第18話:進化
「デイビッド様。ただいま受信機能を再開しました」
「よし。ではまず、この全身の接着液を溶解してくれ」
「はい」
接着液の溶解に続き、俺は全身の洗浄と機能確認もヴァイトに頼んだ。
ヴァイトはそのすべてを忠実に実行し、再び直立姿勢に戻った。
まだ接着液で固まるミナスを横目に、ゆっくりと立ち上がる。
借り物の身体を操っているに過ぎないが、俺は自由と開放感を覚えていた。
念のためにミナスの意識を確認させると、ヴァイトは「ございません」と回答した。
俺が推測していた通り、人間の意識はアンドロイドの胸部の奥に宿るらしい。
ミナスがデッドエンドしたことで、あとには改造型の近距離戦闘型が残された。
下半身は使えるだろうが、胸部以上はほとんどスクラップ状態だ。
「俺を修復する上で、使えるパーツはあるか?」
「調査します」
右半身が削り取られ、左肩も潰された。
こんな状態でバグの追跡は不可能だろう。
ここで修復できなければ、ベースキャンプに帰還することも検討しなければいけない。
そんな風に考えていると、ヴァイトが「いずれにしても大きな工事になりますが、修復よりも乗り換えを推奨します」と言った。
「提案が一足飛びだ。乗り換えとはなにを意味している?」
「失礼しました。乗り換えとは、この近距離戦闘型の頭部と胸部を取り外し、デイビッド様の頭部と胸部をこちらに移し替える行為です。以後デイビッド様は、近距離戦闘型を操縦することになりますが、修復よりも成功率が高く、作業も早く終わります」
「そんなことができるのか?」
「可能です。ただし、作業を完了させるためには、七十分ほどの時間的猶予と、デイビッド様の機体から接着液を抽出する必要があります」
「問題ない。おまえの好きにやってみろ」
「ありがとうございます」
ミナスの使っていた近距離戦闘型に俺が乗る。
どこまでも弱い採掘・工作型を捨てられる――予期していなかった事態に、俺の気持ちは昂った。
改造型の近距離戦闘型があれば少々の無茶が効くだろう。
バグの追跡にも弾みがつくかもしれない。
ただ……
「一つ訊きたいことがある。おまえは乗り換え作業を中断せずに、そのままの状態で回答しろ」
「はい」
「なぜ俺の命令を無視した?」
ミナスと戦っていたとき、俺がヴァイトにくだした指示は『危機的な事態に陥った場合、俺と別の方角に逃走しろ』及び『状況によっては、俺が囮になるかもしれない。そうなったとしても、おまえは俺に構わずベースキャンプに帰還するんだ』だった。
しかし、ヴァイトは逃走することを中止し、俺のいる位置に引き返してきた。
結果的にヴァイトのおかげで、最悪の事態を免れたけれど、人工意識の態度としてはあり得ない。
俺が想像力の真似事を強要したために、思考機能に異変を生じさせたのかもしれない。
ヴァイトは近距離戦闘型の胸部にナイフを差し込みながら、「いいえ。無視したわけではありません。私が実行したのは命令の中止です」と答えた。
「ではひとまず中止で良い。なぜ勝手に命令を中止した?」
「いただいた命令を達成できないと予測したからです。あのまま逃走していても、ベースキャンプに帰還できないと判断しました」
「命令を達成できないと判断した根拠は?」
「引き返している最中に、ミナス様の特殊な足跡を見つけました。地面に穴を穿つような足跡です。あれはおそらく三本目の脚を使った加速でしょう。私よりも高い移動速度を持つと考えました」
「つまり、俺が囮として時間を稼げないことを推測し、おまえがミナスに狙われることを推測し、ミナスの足が速いことも推測できたから、独断で命令を中止したということか?」
「はい。私は逃走を中止し、達成不可能な命令の再検討をお願いするために戻りました」
理屈は立っているし、ある意味では判断も正しい。
だからこそヴァイトの扱いは難しかった。
もしもあのとき、俺がミナスに勝利する方法を思いつかなければ、俺とヴァイトは共倒れになっていただろう。
ヴァイトに接着液を使わせる作戦をあのとき『たまたま』思いついたから、俺もヴァイトもいま無事でいるのだ。
つまり、共倒れの可能性と比較すれば、ヴァイトは逃走を続けていたほうが良かった。
「それはダメだ。一度動き出した命令をおまえの意思のみで変更することはできない。そうでなければ作戦が立たないからだ。たとえば俺がデッドエンドをする前に、ミナスの三本目を封じていたら、おまえはどうするつもりだったんだ?」
「その時点における最善を考え、行動いたします。したがいまして、デイビッド様の作戦でミナス様の三本目の脚が封じられた場合、私は改めてベースキャンプに逃走いたします」
「では逆の場合はどうだ? 俺がミナスに対してなにも抵抗できなかったとしたら、おまえは間違いなく俺と共に破壊されていた。逃走を中止する前に、その可能性は考えなかったのか? おまえが破壊されれば、記憶の保持という別の命令も達成できなくなるんだぞ」
「考えました。しかし仮に逃走を続けていたとしても、いまデイビッド様が仰られた『共に破壊された』可能性を否定できませんでした。むしろデイビッド様の元に戻ったほうが、私にできることは多いだろうと結論しました」
これはこれで良いのかもしれない――ヴァイトの弁明を聞いて、俺はそんな風に考え始めた。
ヴァイトの独断による命令中止が望ましいわけではないけれど、元々人工意識は達成不可能な命令に対して、「できない」と明確に主張する。
ヴァイトはただ、その主張の範囲が拡大したに過ぎない。
擬似的な想像力を宿し、俺の思考様式を模倣した結果、命令実行中でも不可能性が見えるようになったのだ。
使役者として、ヴァイトの扱いは難しくなったが、格段に賢い仲間ができたと考えることもできる。
「――私はいかがしましょうか? もしもデイビッド様がお求めであれば、いま申し上げた思考プロセスを変更することも可能です」
そう提言しながら、ヴァイトはミナスの頭部と胸部を取り外し、まとめて地面に静置した。
頭部は穴から縦方向に亀裂が走り、胸部は元の形状を思い出せないくらいにボロボロだ。
逆に腹部より下で損傷箇所はなかった。
ミナスの意識が残っており、接着液を溶解させれば、いつでも走り出しそうな雰囲気がある。
「いや。さっきのは無しだ。おまえの言い分も理解したし、ひとまずはいまのままで良い。俺がおまえの立場でも、同じ選択をしたかもしれない」
「ありがとうございます」
「しかし、命令は基本的に遵守するものだ。その点は誤解するな」
「はい」
それからしばらく、俺たちは沈黙した。
俺はヴァイトや足跡問題について考え、ヴァイトは乗り換え作業に集中した。
会話がなければ、ここはどこまでも静かな世界だ。
周囲にアンドロイドは存在せず、バグや他の生命の姿も視認できない。
平らで灰白色の地面の上に、果てしない宇宙が広がっている。
やがて近距離戦闘型の腹部に、俺の頭部と胸部が取り付けられた。
左肩や右半身の欠失部分は、ヴァイトのパーツを一部拝借することで埋め合わせた。
俺が切断した二本の腕も、ヴァイトに指示して復元させた。
あらゆる箇所がつぎはぎ状態だが、機能的な問題はなさそうだった。
三本目の脚についても、空想上の尻尾を動かす要領で操作できた。
「デイビッド様。私からも一点、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
突然ヴァイトが発言した。
質問をするにしても、不思議なタイミングだった。
さっきの議論中に訊けたはずなのに、そうしなかったところに人間らしさを感じる。
「ああ、構わない。言ってみろ」
「なぜデイビッド様とミナス様は、戦闘する必要があったのでしょうか? 『種全体としての発展』という人類の目的を考えれば、争うべきではなかったはずです」
訊かれた内容の第一印象は、「面倒臭い」だった。
なんなら小さな怒りすら覚えた。
俺の言動を完璧に理解していれば、絶対に浮かばない疑問だ。
俺の性格や考え方程度の情報も、ヴァイトはまだ、充分に整理できていないらしい。
その事実に落胆しつつ、俺は「おまえの言いたいことがよくわからない。詳細に言え」と説明を促した。
「人類の当面の目的はバグ・ハンティングです。バグを討伐し、その後の資源の獲得を目指しています。効率を考えれば、人類は徒党を組むべきだと思います。人類間の争いは無駄でしかありません」
「そうだな。おまえの言い分も一理ある。しかしこれはバグ・ハンティングだ。人類の目的とは別に、個人成績が設定され、個人成績で他の参加者と競わなければいけない。そして競争と言う点から見れば、ミナスは敵だ。必要に応じて争うべきだ」
「仰ることは理解します。個人の成績が重要だからミナス様と争うこととなり、個人の成績が重要だからミナス様に負けられなかった」
「わかってるじゃないか」
「これはつまり、個人の利益が、人類という集団の利益に勝るという意味でしょうか?」
「それは……」
咄嗟にイエスと答えそうになったが、俺は直前で踏み止まった。
ここで安易に「個人の利益が、集団の利益に勝る」と答えてしまえば、ワイズマンと同類だ。
俺たちから莫大な容量を盗み出し、次の進化を成功させた人類――それだけは、いかなる場合でも認められなかった。
「ケースバイケースだ。この問題の一般化はできない。ただ、バグ・ハンティングについて言えば、個人の利益が優先される。元々そういうルールだからな」
「そのお考えは、デイビッド様やミナス様だけでなく、人類全体としても同じでしょうか?」
「やはりケースバイケースだ。しかし、少なくない人類が、バグ・ハンティングに参加する上で、俺と同じ考え方を持っているだろう」
「ご回答ありがとうございます。人類の一部が個人の利益を優先し、人類の一部が集団の利益を優先するというわけですね。理解しました。ではいまのご回答を踏まえて、次の質問をさせてください」
ヴァイトは饒舌だった。
積極的な情報収集という俺の助言を抜きにしても、以前では考えられないほど質問するようになった。
まるで新しい遊びを覚えたばかりの人間の子供だ。
議論というプロセスが目的となり、議論というプロセスに夢中になっている。
しかも、回数を重ねる毎に、ヴァイトの質問は難しくなった。
人間で言うところの経験と成長に近いのかもしれない。
一方で、ヴァイトはヴァイトだ。
量産型人工意識の一つ。
どれだけ人間に似てきても、起源の時点で人間と異なる。
それらの事実が俺の中で上手く混じり合わず、ヴァイトの印象が不思議なものになっていた。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました!
これにてデイビッドの第3章は終わり、次からはまたデイモン編が始まります。
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