第35話:推理
「では早速、意識と記憶を長期保存区画に移動させろ。おまえの残り時間は十八分程度だろ?」
「意識と記憶の移動は五分もあれば完了します。ですからその前に、先ほどご指示いただいた作業を継続してもよろしいでしょうか? こちらも五分程度で終わります」
「俺が指示した作業?」
「作りかけの爆弾を完成させます」
ヴァイトは自身の背後から、よろよろと銀色の立方体を取り出した。
一辺三十センチほどのそれは、先ほどバグに投げつけたものと同じ外観をしていた。
いまは一つの面が開いており、中には直径約十五センチの玉が三つと複雑な配線が入っている。
立方体を構成する壁面は紙のように薄く、内容物を固定する意味しか持たないようだ。
「いまさらなんのために? その爆弾の威力の大きさは知っているが、バグにはほとんど効かなかっただろう?」
「狙いはあの冷却導管です」
即答すると、ヴァイトは採掘用のドリルを持ち上げた。
その先端が示す方向に、先ほど確認した太く長い配管があった。
「――あの中は冷却剤として、常時液体ヘリウムが流れています。液体ヘリウム自体は安定な物質ですが、大量で流速も高いため、漏出すれば大きな問題となります。そこで私はこの爆弾の使用を提案します。爆弾で冷却導管を破損すれば、こちらのセントラルは混乱し、バグは足止めされるでしょう。デイビッド様が逃走するだけの隙も生まれます」
「なぜ冷却剤だと断言できる」
「セントラルはつまるところ巨大なサーバなので、熱管理を避けられません。また、地球で造られたセントラルは、基本的に同じ構造を持っています」
「そうか。おまえたち人工意識は、セントラルのハード面を支えるために造られたんだったな」
「仰る通りです。我々はセントラルの知識に習熟しています。あれは冷却剤を流す導管で間違いありません」
「わかった。好きにしろ」
俺が承認すると、ヴァイトは早速作業を再開した。
ハンドタイプの腕で銀色の立方体を固定し、残り三本の腕の先端を立方体の中に捩じ込んでいく。
外からは、ヴァイトがなにをしているのかさっぱりわからなかった。
ただ、ヴァイトが完成させると言ったのだから、五分後にはあの爆弾ができているのだろう。
完成を待つあいだ、俺は二匹のバグの様子を観察した。
俺たちがまだグリムウッドの内部に残っていると考えたのか、一匹は出口を塞ぐように裂け目の底で待機している。
もう一匹は横穴をウロつきながら、居並ぶバグたちの上や下を確認していた。
もしも俺たちが、格納されたバグの脚の陰を潜伏場所として選択していれば、いまごろは見つけられ、襲われていただろう。
他に戦ってくれる人類も逃げ場所もないから、俺たちは数分程度でデッドエンドしていたかもしれない。
一方は脱出口を押さえ、もう一方は積極的に捜索する――悪くない連携だった。
ベースキャンプと採掘施設を同時に守っていたあの四つの部隊のようだ。
俺はふと、ベースキャンプの隣に位置する採掘施設のことを思い出した。
当時はアンテナを探していたし、周囲が天井と壁で覆われていたため、施設内の様子を確認することはできなかった。
ただ、中を見なくとも様子はわかる。
採掘施設と呼ぶからには、あの場所でグリムウッドを掘削していたはずだ。
大量のアンドロイドを造り出すために、大量の資源を獲得していたはずだ。
それはグロテスクな想像だった。
俺たちのセントラルが掘り進めれば、掘り進めた分だけこちらのセントラルは損傷を受ける。
機能を止め、不具合を発生させ、全体の容量を減らしてしまう。
影響を受けた居住区があるかもしれないし、既に消失してしまった居住者さえいたかもしれない。
俺たちは、飢えた虫がそうするように、同種を喰っていたのだ。
「デイビッド様。少しお話ししてもよろしいでしょうか?」
爆弾を弄りながらヴァイトが訊いた。
俺は意識を現実に戻し、「どうした? なにか問題でもあったか?」と聞き返した。
再び外の様子を確認すると、裂け目の底に待機するバグは動きを止めたままで、横穴を徘徊するバグは再び奥のほうへ進んで行った。
「いいえ。作業は順調です。もう一分もあれば完成します」
「じゃあなんだ?」
「バグ・ハンティングの真の目的を私なりに推理してみました。聞いていただけないでしょうか」
「バグ・ハンティングはただの共食いだ。金属型惑星から資源を採取するより、同じセントラルを材料にしたほうがサーバを増強する上で効率的だという程度のもの。俺たち意識体が過去、火星で延命していた肉体人類の設備を奪ったことと大差はない」
「私の見解は少し違います。もしもデイビッド様の仰る通りであれば、三種類のアンドロイドはもっと強力に造られていたでしょう。こちらのセントラルの反撃を許さず、一気に制圧する手段もあったはずです」
そうだった。
バグに比べれば俺たちのアンドロイドは弱すぎる。
セントラルが基本的に同じ機能や性質を持つとすると、程度の差こそあれ、俺たちだってバグを製造できたはずなのだ。
バグを製造してバグの軍勢を準備できれば、そもそもバグ・ハンティングは始まらなかった。
俺たちが出るまでもなく、グリムウッドは人工意識の力で支配できただろう。
「――私の推理の材料は『バグ・ハンティングは人類同士の争いだったこと』、『デイビッド様たちのアンドロイドが脆弱に作られていること』、『バグ・ハンティングはワイズマンにより考案されたこと』、『ワイズマンはセントラルの開発者として、すべてのセントラルに搭乗していること』、『ワイズマンは常に人類という種の保護を目指していること』の五つです。私はこれらのすべてから矛盾しない仮説を作りました」
「一部納得できないが、まあいい」
そう言いながら、俺は周囲を見渡して見せた。
「――それよりも、おまえのその仮説に『バグが少数しか稼働していないこと』を加えられるか? この数が一斉に動けば、俺たちはおそらく全滅していた」
「問題ありません。稼働数が少ない理由は不明ですが、私の仮説を否定するものにはなりません。ただ、私の仮説を説明する前に、こちらをお受け取りください」
ヴァイトは立方体から三本の腕を抜き出し、丁寧に蓋を閉め、俺に手渡した。
爆弾が完成したらしい。
立方体の六つの面は、基本的になんの装飾もないが、一つの面には起爆用のスイッチが付いていた。
先ほどの戦闘を思い出す限り、爆弾はスイッチを押してから二秒後に爆発する。
「よくやった」
「ありがとうございます」
「では、おまえの仮説を話してみろ」
「人類は平衡状態を強制されています」
俺の足元が微かに揺れた――そう感じるほど、ヴァイトの言葉は奇妙な説得力を持っていた。
『平衡』も『強制』も、セントラルで暮らしている限りはあまり使わない。
もちろんバグ・ハンティングにも相応しくない単語だ。
ただ、グリムウッドがセントラルだと判明したいま、『平衡』と『強制』の連結が、現状を鋭く言い当てているような気がした。
「――ワイズマンはすべてのセントラルに搭乗していますので、バグ・ハンティングは当然、両方のワイズマンが認識しています。デイビッド様たちのアンドロイドが脆弱に作られていることも、バグが少数しか稼働していないことも、両方のワイズマンが理解していることでしょう。むしろ理解した上で、いまのバランスに落ち着けていると考えるべきです」
「そうだな。そのほうが自然だ。つまり二つのワイズマンは、俺たちとバグとの戦いが終結しないように調整しているというわけか」
「仰る通りです。ワイズマンが操作しているならば、バグ・ハンティングに勝者はいません。今後も勝者は出ないでしょう。もしかするとこの平衡状態は、これから数百年以上続けられるのかもしれません」
「しかしなぜそんなことを? ワイズマンは俺たちを使ってなにをしたいんだ?」
「もちろん詳細はわかりません。しかしワイズマンは常に人類という種の保護を目指しています。そこから想像力を飛躍させれば、この平衡状態も、人類の保護に寄与している可能性が高いと言えるでしょう」
「そこだ。相手はあのワイズマンだぞ。あいつが人類のために行動するわけがないだろう」
ワイズマンはただの略奪者だ。
あるとき俺たち全員から大量の容量を奪い、自身は勝手に眠りについた。
ヴァイトの言う『ワイズマンは常に人類という種の保護を目指していること』なんてあり得ない。
「いいえ。少なくとも私が保有する基礎情報では、ワイズマンは人類の守護者と定義されています。その上で」
ヴァイトの説明はそこまでだった。
代わりにヴァイトは俺を思い切り蹴り飛ばした。
四本の腕を地面に固定し、ボディを水平に伸ばすような姿勢だった。
弾かれた瞬間、俺は意味がわからず混乱したが、次の瞬間にはもうヴァイトの意図を理解した。
上から直径二メートルを超える太さの柱が降ってきた。
柱は黒曜石を思わせる濡れた光沢を放ち、グリムウッド上の自由落下よりも圧倒的に速く動き、そして正確にヴァイトのボディを踏み潰した。
俺がまだ箱状構造物の陰に止まっていれば、俺も同時に破壊されていただろう。
俺は救われたのだ。
「ヴァイト! おい、ヴァイト!」
返答はなかった。
出来るはずがなかった。
そんなことはわかっているが、俺は馬鹿みたいに何度もヴァイトの名を呼んだ。
同時に「まただ」と俺は思った。
ヴァイトはまた俺の命令を無視したのだ。
裂け目を落下するとき、ヴァイトは「以後は必ず、デイビッド様の命令に確実に従います」と言った。
ベースキャンプにボディを運ぶと伝えたとき、ヴァイトは「全力でサポートさせていただきます」と誓った。
あれらは全部嘘だったのか?
ただの口約束でしかなかったのか?
「ヴァイト! 返事をしろ!」
俺のボディはバグのあいだを抜ける形で水平に飛び、横穴の壁に衝突することで静止した。
箱状構造物から七十メートルほど離れてしまい、俺の位置からヴァイトの様子は見えない。
ただ、仮に近くにいたとしても、俺はヴァイトの様子を確認できなかっただろう。
いまごろは、バグの脚の下にいるのだから。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました!
これにてデイビッドの第7章は終わり、次からはまたデイモン編が始まります。
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