第16話:追跡者
「ヴァイト。おまえはこれをどう思う? この状況を説明する方法はあるか?」
ベースキャンプから辿って来た足跡は、おそらく二十往復以上。
それらが突然消失していた。
周囲は退屈な景色のままで、巣も卵もバグの姿もない。
まるでなにもかもが超高熱で蒸発してしまったかのようだ。
あるいは、浮遊する別の生物によって連れ去られたようにも見える。
「自らの足跡を辿り、引き返したのかもしれません。その方法であれば、いまの状況に説明がつきます」
「バックトラックか……しかし俺たちが辿ってきた足跡の途中に、別の分岐はなかった。おまえの説明が正しいとすると、バグはまだ足跡の上に残っている。しかし、俺たちはバグと遭遇していない」
「では足跡を消したのでしょう。バグがこれより先の足跡を消したと仮定すれば、いまの状況に説明がつきます」
「なんのために? バグが恐れるほどの追跡者がいるとでも?」
「我々が発見していないだけで、その可能性は否定できません」
「そうかもしれないが、賛成はできない。なぜなら俺たちは、グリムウッドの外周のほぼ半分を走破した。しかし結局、生命らしい生命は見つけられていない。そもそもあの戦闘力を抱えながら、バグが足跡を隠すほど恐れるような生命が存在するとも思えない」
以前と比べれば明らかにマシだが、ヴァイトはまだ、俺の満足するレベルに達していなかった。
特に動機の推測が弱いらしい。
人類やバグに限らず、行動の必然性や狙いについては想像が及ばないのだろう。
いかにも量産型の人工意識らしい欠点。
おそらくこの問題は、ヴァイトがこれまで他者とコミュニケーションをとる機会が少なかったことに起因している。
俺の不満を察したらしい。
ヴァイトは「申し訳ありません。私はまだ、デイビッド様の期待に応えられていません」と謝罪した。
「構わない。ただ、もしも改善する意思があるのなら、一つ助言をしてやっても良い。聞きたいか?」
「はい。是非ともお聞かせください」
「これまでの俺の態度や行動は、記憶しているな?」
「はい」
「では、それらを情報とし、物事を想像するときに利用しろ。『デイビッドならどうするか?』『デイビッドならそうするだろうか?』という観点も合わせて思考するんだ」
「はい」
「動機の推測に目処がつけば、今度は未来や過去についても考えろ。一つの対象における原因と結果は、動機の延長線上にある可能性が高い」
「はい。理解しました」
さて……と俺は思った。
ヴァイトの変化も気になるが、ひとまず俺は目の前の問題に集中しなければいけなかった。
あまり時間をかけたくないし、嫌な予感がしていたからだ。
バグはどこに消えたのか?
あるいは、この足跡はなぜ消えたのか?
これらの疑問が解決しなければ、おそらく俺はバグを見つけられない。
「おまえら。こんなところでなにしてんの?」
俺は安全を確保すべく、大きく前方に飛び跳ねた。
バグ・ハンティングを再開してから、一番驚かされたかもしれない。
誰もいないと思っていた背後より、突然話しかけられたのだ。
着地して振り返ると、ヴァイトの背中に触れんばかりの距離に、近距離戦闘型が立っていた。
「――ああ。そっちは人間か。そうかそうか」
俺とヴァイトを観察する近距離戦闘型は、装甲が厚く、脚が三本あった。
三本目の脚は残り二本よりも太くて長い。
腰部から突き出す形で生えているため、尻尾のようにも見えた。
「もしかして、俺たちを追跡してきたのか?」
わざわざ問うまでもなかった。
近距離戦闘型がやって来た方角も、タイミングも、それ以外に考えられなかった。
俺は迂闊だったのだ。
せめてベースキャンプが見えなくなるまで、後ろを警戒しておくべきだった。
近距離戦闘型は「ああ、そうだ」と簡単に肯定したあと、「――俺は四区のミナス・ランドール。おまえが人間なら、一度くらいは聞いたことのある名前だろ? まずは名乗れよ。そして、おまえたちがここでしていたことを言え」と続けた。
ミナス・ランドール――その名を聞いて、俺は自分の運の悪さを呪った。
活性化したバグを除けば、いま最も遭遇したくない人間かもしれない。
セントラル内の戦闘ゲームでは、特に優秀な戦士の一人であり、近接戦闘のスペシャリスト。
防御をしない戦闘スタイルや、一度決めた相手を執拗に狙うことから、『狂気のミナス』と呼ばれることもある。
セントラルの中で戦えば、七割程度の確率で俺が勝つ。
しかし、残念ながらここはグリムウッドで、おまけにいまは採掘・工作型だ。
「ヴァイト。おまえはなにも応答するな。質問もするな。発言自体を減らせ」
「はい」
「おいおい。本人を前にして無視の約束か? 致命的に社交性のない奴等だな……」
ミナスは愉しげに話しながら、重量感のあるハンマーを両手で振り上げた。
ハンマーというより、ほとんど金属そのものだった。
柄から頭の部分が取り外され、代わりにゴツゴツした金属塊を付けている。
塊の表面は黒色で、採掘・工作型の全身よりも大きい。
「――というか、俺の名前を聞いても平気なのかよ。誰だ、おまえ? ますます気になるじゃねえか」
ミナスはハンマーを構えたまま、歩いて俺に近づいて来た。
俺はミナスが近づいた分だけ、歩いてミナスから離れた。
急襲されても避けられるように、脚部に力をためておく。
「――その臆病とも言える用心深さ。全身から発する傲慢な態度。もしかしておまえ、デイビッド・デイビスか?」
俺は黙ったまま、ミナスをそっと誘導した。
警戒されるほど速すぎず、気づかれるほど遅すぎない速度で。
やがてミナスを真ん中に置き、俺とヴァイトが等距離で反対の位置についた。
ミナスはなにも気にしない様子で、まだ俺に接近する。
「――まあいいや。いまはどうでもいい。あとであっちの人工意識に聞く」
「ヴァイト。これは『危機的な事態』だ。事前に出した指示に従え」
「はい」
返事をすると同時に、ヴァイトは走り出した。
俺の命令『バグに襲われた場合や危機的な事態に陥った場合、俺と別の方角に逃走しろ』及び『状況によっては、俺が囮になるかもしれない。そうなったとしても、おまえは俺に構わずベースキャンプに帰還するんだ』を開始したのだ。
あとは俺の番だった。
囮として、ヴァイトが逃走できるだけの時間を稼がなければいけない。
「あ? なんのつもりだ?」
俺にとって幸運なことに、ミナスが後ろを振り返った。
その刹那を利用して、俺はミナスに飛びかかった。
不意をついたおかげで、俺の三つの手はミナスの右腕を掴むことに成功した。
さらに四つ目の手――様々な液剤を発射する管――をミナスの右腋の関節部に向け、接着液を発射した。
次の瞬間、俺の右半身が弾け飛んだ。
ミナスが左手で殴打したのだ。
俺は堪らず、再び距離をとった。
「――念のために聞くけど、そのアンドロイドで勝てると思った?」




