第3話:バグ
気づいたとき、俺は中空に吊られていた。
俺の意識の外側は採掘・工作型のボディ。
胸部と腹部が曖昧に結合し、丸く膨れた胴体部から、細く長い腕と脚が生えている。
合計で八本ある俺の腕と脚は、グリムウッドの重力に従ってダラリと垂れた。
俺の周囲にも、たくさんのアンドロイドを視認できた。
一万体程度はあるだろうか?
首の背部に接続した黒く太いコードで、大雑把に思えるくらい広い天井と連結していた。
おそらくここはベースキャンプで、このアンドロイドたちは参加者の意識を受け入れる『殻』なのだろう。
見える範囲の八割以上が近距離戦闘型で、残りは遠距離戦闘型だった。
どれだけ探しても、採掘・工作型は見つからなかった。
視界を下に向けると、五メートルほど離れて灰白色の大地があり、鉛色のアンドロイドたちが走り回っていた。
灰白色や鉛色と言っても、光で照らされているわけではないので、見える範囲の色彩は、アンドロイド側の視覚で調節されているのだろう。
悪くない配慮だと俺は思った。
普段からセントラル内のビジュアルに慣れ親しんだ俺たちにとって、色の存在は都合が良い。
首の後ろのコードを引き抜き、約五メートルの高さを飛び降りた。
重力が小さいからか、身体はふわりと浮遊するように落下した。
着地するときに四つの脚の先端が、硬質な地面にサクリと刺さった。
接地後、脚の先端が自動で広がり、俺の身体は地面に固定された。
逆に脚を引き抜くとき、やはり無意識的に、広がっていた先端が鋭利に萎んだ。
続いて俺は、採掘・工作型の特徴である四本の腕をチェックした。
腕はそれぞれ形状だけでなく、機能も異なるようだった。
高熱を発するナイフ、対象を掴んで回転させられるハンドタイプ、数種類の液剤を発射する管、そして採掘用のドリル。
すべてが俺の思い通りに動いた。
腕だけではない。
四本の脚も問題なく操作できた。
セントラル内では基本的に、二本の腕と二本の脚で生活しているが、移動速度を高めるときは多足型を好む俺だ。
多足型アバターの経験が活きているのか、現実世界でも違和感なく操作できた。
これだけの機能があれば、なんでもできるだろう――俺は満足だった。
『なんでも』は大袈裟だが、アンテナくらいはすぐにでも作製できそうだった。
問題は俺に建築や製造の知識がないことで、他から情報を入手する必要があった。
解決は難しくない。
建築や製造に詳しい人工意識を捕まえれば良いだけだ。
突然、なにかが俺の背中に衝突し、その勢いで右腕二本が前方に弾かれた。
何事かと振り返ると、今度は左側面に衝撃を受けた。
原因は別のアンドロイドだった。
俺は慌てて姿勢を戻し、ベースキャンプの太い柱の影に隠れ、安全を確保した。
よく見れば、無数のアンドロイドたちが、前後左右に移動しながら時々衝突していた。
急いでいるのか無頓着なのかはわからない。
もしかすると、数千年ぶりに物理ボディを所有したので、人類は距離感を掴めていないのかもしれない。
さらに観察すると、全体の約半数が近距離及び遠距離戦闘型で、残り半数が採掘・工作型だとわかった。
前者は基本的に単独あるいは集団で行動し、後者は破損したアンドロイドかアンドロイドのパーツらしき物体を運んでいる。
おそらく採掘・工作型は、セントラルが管理する人工意識なのだろう。
動けなくなったアンドロイドを回収し、修理し、再び人類の意識を添加して戦場へ送り出すサイクル。
採掘・工作型の出入りの激しさはバグとの戦闘の激しさを想像させた。
状況を把握できたので、俺は移動訓練と現在のアンテナの捜索を兼ねて、行動を再開した。
近づいてくるアンドロイドは、進行方向を予測することで回避する。
脚の先端を地面に刺すたび、サクサクサクと気持ちの良い感触があった。
前脚二本と後脚二本をペアで操作することで、地球に生息していた馬のように走行できた。
用途のわからないタンク、巨大な重機、炉のようなもの……しばらくベースキャンプ内を巡回したが、アンテナらしき設備は見つからなかった。
そもそもベースキャンプは柱と天井のみの建物で、大量のアンドロイドを吊るした天井の下は剥き出しの地面。
殺風景な環境に、いくつかの機器が設置されているだけだった。
他は広場と呼べそうな空間で、多数のアンドロイドが行き交い、会話し、破損した箇所を修復している。
中には百名を超える戦闘員が集まり、議論の真似事をしている場所もあった。
俺は一旦アンテナの捜索を中止し、最も近い場所で議論する集団の一つを覗き見た。
中心に立つ傷だらけの近距離戦闘型は、転移したばかりの戦闘員たちに、バグとの戦い方を指導していた。
「バグが強敵であること」「集団に加わり陣形を取ること」「荷電粒子砲を撃ったあとは、すぐに移動すること」「指揮官の命令には絶対に従うこと」「デッドエンドを恐れないこと」――そんなアドバイスを二百体ほどの聴衆が直立姿勢で聞いていた。
俺はふと、自分が音声を聞いていることに気がついた。
正確には、近距離戦闘型のメッセージが俺の意識に直接届いた。
グリムウッドの周囲は空気がないため、音もない。
だからこのメッセージも、アンドロイド側で調整され、自然な形で送受信されているのだろう。
「……よくわからないんですけど、結局のところ、戦場は三つあるってことですか?」
説明を終えた近距離戦闘型に対し、聴衆の一名が質問した。
丁寧だが、馴れ馴れしい口調だった。
近距離戦闘型は質問者のほうを向き、「そうだ。採掘場とベースキャンプを守る形で、戦場は東西北の三箇所にある」と答えた。
「指揮官って誰だ? まともな奴なんだろうな?」
さっきとは別の一人が乱暴に問うた。
右腕に装着した荷電粒子砲をブラブラと揺らせている遠距離戦闘型だ。
今度も近距離戦闘型は質問者に向き直り、「指揮官はそれぞれ、第二区のセビリア・グッドウィンと、第七区のジョー・クルーと、第十二区のヤタ・ハヴィランドと、第二十七区のシャルロット・バトラーだ」と答えた。
人選は悪くないな――盗み聞きをしながら俺はそう思った。
挙げられた四名は、セントラルの中でも俺と並んで最高容量を誇る人間だ。
一対一の戦闘で俺が負けることはないが、比較的戦略を好む奴等なので、指揮官としては適任だろう。
聴衆は俺以上に驚いたらしく、一斉に感嘆した。誰かが「それなら安心だ!」と大声で叫んだ。
現金な奴等だ。
「――いいか? 戦場は三つだが、部隊は四つだ。北エリアはシャルロット・バトラーが、東エリアはジョー・クルーが、西エリアはヤタ・ハヴィランドが指揮している。セビリア・グッドウィンは遊撃部隊を指揮し、各地の戦況を優勢に進めているところだ。おまえたちはこの四つの部隊のどこかに入ってもらうことになる。異論はないな?」
「話はわかったが、なんで単独行動はダメなんだ?」
さっき質問をした遠距離戦闘型が、また不服そうに口を挟んだ。
ちょうど俺も似たようなことを考えていた。
指揮官の四名がどれだけ優秀であろうとも、協力する義理や理由はない。
バグの駆除数で圧倒的なトップを狙うためには、効率性を捨ててでも一人で行動すべきだ。
近距離戦闘型は「単独行動は推奨しない。人類のためにも、おまえ個人のためにもならないからな」と即答した。
「詳しく説明しろ」
「バグは強い。バグに比べれば、このアンドロイドの力は脆弱だ。部隊が形成されるまえ、つまり戦闘員が個別で戦いを挑んでいた頃は、一部の強者を除いて、ほとんど勝負にならなかった。つまり『バグの駆除』という人類の目的を考えれば、集団行動こそ合理的だ」
「俺にとってのメリットは?」
「バグにトドメをさせば、おまえの手柄となる。それで充分だろ? 加えて指揮官の四名が、おまえの駆除数を記憶してくれる。アップロードのできない現状、駆除数の積算は誰かの記憶に頼るしかない」
俺は『アップロードのできない現状』という言葉に身構えた。
直後に原因が語られると思ったからだ。
だが不思議なことに、誰一人として『アップロードのできない現状』を問う者はいなかった。
俺が合流するよりも先に、なんらかの説明があったのかもしれない。
遠距離戦闘型が「そういうことか……まあいい……」と消極的に納得すると、質問タイムは終了した。
「理解したな? では、覚悟の決まった者からついて来い!」
威勢の良い掛け声と共に、傷だらけの近距離戦闘型が動き出した。
聴衆たちは「おお!」と応じて近距離戦闘型の後を追った。
俺はどうすべきか一瞬迷ったが、やはりその場に踏みとどまることにした。
誰ともつるむ気はなかったし、いまは戦場よりも、アンテナの現状を確認することのほうが重要だった。
「邪魔だ!」
誰かが俺の左背後に衝突した。
採掘・工作型のボディは軽く小さいので、簡単に俺の上半身は弾かれた。
脚が地面と固定していなければ、たぶん転倒していただろう。
無礼な奴を呼び止めようとした矢先、今度は別の一台がぶつかった。
そいつは俺に「どいてろ!」と言った。なにがなんだかわからなかった。
その後も俺は、何度か聴衆たちと接触した。
どうやら俺はあまり尊重されていないようだった。
遠距離戦闘型の一台など、「ふざけているなら、破壊するぞ」と言い、荷電粒子砲で撃つ振りをした。
しばらくすると、半径約三十メートルの範囲に誰もいなくなった。
静かになって落ち着いたが、あまり良い気分ではなかった。
石ころのように扱われたことよりも、俺は採掘・工作型のスペックに失望していた。
体当たりをしてきた奴等の一名を捕まえようと、俺は走って後を追ったが、採掘・工作型の移動速度が低すぎた。
いくら俺の判断力や解析力が高くとも、それらを受け入れる余地がボディ側になければどうしようもない。
ひとまず俺はアンテナを探すことにした。
馬のように歩行して、ベースキャンプの外を目指す。
二度と衝突しないよう、俺はアンドロイドの群れを迂回した。
ベースキャンプが周囲よりも低い場所に建築されているからか、採掘場のドームを除けば、建物の外は灰白色の斜面しかなかった。
無駄に大きな屋根を抜けると頭上に星空が広がった。
星の配置から考えれば、太陽の次に明るい星はシリウスだろう。
セントラルの姿も見えた。
恒星に比べれば小さくはないが、さながら宇宙に浮遊するゴミのようだ。
金属製の斜面を登りながら、俺はふと、自分がセントラルの仮想空間ではなく、現実世界に放り出されたことを実感した。
自由で解放された気分だが、不安感も強かった。
コピーとは言え、このアンドロイドが破壊されれば、いまの俺の意識は消滅するのだ。
それはつまり、意識体の死を意味する。
温度など感じるはずがないのに、ボディの表面が冷たく感じられた。
俺から二百メートルほど離れた位置で、戦闘員らしき集団も急な斜面を登っていた。
近距離戦闘型の脚先は広く、地面の上に乗るタイプなので、ピョンピョンと跳ねるような移動法だった。
遠距離戦闘型の下半身はキャタピラだが、グリムウッドの低重力が幸いし、見た目以上に速度が出ていた。
いずれにせよ採掘・工作型とは比較にならない速さだ。俺だけがノロマだった。
一番高いところにそり返った崖があったが、俺はやはり脚を突き刺すことで先に進む。
斜面を登り切ると、宇宙が宇宙であることを誇示するが如く、星空が一気に広がった。
地面がどこまでも滑らかなので、上だけでなく、前後左右も星空だ。
少し注意を下に向ければ、グリムウッドも自己主張をしていた。
地平線は強い弧を描き、宇宙を上下に分断する。
空間の分断は時間の分断と同義だ。
この座標では午後なのか、南東の空にある太陽はゆっくりと沈んでいた。
右前方がギラリと輝き、やや遅れて微かな振動があった。
光の方向に注意を向けると、大勢の戦闘員らしき姿があった。
人類は四つか五つのグループに分かれ、絶えず動き続けていた。
おそらくあれが戦場なのだろう。
グループの中央には奇妙な物質が二つあった。
質感は金属に近く、サイズは小山に近い。
しかしその小山は脚を持ち、グリムウッド上を無頓着に移動した。
脚の数は多く、中心部より放射状に生えていることから、地球に生息していた蛸やクラゲを連想させられる。
いや、やはり節足動物に似ているかもしれない。
ところどころに節があり、一部の形状が直線だからだ。
すべての脚が地面を叩くように蠢く。
全体としては前後左右の区別がなく、どこが頭部かすら判然としない。
ただ、どうしようもなく巨大で、圧倒的な質量を持っていた――バグだ。
バグはたった二匹で、数百から千名近い人類と戦っていた。




