第22話:洞窟のような場所で
細かな粒子が俺の身体を覆い、輝きながら発熱した。
粒子の温度上昇は止まらず、俺のアバターの皮膚や頭髪が溶け始める。
自動再生システムのおかげで、溶けた側から俺の身体は回復したけれど、周囲は真っ白に光り、近くの粒子以外はほとんどなにも見えなくなった。
以前に一度だけトールの案内で瞬間転移システムを使用したが、そのときと同じ状態だ。
俺は構わず足を動かした。
地面は柔らかいゴムのような感触で、沈んだ先に木の根に似た弾力があった。
白い光から抜け出た先は、暗い洞窟らしき場所だった。
幅約二メートルの空間が前方に進み、左右は岩壁で、足元もゴツゴツと硬い。
いつのまにか身体に付着していた熱い粒子は霧散していた。
俺は歩みを止め、見える範囲を観察したが、トールの姿は見当たらなかった。
分岐がないことを確かめながら、俺は洞窟の先へ進んだ。
恒星の光は差し込まないが、わざわざ自分で光源を作るほどでもなかった。
約五メートルの間隔で、岩壁の上部に松明が準備されていたからだ。
十メートルほど歩いたところで、前方からなにか鈍い音が聞こえた。
人の声のようだったが確信はない。
瞬間転移システムから五十メートルほど直進した位置で、俺は再び足を止めた。
洞窟は洞窟のままだが、大きなドーム状の広場に出たのだ。
端から端までは三百メートルほどあるだろうか。
大きな空間に百近いアバターが集まっていた。
一部はぼんやりと徘徊し、一部はぶんぶんと腕や脚を振り回している。
残りは敵も味方もないバトルロイヤル状態で、近くにいる誰かを殴っては殴り返された。
皆素手だったので『ぬるい』戦闘ではあったが、腕力の強いアバターの攻撃は損傷となり、その度に自動再生システムが働いた。
賭け試合ではなさそうだった。
誰しもが例外なく無言だった。
俺は行為の意味がわからず、しばらく動機を推理することにした。
しかし、アバターたちの中にメイナードの姿を見つけた瞬間、だいたいの事情を理解した。
ほぼ同時に、トールの姿も見つかった。
「トール」
松明の光から遠く、少し影になった場所だった。
俺はトールに近づき「――もしかしてここが、自我を捨てた奴等の隔離場所なのか?」と訊いた。
トールはアバターたちの殴り合いを見つめたまま「そうだ」と答えた。
「その隔離場所で、おまえはなにをしている?」
「なにもしていない。ただここの人々を眺めているだけだ」
「眺めるためにここへきたのか?」
「ああ。他に理由はない」
「俺にはよくわからない。それでおまえは楽しいのか?」
「楽しいとか、楽しくないとか、そういう次元の話ではない。逆に訊くが、おまえは楽しくなければ行動しないのか?」
「相変わらず、厳しいな」
会話どころか、会うこと自体が久しぶりだったので、トールの皮肉じみた言い方も嫌ではなかった。
最後にトールを見たのはメイナード戦の直後だから、もう五百時間以上も経過したことになる。
俺が避けていたわけではなく、むしろ探していたくらいなので、トールのほうが俺を避けていたのだろう。
今回俺がトールを追いかけてきた理由の一つは、『トールが俺を避けていた理由』を聞き出すことだった。
しかし、トールと少し言葉を交わしたいま、なんだかどうでも良くなった。
トールはトールだ。
恩人だが、家族でも友人でもない。
仮にトールが俺を避けていたとしても、それを根拠に俺が非難できるだろうか?
理由を聞くことすら無粋に思えた。
「――ところで、ここの奴等はなぜ素手なんだ? たとえばメイナードは、多銃身旋回砲を使っても良いだろ?」
当初の計画を中止した俺は、目の前の光景について訊いてみた。
自我を失った奴等がお互いを傷つけ合う。
恐怖から逃れるわけでもなく、満足している様子もなく、ただ延々と相手を殴り続ける。
その姿はまるで「人間から意識や理性を取り除いた末に残っているものは戦闘本能だ」と言っているようだった。
しかし、武器を使わない点だけは理解できない。
「ここがそういう場所だからだ。正確に言えば、私がそういう場所にしている」
「なんで?」
「武器を使って暴れさせても良いのだろうが、この中には私の友人の家族もいるんでな。あまり酷い状態にはしたくなかった」
友人とはおそらく、トールに容量を提供した者の一人だろう――確証はないが、俺はなんとなくそう思った。
普段の生活スタイルを見る限り、いまのトールに友人と呼べる人間はいない。
「つまり、トール。おまえがなにか細工をして、こいつらから武器を取り上げたってことか?」
「まあ、そう言うことだ」
「その武器はいまどこにある? どこかに保管してあるのか?」
「馬鹿なことを言うな。具現化した物質を保管しても意味がないだろう」
「それはそうだけど……じゃあ、どうやって武器を取り上げたんだよ?」
「簡単な話だ。私はただ、物質の具現化を抑止したに過ぎない」
「は? 具現化の抑止?」
ちょっとした雑談のつもりだった。
気になるから聞いたという程度の質問だ。
しかし、トールが当たり前のように口にする説明の中に、信じられない情報が混じっていた。
「――さすがにそれは無理だろう? セントラルは基本的に個人の自由を保証している。他人の行動の抑止なんて、普通に考えれば有り得ない」
「たしかに。おまえのその言い方だと、答えは『不可能』になるだろう。しかし、物質の具現化に限れば話は別だ。他人の行為を抑止することができる」
「わからない。たとえ物質の具現化に限定しても、他人の行動の自由を奪うことに違いはないよな?」
「言いたいことはわかる。だが、それが現実だ」
「本当なのか? 本当に他人の召喚を抑止することができるのか?」
「実際に試してみれば良いだろう? ここでは私以外が対象となる。おまえ自身で試してみれば、私の言っている意味を実感できるはずだ」
さすがに嘘や冗談の類だと思っていた。
たとえ一部だとしても、他人の行動の抑止なんて不可能だ。
それでは社会が成り立たない。
このあいだヴァイオレットに俺は「誰しもが無制限に召喚できる環境だと、社会がなんでもアリになってしまう」と話したが、召喚の抑止は別の意味でセントラルの恒常性を破壊する可能性がある。
しかし、トールの言う通りだった。
俺がどれだけ頑張ってみても、長柄斧槍を召喚することはできなかった。
ヴァイオレットのお気に入りである波刃剣や散弾銃も呼び出せない。
念のために、唯生園の網も試してみたが、やはりまったく具現化しなかった。
「どういうことだ? こんなことがあり得るのか」
「だから言っただろう。ここでは私以外のすべての人間を対象に、物質の具現化を抑止している」
「方法は? 俺にも出来ることなのか?」
「私に出来るのだから、もちろんおまえにも可能だ。ただ、説明はしない。方法を教えれば、おまえはこのあいだのように賭け試合で使用するからな」
俺の意識の底にいる黒いなにかが反応した。
虫のような頭部で「具現化の抑止は強力な武器だ」と俺に言う。
「知っているほうが最強に近づく」と伝えてくる。
「別に良いだろ? おまえが損をするわけじゃない」
「損得の問題ではない――逆に訊くが、おまえは損得の問題がなければ、他人の要求のすべてを受け入れられるのか?」
「違うんだ、トール。これは得の話なんだ。もしも俺が強くなれば、巡り巡っておまえの利益になるんだぞ。具体的に言えば……」
「この際だから、はっきりさせておく」
トールは俺の言葉を遮って言った。
かなり大きな声だった。
殴り合いをしているアバターたちから顔を背け、トールはいま俺を睨んでいる。
「――大きな大会の話なら、ヴァイオレットから聞かされた。だが私は協力できないし、協力するつもりもない。他の誰かを犠牲にしてまで、容量を増やそうとは思わないからな」
「なにが言いたい?」
「そのままの意味だ。ヴァイオレットから容量提供の提案があっても、私は拒否するつもりだ」




