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バグ・ハンティング  作者: えぬ氏
第4章:大容量を得る方法(デイモン編)
25/50

第25話:大会に向けて

 開催地として第六区が選ばれた理由は、大会参加者にも伝えられていない。

 雪に閉ざされた世界、しかも常に曇天となる環境になんの意味があるのだろう?

 試合が行われる夜間は闇が深く、それが理由で、第六区はセントラルの中でも最も不人気なエリアと言われている。

 コロッセオには照明が準備されているけれど、闇環境における試合を予定していないのなら、初めから他の場所を開催地にすれば良かったはずだ……

 そんな風に愚痴を溢すと、ヴァイオレットは「合理的に割り切れないことも、深い意味がないこともあるよ。意識体になっても人類はそんなもんじゃないかな? 特に私がそうだったし」と苦笑した。


 ヴァイオレットの召喚したランタンが浮遊しながら俺たちを先導する。

 淡いオレンジ色の光が俺たちの周囲数メートルの雪原を照らしている。

 俺たちと遠くに見えるコロッセオを除けば、他は完全な漆黒だ。

 チラチラと降る雪ですら、ランタンから離れればもう見えない。


「結局、トールにこだわっていた理由はなんだったんだ?」


 コロッセオの天井から花火が上がった。

 花火は単発だったが大きく、暗い第六区の夜空を一瞬だけ明るくした。


「特にないよ」

「え? なかったのか?」

「たぶん先入観だと思う。そうするものだと思っていたし、そうすることが正しいと思っていた――でもよく考えてみたら、唯生園の人たちの救済を急いでいたのは私だったんだよね。だからさ。先生に押し付けて、急かせる私が間違っていたの」


 ヴァイオレットと合流した俺は、まずトールの件を質問した。

 ヴァイオレットは気まずそうに、「知ってるよ。だって先生から直接『賭け試合で得た容量は受け取れない』って言われたからね」と答えた。

 俺が「じゃあもう、大会に参加する意味はないだろ?」と続けると、ヴァイオレットは「そんなことはないよ。少し方針を変えたから。私自身の力で唯生園の人たちを助けると決めたから。だからやっぱり、大きな容量は必要なんだ」と言った。


 先ほどの一発はテストだったのか、いまや花火は続々と打ち上げられている。

 赤色、黄色、橙色といった色彩が白黒の第六区を明るく彩る。

 たぶんこの花火は、試合開始一時間前の合図なのだろう。

 力の入った演出を見て、ヴァイオレットの口元は緩んだ。


「とりあえず、優勝後に得られる容量だけで、ワイズマンやセントラルに介入できれば良いな」

「そうだね。本当にそう思う」

「もしも介入できなかったらどうする?」

「また容量を増やすだけだよ――あとは先生に相談してみる。大会で大きな容量を手に入れたあとでも、先生はきっと助言してくれるから」

「信頼してるんだな」

「してるよ。もちろん。長い付き合いだけど、信頼できないことなんて一度もなかった」


 そう言ってヴァイオレットは、少し歩調を速くした。

 俺はヴァイオレットに合わせて速度を上げる。

 俺たちと同じルートを通ってきた者はいないのか、雪原は真綿のように綺麗だった。

 その真綿の上に、ヴァイオレットと俺の足跡がついていく。

 雪原の広さに比べれば、俺たちの足跡は微々たるものだけれど、はっきりとした存在感を残していた。


「そうだ、先生の話で思い出したことがあるんだけどさ。ちょっと聞いてくれる?」


 いままでの流れを断ち切るように、ヴァイオレットが大きめの声で言った。


「なんだ?」

「デイモンは『トール』という名前が偽名だってこと、知ってた?」

「いや、知らなかった……というかそうなのか? いったいなんの目的で?」

「ずいぶん昔、研究者仲間の四名から容量を受け継いだときに、一緒に名前も受け継いだんだってさ。四名の研究者の名前がトーマス、ハリソン、オズワルド、ロビンだったから、それぞれの頭文字をとってトールになった」


 ヴァイオレットの話によると、四名の研究者は限界まで容量を提供したのだそうだ。

 その容量に付着する形で、四名の意識もトールに渡り、トールの意識と結合したらしい。

 意識が変性するのだから、改名は自然の成り行きのように思える。

 ただ、五人分の名前を直接混ぜ込んでしまった決断は、あまり支持できなかった。


「じゃあ、トールの本当の名前はなんなんだ?」

「それは私も知らないよ?」

「なんで訊いてないんだ」

「あまり興味がないからね。先生は先生だし」

「まあ、そうか」

「そんなことよりもさ!」


 ヴァイオレットはピョンと前に飛び出し、振り返った。


「――私たちも結合した名前を決めておこうよ」

「なんでだよ」

「面白そうだから。私も結合した名前を考えてみたいから。たとえば『ヴァイモン』とかどうかな? 『ヴァモン』という短めの名前もアリだけど」

「却下。センスがなさすぎる。まったく良さがわからない」

「じゃあ、『デイレット』とか『ディオレット』みたいな、デイモンを先に出すパターンは?」

「待てよ。そもそも名前は大会に登録済みだ。いまさら変えることは不可能だろ?」

「試合にはあんたが出るんだから、登録名はデイモンで良いよ。ただ、結合後の自分として新しい名前を認識したいってこと――あ、デイビッドはどう? これはかなり格好良いんじゃない? ねえ、結合後の名前はデイビッドにしようよ」

「絶対に却下だ。そもそも『ビ』の音はどこから来た?」


 それから俺たちは、結合後の名前についてしばらく話した。

 基本的にはヴァイオレットが新しい名前を提案し、俺が否定する流れだった。

 変な感じに盛り上がってしまったため、俺は本題を切り出すことができなかった。

 いくら覚悟を決めていても、嘘や冗談だと思われる事態は避けたい。

 もう少し落ち着いたタイミングで話したかった。


 名前の話題が終わったのは、コロッセオの正面ゲートに着いたときだ。

 見物客がうるさい一方、参加者と思われる奴等は静かに集中していた。

 ヴァイオレットは立ち止まり、「いよいよだね」と興奮気味に笑った。

 これ以上引き伸ばすわけにもいかず、俺は「試合の前に言っておきたいことがあるんだ。いや、受け入れてほしいことがある」と口火を切った。


「え? なになに? 急になに?」

「俺はおまえの容量を受け取らない。その逆だ。俺がおまえに容量を提供したい」


 まったく予期しない話だったのだろう。

 俺の言葉を聞いたヴァイオレットは、低温で凍ってしまったかのようにピタリと固まった。


「――俺の所持する約十三ペタをおまえに託すから、おまえはそれを使って大会に参加するんだ」

「なんで?」

「この計画は『容量を提供する側』と『試合に参加する側』が入れ替わっても、問題なく成立するよな?」

「それはそうだけど……だからなんで? 同じ理由であんたが参加しても良いわけでしょ?」

「いや、この大会はおまえが参加するべきだ。そう思う理由が三つある」


 立ち話をする俺たちの横を知らない奴等が通り過ぎた。

 まさか計画が漏洩するとも思わないが、ヴァイオレットは「ちょっと、歩きながら話そう」と俺に提案した。

 特に目的地もない俺たちは、正面ゲートに入ってすぐの階段を登る。

 観客席に向かう通路なのか、階段の壁には各エリアの座席案内図が掲示されていた。


「一つ目は、これがおまえの計画だからだ。大容量を獲得し、唯生園の奴等を救いたいのはおまえだろ? そのための計画なんだろ? じゃあ、おまえが主体的になるべきだ。トールに押し付けないのと同様に、俺にも押し付けないほうが良い」

「でも、あんただって『最強になる』という目的があるじゃない」

「それはまた別の話だ。俺は今回の計画の提案者じゃない」

「まあ……ね」

「二つ目の理由は、おまえが俺という自我の源流だからだ」


 そう俺が言うと、ヴァイオレットはまた固まった。

 ある程度想定していたが、さっきよりも遥かに驚いた様子だった。

 俺はしばらくヴァイオレットの反応を待ったけれど、やはりなにも言えないらしい。

 仕方がないので、俺は説明を続ける。


「――トールから聞いた。転換点という災害で、俺の意識と記憶は消えてしまったんだってな。なんとか弟を取り戻したいと思ったおまえは、おまえの記憶をベースに俺の自我を作った。つまり、俺は元々ヴァイオレットという情報の一部だったんだ。だから意識と記憶を再結合するときも、デイモン側ではなくヴァイオレット側が自然だと思う」

「知っ……てたんだ」


 ヴァイオレットはその場で姿勢を正し、俺に深く頭を下げた。


「――ずっと黙っててごめんね。あんたを勝手に作り出してごめんね」


 絞り出すような謝罪だった。

 俺に向けられた頭頂部は、いまにも崩れそうに揺れている。

 周囲にはまだ人の姿があり、無遠慮な会話と足音が反響していた。

 こんな場所でヴァイオレットに頭を下げさせたくはなかった。

 秘密の話をするにしても、ここはあまりに騒がしく、明るすぎた。


 俺はヴァイオレットの肩をポンと叩き、階段の上を指差した。

 ヴァイオレットは強張った表情のままコクリと頷いた。

 姉というより、叱られる覚悟を決めた子供のようだった。

 俺たちはどちらからともなく歩き出し、再び階段を登り始めた。


「――『存在だけの存在』になったあんたに、私は容量を提供した。何度も賭け試合をして、何度も容量を提供した。でもあんたの意識や記憶は戻らなかったんだ。そんなあんたを見て、当時の私は怖くなった。どうしようもなく怖くて、怖くて、そしてあんたを作り出してしまった」


 ヴァイオレットは歩きながら俺に話した。

 俺は歩きながらヴァイオレットの話を聞いた。

 四階エリアを過ぎた辺りから、俺たち以外に人の姿は見られなくなった。


「――いつもあんたに偉そうに言う癖に、私は芯から身勝手なんだよ。弟が戻らないという事実を受け入れられず、弟の代わりをあんたに押し付けてしまったんだからね。本当にごめん。私は許されないことをした」

「別に構わない。俺はおまえのコピーみたいなものだが、もはや『俺』として、確固たる自我を持っているからな。俺には俺なりの恐怖があり、俺なりの渇望がある。それに、セントラルの日々も楽しんでいる」

「でも」

「もういいって。そして安心しろ。俺はおまえを恨んでいない。こんな面白い経験をさせてもらって、むしろ感謝しているくらいだ」


 強く言うと、ヴァイオレットは黙り込んだ。

 この話のどこかで、俺の意識の奥底にいる『黒いなにか』について訊こうと考えていたが、ヴァイオレットの様子を見て、やめることにした。

 黒いなにかは十中八九、俺の恐怖や欲望から発生したものだ。

 ヴァイオレットが関係することも、知ることもないだろう。


 俺たちは黙ったまま階段を出て、五階席エリアに入った。

 観客席は通路や階段や壁と同じ種類の石で出来ていたため、どこを見ても黄色く燻んだ灰色だ。

 逆に闘技場は赤味の強い土が敷かれていた。


 闘技場の奥に白く大きなボードが設置されており、全参加者である計百三十七名の名前が表示されている。

 第八区からの参加者は俺とヴァイオレットのみで、クローヴィスたちの名前は見つからなかった。


 俺は適当な椅子にヴァイオレットを座らせ、その隣の椅子に俺自身も座った。

 こうしていると、まるでずっと昔から姉弟だったみたいだ。

 ただ、俺が懐かしさを覚えるのも、きっとヴァイオレットの記憶を残しているからだろう。


 なにをするでもなく、俺とヴァイオレットは座って過ごした。

 試合前の喧騒はあったが、あまりうるさく感じなかった。

 やがてヴァイオレットは、俺に「怖くないの?」と言った。


「なにが?」

「私に容量を渡した途端、あなたはまた自我を失うことになるよ? 大丈夫なの?」

「もちろん怖いよ。強烈な恐怖がある」


 自我を失い『存在するだけの存在』になった自分を想像するだけで、ひどく気持ちが滅入ってしまう。

 意識の底にいる黒いなにかが、身体中の節から熱い体液を吹き出した。

 当時の記憶なんてないはずなのに、それだけは駄目だとわかっている。


「――でも、だからと言って、逃げ続けるわけにはいかないんだ。いまのままだと俺は、過去のトラウマに囚われて永久に容量を求める怪物になってしまう。いつかは絶対に対峙すべき問題なんだ。そしてそのタイミングとして、今回が最良だと思っている。おまえに容量を提供することで、俺はこのトラウマに打ち勝つつもりだ」

「もう決めたこと?」

「そうだ。だからこの件が、おまえと役割を交代すべき三つ目の理由になる」

「そうか……なるほどね……なるほど。わかったよ」


 そう言うと、ヴァイオレットは飛び跳ねるように椅子から立ち上がった。


「じゃあもう悩まない。あんたはあんたの目的のために容量を渡し、私は私の目的のために容量を借りるよ」

「そうだ。その上でおまえは大会に優勝する必要がある」

「もちろん」


 雪の勢いが強くなってきた。

 コロッセオには天井がないので、そのまま観客席と闘技場に届く。

 着地した雪は薄っすらと積もり、すべてを白色に変化させていた。

 いまの天候が続けば、きっと観客席も闘技場も真っ白になるだろう。

 あらゆる色彩が消失して白一色に染まるだろう。


 振り続ける雪を眺めながら、俺はふと、トールが使っていた『他人の召喚を抑止する方法』に気がついた。

 トールはおそらく、セントラルの限界を応用していたのだ。

 セントラルはセントラルに出来る範囲で、全人類の要望に応えようとする。

 人類同士が矛盾する命令を下した場合、セントラルはいずれの命令もキャンセルするだろう。


『俺から半径五十メートル以内の全座標においては、俺のみが召喚出来ることとする』


 そのような命令を事前に下しておけば良いのだ。

 一旦命令しておけば、他の人間は俺から半径五十メートル以内で召喚不可能となる。

 他の人間の「特定の座標における召喚」と、俺の「全座標で俺のみが召喚出来る」が衝突するからだ。

 正面衝突した二つの銃弾が砕け散るように、セントラルはどちらの命令も叶えられず、どちらもキャンセルする。


 また、これこそが過去における秩序維持の方法だとも思った。

 召喚が当たり前だった時代について、俺は「なんでもアリになってしまう」と考えた。

 しかし、トールが使った『他人の召喚を抑止する方法』を全人類が知っていればどうだろう?

 お互いがお互いの召喚を制限するのではないか?


「そろそろ、やろっか?」


 隣に立つヴァイオレットが小さな声で言った。

 俺は頷き、気持ちを奮い立たせて左手にコンソールを呼び出した。

 強い恐怖を感じながら、コンフィギュレーションを選択する。

 動かなくなる手を無理矢理動かし、容量の譲渡を選択する。


 突然、黒いなにかが弾けるように暴れ出した。

 いつもと違い、外殻から鋭利な刃を無数に生み出して、意識の底を何度も切り裂いた。

 その度に俺の視界は狭くなり、意識がぼんやりと重くなった。

 しかし、俺は構わず手順を進める。


 今度、黒いなにかは分裂し、巨大化した。

 その勢いは凄まじく、まるで俺の意識を自身の黒さで埋め尽くすかのようだった。

 俺が苦しんでいるからか、ヴァイオレットが心配そうな顔でなにかを言った。

 ただし声は聞こえない。

 黒いなにかが「やめろ」「やめろ」「やめろ」「やめろ」と言い続けるからだ。

 その繰り返される怒声のせいで、意識の外の音はなにも聞こえなくなった。


 増殖を続ける黒いなにかと、痛みすら覚えるほどの暗い感情。

 それらに耐えながら、俺は譲渡の対象者を『ヴァイオレット』とし、譲渡量を『譲渡可能なすべて』とした。

 続けて俺が『実行』を選択する瞬間、黒いなにかは絶叫した。

 耐えられないほどの音量で、耐えられないほどの高音だった。


 まもなく俺は動けなくなった。


 黒いなにかが俺の意識を黒く塗り潰したのだ。

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