第37話:ワイズマンの軍勢
我ながら情けない選択だと思ったが、俺はトールと共に、ワイズマンの軍勢から十キロほど離れた位置で待機した。
援軍を待つあいだも時間を無駄にしたくなかったので、俺は高度百メートルほどジャンプしつつ、クレーターの内側にいる敵の様子を観察した。
ワイズマンの軍勢は警戒体制を維持したまま、二つの建物を行き来しているようだった。
破損したアンドロイドが八角形の屋根の建物に回収されたことや、新しいアンドロイドが八角形の屋根の建物から出てくることからも、そちらが部隊を管理する『基地』なのだろう。
一方、ドーム型の建物からは、たまに金属片のようなものが運び出されるため『採掘場所』だと思われた。
ワイズマンの軍勢は二つの建物で満足せず、新しい建築に取り掛かるようだった。
場所はクレーターのわずかに外。
余りあるアンドロイドの労働力と、採掘場所から取り出された金属片の大部分を使用し、一気に土台を組み上げた。
俺が状況を説明すると、トールは「防衛用の施設か巨大兵器であれば厄介だ」と言い、新しい建築物に狙いを定めて破壊した。
ワイズマンの軍勢は抵抗したが、中心部から離れていたからか、基地や採掘場に向かったときほどの反発力は見られなかった。
俺たちが到着して四時間ほどが経過した。
仲間はまだ現れず、黒いなにかは俺の視界の右下で白旗を振り続けている。
一方、ワイズマンの軍勢には変化があった。
集団で行動していたアンドロイドの一部が、単機あるいは少数のグループで攻めてきたのだ。
意図はわからないが、特に強くなったわけでもなかったので、俺が適当に相手をしてやった。
さらに三時間ほど経過した頃、一体の仲間が現れた。
その仲間は俺と同様、まずは単独で二つの建築物に特攻を仕掛けた。
やがてワイズマンの軍勢の物量を理解すると、今度は俺たちの近くにやってきた。
「なんだこの数は?」
簡単に自己紹介をしたあと、イーサンは愚痴を吐いた。
記憶を辿ると、『イーサン』とは、ミノタウロスのアバターを使っていた狂戦士の名前だった。
好きではないが、充分に強いことを俺は知っている。
挨拶代わりに「気持ちはわかる。俺たちも手を焼いていたところだ」と答え、俺はイーサンに共感してみせた。
「相手がワイズマン一人だとすると、この数の同時コントロールは驚異的だな。複雑な動きを制限していても、俺じゃあせいぜい千機あたりで限界がくる」
「イーサンと言ったか? ワイズマンは最低でも数千ペタの容量を持っている。我々の限界が千機だとすると、ワイズマンは数十万機以上のアンドロイドを同時に操作できる計算だ」
「おお。すげえな。それでこそ俺が期待したワイズマン」
「それよりセントラルはどうなっている? なぜ俺たち以外に参戦する奴がいないんだ?」
トールとイーサンの会話に割り込む形で質問すると、イーサンは「ん? ああ」と一度苦笑し、「――妨害する奴等がいるんだよ。あれじゃなかなか参戦できない」と続けた。
「妨害?」
「俺も理由はわからない。ただ、この生存戦争に反対する人間は多いってことだ。俺はそいつらを切り捨てることで此処へ来た」
「なんで反対するんだ? 生存戦争を放置すれば人類は全滅するんだぞ?」
「だから知らねえって言ってんだろ――やっぱり俺はクレーターの反対側へ行くわ。援軍が来ればそれで良し。そうでなくとも、ワイズマンの隙を見つけてまた特攻を仕掛けてやる」
勝手に議論を打ち切って、イーサンは最初の位置へ戻っていった。
俺は混乱していたが、トールはなにかを察したらしい。
俺が「おい、どう思う? おまえにはなにかわかるか?」と訊くと、トールは「いくつか最悪の推論は立つが、ここで不確かな仮説を話すことはやめておく。いずれにせよ、いまの我々にとっては悪いニュースだ」と答えた。
その後もワイズマンの軍勢は、単機あるいは少数のグループで攻めてきた。
手加減をしてやる理由もないので、俺とトールは順番に撃破した。
ときおり特殊な機体が混ざっていて、その機体の攻撃は俺たちのボディに明確な傷をつけた。しかし、機体自体が脆いので、やはり勝負にはならなかった。
ただ、この特殊な機体が徒党を組み、集団となれば、難しい相手になるかもしれないな――そう俺は思った。
さらに八時間が経過すると、新しく仲間が二体増えた。
計五体となり、人類側の戦力が充実したところで、イーサンは一度格納庫へ帰還することになった。
思わぬ深手を負ったのだ。
その頃にはもう、ワイズマンの軍勢は数千機単位で部隊化し、効率的に戦うようになっていた。
一部の部隊は俺が懸念していたように特殊な機体のみで構成していて、移動も速く、手強かった。
「電磁波を最優先で破壊しろ!」
人類もワイズマンの軍勢も、共に戦力を増やしていく。
お互いの成長速度が似ていたため、人類とワイズマンの拮抗状態は続いた。
ワイズマンの軍勢は四つの部隊に戦力を集約し、各部隊は俺たち単体と対抗できるようになっていた。
一方、俺たちはワイズマンの同時コントロールに影響を与えるため、電磁波の出所を優先的に狙うことにした。
四つの部隊が電磁波で繋がっていることも、各機体が電磁波で通信していることも、俺たちのアンドロイドからは丸見えだったのだ。
特にクレーターの外で建築されつつある大きな構造物は、放出する電磁波が異様に大きく、危険な臭いがした。
俺は自分の直感に従い、十二本の脚のすべてを使って、構造物の土台の部分を捻じ切ってやった。
『良い気になるな。あんなものを破壊しても、人類が滅びる運命は変わらない』
戦争のあいだも、黒いなにかはときどき俺に話しかけてきた。
最初は数時間に一度程度だったが、いまは頻度を増やし、数十分に一度程度になっていた。
「うるさい」
『本心では勝てないとわかっているんだろう? おまえはただ、その安っぽい自尊心を捨てられないだけだ』
「黙れよ」
チラチラと目障りだったので、俺は右の第一脚を視界の右下に向けて振り下ろした。
手応えはなかったが、黒いなにかは少しのあいだ消滅していた。
しかし、数秒後に再出現すると『なにをしている? 俺はおまえの中にいる。物理世界の攻撃が当たるはずないだろう』と盛大に笑った。
その態度も、虫みたいな姿も気に入らなかったので、俺は再び視界の右下を蹴ってやった。
一旦消滅し、また復活したあと、黒いなにかは『なんだおまえ? とうとう正気を失ったか?』と言った。
「おまえはなにがしたいんだ? いい加減に鬱陶しいんだよ」
『そう言うな。俺はおまえだ。消滅に怯えるおまえの本能だ。仲良くやろうぜ』
「ふざけるな」
仕方がないので、俺は黒いなにかを無視することにした。
虫みたいな姿は見えているし、言葉も聞こえているが、すべて存在しないかのように振る舞った。
なにも気にしなければ関係ない。
俺が黒いなにかに干渉できないように、黒いなにかも俺の行動に干渉できないのだから――そう俺は思っていた。
しかし、黒いなにかは五本の脚で素早く移動し、俺の視界の中央に陣取った。
「デイモン! 避けろ!」
トールの注意喚起からコンマ三秒後。
俺の身体は大きな衝撃を受けた。
最も警戒すべきワイズマンの一部隊が、超長距離から俺を射撃したのだ。
黒いなにかに集中力を乱され、ついでに視覚を妨害されたことで、回避行動が遅れてしまった。
行動のラグも問題だった。
盾代わりに使った俺の左の第二脚と第三脚は、連続する光の砲撃により、千切れ飛んだ。
「一旦退け。格納庫に戻り、新しいアンドロイドに乗り換えて来い」
俺の惨状を見て、トールが命じた。
怒りが意識を満たしていたが、俺は「わかった。すぐに戻る」と無理やり受け入れた。
黒いなにかは視界の左側に移動し、『もう逃げちゃえよ』と俺に言う。
「いや、待て。前言を撤回する」
トールは急加速で走り出し、さっきの射撃部隊を追いかけた。
射撃部隊の移動速度は、俺たちよりも低いが、散開するために追跡は厄介そうだった。そこでトールは、近くにいる機体を破壊しつつ、指揮官らしきアンドロイドに狙いを定めた。
「――すぐに戻って来なくても良い。それよりも至急、セントラルから仲間を連れてきて欲しい。いまの我々には『戦える数』こそ必要だ」




