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バグ・ハンティング  作者: えぬ氏
第1章:作戦開始(デイビッド編)
4/50

第4話:襲撃 

 近距離戦闘型はバグの前後二手に分かれ、一方が囮となり、もう一方が脚部を狙った。

 遠距離戦闘型は少し離れた位置から、青白く輝く荷電粒子砲で、球形の胴体部を射撃した。

 採掘・工作型のグループは傷ついたロボットを回収するつもりなのか、激戦地から距離をおきつつ必要に応じて飛び込んだ。


 陣形の最後方に台のようなものがあり、頂上に指揮官らしきアンドロイドが立っていた。

 ベースキャンプから北に位置することを考えれば、あれがシャルロット・バトラーなのだろう。

 大袈裟な身振りにより、シャルロット・バトラーは部隊全体を指揮していた。

 右手を上げれば近距離戦闘型が特攻し、左手を振れば遠距離戦闘型が射撃した。

 統率された部隊はまるで操り人形のように、シャルロット・バトラーの命令に従った。


 ただ、人類の形勢はあまり良くなかった。

 近距離戦闘型のハンマーも遠距離戦闘型の荷電粒子砲も、ほとんど効いていないようだった。

 逆にバグは歩を進めるだけで、人類に確実な被害を与えた。

 硬度や重量に差があるのだろう。

 逃げ遅れたアンドロイドはあっさりと踏み潰され、そうでなくとも、接触すれば粉砕された。

 注視するまでもなく、搭乗者のデッドエンドは確実だった。


 人類に有利な点があるとすれば、物量だ。

 どれだけ潰されても、破壊されても、人類はベースキャンプから次々に追加戦力を補充した。

 逆に追加戦力を得られなければ、いつ全滅してもおかしくない状態だった。

 個体としての戦力差は、絶望的なほど開いていた。


――あれは、なんだ?


 戦場の近くに、デコボコと盛り上がっている場所があった。

 どこまでも滑らかなグリムウッドにおいて、そのデコボコは奇妙な存在感を放っていた。

 よく見れば、多数の瓦礫であることがわかった。

 大小様々な欠片が散らばっており、最大のものはバグの四分の一くらいのサイズがあった。


 迷うことなく、俺はその場所に近づいた。

 ベースキャンプの外に存在する瓦礫なんて、想像できる限り一つしかない。

 俺は姿勢を低くし、速度を上げた。

 幸いなことに、バグからも人類からも見つからなかった。


 直径約百メートルの範囲に金属の塊、暗く変色した樹脂めいた物体、用途のわからないケーブル、さらには平たい板状のものが散らばっていた。

 中心から少し離れた場所には、二十メートル四方の土台があったけれど、低い位置でネジ切れるように破壊されていて元の形はわからない。

 これがアンテナだったものだろうか? ――そう俺が考えていると、背後から「なにをしている」と声をかけられた。


「なんでもない。ただこの場所に来ただけだ」


 そう言いながら俺は、声の方向に体を向けた。

 誰もいないと思っていたが、すぐ近くに奇妙な形状の遠距離戦闘型が立っていた。

 改造したのか、右腕の荷電粒子砲が胴体部よりも太い。

 左右のバランスが大きく崩れていて、操作性は悪そうだった。


「目的を言え」

「目的? だからないと言っているだろ。あるいは目的がなければ、ここに来てはいけないのか?」

「なるほど……人工意識だと思っていたが、ソロの戦闘員だったのか」

「人工意識? ああ、そうか。そう言うことか」


 言われて初めて気がついた。

 ベースキャンプの天井を見た限り、採掘・工作型を使用する人類はほぼいない。

 だから他の戦闘員は、俺を人工意識だと勘違いするのだろう。

 ベースキャンプでぞんざいに扱われたことにも合点がいった。

 俺の外見が問題だったのだ。


「しかしなぜ、そんな使えない機体を選択した?」


 右腕だけ太い遠距離戦闘型は、嘲笑するように質問した。


「悪いか?」

「悪くはない。悪くはないが、絶望的にセンスが無い」

「アンテナだよ。アップロード機能を復活させるために、俺はこの機体を選択した」

「ほう。面白い」


 遠距離戦闘型は、筒を縦に置くが如く、巨大な右腕を接地させた。


「――しかし残念だったな。タイミングが悪かった。アンテナの修復はしばらく前に、シャルロット・バトラーの意見で中止されている」

「なぜ?」

「わからないか? 少し考えればわかるだろう?」

「わからないから訊いている。もったいつけるな」

「答えは簡単だ。どれだけ修復しようとも、必ずバグに破壊されるからだ」

「やはりわからないな。その程度の理由で、アップロードを諦めたのか?」


 俺が食い下がると、遠距離戦闘型は首をゆっくりと横に振った。

 生物の姿であれば拒否のポーズとして自然なのだろう。

 しかし遠距離戦闘型のボディで行うと、動きが大袈裟で、周囲を警戒しているように見える。


「理由としては十分だ。これまでに何度もトライしたが、ダメだった。修復作業を担当させた採掘・工作型を犠牲にするだけで、一度も成功しなかった。だからシャルロット・バトラーは、人工意識のリソースを『アンテナの修復』から『アンドロイドの修復』に回すよう提言したんだ。そして俺たちも、シャルロット・バトラーのアイデアに賛成した」

「逆じゃないか? バグに狙われることがわかっているなら、むしろ対策は立てやすい。更に戦力を配置して、アンテナを守ることもできただろう」

「無理だな。バグはあまりに強敵だ。そんな小手先の工夫など無意味に思わされるほどに」


 偉そうに断定し、右腕だけ太い遠距離戦闘型は沈黙した。

 俺の感想を封殺するような態度だった。

 話にならないので、俺は元の作業を再開した。

 瓦礫を拾い上げる俺に、遠距離戦闘型は「――理解できないのか?」と訊いた。


「事情はわかった。ただ、俺には関係ない。シャルロット・バトラーの指示も、集団で行動することにも、興味はない」

「なるほどな。それで、おまえはどうする?」

「再びアンテナを建造するつもりだ。個人で建造するために、アンテナの構造を理解するところから始める。ここにある瓦礫がアンテナだったものだろう?」


 製造や建築に詳しい人工意識の説明を聞く予定だったが、シャルロット・バトラーの命令がどこまで浸透しているかわからない。

 低い可能性だが、グリムウッドにいる人工意識全体が、シャルロット・バトラーや他の指揮官のコントロール下に置かれているかもしれない。

 実際、バグの近くでアンドロイドの回収を行っている採掘・工作型の集団は、シャルロット・バトラーの指揮に従って行動している。

 その仮定が正しければ、アンテナを造るために、俺自身で学習する必要がある。


 二つ目の瓦礫を拾い上げたとき、遠距離戦闘型は「残念だが、その計画も思い通りにはならない」と断定した。


「なぜ?」

「まもなくここが、戦場になるからだ」


 遠距離戦闘型の説明とほぼ同じタイミングで、二百体ほどのアンドロイドが瓦礫の陰から姿を現した。

 どうやら、ずっと身を隠していたらしい。

 すべて遠距離戦闘型で、右腕の荷電粒子砲は例外なく太かった。


「なにをするつもりだ?」

「射撃だ。ここからバグを撃つ」

「遠すぎる。だいたい二キロはあるぞ」

「それがどうした?」


 なんの問題もないのか、遠距離戦闘型の集団は、二匹のバグのいる辺りに砲口を向けた。

 ある者は瓦礫の上に陣取り、ある者は瓦礫を背にして座って構えた。

 俺と話していた戦闘員は、特に場所を選ばないらしい。

 無造作に荷電粒子砲を持ち上げ、右腕だけでバグに狙いをつけた。


「シャルロット。そろそろ予定の時刻だが、どうする? タイミングはおまえが決めろ」


 空に向かって語るように、その遠距離戦闘型は言った。


「シャルロット? なにを言っている? ここからメッセージが届くわけないだろう?」

「あいつの送受信能力は特別だ。黙って待ってろ」

『聞こえますか? セビリア。可能ならすぐに射撃してください。そちらから見て近いほうのバグで結構です。できるだけタイミングを揃えるように』


 仕組みはわからないが、遠方で指揮するシャルロットらしき声が聞こえた。

 戦場にいる他の戦闘員からはなにも聞こえないので、シャルロット・バトラーが特別なのだろう。

 もしかすると、荷電粒子砲を改造できるように、メッセージの送受信能力も改造できるのかもしれない。


「了解した。十秒待てるか?」


 セビリアと呼ばれたその戦闘員は、また空に向かって返事をした。


『大丈夫です。では、よろしくお願いします』

「みんな聞こえたな? すぐに準備しろ」


 指示するまでもなく、遠距離戦闘型の集団は、次々と荷電粒子砲を稼働させた。

 いずれの砲口も若い恒星さながらに強く輝いた。

 おそらくいま目の前にいる集団が『遊撃部隊』なのだろう。

 そして俺と話していた戦闘員が、指揮官であるセビリア・グッドウィンだ。


「この位置から、当たるのか?」


 いまの状況でノーと言うはずもないが、俺は訊かずにいられなかった。


「問題ない。それよりおまえは、おまえ自身の心配をしたほうが良い」

「俺の心配?」

「バグにとって、強い電磁波は餌となる。荷電粒子砲も、アンテナも、バグが殺到するレベルの好物だ。発射準備中の荷電粒子砲ですら、バグは涎を垂らして食いついてくる」


 俺が理解するよりも先に、二匹のバグは行動を開始した。

 いままで寝ていたんじゃないかと思うくらい、圧倒的な高速で走り出す。

 足音代りの振動が、大地を介して伝わってきた。

 僅か数秒で巨大なバグたちが視界いっぱいに迫った。


「――行け。そしておまえの幸運を祈る」


 セビリアの最後の言葉は背中で聞いた。

 俺は走り出していた。

 バグの目的地はここだった。

 アンテナ跡地にいる遊撃部隊だった。

 俺はたまたま巻き込まれたのだ。

 早く移動しなければ、二体のバグに襲われてしまう。


 背後が強く光ったときも、俺は振り返らなかった。

 見なくとも、なにが起こったのかは理解できた。

 遊撃部隊の荷電粒子砲が放たれたのだ。

 結果は気になったが、それ以上に、大きくなり続ける振動を無視できなかった。


「速度を上げろ。バグはすぐそこだ」


 セビリアらしき遠距離戦闘型が、俺の横を通り過ぎながら言った。

 他の遠距離戦闘型たちも弾けるように撤退した。

 遊撃部隊は一撃離脱戦法に慣れているのだろう。

 バグに追いかけられているあいだも、混乱した様子は見られなかった。


「嘘だろ」


 俺は絶望した。

 解決策はなにも見いだせなかった。

 真後ろにバグがいることは確実で、追いつかれたら間違いなくデッドエンドしてしまう。

 旧地球のような環境であれば、物陰や大地の裂け目に身を隠すこともできただろう。

 しかし、グリムウッドの表面は滑らかだ。

 どこにも隠れる余地はなかった。


――なぜ採掘・工作型は、こんなにも鈍重なのだろう。


 遊撃部隊の後ろ姿を眺めながら、そんなことを考えた。

 俺よりも後に動き出した癖に、遠距離戦闘型の集団は遥か前方にいた。

 差は広がるばかりで、逆はない。

 バグの足音は容赦なく近づいてくる。


――俺はまた、デッドエンドしてしまうのか?


 上半身だけで振り返ると、視界を埋め尽くすほどの黒の塊が迫っていた。

 バグの脚は巨大な建築物の柱に匹敵する太さがあり、その柱が何本も地面に打ち込まれていく。

 表面は黒曜石を思わせる濡れた光沢を放ち、硬度の高さは容易に想像できた。

 重く硬く、俺に迫り来る脚。

 一度でも触れたら終わりだとわかった。


 俺はバグの動きを先読みし、速度を殺すことで最初の一本を回避した。

 近くで観察すると、バグの脚は完璧な滑らかさを持っていた。

 毛もなく、陥没もない。

 人類につけられた傷もない。


 バグの脚が地面を穿つと、地表が細かな破片となって飛び散り、それらが散弾のように俺のボディを襲った。

 全身に上向きの力が加わった結果、俺は弾き上げられそうになったが、採掘・工作型の四つの脚先が俺と地面を固定してくれた。

 俺はすぐに姿勢を戻し、次の脚に備えた。

 バグの二本目は俺の左側約五メートル先を陥没させた。

 振動はあったが、一本目ほど近接していなかったので、問題ではなかった。

 俺は微かな余裕を持って三本目に備える。

 やはりバグは野生生物だった。

 駆け引きもフェイントも選択しない単純さ。

 真っ直ぐに突進するだけなので、先読みが容易だった。


 しかし三本目の脚が近づいたとき、俺はコントロールを失った。

 周囲の地殻が割れ、空中に放り出されたのだ。

 地面と接続を失った俺に、姿勢や座標を変更する術はなかった。


――無理だ。


 バグの鋭い足先が、俺の下腹部の辺りを蹴り上げた。

 気づけば俺は中空に投げ出されていた。

 地上から三百メートルくらいの高さだろうか。

 胸部以下は綺麗に消滅し、腕の二本が千切れていた。

 視界は混濁し、意識の維持も困難になった。

 低重力とは言え、この高さから落下すれば、ある程度の衝撃は免れないだろう。

 俺はいよいよデッドエンドを覚悟した。


――このままでは、同じ運命を繰り返してしまう。


 次回の選択が気がかりだった。

 復活した俺は、おそらく採掘・工作型を選ぶだろう。

 それが最善と信じるだろう。

 しかし採掘・工作型は脆弱すぎた。

 出来ることなどほぼなかった。

 選べばデッドエンドを避けられず、デッドエンドすればまた採掘・工作型を選ぶサイクル。

 まるで悪い夢を見ているようだ。


――戦力差の大きい敵と遭遇したとき、どう戦うべきだったかな?


 そんなどうでも良いことを考えながら、俺は自分のボディが金属の地面に叩きつけられる感覚を想像した。

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました!

これにてデイビッドの第1章は終わり、次からはデイモン編が始まります。


もし物語を少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや下の☆評価で応援していただけると、今後の執筆の大きな励みになります。


引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!

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