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バグ・ハンティング  作者: えぬ氏
第3章:人工意識(デイビッド編)
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第16話:追跡者

「ヴァイト。おまえはこれをどう思う? この状況を説明する方法はあるか?」


 ベースキャンプから辿って来た足跡は、おそらく二十往復以上。

 それらが突然消失していた。

 周囲は退屈な景色のままで、巣も卵もバグの姿もない。

 まるでなにもかもが超高熱で蒸発してしまったかのようだ。

 あるいは、浮遊する別の生物によって連れ去られたようにも見える。


「自らの足跡を辿り、引き返したのかもしれません。その方法であれば、いまの状況に説明がつきます」

「バックトラックか……しかし俺たちが辿ってきた足跡の途中に、別の分岐はなかった。おまえの説明が正しいとすると、バグはまだ足跡の上に残っている。しかし、俺たちはバグと遭遇していない」

「では足跡を消したのでしょう。バグがこれより先の足跡を消したと仮定すれば、いまの状況に説明がつきます」

「なんのために? バグが恐れるほどの追跡者がいるとでも?」

「我々が発見していないだけで、その可能性は否定できません」

「そうかもしれないが、賛成はできない。なぜなら俺たちは、グリムウッドの外周のほぼ半分を走破した。しかし結局、生命らしい生命は見つけられていない。そもそもあの戦闘力を抱えながら、バグが足跡を隠すほど恐れるような生命が存在するとも思えない」


 以前と比べれば明らかにマシだが、ヴァイトはまだ、俺の満足するレベルに達していなかった。

 特に動機の推測が弱いらしい。

 人類やバグに限らず、行動の必然性や狙いについては想像が及ばないのだろう。

 いかにも量産型の人工意識らしい欠点。

 おそらくこの問題は、ヴァイトがこれまで他者とコミュニケーションをとる機会が少なかったことに起因している。


 俺の不満を察したらしい。

 ヴァイトは「申し訳ありません。私はまだ、デイビッド様の期待に応えられていません」と謝罪した。


「構わない。ただ、もしも改善する意思があるのなら、一つ助言をしてやっても良い。聞きたいか?」

「はい。是非ともお聞かせください」

「これまでの俺の態度や行動は、記憶しているな?」

「はい」

「では、それらを情報とし、物事を想像するときに利用しろ。『デイビッドならどうするか?』『デイビッドならそうするだろうか?』という観点も合わせて思考するんだ」

「はい」

「動機の推測に目処がつけば、今度は未来や過去についても考えろ。一つの対象における原因と結果は、動機の延長線上にある可能性が高い」

「はい。理解しました」


 さて……と俺は思った。

 ヴァイトの変化も気になるが、ひとまず俺は目の前の問題に集中しなければいけなかった。

 あまり時間をかけたくないし、嫌な予感がしていたからだ。

 バグはどこに消えたのか? 

 あるいは、この足跡はなぜ消えたのか? 

 これらの疑問が解決しなければ、おそらく俺はバグを見つけられない。


「おまえら。こんなところでなにしてんの?」


 俺は安全を確保すべく、大きく前方に飛び跳ねた。

 バグ・ハンティングを再開してから、一番驚かされたかもしれない。

 誰もいないと思っていた背後より、突然話しかけられたのだ。

 着地して振り返ると、ヴァイトの背中に触れんばかりの距離に、近距離戦闘型が立っていた。


「――ああ。そっちは人間か。そうかそうか」


 俺とヴァイトを観察する近距離戦闘型は、装甲が厚く、脚が三本あった。

 三本目の脚は残り二本よりも太くて長い。

 腰部から突き出す形で生えているため、尻尾のようにも見えた。


「もしかして、俺たちを追跡してきたのか?」


 わざわざ問うまでもなかった。

 近距離戦闘型がやって来た方角も、タイミングも、それ以外に考えられなかった。

 俺は迂闊だったのだ。

 せめてベースキャンプが見えなくなるまで、後ろを警戒しておくべきだった。


 近距離戦闘型は「ああ、そうだ」と簡単に肯定したあと、「――俺は四区のミナス・ランドール。おまえが人間なら、一度くらいは聞いたことのある名前だろ? まずは名乗れよ。そして、おまえたちがここでしていたことを言え」と続けた。


 ミナス・ランドール――その名を聞いて、俺は自分の運の悪さを呪った。

 活性化したバグを除けば、いま最も遭遇したくない人間かもしれない。

 セントラル内の戦闘ゲームでは、特に優秀な戦士の一人であり、近接戦闘のスペシャリスト。

 防御をしない戦闘スタイルや、一度決めた相手を執拗に狙うことから、『狂気のミナス』と呼ばれることもある。


 セントラルの中で戦えば、七割程度の確率で俺が勝つ。

 しかし、残念ながらここはグリムウッドで、おまけにいまは採掘・工作型だ。


「ヴァイト。おまえはなにも応答するな。質問もするな。発言自体を減らせ」

「はい」

「おいおい。本人を前にして無視の約束か? 致命的に社交性のない奴等だな……」


 ミナスは愉しげに話しながら、重量感のあるハンマーを両手で振り上げた。

 ハンマーというより、ほとんど金属そのものだった。

 柄から頭の部分が取り外され、代わりにゴツゴツした金属塊を付けている。

 塊の表面は黒色で、採掘・工作型の全身よりも大きい。


「――というか、俺の名前を聞いても平気なのかよ。誰だ、おまえ? ますます気になるじゃねえか」


 ミナスはハンマーを構えたまま、歩いて俺に近づいて来た。

 俺はミナスが近づいた分だけ、歩いてミナスから離れた。

 急襲されても避けられるように、脚部に力をためておく。


「――その臆病とも言える用心深さ。全身から発する傲慢な態度。もしかしておまえ、デイビッド・デイビスか?」


 俺は黙ったまま、ミナスをそっと誘導した。

 警戒されるほど速すぎず、気づかれるほど遅すぎない速度で。

 やがてミナスを真ん中に置き、俺とヴァイトが等距離で反対の位置についた。

 ミナスはなにも気にしない様子で、まだ俺に接近する。


「――まあいいや。いまはどうでもいい。あとであっちの人工意識に聞く」

「ヴァイト。これは『危機的な事態』だ。事前に出した指示に従え」

「はい」


 返事をすると同時に、ヴァイトは走り出した。

 俺の命令『バグに襲われた場合や危機的な事態に陥った場合、俺と別の方角に逃走しろ』及び『状況によっては、俺が囮になるかもしれない。そうなったとしても、おまえは俺に構わずベースキャンプに帰還するんだ』を開始したのだ。

 あとは俺の番だった。

 囮として、ヴァイトが逃走できるだけの時間を稼がなければいけない。


「あ? なんのつもりだ?」


 俺にとって幸運なことに、ミナスが後ろを振り返った。

 その刹那を利用して、俺はミナスに飛びかかった。

 不意をついたおかげで、俺の三つの手はミナスの右腕を掴むことに成功した。

 さらに四つ目の手――様々な液剤を発射する管――をミナスの右腋の関節部に向け、接着液を発射した。


 次の瞬間、俺の右半身が弾け飛んだ。

 ミナスが左手で殴打したのだ。

 俺は堪らず、再び距離をとった。


「――念のために聞くけど、そのアンドロイドで勝てると思った?」

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