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バグ・ハンティング  作者: えぬ氏
第4章:大容量を得る方法(デイモン編)
20/50

第20話:過去最大の大会

「なんでだよ? なんでおまえがそこまでしてやるんだ?」


 まるで頭上から唯生園の網が降ってきたかのようだった。

 何枚も何枚もの網が俺の全身を覆っていく。

 俺は自由を奪われるだけでなく、身体全体で重さを感じた。

 そんなはずはないのに、気を抜くと座り込んでしまいそうになる。


「なんでって……それが正しいと思っているからだよ」

「正しければなんだってできるのか? 自我ですら捨てられるのか? おまえも以前は、俺と同じように『最強を目指す』って言っていただろ?」

「言ったけど、それだっていつかは、先生に容量を提供するためだったんだ」

「なんだよ……それ……」


 言葉は理解できるが、意味としては理解できなかった。

 ヴァイオレットが存在するだけの存在となる。

 点のようなアバターとなって、唯生園の中で保護されながら生きていく。

 会話どころか俺を認識することもできなくなる――ぶっ飛びすぎて、まったく想像できない。

 まだ『誰もがなんでも召喚できて、無秩序状態になった社会』のほうが現実的に思えるほどだ。


「でもほら、自我を失う期間は限界まで短くするつもりだから。安心して」


 ヴァイオレットの言葉に紛れて、浜辺から歓声が聞こえた。

 どうやら誰かが自分用の波を召喚し、その波でサーフィンをしているようだ。

 波は高さも幅も約二メートルで、ボードの下から離れなかった。

 サーファーが身体を反転させると、波も沖に向かって逆走する。


「どうやって?」


 浜辺の奴等の声が小さくなるタイミングを見計らって、俺は訊いた。

 説明のどこかでヴァイオレットの計画の綻びを見つけようと思っていた。


「私が容量を大量に集めれば良いの。私が容量を提供した瞬間に、先生がセントラルやワイズマンに介入できるレベルになればいい。そうすれば、先生は唯生園の人たちと同時に私を救ってくれるでしょ?」

「理屈はわかる……わかるけど……容量を大量に集めるなんて、言葉にするほど簡単じゃない」

「近いうちに大会を開く計画があるの。それこそ、いままでになかったほどの大きな戦闘大会を。あんたが長柄斧槍ハルバードを降らせた結果、各区で『セントラルの最強を決めよう』っていう話が出てきてさ」


 言い負かそうとした俺を驚きのプランで封殺した。

 ヴァイオレットは、大会の重大さを強調するように、ひとつ間を開けた。


「――既に準備はできている。唯生園のお世話をしながら、私も全三十区の有力プレイヤーたちに話をつけていたからね。残りは五区と十五区と二十二区の合意のみ。すべての合意が得られれば、セントラル全体規模の大会を開催できる……まぁ五区と十五区と二十二区の合意が得られなくても、大会は実行できるわけだけど」


 話はどんどん進んでいく。

 具体的な予定が積み上がっていく。

 おそらくヴァイオレットの決意は揺るぎないものなのだろう。

 その覚悟はどうしようもなく残念だったが、一方で俺は、ヴァイオレットの計画の甘さに気がついた。


「ルールは?」

「決まっているのは、『自身の容量を賭けたバトルロイヤル』と『優勝者一人が容量を総取りすること』だけ。でもそれで充分じゃない?」

「まあたしかに、セントラル全体規模の大会で、優勝の賞品が容量の総取りであれば、セントラルやワイズマンに介入できるくらいの容量を獲得できる気がする」

「ね? これは私にとって千載一遇のチャンスなの」

「でもそれって優勝した場合の話だろ? おまえだって、まさか自分が優勝できるとは思ってはいないよな?」


 第八区はセントラルの中でも比較的弱いエリアだと言われている。

 ヴァイオレットが第八区で一番大きな容量を持っていて、その上で他の参加者よりも早くから召喚の練習を行っていたとしても、優勝となれば壁は高い。

 どうしようもなく高い。


 だからこそ俺は安心した。

 このプランは失敗する。

 ヴァイオレットが存在するだけの存在になる未来はやって来ない。


「そうだね。はっきり言って難しいと思う。特に二十ペタを超える上位戦士は、全然格が違うから」

「じゃあ、大会に参加したって意味ないだろ」

「でも一気に強くなる方法があるんだ。そして、その方法を使えば、二回に一回くらいは優勝できると思っている」


 一際大きな歓声があった。

 俺たちは話を中断し、浜辺のほうに顔を向けた。

 他のサーファーたちも波を召喚することに成功したのか、静かな海面にピョコピョコと個人用の波を発生させている。

 不自然な光景は、そのままセントラルの未来を暗示するようだった。


「嘘だろ? なんだよ、その方法って」


 気づけば、俺はヴァイオレットに先を促していた。

 一気に強くなる方法なんて存在しないと思いつつ、ヴァイオレットの自信ある言い方が気になった。


 ヴァイオレットはそんな俺の顔を見て「私があんたに容量を預ければ良いんだよ」と言った。


「――色々と調べていたら、私の十五ペタとあんたの十三ペタを合わせれば、大会に参加する戦士の中でも最高レベルの容量に達することがわかったの。召喚に習熟したあんたが、容量においても他の参加者を凌駕すれば、優勝は現実的な目標になると思わない?」

「よくわからない。つまり俺が、おまえの代わりに大会に参加するってことか?」

「そう。もちろんこの方法を使うには、あんたの同意が必要なんだけどさ。優勝後の報酬は折半にするから、前向きに考えて欲しい」


 続くヴァイオレットの説明によると、現在までに百名程度が参戦する見込みだそうだ。

 百名というのも最低限の数字で、今後はさらに増える可能性があると言う。

 参加者はそれぞれ五ペタを賭けるルールだから、優勝者に対する報酬は最低でも五百ペタになる。


 つまり、俺の取り分は二百五十ペタ以上。

 すぐには信じられない数字だった。

 獲得できれば、ヴァイオレット――あるいは後のトール――と共にセントラル内で一番大きな容量を持つことになるだろう。

 ワイズマンという未知の存在を除けば誰よりも強くなる。

 いや、あのワイズマンにすら近づけるかもしれない。


 俺の意識の深いところで黒いなにかが暴れ始めた。

 黒いなにかは五つの脚の先端を針のように尖らせ、俺の意識の底を何度も突き刺した。

 刺されるたびに、下から這い上がってくるような興奮が、俺の意識をじんわりと満たした。


 浜辺のほうからまた大きな声が聞こえたが、俺はもう、注意を向ける気にもならなかった。


「わかった」

「え? じゃあ協力してくれるってこと?」

「違う。回答は少し待ってくれ。すぐに判断できるような軽い提案じゃないからな」


 なぜ俺は、すぐに否定しなかったのだろう。

 なぜ俺は、「できない」と言えなかったのだろう。

 ヴァイオレットが自我を失う姿なんて、絶対に見たくないのに。


 しかし一方で、『二百五十ペタ以上』という単語が強い輝きを放っていた。

 メイナードに勝利し、第八区で二番目に大きな容量を持ついまの俺の約二十倍。

 ほとんど俺が自分の意識をコントロールできないくらいに、その数字は魅力的だった。


 俺の困惑など知る由もないヴァイオレットは、「わかった。じゃあ、期待して待っているよ」と笑顔で言った。

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