表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バグ・ハンティング  作者: えぬ氏
第6章:人類+容量(デイモン編)
PR
32/50

第32話:ワイズマンと容量

「ワイズマンだと!」


 俺が声を出したちょうどそのとき、ワイズマンがヴァイオレットに向けて手を伸ばした。

 反射的に俺は飛び出していた。

 一本の長柄斧槍ハルバードを右手に握り、三本の長柄斧槍ハルバードをワイズマンの座標に出現させた。

 ゼロ距離召喚で身体を縦の四分割にしたあと、俺は頭頂部を横向きに切った。

 その後は上から順に、ワイズマンを輪切りにしていく。


「デイモン! 余計なことをするな」


 トールの声がひどく遠くから聞こえた。

 たぶん俺は焦っていたのだろう。

 目の前に俺の目指していた目標がいることに。

 ヴァイオレットの敵対すべき相手がいることに。

 輪切りにするワイズマンの身体に、風ほどの抵抗しかないことに。

 細断したワイズマンの身体が、雪のような欠片に変換されることに。

 雪のような欠片は雪ではなく、小さなワイズマンであることに。


 俺の長柄斧槍ハルバードで散乱した小さなワイズマンたちは、みな様々な表情をしていた。

 怒り、悲しみ、喜び……その他、俺には表現できない感情を顔に浮かべた。

 小さなワイズマンたちは独立して動いていたが、一様に饒舌だった。

「いたい」「さむい」「あいしてる」「くるしい」と、それぞれが囁くように繰り返した。

 大きなワイズマンが無言で無表情であることとは対照的に。


 脚先までワイズマンを微塵切りにした俺は、ヴァイオレットの下の石板を拾い上げ、トールの隣に移動した。


「なんだあれ? あの小さい奴等全員がワイズマンなのか?」

「余計なことはするな。いま私がエヴァと会話している」

「あれは会話じゃない。ただ無視されていただけだろ」

「黙れ。おまえにはわからん」


 俺たちの会話などお構いなしに、小さなワイズマンたちは一箇所に集まると、互いに手を取り結合し始めた。

 ある程度の体積を生み出したあと、結合は上方向に連なり高さを稼ぐ。

 やはり離れて見ると雪山のようだ。

 雪山は伸び上がりながら形状を変え、再び大きなワイズマンとなった。


「いったいなんのつもりだ? ヴァイオレットから容量を奪いに来たのか?」


 俺が長柄斧槍ハルバードを構えた直後、ワイズマンの態度が変わった。

 突然笑い出したのだ。

 くすくすと声をあげ、身体をくの字に曲げた。

 その姿は人間らしく、愛らしくもあった。

 しかし次の瞬間、ワイズマンは表情を消して姿勢を正し、腕を上げ、手のひらを俺とトールに向けた。


 ――俺から半径五十メートル以内の全座標においては、俺のみが召喚出来ることとする。


 俺は身を守るために『他人の召喚を抑止する方法』を使った。

 言葉こそなかったが、セントラルは同意し、俺の願う環境が完成したことを理解した。

 ただし、ワイズマンにそんな小細工は意味がなかった。

 召喚など使わなくとも、攻撃する方法はあったのだ。


「三百」


 初めて聞くワイズマンの声は、直接意識を凍えさせるような冷たさがあった。

 言葉の意味は容量だ。

 しかし、意味を理解するよりも先に、俺の視界は一気に広がった。

 すべての物質が運動を止め、対象分解能が向上し、色彩は爆発した。

 さっきの戦闘時に舞い上げた砂粒は空中で静止し、長石の結晶が見え、さらにはセントラル世界を構成する最小ドットの姿が現れた。


 すべてを構成する最小ドットは凪白色だとトールに聞かされたことがある。

 しかし実際には、凪白色の中に焼白色が存在した。

 表示する波長が不安定なのかもしれないし、これこそが本当の最小単位なのかもしれない。

 いずれにせよ『いま確認すべきことではない』と悟った俺は、注意を砂粒から強引に引き剥がした。


 注意を外に向けたは良いが、見るべき場所を限定できなかった。

 視界はどこまでも広く、対象は多い。

 俺の顔は正面を向いているはずなのに、背後の様子も完璧にわかった。

 背後では人型のトールが立っていて、俺と同じようにワイズマンを見つめていた。

 両手を側頭部に当てており、なにか嫌な気分から身を守っているようだった。


 前後だけでなく、頭上や足元の様子も理解した。

 目を向けなくとも感知できた。

 鉄格子のある窓はコロッセオ外の闇を取り入れ、トールが濡らした床は辺縁部から順に乾いている。

 逆に視界の中央は見えすぎた。

 ワイズマンが二人になり、三人になり、そして四人になった。

 分裂したわけではなく、時間が重なったのだ。

 過去と未来が集積し、ワイズマンの数が百を超えた。

 その頃、正面のヴィジョンは明確に分離し、奥と手前に並び始めた。

 見える世界が連続した層となり、しかし同時に視認できた。


 層の境目を探ろうとしたが、俺の興味は叶えられなかった。

 俺が注意を向けると、世界の重層は密着し、結合し、ドロリと溶解した。

 まるで合わせ鏡を液体にした感じだった。

 しかし俺は、そのすべてをありのままに把握できた。


 時間と空間が同義であることを俺は知った。

 縦と横と高さと時間。

 すべては並列だ。

 違いがあるとすれば、時間は移動に不便だった。

 重力の強い惑星で上方向への移動が困難なように。

 翼のない動物が空を飛べないように。


 結局は視認能力の問題なのかもしれない――そんな風に俺は思った。

 視認能力が高ければ、遠くの事象を確認できる。

 そこに縦も横も高さも関係ない。

 時間だって同じだ。

 ただ、時間はいまの世界と次元が異なるため、低い容量では見通せないのだろう。

 いまの俺のように容量が高ければ、能力の範囲で時間の先も見える。

 三十分程度なら確認できた。

 いまから五分後も、いまより十分前も、見え過ぎるほど見えてしまう。


 ワイズマンがヴァイオレット――金色の板――をゴミのように掴み上げ、控え室から出て行った。

 先読み能力とは違う確実な未来。

 俺はヴァイオレットを取り戻すために、ワイズマンに襲いかかった。

 しかし、ワイズマンは俺の攻撃など無視して、控え室から姿を消した。


 攻撃は無駄だと判断した俺が、何もせずに、ワイズマンを見逃す未来も見えた。

 その時間軸においても、ワイズマンはヴァイオレットと共に出て行った。

 どの時間軸に進んでも、ヴァイオレットがワイズマンに連れ出される結果となった。

 未来は同じ。

 しかし、だからといって、俺はワイズマンを許せなかった。


「おおおおおおおおお!」


 長柄斧槍ハルバードを握り締め、俺はワイズマンに特攻を仕掛けた。

 ワイズマンは笑顔のまま、俺の攻撃をまともに喰らった。

 切断された左半身が崩れ落ち、切り口から小さなワイズマンが溢れ出た。

 ワイズマンは自身の状態を気にする様子もなく、右脚一本で歩行した。

 無傷の右手も変わらずヴァイオレットを掴んでいる。

 ただ、ワイズマンの青い瞳がしっかりと俺を観察していた。

 見ていた対象は俺ではなく、俺の意識だったのかもしれない。

 あるいは俺の可能性だったのかもしれない。

 あるいは俺の運命だったのかもしれない。


 いずれにせよ、いまのことか、未来のことか、過去のことかはわからない。

 気を抜くと、存在すべき時間座標を見失ってしまいそうだった。

 不安定で不確実。

 ただ、確かな感触として、ワイズマンが俺を覗き込んだことと、白く真綿のようなクッションが俺の身体を包み込んだことは理解した。


 次の瞬間、俺は控え室の床に寝ていた。

 感覚が鈍麻し、色彩はどこまでも単純化し、時間の流れが一本となった。

 ワイズマンとヴァイオレットの姿はなかった。

 俺と共に控え室に残されたトールが「ヴァイオレットのおかげだ」と言った。

 振り返ると、人の姿のトールが、両手で目の辺りを覆っていた。


「なんの話だ?」


 俺が訊くと、トールは俺に顔を向けて手を下ろした。

 どうやら身体の一部で時間座標を見失ったらしく、目と目の周囲の微細構造が消えていた。

 端的に言えば、顔に黄白色の煉瓦を埋め込んだみたいだった。

 トールは自分の顔が酷い状態だと気づいていないらしい。

 いつもと変わらぬ口調で「ヴァイオレットが我々の過剰な容量を奪ってくれた。そのおかげで、我々は元の感覚を取り戻せたんだ」と言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ