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バグ・ハンティング  作者: えぬ氏
第8章:生存戦争(デイモン編)
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第39話:カジノにて

 天井の高さは約八メートル。

 全体がオレンジ色の光源となり、室内にぼんやりとした明るさを提供している。

 壁に窓はなく、代わりにいくつもの大型ディスプレイが並んだ。

 それぞれが『ジャックポット時の配当』、『当選確率』、『過去の当選履歴』といった情報を文字や数字で表示しているが、カジノは開店休業状態なので、参考にする奴は皆無だった。

 床は深紅の絨毯が隙間なく敷き詰められ、必要以上に毛足が長い。


 全身を縛る綱から解放された俺は、ルーレットテーブルの奥に用意されたソファに座らされ、口のテープを剥がされた。


「どういうつもりだ?」


 漠然と問いながら、俺は三人の様子を注視した。

 クローヴィスは正面の椅子に浅く座り、やや前傾姿勢で俺を睨む。

 ルシアンは大型両手剣ツヴァイヘンダーを床に刺し、杖のように握りながらクローヴィスの隣に立った。

 ルーレットテーブルの上に腰をおろすブリジットは、先ほどから湾刀ククリでコインを削っている。

 メインストリートで救出されたことや俺の拘束を解いたことから、害意は低いと考えられるが、油断はできなかった。

 このカジノの中でも召喚はできないし、結局は三対一だからだ。

 仮に俺が暴れたとしても、クローヴィスたちは問題なく俺を再拘束できるだろう。


「不満か? 俺たちがおまえを助けたことが」

「そうは言っていない。ただ、なにか目的があるんだろ?」

「おい、デイモン。嫌な言い方をするな。俺たちは長い付き合いじゃねえか」


 クローヴィスは軽口を叩くが、表情はいたって真剣だった。

 ルシアンもブリジットも笑っていない。

 その態度が奇妙だったし、俺には気持ち悪かった。


「わからない。おまえはさっき『俺たちはそこのデイモンに用がある』と言ったよな? あれは嘘だったのか? それとも俺の聞き間違いか?」

「なぁに。ちょっと聞かせて欲しいことがあるんだよ。だからわざわざおまえを救出し、安全な場所へつれてきた」

「聞かせて欲しいこと?」

「『瞬間転移システム』って奴だ。あの向こう側にはなにがある? おまえは向こう側に行ってきたんだよな?」


 どう回答すべきか俺は迷った。

 クローヴィスたちの目的や意図がわからなかったからだ。

 なにかを教えればなにかが不利になる――俺とクローヴィスたちはいつもそんな関係だった。


 ただ、俺はすぐに考え直した。

 瞬間転移システムの向こう側なんて、実際に行けばすぐにわかることだ。

 隠すメリットもなければ、嘘をつく理由もない。

 そう判断した俺は「戦場だ。このあいだセントラルが説明していた通り」と正直に答えた。


「マジかよ」


 意外にも、クローヴィスたちは戸惑っている様子だった。

 顔つきは険しくなり、しばらく無言になった。

 ブリジットだけが嬉しそうに、ニヤリと口を歪めている。


「なにを驚いている。当然だろ? 他になにがあると思っていたんだ」

「本当にセントラルの外に出るのですか?」


 ルシアンが誰よりも早く質問した。


「そうだ」

「ワイズマンの軍勢と勝負できるの?」


 ブリジットは、削っていたコインを床に捨てて訊いた。


「そうだ」

「なんだよ。意味わかんねえ」


 クローヴィスはそう言って、開いていた両膝のあいだに頭を落とした。


「繰り返すが、ぜんぶセントラルの説明通りだ。ワイズマンは人類の放棄を決定し、軍勢を率いてセントラルの破壊を進めている」

「作り話じゃないのか? 俺にはどうしても信じられねぇ」

「おまえが信じようが信じまいが関係ない。それが事実であり、真実だからだ。俺が嘘をついていると思うなら、おまえもセントラルの外殻に立ってみると良い。そこで偏見のない情報が手に入る」

「いや、いい。いまのは忘れてくれ」


 またクローヴィスが黙り込んだので、代わりにルシアンとブリジットが幾つか質問した。

 俺は訊かれた内容に合わせ、多足型アンドロイドの操作性や、ワイズマンが操るアンドロイドや、現在の拮抗状態について説明した。

 いずれも大した情報じゃないが、三人は真剣に耳を傾けた。

 たぶん唯生園の周囲の妨害により、外の情報が入ってこないのだろう。

 ブリジットは戦闘の方法に興味を持ち、ルシアンはすでに参戦している奴の数と名前を知りたがった。

 クローヴィスだけが静かだった。

 クローヴィスは口を挟むこともなく、険しい顔つきで俺たちのやりとりを聞いていた。


 なんとなくだが、俺にはクローヴィスの気持ちがわかった。

 おそらくこれが普通の反応なのだろう。

 生存戦争だけでなく、ワイズマンからのメッセージも、セントラルによる強制的な説明も、俺たちは過去に経験したことがない。

 俺だってワイズマンと対峙し、未来を見ていなければ、たぶん混乱していたはずだ。

 そういう意味では、ルシアンやブリジットが異常に見えた。


 やがて、二人の質問が終わると、クローヴィスは「ワイズマンと戦争だと? なんでだ? なんでこうなった?」と呟いた。


「理由はわからない。ワイズマンが決めたことだ」

「本当に知らないのか? いきなり人類は放棄されることになったのか? ワイズマンが前触れもなく決定したっていうのか?」

「ああ、そうだ。最初からそう説明している」

「じゃあなんで、おまえや亀は、さっさと参戦を決めたんだよ?」


 クローヴィスにしてはかなり鋭い質問だった。

 俺は即答できず、口を閉じた。

 下手な言い訳をするつもりはなかったが、真実を話す気にもなれなかった。


「――誰かがセントラルをハッキングしたのかもしれない。ハッキングをして、セントラルで暮らす全員に嘘の情報を流したのかもしれない。仮にあれがワイズマンのメッセージだとしても、生存戦争とは無関係で、ゲートに入った者を捕獲する罠かもしれない」


 クローヴィスは矢継ぎ早に可能性を挙げた。

 しかし、俺を言い負かしたい訳ではなさそうだった。

 悪意どころか、言葉の端々に必死さを感じた。

 やはりクローヴィスは現状を理解できず、混乱しているのだろう。

 敵でも味方でもなく、迷える一人の人間だ。


「――だから俺には意味がわからない。なんでおまえや亀は、さっさと参戦を決めたんだ?」

「どうしてわからない? すべてが本当の話だとしたら、急ぐしかないだろう? 意味もなく待っているあいだに、取り返しのつかない状況に追い込まれるかもしれない」


 もう一度考えてみたが、やはり真実は言えなかった。

 言ったところで意味がないからだ。

 人類の進化の極点に死が待っていることも、ヴァイオレットが容量過多で死にかけていることも、その結果としてワイズマンが人類を諦めたことも、例外なく説得力に乏しい。

 打ち明けたところで信じられず、逆に混乱を増やすだけだ。

 だから俺は答えない。

 あのとき、あの場所にいて、三百ペタを超える容量を体験してこそ理解できる話なのだ。


 落胆したのか、クローヴィスは「んだよそれ」とだけ呟いた。

 俺ももう言うことはなかった。

 四人で沈黙していると、カジノ内の雑多な音がよく聞こえる。

 入り口近くに並べられたスロットマシンの筐体が、デモンストレーションとして、当選時のファンファーレを鳴らしていた。

 無人の客に向けたその効果音は、まるで世界の終わりを知らせているようだった。

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