第4話:襲撃
近距離戦闘型はバグの前後二手に分かれ、一方が囮となり、もう一方が脚部を狙った。
遠距離戦闘型は少し離れた位置から、青白く輝く荷電粒子砲で、球形の胴体部を射撃した。
採掘・工作型のグループは傷ついたロボットを回収するつもりなのか、激戦地から距離をおきつつ必要に応じて飛び込んだ。
陣形の最後方に台のようなものがあり、頂上に指揮官らしきアンドロイドが立っていた。
ベースキャンプから北に位置することを考えれば、あれがシャルロット・バトラーなのだろう。
大袈裟な身振りにより、シャルロット・バトラーは部隊全体を指揮していた。
右手を上げれば近距離戦闘型が特攻し、左手を振れば遠距離戦闘型が射撃した。
統率された部隊はまるで操り人形のように、シャルロット・バトラーの命令に従った。
ただ、人類の形勢はあまり良くなかった。
近距離戦闘型のハンマーも遠距離戦闘型の荷電粒子砲も、ほとんど効いていないようだった。
逆にバグは歩を進めるだけで、人類に確実な被害を与えた。
硬度や重量に差があるのだろう。
逃げ遅れたアンドロイドはあっさりと踏み潰され、そうでなくとも、接触すれば粉砕された。
注視するまでもなく、搭乗者のデッドエンドは確実だった。
人類に有利な点があるとすれば、物量だ。
どれだけ潰されても、破壊されても、人類はベースキャンプから次々に追加戦力を補充した。
逆に追加戦力を得られなければ、いつ全滅してもおかしくない状態だった。
個体としての戦力差は、絶望的なほど開いていた。
――あれは、なんだ?
戦場の近くに、デコボコと盛り上がっている場所があった。
どこまでも滑らかなグリムウッドにおいて、そのデコボコは奇妙な存在感を放っていた。
よく見れば、多数の瓦礫であることがわかった。
大小様々な欠片が散らばっており、最大のものはバグの四分の一くらいのサイズがあった。
迷うことなく、俺はその場所に近づいた。
ベースキャンプの外に存在する瓦礫なんて、想像できる限り一つしかない。
俺は姿勢を低くし、速度を上げた。
幸いなことに、バグからも人類からも見つからなかった。
直径約百メートルの範囲に金属の塊、暗く変色した樹脂めいた物体、用途のわからないケーブル、さらには平たい板状のものが散らばっていた。
中心から少し離れた場所には、二十メートル四方の土台があったけれど、低い位置でネジ切れるように破壊されていて元の形はわからない。
これがアンテナだったものだろうか? ――そう俺が考えていると、背後から「なにをしている」と声をかけられた。
「なんでもない。ただこの場所に来ただけだ」
そう言いながら俺は、声の方向に体を向けた。
誰もいないと思っていたが、すぐ近くに奇妙な形状の遠距離戦闘型が立っていた。
改造したのか、右腕の荷電粒子砲が胴体部よりも太い。
左右のバランスが大きく崩れていて、操作性は悪そうだった。
「目的を言え」
「目的? だからないと言っているだろ。あるいは目的がなければ、ここに来てはいけないのか?」
「なるほど……人工意識だと思っていたが、ソロの戦闘員だったのか」
「人工意識? ああ、そうか。そう言うことか」
言われて初めて気がついた。
ベースキャンプの天井を見た限り、採掘・工作型を使用する人類はほぼいない。
だから他の戦闘員は、俺を人工意識だと勘違いするのだろう。
ベースキャンプでぞんざいに扱われたことにも合点がいった。
俺の外見が問題だったのだ。
「しかしなぜ、そんな使えない機体を選択した?」
右腕だけ太い遠距離戦闘型は、嘲笑するように質問した。
「悪いか?」
「悪くはない。悪くはないが、絶望的にセンスが無い」
「アンテナだよ。アップロード機能を復活させるために、俺はこの機体を選択した」
「ほう。面白い」
遠距離戦闘型は、筒を縦に置くが如く、巨大な右腕を接地させた。
「――しかし残念だったな。タイミングが悪かった。アンテナの修復はしばらく前に、シャルロット・バトラーの意見で中止されている」
「なぜ?」
「わからないか? 少し考えればわかるだろう?」
「わからないから訊いている。もったいつけるな」
「答えは簡単だ。どれだけ修復しようとも、必ずバグに破壊されるからだ」
「やはりわからないな。その程度の理由で、アップロードを諦めたのか?」
俺が食い下がると、遠距離戦闘型は首をゆっくりと横に振った。
生物の姿であれば拒否のポーズとして自然なのだろう。
しかし遠距離戦闘型のボディで行うと、動きが大袈裟で、周囲を警戒しているように見える。
「理由としては十分だ。これまでに何度もトライしたが、ダメだった。修復作業を担当させた採掘・工作型を犠牲にするだけで、一度も成功しなかった。だからシャルロット・バトラーは、人工意識のリソースを『アンテナの修復』から『アンドロイドの修復』に回すよう提言したんだ。そして俺たちも、シャルロット・バトラーのアイデアに賛成した」
「逆じゃないか? バグに狙われることがわかっているなら、むしろ対策は立てやすい。更に戦力を配置して、アンテナを守ることもできただろう」
「無理だな。バグはあまりに強敵だ。そんな小手先の工夫など無意味に思わされるほどに」
偉そうに断定し、右腕だけ太い遠距離戦闘型は沈黙した。
俺の感想を封殺するような態度だった。
話にならないので、俺は元の作業を再開した。
瓦礫を拾い上げる俺に、遠距離戦闘型は「――理解できないのか?」と訊いた。
「事情はわかった。ただ、俺には関係ない。シャルロット・バトラーの指示も、集団で行動することにも、興味はない」
「なるほどな。それで、おまえはどうする?」
「再びアンテナを建造するつもりだ。個人で建造するために、アンテナの構造を理解するところから始める。ここにある瓦礫がアンテナだったものだろう?」
製造や建築に詳しい人工意識の説明を聞く予定だったが、シャルロット・バトラーの命令がどこまで浸透しているかわからない。
低い可能性だが、グリムウッドにいる人工意識全体が、シャルロット・バトラーや他の指揮官のコントロール下に置かれているかもしれない。
実際、バグの近くでアンドロイドの回収を行っている採掘・工作型の集団は、シャルロット・バトラーの指揮に従って行動している。
その仮定が正しければ、アンテナを造るために、俺自身で学習する必要がある。
二つ目の瓦礫を拾い上げたとき、遠距離戦闘型は「残念だが、その計画も思い通りにはならない」と断定した。
「なぜ?」
「まもなくここが、戦場になるからだ」
遠距離戦闘型の説明とほぼ同じタイミングで、二百体ほどのアンドロイドが瓦礫の陰から姿を現した。
どうやら、ずっと身を隠していたらしい。
すべて遠距離戦闘型で、右腕の荷電粒子砲は例外なく太かった。
「なにをするつもりだ?」
「射撃だ。ここからバグを撃つ」
「遠すぎる。だいたい二キロはあるぞ」
「それがどうした?」
なんの問題もないのか、遠距離戦闘型の集団は、二匹のバグのいる辺りに砲口を向けた。
ある者は瓦礫の上に陣取り、ある者は瓦礫を背にして座って構えた。
俺と話していた戦闘員は、特に場所を選ばないらしい。
無造作に荷電粒子砲を持ち上げ、右腕だけでバグに狙いをつけた。
「シャルロット。そろそろ予定の時刻だが、どうする? タイミングはおまえが決めろ」
空に向かって語るように、その遠距離戦闘型は言った。
「シャルロット? なにを言っている? ここからメッセージが届くわけないだろう?」
「あいつの送受信能力は特別だ。黙って待ってろ」
『聞こえますか? セビリア。可能ならすぐに射撃してください。そちらから見て近いほうのバグで結構です。できるだけタイミングを揃えるように』
仕組みはわからないが、遠方で指揮するシャルロットらしき声が聞こえた。
戦場にいる他の戦闘員からはなにも聞こえないので、シャルロット・バトラーが特別なのだろう。
もしかすると、荷電粒子砲を改造できるように、メッセージの送受信能力も改造できるのかもしれない。
「了解した。十秒待てるか?」
セビリアと呼ばれたその戦闘員は、また空に向かって返事をした。
『大丈夫です。では、よろしくお願いします』
「みんな聞こえたな? すぐに準備しろ」
指示するまでもなく、遠距離戦闘型の集団は、次々と荷電粒子砲を稼働させた。
いずれの砲口も若い恒星さながらに強く輝いた。
おそらくいま目の前にいる集団が『遊撃部隊』なのだろう。
そして俺と話していた戦闘員が、指揮官であるセビリア・グッドウィンだ。
「この位置から、当たるのか?」
いまの状況でノーと言うはずもないが、俺は訊かずにいられなかった。
「問題ない。それよりおまえは、おまえ自身の心配をしたほうが良い」
「俺の心配?」
「バグにとって、強い電磁波は餌となる。荷電粒子砲も、アンテナも、バグが殺到するレベルの好物だ。発射準備中の荷電粒子砲ですら、バグは涎を垂らして食いついてくる」
俺が理解するよりも先に、二匹のバグは行動を開始した。
いままで寝ていたんじゃないかと思うくらい、圧倒的な高速で走り出す。
足音代りの振動が、大地を介して伝わってきた。
僅か数秒で巨大なバグたちが視界いっぱいに迫った。
「――行け。そしておまえの幸運を祈る」
セビリアの最後の言葉は背中で聞いた。
俺は走り出していた。
バグの目的地はここだった。
アンテナ跡地にいる遊撃部隊だった。
俺はたまたま巻き込まれたのだ。
早く移動しなければ、二体のバグに襲われてしまう。
背後が強く光ったときも、俺は振り返らなかった。
見なくとも、なにが起こったのかは理解できた。
遊撃部隊の荷電粒子砲が放たれたのだ。
結果は気になったが、それ以上に、大きくなり続ける振動を無視できなかった。
「速度を上げろ。バグはすぐそこだ」
セビリアらしき遠距離戦闘型が、俺の横を通り過ぎながら言った。
他の遠距離戦闘型たちも弾けるように撤退した。
遊撃部隊は一撃離脱戦法に慣れているのだろう。
バグに追いかけられているあいだも、混乱した様子は見られなかった。
「嘘だろ」
俺は絶望した。
解決策はなにも見いだせなかった。
真後ろにバグがいることは確実で、追いつかれたら間違いなくデッドエンドしてしまう。
旧地球のような環境であれば、物陰や大地の裂け目に身を隠すこともできただろう。
しかし、グリムウッドの表面は滑らかだ。
どこにも隠れる余地はなかった。
――なぜ採掘・工作型は、こんなにも鈍重なのだろう。
遊撃部隊の後ろ姿を眺めながら、そんなことを考えた。
俺よりも後に動き出した癖に、遠距離戦闘型の集団は遥か前方にいた。
差は広がるばかりで、逆はない。
バグの足音は容赦なく近づいてくる。
――俺はまた、デッドエンドしてしまうのか?
上半身だけで振り返ると、視界を埋め尽くすほどの黒の塊が迫っていた。
バグの脚は巨大な建築物の柱に匹敵する太さがあり、その柱が何本も地面に打ち込まれていく。
表面は黒曜石を思わせる濡れた光沢を放ち、硬度の高さは容易に想像できた。
重く硬く、俺に迫り来る脚。
一度でも触れたら終わりだとわかった。
俺はバグの動きを先読みし、速度を殺すことで最初の一本を回避した。
近くで観察すると、バグの脚は完璧な滑らかさを持っていた。
毛もなく、陥没もない。
人類につけられた傷もない。
バグの脚が地面を穿つと、地表が細かな破片となって飛び散り、それらが散弾のように俺のボディを襲った。
全身に上向きの力が加わった結果、俺は弾き上げられそうになったが、採掘・工作型の四つの脚先が俺と地面を固定してくれた。
俺はすぐに姿勢を戻し、次の脚に備えた。
バグの二本目は俺の左側約五メートル先を陥没させた。
振動はあったが、一本目ほど近接していなかったので、問題ではなかった。
俺は微かな余裕を持って三本目に備える。
やはりバグは野生生物だった。
駆け引きもフェイントも選択しない単純さ。
真っ直ぐに突進するだけなので、先読みが容易だった。
しかし三本目の脚が近づいたとき、俺はコントロールを失った。
周囲の地殻が割れ、空中に放り出されたのだ。
地面と接続を失った俺に、姿勢や座標を変更する術はなかった。
――無理だ。
バグの鋭い足先が、俺の下腹部の辺りを蹴り上げた。
気づけば俺は中空に投げ出されていた。
地上から三百メートルくらいの高さだろうか。
胸部以下は綺麗に消滅し、腕の二本が千切れていた。
視界は混濁し、意識の維持も困難になった。
低重力とは言え、この高さから落下すれば、ある程度の衝撃は免れないだろう。
俺はいよいよデッドエンドを覚悟した。
――このままでは、同じ運命を繰り返してしまう。
次回の選択が気がかりだった。
復活した俺は、おそらく採掘・工作型を選ぶだろう。
それが最善と信じるだろう。
しかし採掘・工作型は脆弱すぎた。
出来ることなどほぼなかった。
選べばデッドエンドを避けられず、デッドエンドすればまた採掘・工作型を選ぶサイクル。
まるで悪い夢を見ているようだ。
――戦力差の大きい敵と遭遇したとき、どう戦うべきだったかな?
そんなどうでも良いことを考えながら、俺は自分のボディが金属の地面に叩きつけられる感覚を想像した。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました!
これにてデイビッドの第1章は終わり、次からはデイモン編が始まります。
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