第21話:エキシビジョンマッチ
波刃剣は刀身が波のように歪んでいる。
その形状ゆえに、斬られれば、斬られた箇所の肉を抉る。
肉体人類が使っていた頃は、傷が不均等になってしまうために治癒が難しく、二次的な感染症を発生させたらしい。
使用者次第で炎のように見えることから、過去に「炎の剣」と呼ばれたこともある。
ヴァイオレットがずっと波刃剣を使い続けているのは、その形状を気に入っているからだ。
もしかすると、見た目以外の理由はないかもしれない。
俺の長柄斧槍までいかなくとも、一般的な大型武器と比べれば、波刃剣は長さでも威力でも劣る。
ここはセントラルで、俺たちは意識体なので、肉体人類が苦しめられた治癒や感染症の問題もない。
軽いという利点はあるが、ヴァイオレットはフルオートの散弾銃を片手で扱うほどの筋力を設定しているので、ちょっとした重量の違いが有利に働くこともない。
見た目にこだわるヴァイオレットは、召喚の仕方も独特で、空よりも地面を選んだ。
本人は「足元からの攻撃は、上からの攻撃よりも注意を分散させる効果があるんだよ」と言うが、俺は詭弁だと思っている。
地上に召喚した波刃剣のビジュアルは見事で、突然屹立する炎の刀身は、まるで地中から飛び出した火柱だ。
特に一箇所に集められた数十本の波刃剣群は、小規模の噴火を連想させるほどの華やかさがあった。
しかし、どれだけ戦い方が美しくとも、戦況に寄与しなければ意味がない。
今回は相手が悪かった。
相手の戦士が強すぎて、ヴァイオレットの攻撃が見せ物になってしまった。
対戦相手の名前を俺は知らない。
しかし俺は便宜上、そいつをミノタウロスと呼ぶことにした。
頭部が牛で、身体が人間のアバターだからだ。
大きく発達した筋肉を全身に纏い、左右の手に別々の十字大剣を持つ姿から『接近戦を得意とするパワータイプ』を連想させられる。
ただ、ミノタウロスの外見はフェイクだった。
変な先入観を持つ奴等に、間違った戦略を立てさせる餌。
第四区では「狂気」や「狂乱」などと呼ばれているらしいが、本当になにかが狂っていると思うほど、ミノタウロスは速かった。
特に剣速と足捌きの鋭さが常軌を逸していた。
飛び道具を持たないのに、ミノタウロスはこの試合のペースを握った。
攻撃はすべて奇襲のようなもので、ヴァイオレットは攻められるたびに防御に徹した。
逆にヴァイオレットが攻勢に出て、自身が防御をするときは、視界に収めることも難しいほど高速で動いた。
あのヴァイオレットがずっと嫌な顔をしているのだ。
俺がヴァイオレットの立場なら、ほとんど反撃の機会を見つけられなかっただろう。
加えてミノタウロスは、空中に石板のようなものを召喚した。
石板は武器でも防具でもなく、ただの足場だ。
空中に出現した無数の足場は、ミノタウロスの戦い方を複雑で予測できないものにした。
ただでさえ超高速なのに、着地を待たずに再びジャンプすることも、慣性を考慮せずに方向転換することも可能にした。
エキシビションとは言え、俺はヴァイオレットが苦戦する様子を初めて見たかもしれない。
ミノタウロスが動きを止めず、まったく的を絞らせないからだ。
散弾銃も波刃剣も攻撃を続けたけれど、ずっと空振りを強いられている。
一方、ミノタウロスが装備する二本の十字大剣は、着実にヴァイオレットの華奢な身体を傷つけた。
実力差は明らかで、ヴァイオレットに奥の手でもなければ、逆転は難しそうだった。
俺はトップレベルの実力に感心しつつ、これこそが新時代の戦い方だと確信した。
なによりも必要なのは速度なのだ。
高速で移動し、座標が定まらない相手には、俺のゼロ距離召喚も使えない。
もしも俺が優勝を狙うならば、容量の大部分を速さに変換する必要があるだろう。
目の前の戦闘を見る限り、それ以外の選択肢は論外だ。
最低限の速度が備わって初めて、攻撃や召喚が意味を持つ。
――どうしてこうなった。
俺はもう、自分の気持ちがわからなくなっていた。
いまでもあの計画には反対だ。
ヴァイオレットが『存在するだけの存在』になる未来は否定したいし、それは短期間でも許容できない。
あのときヴァイオレットは「自我を失う期間は限界まで短くするつもりだから」と言った。
俺も思わず納得してしまった。
しかし、あとで考えてみると、短くできる保証はないのだ。
二百五十ペタ以上の褒賞に、トールの容量が加われば、セントラルやワイズマンに介入できる可能性は高まるだろう。
しかし、だからといって、絶対に介入できるとも限らない――俺はもう、ヴァイオレットの計画に関するすべてが気に入らなかった。
ただなぜか、俺は大会を楽しみにしていた。
ミノタウロスの戦い方を見ながら、勝利するための戦略を考えていた。
意識の表層の部分では、いまでもヴァイオレットの提案を断りたいと思っているけれど、意識の根底では二百五十ペタを獲得することばかり考えている。
黒いなにかが俺に言うのだ。「よかったな。これで最強に近づける」と……
ミノタウロスはいったいどれほど強いのだろう。
試合中だと言うのに、ヴァイオレットの正面で足を止め、「まだやる?」と無邪気に質問した。
いまの俺では絶対に勝てない相手だが、ヴァイオレットの容量を加算しても、百パーセント勝てると断言できるほどの自信はない。
「当たり前じゃない。これは大会の宣伝なんだから」
ヴァイオレットは散弾銃を両手で構え、それとは別に右肩のあたりと左腰のあたりにも散弾銃を召喚して、三つの銃口から散弾を放った。
「そうだとしても、俺は飽きた。どうすればこの試合を終えられるんだ?」
飛び出した三つの散弾は、途中で弾けるように分裂して、五十以上の破片となった。
しかし、そのすべてがミノタウロスの分厚い身体を通過した。
おそらく弾が触れる瞬間にミノタウロスは超高速で移動し、弾が通過したあとに元の位置へ戻ったのだろう。
挑発的な行為だった。
ヴァイオレットは怒った様子で「馬鹿じゃないの? 試合の終わり方なんていつも通り。どちらかが戦闘不能になれば終わるに決まってるでしょ」と叫んだ。
叫んだあとに五メートルほど飛び退り、両手を広げ、空に大量の散弾銃を召喚した。
規格も一定ではなかった。
三百挺ほどの通常サイズの散弾銃に混じって、銃口の内径が二十メートルはありそうな超巨大砲のようなものも呼び出していた。
アレが撃たれたら、闘技場なんてたった一発で粉微塵になるだろう。
闘技場どころかコロッセオごと破壊されるかもしれない。
観衆はヴァイオレットの召喚物に感嘆し、次いで大きな歓声をあげた。
逆にミノタウロスに対しては罵声を飛ばし、「いい気味だ」「おまえの負けだよ」「調子に乗るからだ」と嘲笑した。
観衆の多くは五区で暮らしているからか、四区のミノタウロスに対して恨みがあるようだ。
声援とヤジが極端に偏り、偏った分だけ声は大きくなった。
エキシビションマッチの盛り上がり方としては悪くない。
俺としても、将来のライバルを研究すべく『次の動き』に注意した。
ただ、試合は俺や観衆の期待するような展開にはならなかった。
ヴァイオレットが散弾銃を召喚してすぐに、ミノタウロスの勝利が確定したからだ。
終わってみればあっけないものだった。
召喚した銃口から銃弾が放たれるよりも先に、ミノタウロスがヴァイオレットを両断したのだ。
ミノタウロスが早々に姿を消したので、自動再生システムで復活したヴァイオレットが、一人でコロッセオの観客席に頭を下げるハメになった。
他にいないのだから仕方がない。
このエキシビションは五区の奴等に対する大会の宣伝を意図している。
一部の観衆にとっては残念な結果だったらしく、どこか不満気なヴァイオレットの顔を見て、「本大会では頑張れよ」「一回負けたくらいで気を落とすな」「次は勝てるぞ」と発破をかけた。
別の一部の観衆は、試合の途中から放心したままで、その他大勢は強い興奮状態だった。
武器召喚を利用した強者同士の勝負は、俺が予想していたよりも派手だった。
まるで魔法と魔法がぶつかり合うような迫力があり、これまでの常識が覆ったことを実感した。
長柄斧槍の雨に慣れた俺ですら、空に浮かんだ巨大な散弾銃に目を奪われたのだから、初めて召喚に触れた者の衝撃は激烈なものだっただろう。
そんな俺の推測を支持するかのように、歓声も拍手も止まる気配を見せない。
コロッセオに入ってくる人の数も何故か増え続けていた。
宣伝は成功したと言える。
俺にとっても今後の試合に向けた良い勉強となった。
「あ」
観衆に応えるヴァイオレットを残して、俺は観客席に踏み込んだ。
四階席の南出口付近に、場違いな知り合いを見つけたからだ。
小さな体躯とその小さな体躯を包む甲羅。
トールは観衆に踏み潰されないよう気をつけながら、ノソノソと通路を歩いていた。
「おい、待てよ!」
俺は目の前の観衆を突き飛ばし、最上階に至る階段に辿り着いた。
トールの歩行は馬鹿みたいに遅いけれど、近くに瞬間転移システムがあれば話は別だ。
万が一に備えて、俺は一階席エリアを二秒足らずで駆け上がった。
二階席エリアも一秒ほどで通過した。
走りながら名前を呼んだが、トールはこちらに顔を向けない。
俺は三階席エリアを登り切り、速度を落とさず右へ曲がった。
予感していた通り、南出口付近には瞬間転移システムが出現していた。
俺は再び「待て!」と叫んだが、トールはそのまま光輝く楕円体に足を踏み入れた。
仕方がないので、俺もトールに続いて、瞬間転移システムに飛び込んだ。




