏しい。
打ち明けたところで信じられず、逆に混乱を増やすだけだ。
だから俺は答えない。
あのとき、あの場所にいて、三百ペタを超える容量を体験してこそ理解できる話なのだ。
落胆したのか、クローヴィスは「んだよそれ」とだけ呟いた。
俺ももう言うことはなかった。
四人で沈黙していると、カジノ内の雑多な音がよく聞こえる。
入り口近くに並べられたスロットマシンの筐体が、デモンストレーションとして、当選時のファンファーレを鳴らしていた。
無人の客に向けたその効果音は、まるで世界の終わりを知らせているようだった。




