第23話:容量を求める理由
「ちょっと待てよ」
考えるべきことが一気に増え、俺は自分が混乱していることを自覚した。
ヴァイオレットは自身の存在をかけてトールに容量を提供すると言ったのだ。
トールがヴァイオレットから容量を受け取らなければ、ヴァイオレットのこれまでの努力が無駄になる。
「その話をヴァイオレットは知っているのか?」
「もちろんだ。話を聞かされたときに、私は同じ内容を彼女に伝えた」
「そのとき、ヴァイオレットはどんな反応をした?」
「残念そうではあった。しかしおまえと違って、彼女はすぐに私の意思を受け入れた」
ヴァイオレットはなにを考えていたのだろう?
なにを考えてミノタウロスと試合をしていたのだろう?
トールがヴァイオレットの計画を拒否したならば、ヴァイオレットにとって次の大会は意義を失う。
意義のない大会の宣伝など、時間の無駄でしかないのに。
あるいはヴァイオレットは、「まだトールの説得は可能」だと思っているのだろうか?
トールは頑固な奴だけれど、実際に莫大な容量を目の前に差し出せば、意見を変える可能性は充分に考えられる。
二百五十ペタを前にして拒否できる人間はまずいない。
俺がトールの立場なら、たぶん簡単に翻意する。
ただやはり、俺はトールに拒否して欲しかった。
トールがヴァイオレットの容量を受け取らなければ、ヴァイオレットは自我を失わなくて済む。
『存在するだけの存在』にはなり得ない。
それはいまの俺が抱える強い願いだ。
俺にとって、最も近くにある厄介な問題が解決することを意味する。
考えてみれば、最高の状態なのかもしれない。
トールがヴァイオレットの提案を拒否する場合、俺はなんの憂いもなく優勝を目指すことができる。
勝つことだけに集中し、本気で戦略を立てられる。
しかも優勝は、いまの俺にとって現実的な目標だ。
ヴァイオレットの分析が正しければ、二回に一回は達成できる。
もちろん、敗退する未来も否定できない。
特にトールが秘密にしている『他人の召喚を抑止する方法』を使える奴が参加していれば、勝利への道はかなり険しくなるだろう。
しかし、最近のセントラルの混乱を見る限り、そんな方法を知っている奴はほぼいない。
場合によってはトールしか知らないのかもしれない。
仮に他の参加者が『他人の召喚を抑止する方法』を知っていたとしても、ミノタウロスのように容量の大部分を速度に傾ければ勝負になるだろう。
召喚がなくとも、超高速であれば、充分に強いからだ。
「デイモン。私からも質問がある」
俺が今後について色々と思案していると、トールが改まった口調で言った。
「なんだよ。珍しいな」
「おまえはいつまで戦い続けるつもりだ? あるいはいつまで容量を求めるつもりだ?」
「いつまでって……最強になるまでだ。誰よりも大きな容量を獲得して、誰よりも強くなるまでだ。当然だろ?」
「では、次の大会に優勝して、莫大な容量を獲得したあとはどうする? ワイズマンは別にしても、おそらくおまえがセントラル内で最強となる」
「ワイズマンが俺より強いなら、次はワイズマンに勝つことを目指すさ」
「しかし、ワイズマンは休眠状態だ。戦闘どころか会うことすらできない。会えなければ勝ちも負けもないだろう? それでもおまえは満足できないのか? 容量に対する欲求からは逃れられないのか?」
トールに言われ、俺は自分が大会に優勝した場合の未来を考えた。
二百五十ペタを超える容量を抱え、セントラル内で活動する誰よりも強くなり、ワイズマンは眠ったまま――それでも俺は賭け試合を続けるのだろうか?
誰かと戦いたいと思うのだろうか?
「――別にワイズマンが目覚めても良い。その場合、おまえはワイズマンと出会い、賭け試合をして、勝つかもしれない。勝てばおまえが名実共に最強だ。セントラル内で最大容量を所持することになる。それでどうする? そのあとおまえはなにを目指す?」
わからない。
『最強になったあと』なんて、過去に一度も考えたことがなかった。
しかし、巨大な大会が迫り、優勝が手に届く場所にあるいま、避けては通れない検討なのかもしれない。
トールに言われて初めて気がついた。
たしかにそうだ。
俺はいったいどうしたいのか?
なにを目指しているのか?
何度も考えてみたが、答えはすべて同じだった。
その答えに、俺自身が打ちのめされた。
どんな未来になったとしても、俺の渇望は満たされない。
意識の奥底にいる黒いなにかは、俺が貪欲であることを求めている。
満足できる容量なんて、まったく想定できなかった。
「もしかすると、俺はどこかが壊れているのかもしれない」
正直な気持ちを吐露すると、トールは小さな目を細くした。
「――肉体を捨てた俺たちは、病気や怪我から解放された。そんな風におまえから聞かされて、俺はセントラルに暮らす全員が健康だと思っていた。思い込んでいたんだ。もちろん自我を捨てた奴等や容量を削りすぎた奴等は、健康とは言えないかもしれないが、俺が言っているのはそういう話じゃない」
「続けろ」
「変なんだ。いつまでも満たされる気がしないんだ。ワイズマンに勝ったあとも、俺はたぶん賭け試合をするだろう。容量が欲しいからだ。弱い奴等からも容量を奪いたいからだ。すべての容量を手に入れたいからだ。そして、すべての容量を入手したあとも、俺はたぶん容量を求めたい」
熟考する中で、俺は自分の異常性に気がついた。
俺にとって容量はただの手段ではなかった。
なによりも重要な目的だった。
いつのまにか容量は、俺の生きる目的になっていた。
どこまでも獲得したいし、無限に所持したい。
意識の底にいる黒いなにかが焦燥感となり、永遠に俺を駆り立てる。
たぶんいつかは、トールやヴァイオレットの容量すら狙うことになるだろう。
そんな自分が信じられない反面、そうなるだろうという確信もあった。
「トール。おまえはこんな俺をどう思う? 変だろ? もはや人類の敵だろ? きっと俺は意識のどこかが壊れているんだ。壊れて、エラーとかバグみたいなものがあるんだ。たぶんこのバグを治さない限り、俺はいつまでも容量を求めてしまう」
「そうか」
広場では、メイナードが複数のアバターから攻撃されていた。
殴られるたびに傷つき、ボロボロになっていたが、メイナードは笑っていた。
その状態でこちらを向いたから、まるで俺に笑いかけているみたいだった。
「――おまえはやはり、自分の過去を知っておくべきかもしれないな」




