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バグ・ハンティング  作者: えぬ氏
第1章:作戦開始(デイビッド編)
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第2話:ループ 

 俺の転移したアンドロイドが戦場で破壊され、『オリジナルの意識が復活した』と考えれば辻褄は合う。


 しかもセントラルは「いつも、このタイミングで」と言った。

 俺は一度だけでなく、何度も破壊されたのだろうか? 

 セントラル内の戦闘ゲームでトップレベルを誇った俺が、バグという野生生物を相手に、繰り返し負けるなんてことがあるのだろうか?


 俺の記憶についても疑問があった。

 「勝てない」あるいは「破壊される可能性がある」と認識すれば、俺は必ずアップロードを選択する。

 そこに主義も主張もない。

 情報をあとに繋げ、状況を改善することを考えれば、アップロードは必要不可欠だ。


 しかし、どういったわけか、俺に戦場の記憶はなかった。


「――何回目だ?」


 俺が訊くと、セントラルは「今回で八回目のチャレンジになります」と言い、一番下にいたネズミのアバターが垂直方向に落下した。

 それは四肢をバタつかせながら、俺の位置から遠く離れ、時間と共に小さくなる。

 続いて二匹目、三匹目と、セントラルは下から順にネズミを落下させていく。

 一匹として帰ってくるものはいなかった。

 最終的に、一番上にいた八匹目だけが残された。


 素直に信じられる話ではないが、セントラルが嘘をつくとも思えない。

 すべて事実だと考えるほうが理に適った。

 ひとまず俺は、俺が何度もデッドエンドしたことを前提に話を進める。


「念のために聞くが、セントラルにも、俺の戦闘記憶は残っていないのか?」

「ございません。なお、デイビッド・デイビス様に限らず、現在までにすべての参加者のアップロードは確認されていません」

「なぜだ? バグにアップロードを妨害されているのか?」

「そうかもしれませんし、そうではないかもしれません。アンテナは一度バグに破壊されていますが、確認できるのはそこまでです」

「壊れたなら修復しろよ。なぜ修復しない?」

「不明です。人工意識が修復をしてしかるべきですが、現在その様子はありません。アンテナ側になんらかのトラブルが発生した可能性も考えられます。いずれにせよ、バグ・ハンティングの開始以降、戦場に関する報告は、ただの一つも届いていません」


 視認できない訳ではないが、軌道周回上で待機するセントラルに、戦場の様子はわからない。

 距離というセキュリティ上のメリットが、情報収集という意味ではデメリットに働くのだろう。

 この点でセントラルは責められなかった。

 仕方のないトレードオフだと俺は思う。


 ただ、デメリットを認めたところで、俺にはなんの役にも立たない。

 アンテナの不備は、事前対策をせずに戦闘に復帰しなければいけないことを意味する。

 七度も失敗したこのバグ・ハンティングに対して、俺はまた無策で飛び込まなければならないのか?


「気が変わった。転移するアンドロイドを近距離戦闘型から変更する」


 俺は善後策を思案した。

 バグ・ハンティングを七度も失敗した俺にとって、いま最も価値ある情報は、『七度も失敗した』事実だった。

 俺の性格を考えれば、過去七度の戦闘のうち、近距離戦闘型や遠距離戦闘型に転移した経験が含まれている。

 それも一度や二度ではない。各機体で何度もチャレンジし、そのすべてで失敗したはずだ。


 つまり、戦闘型での正攻法は詰んでいる。


「了解しました。では、選択するアンドロイドの型をお教えください」

「採掘・工作型だ」


 繰り返し失敗した機体で再チャレンジするくらいなら、俺は別の道を選ぶ。

 戦闘の不得意な採掘・工作型なんて、普通に考えれば馬鹿げているが、ノーチャンスだった近距離戦闘型や遠距離戦闘型よりは遥かにマシだ。

 完全に無策というわけでもない。

 採掘・工作型であれば、環境を構築し直すことができる。

 たとえば、俺専用のアンテナを検討するなんてどうだろう。

 アンテナを建築することに成功すれば、次のデッドエンドに備え、俺だけがアップロードという情報収集機能を使用できる。


 着実に積み上げていこう――そう俺は決意した。

 おそらくバグ・ハンティングには長期的なプランが必要だ。

 よく考えてみれば、この計画はワイズマンの提案で始まった。

 ワイズマンが関与するならば、簡単に攻略できるはずがない。


「それでは、機体を変更させていただきます」


 セントラルの返事と共に、俺のアバターは採掘・工作型となった。

 身長は約一メートルで、ほぼ球形の胴体に腕と脚がそれぞれ四本。

 腕は各種用途に応じて別々の形状だが、脚は一様に長く、尖っていた。

 鋭利な足先で地面を突き刺し、足りない質量を補っているのかもしれない。


 当たり前と言えば当たり前だが、パワーの面でも敏捷性の面でも、採掘・工作型は物足りなく思えた。


「説明は以上となりますが、最後になにか確認したいことはありますか? もしも質問がないようでしたら、デイビッド・デイビス様のダウンロードを始めます」

「じゃあ、一つだけ」

「なんでしょう」

「俺を呼ぶときはデイビッドで良い。『デイビッド・デイビス様』なんて、冗長な言い方をするな」


 バグ・ハンティングから離れれば、俺とセントラルが会話する機会はない。

 セントラルは、サーバとサーバ内空間を管理するだけの人工意識だ。

 デッドエンド後に復活した過去の俺にしても『短期間のコミュニケーションだから』と、なんとなく容認していたのだろう。敢えて指摘する必要性は低い。


 ただ、着実に積み上げていくと決めた俺にとって、あるいは長期的な戦闘を覚悟した俺にとって、セントラルの呼び方は冗長過ぎた。

 これから何度も会話する可能性が高いのだから、スッキリさせておきたかった。


「失礼しました。ではこれ以後、デイビッド様と呼ばせていただきます」


 セントラルは小さな頭を下げた。

 ほぼ同じタイミングで、周囲の空間がぐにゃりと歪んだ。

 星々が流れて光の線となり、俺の身体は闇の泥に落下した。

 真っ黒で真っ暗な空間に包まれながら、俺の意識は不明瞭になっていく。

 おそらく転移が始まったのだろう。


「――それでは、ミッションを開始します。良いハンティングをお楽しみください」


 闇の中でセントラルの声が聞こえた。

 静かで丁寧な言い方だった。

 ぼんやりとした意識の中で、俺はふと、『過去七度の挑戦で、俺がどの機体を選択したのか、聞いておけば良かったな』と思った。

 聞いたところでどうにもならないが、なにかの参考にはなるだろう。

 再びデッドエンドし、復活したときに訊いてみよう――そう俺は記憶した――アップロードできればの話だが。


 やがて俺の意識は本格的に停滞した。

 気分は悪くなかったが、なにもかもがひどく面倒だった。

 環境が俺を侵食し、俺自身が真っ黒で真っ暗になった。

 まるでこの宇宙空間の中に溶けていくみたいだった。


 次の瞬間、俺の意識は闇に消えた。

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