第17話:協力
やはり採掘・工作型は弱過ぎた。
近距離戦闘型のたった一度の攻撃で、ボディの約三割を損失した。
接着液で右腕の動きを封じてはいるが、ミナス相手に勝ち目は見えない。
近距離戦闘型のパワーなら、左手だけでも採掘・工作型を破壊できるだろう。
「――あとさぁ。おまえはなんであの人工意識を逃したんだ? 逆じゃねえの?」
「理由を聞きたいか?」
「ああ」
「聞いてどうする?」
「なんだよ。時間稼ぎかよ。つまんねえ」
ミナスはプツリと会話を中止し、左手でハンマーを持ち上げた。
気の短いミナスのことだから、理由なんてどうでも良くなったのだろう。
俺はミナスに迫られた分だけ後退し、一定の距離を維持した。
ハンマーが重すぎるからか、ミナスの動きは遅かった。
「――その気になればいくらでも遠くへ逃げられるんだろ? そうしないのはなんで? 走らないのはなんで? やっぱりこれも時間稼ぎ? やっぱりおまえはあの人工意識の囮?」
ミナスが移動速度を上げた。俺もミナスに合わせて速度を上げる。
「――あとさ。さっきおまえは人工意識に『なにも応答するな』って命令してたけど、アレって有効なのか? 誰かが『応答するな』って指示したら、人工意識は他の人間の『話せ』って命令を無視できんの? 原則を考えれば、無理でしょ?」
ミナスがさらに移動速度を上げた。
もう歩いてはいなかった。
接近を許さないために、俺も後ろ向きで走り出した。
敵の狙いがわからなかったが、俺のボディは無事だし、俺の下半身はミナスと同じ近距離戦闘型だ。
競走で負ける理由はなかった。
むしろハンマーや装甲の重量分だけ、俺が有利だと思った。
「――おまえさぁ、このまま逃げ切れると思ってる? 時間稼ぎができると期待してる? でも残念。無理なんだよなぁ。俺がベースキャンプからおまえたちを追いかけて、追いついた事実が立証してる」
ドンッと大きな振動があった。
まるで近くに荷電粒子砲が着弾したかのようだった。
次の瞬間、俺は地面に転倒していた。
一瞬だったので、なにが起こったのかはわからない。
なぜかミナスが俺の上で馬乗り状態となり、ハンマーを垂直方向に持ち上げていた。
俺は交渉を持ちかけようとしたが、ミナスはすぐにハンマーを落とした。
グシャリと気分の悪い衝撃があり、俺の左肩は破壊された。
同時にハンドタイプの腕も動かなくなった。
「――秘密は俺の腰につけた三本目の脚だ。これを増設してから、俺は誰よりも速くなった。たぶんスピードで俺に勝てる奴はいない。遊撃部隊のセビリア・グッドウィンですら、俺から見ればノロマ野郎だ」
俺のデッドエンドは目前だが、いま意識を失う訳にはいかなかった。
ヴァイトがまだ近くにいるはずで、俺が時間を稼がなければミナスに襲撃されてしまう。
ヴァイトの抱える記憶はバグ・ハンティングにおける俺のすべてだ。
奪われることも破壊されることも、絶対に避ける必要があった。
「――最後にもう一度訊く。おまえたちはここでなにをしていた?」
ミナスが再びハンマーを持ち上げ、俺の頭上に移動させた。
あの黒色の金属塊が振り下ろされれば、俺は終わるだろう。
八回目のデッドエンドをするだろう。
次の瞬間、俺の意識はセントラルに戻る。
ヴァイトが逃げきれなければ俺は、『デッドエンド』と『採掘・工作型の選択』という糞みたいなサイクルに突入する。
「腕だ。採掘・工作型の腕は四本ある。それぞれ、高熱を発するナイフ、対象を掴んで回転させられるハンドタイプ、数種類の液剤を発射する管、そして採掘用のドリルだ」
俺は賭けに出た。
採掘・工作型のボディで、しかも満身創痍で、ミナスと戦闘をしても勝ち目はない。
だからと言って、戦闘以外で時間を稼ぐ方法も思いつかない。
チャンスがあるとすれば、この会話だ。
俺は会話だけでミナスを打倒しなければいけない。
「そんなことは知っている。だからなんだ?」
「その四本のうちの三本が、いまや破壊されて使い物にならない。しかし、採掘用のドリルだけはなんとか動く。だからこそ、このドリルは絶対に守らなければいけない」
「は? だからなんの話だ?」
「つまり、他はどうでも良いってことだ」
「質問に答えろ。それともやっぱり、ただの時間稼ぎか?」
ミナスが焦れ始めた。
しかしもう遅い。
俺の作戦はあと一言で始動する。
「わかったら、俺たちに向けてありったけの接着液を放て。ヴァイト」
「はい」
なぜ引き返して来たのかはわからない。
しかし、ヴァイトは俺の命令に背き、すぐ近く―― ミナスの後方二メートル――で待機していた。
俺の指示を受信したヴァイトは、液剤用の管をこちらに向け、大量の接着液を放出した。
ミナスは飛び跳ねて逃げようとしたが、俺は俺の二本の脚でミナスの三本目に絡みつく。
まもなく、触れれば固定化する物質が、俺とミナスを包み込んだ。
「はああああ! んだこれはよおお!」
「いまより三十分間、メッセージの受信機能をオフにしろ。できるな? 絶対に人間の言葉を受け取るな」
「はい」
「おいそこの人工意識! これをなんとかしろ! ふざけんなよ!」
ミナスは激昂したが、感情とは対照的に、身体は動かない様子だった。
全身を固定する力が近距離戦闘型のパワーと拮抗し、アンドロイドのボディをガクガクと震わせている。
しかもヴァイトは飽きもせず、延々と接着液を出し続けた。
ミナスは何度も不満をぶつけたが、状況は変わらなかった。
俺はドリルを稼働させ、ミナスの胸部に狙いを定めた。
ドリルビットを装甲の隙間に差し込み、腕の力で強引に押し込む。
軽度の反発があり、併せて近距離戦闘型の外殻の削れる感触があった。
「無駄だ。ヴァイトは耳を塞いでいる。俺たちの命令はもう届かない」
「上手い方法があったもんだ。メッセージ受信機能のオフか。やられた」
「理解したようで良かった。それならもう、黙っていられるな? さっきからうるさかったんだよ」
身体は動かないが、お互いに議論や雑談は可能だった。
つまり、ミナスのメッセージの送受信機能に問題はなかった。
必然の流れとして、俺はミナスの意識構造を狙う。
ヴァイトが復活するまでの三十分以内に、ミナスの意識を破壊しなければならない。
そうでなければ三十分後に、ミナスもヴァイトに命令できてしまう。
「ところで、おまえはなにをしている?」
「見ればわかるだろ? 近距離戦闘型の分厚いボディに穴を開けている」
「本気か? 俺はミナス・ランドールだぞ」
「だからなんだ? 意味がわからん。いつか俺に復讐するとでも言いたいのか?」
ドリルの先端の五センチほどがミナスの内部に侵入した。
硬いのは外殻だけらしく、急に抵抗が低くなった。
俺は更に力を加えて、腕ごと前に押してやる。
タンクかなにかを破壊したのか、ミナスの胸部からドロリとした黒い液体が噴き出した。
オイルか冷却液だと思うが、正確なところはわからない。
溢れ出た液体は俺の腕にまとわりつき、ミナスの執念のように重く粘りついた。
「こんな勝負は認めない。俺は絶対に許さない。おまえを何度でも襲撃し、何度でもデッドエンドさせてやる」
大きな損傷を与えた筈だが、ミナスの意識はまだはっきりしていた。
少し不安になりつつも、俺は胸部の奥を狙い続ける。
バグにデッドエンドをさせられそうになったとき、俺は頭部と胸部しか残していなかった。
それでも意識を保てたことを考えれば、必要な構造は頭部か胸部にあるはずだ。
加えて、俺を修復するとき、ヴァイトはまず俺の胸部に着手した。
「できるのか? 俺の正体もわからないおまえが」
「とりあえず採掘・工作型だ。名前なんてどうでもいい。採掘・工作型に転移した人間を片っ端からぶっ壊してやる」
「そうだな。このアンドロイドを選ぶ人類はほぼいない。おまえの考える方法は妥当だ。実行できれば、間違いなく俺を破壊するだろう」
「おまえ、マジでムカつく奴だな。絶対に許さん」
「それで結構。これからデッドエンドすることになるが、いまの怒りも、俺に復讐する方法も、しっかりと覚えておけよ。ミナス・ランドール」
フッとドリルの感触が変わり、同時にミナスが通信を絶った。
どうやら意識を維持する構造を傷つけたらしい。
狙い通りの結果に俺は満足したが、まだミナスが『死んだふり』をしている可能性を否定できず、更に五分ほど掘り続けた。
最終的に、俺の作った穴はミナスの背中まで到達し、俺の身体はミナスの破片とオイルでドロドロになった。
ヴァイトがまだ受信機能を回復しなかったので、俺は続けてミナスの頭部にも穴を開け、二本の腕の接続部を破壊した。
安全策だ。
仮にミナスが意識を隠しており、ヴァイトの回復と同時に指示を出したとしても、頭と腕がなければ脅威にならない。
カメラの端で下方向を見てみると、接着液を出し尽くしたのか、ヴァイトが黙って立っていた。
採掘・工作型の直立姿勢は、やはり腕が嵩張り窮屈そうだ。
命じた時間の残りは約二分。
ヴァイトはそのままの姿勢で残りの二分間を過ごした。
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