第38話:反対する人々
俺はセントラルの外殻上を全力で走った。
地図と比較したところ、時速二百二十七キロは出ているようだった。
左側の脚の本数が少なかったため、バランスを崩す危険性はあったけれど、経路が直線であることと、重力のほとんどない環境が俺に味方していた。
格納庫まで戻る道中、ワイズマンのアンドロイドと出会わなかった点も幸いだった。
いま敵と遭遇しても、たぶんまともに戦えなかっただろう。
黒いなにかは何度払っても俺の視覚を妨害するし、非難の言葉で俺の集中力を削いでいたからだ。
俺は反応しなかったが、黒いなにかは『おまえが容量を渡さなければ良かったんだ。そうすればヴァイオレットは苦しまなかった』と繰り返し、その言葉が俺から落ち着きと冷静さを奪っていく。
全部わかっていたのだ。
俺がメイナード戦で召喚を使わなければ、あの大会は開催されなかった。
俺がヴァイオレットの計画に乗らなければ、ヴァイオレットは優勝できなかった。
ヴァイオレットの提案に従い、俺が主体となって大会に参加していれば、優勝して高容量を受け取っていたのは俺だった。
俺が余計なことをした結果、ヴァイオレットは連れ去られ、生存戦争が勃発してしまった。
俺は長方形の『出入口』の壁を降りて、底にある格納庫に戻った。
元の接続点を探し出し、アンドロイドを停止させると、ほとんど自動的に俺の意識はセントラル内へ転送された。
気づけば俺はいつもの人型アバターに変わっていて、正面には飽きるほど見慣れた鑑賞草原と快晴の空があった。
北の方角には無限の高さを持つワイズマンの塔が聳え、俺の背後は懐かしい第八区第三唯生園の広場だ。
「おい! 誰か出てきたぞ!」
違いがあるとすれば、生存戦争用に設置された瞬間転移システムと、瞬間転移システムを囲うように並ぶ奴等の姿だ。
唯生園の前の畦道に、二百人くらいが集まっていた。
剣や槍を持つ奴もいたが、多くは大きな盾のようなものを装備していた。
幾つか見覚えのある顔もあったので第八区の住人たちなのだろう。
奴等は俺の姿を見ると、挨拶もせずに飛びかかってきた。
「なんのつもりだ?」
俺は集団に対抗するため、長柄斧槍を呼び出そうとした。
右手に一本と、高度五メートルの座標に二十本。
右手で身を守る一方、『雨』は周囲を牽制する目的だった。
しかし、俺の計画はなにも達成できなかった。
召喚に失敗したからだ。
「こいつ、デイモンだぞ。あのヴァイオレットの弟の」
「マジかよ。なんでここから出て来るんだ?」
「誰よりも早く参戦したってことだろ? つまり敵だ。油断するな」
さすがに俺も、武器や召喚のない状態で人数差を覆すほど強くはない。
押し寄せてくる盾の集団を前に、俺はほとんど無力だった。
組み伏せられた俺は、太い綱で全身を縛られ、テープのようなもので口を塞がれた。
――これは『他人の召喚を抑止する方法』だ。
直感だが、間違いない。
何度も試みたけれど、まったく召喚できなかった。
長柄斧槍どころか、唯生園の網も波刃剣も出てこない。
もちろんセントラルの外に出たことで、俺自身になにか変化が発生した可能性も否定はできない。
しかし、この場にいる全員が召喚を使わず、手持ちの武器や道具で俺に対抗する状況こそ大きな証拠。
――発見されてしまったのか。
誰しもが召喚を使う社会に変わったのだから、『他人の召喚を抑止する方法』を思いつく奴がいても不思議じゃない。
特に、賭け試合をしている奴等にとっては喫緊のテーマだろう。
対戦相手がなにを召喚してくるかわからない不安の中で、召喚自体を防ごうとする考え方は自然だ。
問題は、なぜ第八区第三唯生園の周囲で『他人の召喚を抑止する方法』を使っていたのかという話だが……
――もしかして、これがイーサンの話していた妨害?
武器を持ち、二百もの人数で待機していた奴等。
準備された『他人の召喚を抑止する方法』。
瞬間転移システムから現れた俺を見て「なんでここから出て来るんだ?」と驚く理由……
生存戦争に反対し、生存戦争の参加者を妨害していると考えれば、綺麗な筋が通っている。
――時間を無駄にしている場合じゃないのに。
丸太のような姿となった俺は、背の高いアバターに担ぎ上げられた。
背の高いアバターは俺になにも告げず、熊型のアバターと共にメインストリートへ歩き出した。
残りの奴等は唯生園の前に残るらしい。
俺はまったく動けなかったので、周囲の様子をぼんやりと観察した。
生存戦争の影響からか、メインストリートはひどく閑散とした。
快楽を求める奴等も容量を求める奴等も減っていて、それが逆説的に、メインストリートを緩い空間に変えていた。
熊型のアバターは、俺を担ぎ上げる背の高いアバターから離れない。
ハンマーを持って周囲を警戒する様子から、たぶん護衛なのだろう。
他に仲間の姿も見とめられないので、実力者である可能性が高いが、だからといって俺が二人程度に手も足も出ない状況は癪だった。
試しに俺は、高さ五メートルの位置に長柄斧槍の雨を呼び出してみた。
しかし、『他人の召喚を抑止する方法』の効果範囲なのか、召喚は成功しなかった。
次に俺は、高度二キロと高度三キロと高度四キロの座標に長柄斧槍を呼び出してみた。
実験は成功し、高度三キロと高度四キロの位置で長柄斧槍が出現した。
だいたい高度三キロの辺りに見えない境界線があるようだった。
俺は境界線ギリギリに五十本の長柄斧槍を出現させ、この場に落とすべきかを考えた。
「お、やっと見つけた。探したぞ」
俺がタイミングを測っていると、誰かが左側からやってきた。
反対側を向いているので見えないが、口調や雰囲気からクローヴィスだとわかった。
クスクスと聞こえる笑い声は、ルシアンとブリジットのものだろう。
「どうしたクローヴィス。なんか用か?」
俺を担ぐアバターは平然と挨拶を返したが、警戒しているようだった。
隠しきれない緊張が、俺を支える右手から伝わってきた。
「おいおい。そんなに冷たくするなよ」
クローヴィスはいつも通りのムカつく態度だった。
俺が自由な状態でいれば、とりあえず右腕を切り飛ばしていただろう。
クローヴィスの発言に笑い続けるルシアンとブリジットも同罪だ。
「だから、なんの用だと聞いている――見てわかるだろ? いま俺は忙しい」
「別におまえに用があるわけじゃない。俺たちはそこのデイモンに用がある――ちょっとソイツを貸してくれないか?」
「断る。こいつは生存戦争用の瞬間転移システムから出てきた参戦者だ。ワイズマンに敵対する者は、すぐに隔離することになっている」
「それがどうした? 俺にとってはどうでも良いルールだ。そもそもデイモンの隔離と、俺たちの用事になんの関係がある?」
さらに近づく気配があった。
俺が無理やり首を回すと、予想通りクローヴィスとルシアンとブリジットの姿があった。
ダークグレーのロングコート、フルプレートアーマー、そして黒とピンクのスキンスーツ。
見慣れた格好の三人は、雰囲気の変わってしまった第八区でも、変わらず悠然と立っていた。
俺の顔を見たルシアンは、「お元気そうで、なによりです」と言い、ブリジットは「馬鹿みたい」と笑った。
さすがに看過できないと思ったらしい。
クローヴィスたちの前に熊型のアバターが立ち塞がった。
胸を張り、岩の塊のようなハンマーを持ち上げ、「おい、クローヴィス。ふざけているならおまえたちも捕獲するぞ。状況をわきまえろ」と警告した。
「お、三対二で戦うつもりか?」
楽しむように、クローヴィスの目つきが変わった。
「あんまり調子に乗らないほうが良いですよ」
ルシアンが準備運動でもするように、太い首をグルリと回した。
「いいから、やってやろうよ。私は前からコイツらが気に入らなかったんだ」
気の早いブリジットは、両手に湾刀を構えていた。
「クローヴィス! おまえ、裏切るのか!」
背の高いアバターは俺を投げ捨て、クローヴィスに掴みかかった。
熊型のアバターは大型両手剣を構えるルシアンに襲いかかった。
ブリジットだけは完全な自由だった。
つまりブリジットの存在が勝敗を分けた。
先に背の高いアバターがクローヴィスとブリジットに押さえ込まれた。
熊のアバターはその次だ。
熊型の腕力や移動速度は高かったが、クローヴィスたちは三人だし、第八区の中ではトップレベルの戦闘力を持っている。
どれだけ腕に自信があろうと、最初から勝負になるはずがなかった。
短時間の戦闘が終わると、ルシアンとブリジットは二名を細切れにした。
手足と頭部と胸部と腹部。
すべてのパーツが規定単位を下回った結果、セントラルの判断で自動再生を止め、背の高いアバターと熊のアバターは霧散するように消滅した。
しばらくすれば第一区の緊急再生ポイントで復活するだろう。
「ちょっと話を聞かせてもらうぞ」
一連の作業を終えたあと、クローヴィスたちは丸太状態の俺を拾い上げ、最寄りのカジノに運び込んだ。




