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バグ・ハンティング  作者: えぬ氏
第8章:生存戦争(デイモン編)
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第38話:反対する人々

 俺はセントラルの外殻上を全力で走った。

 地図と比較したところ、時速二百二十七キロは出ているようだった。

 左側の脚の本数が少なかったため、バランスを崩す危険性はあったけれど、経路が直線であることと、重力のほとんどない環境が俺に味方していた。


 格納庫まで戻る道中、ワイズマンのアンドロイドと出会わなかった点も幸いだった。

 いま敵と遭遇しても、たぶんまともに戦えなかっただろう。

 黒いなにかは何度払っても俺の視覚を妨害するし、非難の言葉で俺の集中力を削いでいたからだ。

 俺は反応しなかったが、黒いなにかは『おまえが容量を渡さなければ良かったんだ。そうすればヴァイオレットは苦しまなかった』と繰り返し、その言葉が俺から落ち着きと冷静さを奪っていく。


 全部わかっていたのだ。

 俺がメイナード戦で召喚を使わなければ、あの大会は開催されなかった。

 俺がヴァイオレットの計画に乗らなければ、ヴァイオレットは優勝できなかった。

 ヴァイオレットの提案に従い、俺が主体となって大会に参加していれば、優勝して高容量を受け取っていたのは俺だった。


 俺が余計なことをした結果、ヴァイオレットは連れ去られ、生存戦争が勃発してしまった。


 俺は長方形の『出入口』の壁を降りて、底にある格納庫に戻った。

 元の接続点を探し出し、アンドロイドを停止させると、ほとんど自動的に俺の意識はセントラル内へ転送された。

 気づけば俺はいつもの人型アバターに変わっていて、正面には飽きるほど見慣れた鑑賞草原と快晴の空があった。

 北の方角には無限の高さを持つワイズマンの塔が聳え、俺の背後は懐かしい第八区第三唯生園の広場だ。


「おい! 誰か出てきたぞ!」


 違いがあるとすれば、生存戦争用に設置された瞬間転移システムと、瞬間転移システムを囲うように並ぶ奴等の姿だ。

 唯生園の前の畦道に、二百人くらいが集まっていた。

 剣や槍を持つ奴もいたが、多くは大きな盾のようなものを装備していた。

 幾つか見覚えのある顔もあったので第八区の住人たちなのだろう。


 奴等は俺の姿を見ると、挨拶もせずに飛びかかってきた。


「なんのつもりだ?」


 俺は集団に対抗するため、長柄斧槍ハルバードを呼び出そうとした。

 右手に一本と、高度五メートルの座標に二十本。

 右手で身を守る一方、『雨』は周囲を牽制する目的だった。

 しかし、俺の計画はなにも達成できなかった。

 召喚に失敗したからだ。


「こいつ、デイモンだぞ。あのヴァイオレットの弟の」

「マジかよ。なんでここから出て来るんだ?」

「誰よりも早く参戦したってことだろ? つまり敵だ。油断するな」


 さすがに俺も、武器や召喚のない状態で人数差を覆すほど強くはない。

 押し寄せてくる盾の集団を前に、俺はほとんど無力だった。

 組み伏せられた俺は、太い綱で全身を縛られ、テープのようなもので口を塞がれた。


――これは『他人の召喚を抑止する方法』だ。


 直感だが、間違いない。

 何度も試みたけれど、まったく召喚できなかった。

 長柄斧槍ハルバードどころか、唯生園の網も波刃剣フランベルジュも出てこない。

 もちろんセントラルの外に出たことで、俺自身になにか変化が発生した可能性も否定はできない。

 しかし、この場にいる全員が召喚を使わず、手持ちの武器や道具で俺に対抗する状況こそ大きな証拠。


――発見されてしまったのか。


 誰しもが召喚を使う社会に変わったのだから、『他人の召喚を抑止する方法』を思いつく奴がいても不思議じゃない。

 特に、賭け試合をしている奴等にとっては喫緊のテーマだろう。

 対戦相手がなにを召喚してくるかわからない不安の中で、召喚自体を防ごうとする考え方は自然だ。

 問題は、なぜ第八区第三唯生園の周囲で『他人の召喚を抑止する方法』を使っていたのかという話だが……


――もしかして、これがイーサンの話していた妨害?


 武器を持ち、二百もの人数で待機していた奴等。

 準備された『他人の召喚を抑止する方法』。

 瞬間転移システムから現れた俺を見て「なんでここから出て来るんだ?」と驚く理由……


 生存戦争に反対し、生存戦争の参加者を妨害していると考えれば、綺麗な筋が通っている。


――時間を無駄にしている場合じゃないのに。


 丸太のような姿となった俺は、背の高いアバターに担ぎ上げられた。

 背の高いアバターは俺になにも告げず、熊型のアバターと共にメインストリートへ歩き出した。

 残りの奴等は唯生園の前に残るらしい。


 俺はまったく動けなかったので、周囲の様子をぼんやりと観察した。

 生存戦争の影響からか、メインストリートはひどく閑散とした。

 快楽を求める奴等も容量を求める奴等も減っていて、それが逆説的に、メインストリートを緩い空間に変えていた。


 熊型のアバターは、俺を担ぎ上げる背の高いアバターから離れない。

 ハンマーを持って周囲を警戒する様子から、たぶん護衛なのだろう。

 他に仲間の姿も見とめられないので、実力者である可能性が高いが、だからといって俺が二人程度に手も足も出ない状況は癪だった。


 試しに俺は、高さ五メートルの位置に長柄斧槍ハルバードの雨を呼び出してみた。

 しかし、『他人の召喚を抑止する方法』の効果範囲なのか、召喚は成功しなかった。


 次に俺は、高度二キロと高度三キロと高度四キロの座標に長柄斧槍ハルバードを呼び出してみた。

 実験は成功し、高度三キロと高度四キロの位置で長柄斧槍ハルバードが出現した。

 だいたい高度三キロの辺りに見えない境界線があるようだった。

 俺は境界線ギリギリに五十本の長柄斧槍ハルバードを出現させ、この場に落とすべきかを考えた。


「お、やっと見つけた。探したぞ」


 俺がタイミングを測っていると、誰かが左側からやってきた。

 反対側を向いているので見えないが、口調や雰囲気からクローヴィスだとわかった。

 クスクスと聞こえる笑い声は、ルシアンとブリジットのものだろう。


「どうしたクローヴィス。なんか用か?」


 俺を担ぐアバターは平然と挨拶を返したが、警戒しているようだった。

 隠しきれない緊張が、俺を支える右手から伝わってきた。


「おいおい。そんなに冷たくするなよ」


 クローヴィスはいつも通りのムカつく態度だった。

 俺が自由な状態でいれば、とりあえず右腕を切り飛ばしていただろう。

 クローヴィスの発言に笑い続けるルシアンとブリジットも同罪だ。


「だから、なんの用だと聞いている――見てわかるだろ? いま俺は忙しい」

「別におまえに用があるわけじゃない。俺たちはそこのデイモンに用がある――ちょっとソイツを貸してくれないか?」

「断る。こいつは生存戦争用の瞬間転移システムから出てきた参戦者だ。ワイズマンに敵対する者は、すぐに隔離することになっている」

「それがどうした? 俺にとってはどうでも良いルールだ。そもそもデイモンの隔離と、俺たちの用事になんの関係がある?」


 さらに近づく気配があった。

 俺が無理やり首を回すと、予想通りクローヴィスとルシアンとブリジットの姿があった。

 ダークグレーのロングコート、フルプレートアーマー、そして黒とピンクのスキンスーツ。

 見慣れた格好の三人は、雰囲気の変わってしまった第八区でも、変わらず悠然と立っていた。


 俺の顔を見たルシアンは、「お元気そうで、なによりです」と言い、ブリジットは「馬鹿みたい」と笑った。


 さすがに看過できないと思ったらしい。

 クローヴィスたちの前に熊型のアバターが立ち塞がった。

 胸を張り、岩の塊のようなハンマーを持ち上げ、「おい、クローヴィス。ふざけているならおまえたちも捕獲するぞ。状況をわきまえろ」と警告した。


「お、三対二で戦うつもりか?」


 楽しむように、クローヴィスの目つきが変わった。


「あんまり調子に乗らないほうが良いですよ」


 ルシアンが準備運動でもするように、太い首をグルリと回した。


「いいから、やってやろうよ。私は前からコイツらが気に入らなかったんだ」


 気の早いブリジットは、両手に湾刀ククリを構えていた。


「クローヴィス! おまえ、裏切るのか!」


 背の高いアバターは俺を投げ捨て、クローヴィスに掴みかかった。

 熊型のアバターは大型両手剣ツヴァイヘンダーを構えるルシアンに襲いかかった。

 ブリジットだけは完全な自由だった。

 つまりブリジットの存在が勝敗を分けた。


 先に背の高いアバターがクローヴィスとブリジットに押さえ込まれた。

 熊のアバターはその次だ。

 熊型の腕力や移動速度は高かったが、クローヴィスたちは三人だし、第八区の中ではトップレベルの戦闘力を持っている。

 どれだけ腕に自信があろうと、最初から勝負になるはずがなかった。


 短時間の戦闘が終わると、ルシアンとブリジットは二名を細切れにした。

 手足と頭部と胸部と腹部。

 すべてのパーツが規定単位を下回った結果、セントラルの判断で自動再生を止め、背の高いアバターと熊のアバターは霧散するように消滅した。

 しばらくすれば第一区の緊急再生ポイントで復活するだろう。


「ちょっと話を聞かせてもらうぞ」


 一連の作業を終えたあと、クローヴィスたちは丸太状態の俺を拾い上げ、最寄りのカジノに運び込んだ。

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