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バグ・ハンティング  作者: えぬ氏
デイビッドの章
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第1話:セントラル

 宇宙には沢山の生命体が存在し、知的生命体も多数あると考えられるのに、なぜ地球に飛来した痕跡が無いのか?


――エンリコ・フェルミ

「――大部分が鉱物で構成された小惑星『グリムウッド』は、セントラルサーバの資源として理想的なものでした」


 宇宙を模した黒い空間に、自動増強型サーバと同名であるサーバ管理システム『セントラル』の音声が響く。

 どこから聞こえているのかはわからない。

 天から聞こえるようでもあり、足元から囁かれているようでもあり、俺自身から漏出する幻聴のようでもある。


「――私はグリムウッドから約二百五十キロメートルの位置まで接近し、表面に採掘・工作用アンドロイドを派遣しました。グリムウッドの資源を採掘し、サーバの材料を製造し、セントラルサーバを増強するためです」


 事前に聞いていた通り、ここはセントラル周囲を模した空間なのだろう。

 見上げれば白く輝く太陽があり、太陽から視線を外せば、漆黒の宇宙と遥か遠くの恒星群が見えた。

 太陽からの光度と距離を逆算すれば、アステロイドベルトの内部にあることも明白だ。

 近い範囲に隕石が散在し、俺のアバターの直下には灰白色をした比較的大きな星もあった。


「――しかしグリムウッドには、身長三十メートルを超える巨大な生物が生息していました。生物の正体は不明ですが、前後左右の区別はなく、多脚歩行を行うことのみが判明しています。便宜上『バグ』と呼ぶことにしたこの生物は、あろうことか、アンドロイドたちの作業を妨害しました」


 状況から察するに、あの大きな星が今回の舞台であるグリムウッドだろう。

 直径約二百キロメートルの金属型惑星。

 周囲は約六百三十キロメートル。

 重力は旧地球の三パーセントという話だ。


 俺はグリムウッドの表面に焦点を合わせ、拡大できる限界まで拡大した。

 なによりも目立つのは、採掘施設らしきドームとそれに隣接する八角形の建物。

 いずれも玩具のような大雑把さと、磨いた刃物のような光沢を持ち合わせていた。

 両建物の周囲では小さな光が明滅している。

 たぶん八角形の建築物はベースキャンプで、光は爆発か光線なのだろう。

 まさにいま、バグと人類たちが戦闘しているのだ。


 俺はまた、自分の参加登録が遅れていることに焦りを覚える。


「――バグを討伐すべく、私は戦闘型アンドロイドを派遣しました。グリムウッドで得られた資源からも多数の戦闘型アンドロイドを作りました。しかしバグは強く、どれだけアンドロイドを増やしても、状況は一向に改善しませんでした。そんな私に愛想を尽かせたのでしょう。数百年ぶりにワイズマンが目覚め、今回の駆除プロジェクトが始まりました」


 ワイズマン――その名を聞くたび、俺は冷静でいられなくなる。


 バグ・ハンティングに参加するのだから、当面の敵はバグで間違いないが、『どちらが人類の真の敵か?』と問われれば、俺は迷わずワイズマンを選ぶ。

 バグなどと言うただの野生生物が、人類の脅威になるだろうか?

 一方のワイズマンは、俺たち全員に不利益を与え、自身は誰の手も届かない場所に辿り着いた。


 俺がこの作戦に参加するのも、容量を稼いでワイズマンに近づくためだ。


 いつの日かワイズマンに追いつき、超えるためだ。


「――作戦名は『バグ・ハンティング』。バグを駆除した戦闘員は、駆除した数だけ褒賞として、将来的に容量が分け与えられます」

「ひとつ、聞いても良いか?」


 話が長くなりそうだったので、俺は口を挟むことにした。

 その瞬間、俺の正面にネズミ型のオブジェが現れた。

 オブジェは小さかったが、丸い耳は体と比較して奇妙に大きく、尻尾は体長の二倍以上の長さがあった。

 セントラルのアバターだろう。

 俺の推測を証明するかのように、ネズミは前歯の収まらない口で「なんなりとご質問ください」と言った。


「なぜ俺の登録は遅くなったんだ? 俺の実力を考慮すれば、優先的に参加登録しても良かったはずだ」

「それはデイビッド・デイビス様の仰る通りです。仰る通りですが、参加登録のご不満につきましては、もうしばらくお待ちください。バグ・ハンティングの説明がすべて終わったあとに、改めて回答させていただきます」


 セントラルが約束したので、俺は追及することをやめた。

 なにも納得できていないけれど、回答すると言った以上、セントラルがくだらない理由を提示するはずもない。


「わかった。続けろ」


 そう先を促すと、ネズミのアバターはコクリと頷き、そのまま凝集して焦茶色の毛玉となった。


「皆様の意識は、グリムウッドの表面に派遣したアンドロイドにダウンロードされます。つまり皆様は、アンドロイドのボディを使って、バグと戦闘することになります。アンドロイドの型は三種類ありますので、ミッション開始時に、三種類のうちの一つを選んでいただきます」


 セントラルの丸くなったアバターは、今度三つに分裂した。

 左、中央、右に分かれた毛玉たちは、少しずつ形を変え、最終的にアンドロイドの姿に落ち着いた。

 いずれも異なる形状だが、一番左のアンドロイドは、肉体を持っていた頃の人間に似ている。

 逆に一番右のアンドロイドは、丸い胴体を除いて細く、節が多く、地球に存在していた節足動物のようだ。


「――左から順に、巨大ハンマーを武器に戦う近距離戦闘型。パワーもスピードもありませんが強力な荷電粒子砲を搭載する遠距離戦闘型。戦闘そのものには向きませんが、幅広く戦場で活躍できる採掘・工作型となります」

「近距離戦闘型にしてくれ」


 俺は即答した。

 吟味するまでもなかった。

 俺の得意な戦法や、このミッションの戦略性を考えずとも、近距離戦闘型で間違いない。

 遠距離戦闘型は敵の息の根を止めるタイプではないし、採掘・工作型は論外だ。

 『バグ・ハンティング』は、バグの駆除数で争うルールなのだから、近距離戦闘型以外は考えられなかった。


「了解しました。それではご指示の機体で登録します」


 セントラルが応じると、俺のアバターは近距離戦闘型らしき姿に変わった。

 身長は二メートルくらいで、腕と脚がそれぞれ二本。

 巨大なハンマーを振るう腕よりも脚のほうが三倍ほど太く、思っていた以上に重心が低い。

 しかし下半身にキャタピラを持つ遠距離戦闘型に比べれば、敏捷性の意味でも優位に思えた。


 ハンマーは見た目以上に重かった。鎚の表面も硬く、攻撃性能は充分だろう。


「――続きまして、最も大事な安全面の説明をいたします」


 俺が再び前を見ると、セントラルはまたネズミのアバターに戻っていた。

 三匹のネズミは後ろ足で立ち上がり、細い前足を手のように動かした。

 その華奢な手が示す先に、昔ながらのテキストが浮き上がった。

 全部で四項目あるそれらをセントラルは声を重ねて読み上げる。


「――まず、アンドロイドにダウンロードさせるのは皆様の意識のコピーであり、意識のオリジナルはセントラル内部で休眠していただきます。これは『意識の分裂』のリスクを避けるための処置とお考えください」


 俺は頷く。

 少し考えればわかることだ。

 二つに分かれた意識が共にアクティブで、別々の成長を果たしたとき、それぞれを別の個人として扱わねばならない。

 しかし現在のセントラルにおいて、倍加させた個人を格納するだけの余裕はない。

 すべてはワイズマンのせいだ。

 ワイズマンがセントラル内の余剰容量を独占してしまったからだ。


「――次に、デッドエンド。つまり、戦闘でアンドロイドが破壊された場合ですが、セントラルは搭乗者のオリジナルの意識を復活させ、その意識のコピーを修復したアンドロイドにダウンロードさせています。この手順により、アンドロイドが完全に破壊された場合でも、皆様の存在は守られます」


 俺はまた頷くことで先を促す。

 セントラルの説明はコピーで参戦するもう一つのメリットを示していた。

 コピーを作らず、オリジナルの意識だけで参戦することはできない。

 デッドエンドで意識まで破壊された場合、個人の消滅を危惧する必要があるからだ。


 わざわざ言うまでもなく、コピーの作成は、バグ・ハンティングを実行するための最低条件だった。


「――三つ目です。オリジナルの意識は休眠していますので、バグとの戦闘で得られる経験や記憶を、オリジナルの意識は持ちません。したがいまして、もしもデッドエンド対策として戦場の経験や記憶を蓄積しようとお考えであれば、グリムウッド上で意識のアップロードを実行していただく必要があります」

「コピーでオリジナルを上書きするのか?」

「仰る通りです。もちろん『上書きをしたくない』というご意見であれば、デイビッド・デイビス様はなにもしなくて結構です。その場合、バグの駆除が完了し、作戦が終了したあとも、戦闘中の記憶や経験は一切残りません。褒賞として獲得した容量が残るのみです」

「なるほど。わかった」


 理屈を考えればセントラルは間違っていない。

 むしろ妥当だと思う。

 しかし、現実世界で得た妙な情報が、オリジナルを汚染しないとも限らない。

 そもそもただの害虫駆除ごときで、俺がデッドエンドするだろうか?


 俺はこの件の検討を保留にした。

 戦場に出て、必要性を感じれば、そこでアップロードを再検討すれば良いだけの話。


 俺が理解を示すと、三匹のネズミは「――それでは、最後の注意事項です」と言って飛び跳ねた。

 最高到達点で分裂し、一瞬で計八匹のネズミが現れた。

 分裂の意図はわからないが、きっと説明上の必要があるのだろう。

 俺は黙って、セントラルの好きにさせた。


「意識のアップロードは、ベースキャンプ付近に建造したアンテナ施設で行ってください。他にアップロードできる場所はありません。また、現在のところ、他の場所にアンテナを設置する計画もございません」

「少し話は戻るが、俺たちの転移先のアンドロイドの容量はいくらなんだ?」


 確認を忘れていたため、俺は口を挟む形で質問した。

 状況から察するに、アンドロイドはスタンドアロンで間違いない。

 つまり、単体アンドロイドの抱える容量が、そのままアンドロイドの性能となり、ミッションを終わらせるための難度となる。


「二ペタです。デイビッド・デイビス様の総容量を考えれば、記憶や経験のすべてを格納できるわけではありません。申し訳ありませんが、皆様の抱える情報のうち、戦闘に必要な部分だけを事前に選択していただきます」

「ああ、それは構わない」


 二ペタもあれば充分だ――そう俺は納得した――記憶は削らなければいけないが、どうせコピーなのだから、記憶など直近一年分もあれば良い。

 同時にこの点こそが、ワイズマンの参戦しない理由なのだろう。

 圧倒的な容量と情報を持つワイズマンが、二ペタ程度の制限環境下で、実力を発揮できるわけがないのだ。


 俺が整理すべき記憶と経験を吟味していると、八匹のネズミは「お待たせしました。それでは先ほどの質問にお答えいたします」と声を揃えた。

 アバターは上下に一列で広がり、四足獣らしきうつ伏せの姿勢で並ぶ。


「――バグ・ハンティングにおけるデイビッド・デイビス様の参加登録は、全体の五番目でした。したがいまして、先ほどのご質問は前提が誤っています」

「は? どう言う意味だ?」

「つまり、デイビッド・デイビス様は、当初の希望通り、優先的に参加登録されました。いまのあなたが思うよりも、かなり早かったと言うことです。真相はもうお分かりですね? デイビッド・デイビス様はいつも、このタイミングで理解されていますから」

「ありえない」


 俺は危うく混乱しそうになった。

 実際に、思考が並列で活性化し、意識が少し停滞している。

 セントラルの発言が正しければ、俺はすでに参加登録を済ませていることになる。

 しかし、いまの俺に参加登録を済ませた記憶はない。この矛盾を解決するための答えはただ一つ。


 俺はもう、デッドエンドしたのだ。

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