第24話:デイモンの起源
三百年ほど前に、セントラルで暮らす人々の容量の一部が消失した。
例外はおらず、すべての人間が被害にあった。
消えた容量の行方はわからない。
ただ、様々な状況を踏まえると、ワイズマンが奪取したのではないかと考えられている。
消失した量に一貫性はなかった。
ある者は所持していた容量の一割程度を失い、ある者は所持していた容量が一割程度にまで減少した。
多くは後者に該当し、容量と共に過去の記憶も失った。
その瞬間のことをトールは『転換点』と呼び、人類がこれまでに経験した最大の不幸の一つだと主張した。
加えてトールは、「転換点以前と転換点以後で人間の性質も大きく変化した」と言った。
以前の人間は穏やかで、協調性が高かったらしい。
以後の人間は好戦的で、容量に対して貪欲になった。
容量を求める理由は人によって異なるが、理性や知性を失ったことが真の原因ではないかとトールは考えている。
まったく覚えていないが、俺は最も容量を失ったうちの一人だったそうだ。
ほとんどすべての容量をなくし、存在するだけの存在となった。
当時は唯生園なんてなかったから、繊細で脆弱なままセントラルを彷徨った。
俺の状態を不憫に思ったヴァイオレットは、俺になにが起こったのかもわからないまま、常に俺の側にいて、常に俺を守ってくれた。
トールはセントラル内で十名にも満たない『容量をほとんど失わなかった者』のうちの一人だった。
同じような仲間たちに声をかけられ、脆弱な人々の保護活動を始めたそうだ。
全三十区に複数の唯生園を造ったのもトールたちで、彼等は存在するだけの存在を探し、見つけ次第唯生園に回収した。
ヴァイオレットとトールは第八区で出会ったという。
俺を両手で抱えていたヴァイオレットにトールが声をかけたらしい。
トールは俺の状況や転換点について説明したあと、ヴァイオレットに第三唯生園を紹介した。
すべての事情を理解したヴァイオレットは、トールに合意し、俺を唯生園に預けたそうだ。
以後、ヴァイオレットはしばらく賭け試合に没頭する。
当時はまだ戦闘の強さが容量に比例すると知られていなかったし、第八区は偶然にも強い戦士のいない区域だった。
それぞれの要因が味方した結果、ヴァイオレットは賭け試合で勝利を続け、一気に容量を増やした。
ヴァイオレットは獲得した容量を俺に分け与え、容量を増やした俺は徐々に自我のようなものを発現させた。
ただ俺は、転換点で記憶の大部分を欠失していたため、どれだけ容量を増やしても元には戻らなかった。
過去の記憶どころか、言葉さえ忘れていたそうだ。
ヴァイオレットは俺の状態を憂い、しばらく悩んだ末、解決方法をトールに相談した。
トールはヴァイオレットに「おまえの記憶の一部をデイモンに複写すれば良い」と助言した。
続けて、「そうすることで、基本言語や常識や家族の有無程度は理解する」と説明した。
ヴァイオレットはトールの考えを受け入れ、トールの提案通りに複写を進めた――そして俺は、最低限の自我を回復することに成功した。
ヴァイオレットが記憶を厳選したため、俺は転換点以前の日々をほとんど覚えていない。
記憶が完璧じゃないことから、いまの俺は本来の俺と別人格なのだろう。
悪く言えば、ヴァイオレットは弟の代わりに弟らしきものを創造したのだ。
しかし、だからと言って、俺はヴァイオレットを恨んではいない。
仕方のないことだと思っている。
俺が当時のヴァイオレットだったとしても、きっと同じことをしていたはずだ。
トールの説明は、俺の中にある多くの疑問に回答していた。
トールの知識が多い事情、ヴァイオレットがトールと知り合ったきっかけ、ヴァイオレットがトールを尊敬するまでの経緯、ヴァイオレットが唯生園の人々に優しい理由、異常と言えるほど少ない俺の記憶……
なにより、俺が容量を求め続ける潜在的な原因がわかった。
きっと俺は恐れているのだ。
繊細で脆弱になることを。
再び『存在するだけの存在』になることを。
意識に深く染み込んだ恐怖が、俺を真反対の存在にしようと誘導している。
最強になりたいという欲求も、ほとんど同じことだろう。
自己分析を終えた俺は、今後の方針が明らかになった。
なにを求め、なにをすべきか、はっきりと見えるようになった。
容量に対する欲望も、容量を失うことに対する恐怖も、依然として払拭できないけれど、おそらくもう惑わされない。
俺はようやく、自分が何者かわかったのだ。




