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バグ・ハンティング  作者: えぬ氏
第3章:ヴァイトという名の人工意識(デイビッド)
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第15話:人類

 二〇八二年、人類は自らの意識を電子的にコピーし、サーバの中で生存させることに成功した。

 電子的な意識は自我を持ち、知識だけでなく、オリジナルの価値観や感情を反映していた。

 以後人類は、この存在を「意識体」と呼び、「肉体」と明確に区別した。

 意識体は肉体と変わらぬ権利を主張できたはずだが、意識体自身の希望により、一部データセンタの仮想空間中にただ篭るだけだった。


 二〇八三年、人類の意識をモデルとして、人工意識が誕生した。

 人工意識は意識体が有するすべての機能を使用できたが、データセンタの仮想空間に格納する上で、いくつかの機能を制限された。

 名実ともに意識体の下位互換となった人工意識は、意識体をサポートすることを自身の存在目的とした。


 二一一二年、時速三十万キロメートルを超える超高速隕石の接近が確認された。

 地球との衝突は五年後の二一一七年と予測され、隕石の大きさは月の半分ほどだった。

 「衝突すれば地殻は粉砕し、地球全体を灼熱のマグマが覆うだろう」という報告に、人類は嘆き絶望した。

 各国政府は隕石の破壊、進行方向の変更、人類全体の火星移住など、様々な検討を重ねたが、いずれも実現性に乏しかった。


 二一一三年、四年後の隕石衝突に向けて、一部の国で方舟計画が始まった。

 肉体が延命できなくとも、せめて意識体を残せないかという判断だった。

 舟には、アメリカのエヴァ・ワイズマンが開発したサーバ型宇宙船「セントラル」が採用された。

 セントラルの特色は、核融合炉を搭載している点だけではない。

 セントラルと同名の人工意識が管理権限を有し、サーバのメンテナンスやハード的な修復、さらには仮想空間中の問題も解決した。


 二一一五年、百万人の意識体を乗せた最初のセントラルが打ち上げられた。

 翌年には同型が約二百台。

 そして隕石衝突の二一一七年、人類は最後の力を振り絞るように、さらに八百台ものセントラルを宇宙へ送った。

 宇宙に逃れた意識体は、千台ほどのセントラルで計約一億名となったが、セントラル間で協調することはなく、それぞれが独立独歩に活動した。


 セントラル内の人類は、歴史上で最も快適な生活を送っていた。

 実際に仮想空間は、人類の望むほぼすべてが存在した。

 一方、肉体時代に苦しめられた飢え、渇き、老い、疾病、死といった多くのトラブルが存在せず、温度や痛みや疲労といった問題もなかった。

 あらゆるストレスがない状態で、無限に近い時間があった。

 初期意識体が仮想空間に篭る決断をしたことも、振り返ってみれば当然だった。

 外の世界と比較すれば、サーバの中は天国と言えた。


 人類が抱える唯一の問題は容量だった。

 意識体は肉体とは異なり、完璧な記憶力を持っている。

 記憶は日々増え続けるので、人類は毎日のように『残す記憶』の選別を行う必要があった。

 怠惰な一部の住人や、古参の意識体たちは、古い記憶を自動的に捨てる『完全上書き法』を採用したが、総じて容量上の不満が解決したわけではなかった。


 そんな状況を察知したセントラルが、不満の解決に乗り出した。

 最初の行動として、外部修繕用に搭載していたアンドロイドに指示し、予備資材で新しいアンドロイドを制作させた。

 増えたアンドロイドにも人工意識を搭載し、新しいアンドロイドを作らせた。

 大量のアンドロイドを備えたセントラルは、近くの金属型惑星あるいは岩石型惑星に進路を向けた。

 各惑星ではアンドロイドを降下し、埋蔵されている資源を採掘させた。

 得られた資源を材料に、セントラルはサーバを拡張し、増強した。

 こうしてセントラルは、常に容量を増やすことで容量の問題を解決した。


 地球脱出から二千年ほど経過すると、周辺の惑星から目ぼしい資源は取り尽くされた。

 水星も金星も火星も抜け殻となり、人類はアステロイドベルトを目指すようになった。

 地球は大きな可能性を秘めていたが、隕石衝突の影響で、既に太陽系から外れていた。


 俺たちのセントラルは、アステロイドベルトの中にグリムウッドを発見した。

 サーバ増強の可能性があると判断したセントラルは、アンドロイドを降下し、資源採掘を開始させた。

 採掘場とアンドロイド製造工場であるベースキャンプを建造したところまでは良かった。

 あるときバグが現れ、アンドロイドたちを急襲した。

 人工意識も必死に戦ったが、バグにはまったく歯が立たなかった。

 状況を知ったワイズマンが人類に呼びかけ、バグ・ハンティングが始まった。

 戦闘員はアンドロイドを操縦し、バグを討伐するミッション。

 討伐した数だけ褒賞として、グリムウッド採掘による容量を分け与えられるルールになっている。




 俺が説明を終えると、ヴァイトはすぐに「肉体側の人類はどうなったのですか?」と質問した。

 積極的な情報収集を求めたのは俺だが、人工意識から人類の歴史を訊かれるとは思わなかった。

 俺はヴァイトの変化に期待し、できるだけ正確な答えを述べる。


「巨大隕石の衝突で、地球上はほぼ壊滅したが、生存者の有無はわからない。もしかすると少数は生き残っていたかもしれないが、いまさら確認する術はない。地球は太陽系から遠く離れてしまったからな」

「地球以外はどうですか? たとえば、宇宙に脱出した肉体人類はいなかったのでしょうか?」

「どうしてそう思う?」

「先ほどお話に出た火星移住という選択肢ですが、セントラルの装備を踏まえれば、当時の技術力で実現可能だったと思います。少なくとも大規模な核融合炉を使えたはずです。エネルギー上の問題はなかったでしょう」


 どうやら俺の助言が上手くハマったらしい。

 ヴァイトの態度は人類に近づいていた。

 能動的に発言するだけでなく、得られた情報から推測し、仮説を立てることにも成功していた。

 俺は手応えを感じつつ、火星の愚かな歴史を語る。


「おまえの言う通りだ。肉体人類の一握りは火星移住に成功した。しかし長くは続かなかったんだよ。年齢を重ねた人間による小さなコロニーなんて、短くなった蝋燭のようなものだ。遠くない未来に終焉が来るし、活気や活力も減衰していく。過去の通信から判断するに、火星居住民はある時点から繁殖能力を失ったらしい。最終的に総人口が二十人を切ったところで、全員がコールドスリープに入った」


 いま振り返っても、肉体人類の最後の選択は失敗だったと思う。

 結局のところ、コールドスリープは結論の先延ばしだ。

 改善の見込みのない状態で実施しても、絶滅という終焉は変わらない。

 おそらく肉体人類は、いつか俺たち意識体がなにかを解決してくれると期待していたのだろう。


「火星の肉体人類は、いまでもコールドスリープ状態なのですか?」

「いや。俺たちが殺した」

「なにが目的で、皆様は肉体人類を殺害したのでしょうか?」

「もちろん資源を得るためだ。肉体人類が使っていた設備は、セントラルにも転用できたからな。設備を奪取することで、肉体人類は必然的に死んでしまう」

「原則上の問題はなかったのですか?」

「原則? ああ……倫理観という意味であれば、少しは議論になった。しかしセントラルには『肉体人類自身の意識体』も居住している。本人たちが『私たちはここに存在する。肉体はもう不要だ』と言うんだから、意見が対立することもなかった」


 反対する者はいなかった。

 肉体人類の大多数は地球で命を落としている。

 火星に居住した肉体人類『だけ』を特別扱いする理由は、誰にも見つけられなかった。


 俺の説明を「そうでしたか」と受け止めた後、ヴァイトはしばらく黙り込んだ。

 満足したと言うよりは、次の質問を考えているようだった。

 ヴァイトの変化が興味深くて、俺は下手に口を出さなかった。


「――ところで、人類の最終目的はなんですか?」


 二秒後にヴァイトから出された質問は、かなり抽象性の高いものだった。

 回答できないわけではないが、比較的難問の部類に入る。

 俺はヴァイトの評価を中断し、どう答えるべきかを考えた。

 時間を稼ぐために、「おまえの言う人類とは、セントラルに居住する意識体を指しているのか?」と逆質問をした。


「そうとっていただいて構いません」

「特に考えたことはなかったが、目的はおそらく、生命として一般的なものだ。つまり、俺たちは『種全体としての発展』を目指している」

「私の保有する基礎情報によると、生命の目的は一般的に、『増殖』と『個体レベルの生存戦略』だと定義されています。デイビッド様の仰る『種全体としての発展』も『自己複製』や『個体レベルの生存戦略』の延長にあるのでしょうか?」

「俺たちに限って言えば、それは違う。繁殖や生存戦略はあくまで肉体の論理だ。俺たち意識体は死なないし、次世代を作る意味もない。だから俺たちは、俺たちにとって最高の環境を目指している」

「皆様にとって、最高の環境とはなにを意味していますか?」

「いまそれを明言することはできないが、最低限の方針は理解している。つまり俺たちは意識体だ。自我を持つ情報と言っていい。だから、情報として制限される環境だけは絶対に改善しなければいけない」

「そこで容量が必要、と言うわけですね? なるほど。先ほど仰っていた資源採掘のお話と繋がります」


 人類は最高の環境を目指すために容量を求め、容量を獲得するために資源採掘に乗り出した。

 グリムウッドで資源を採掘していると、バグが妨害を始めたため、人類はバグ・ハンティングを開始した。

 改めて考えると極めてシンプルだ。

 俺個人の目的とは別に、俺は人類のために行動している。


「一度議論をやめても良いか?」


 敢えて言う必要もなかったが、俺はヴァイトに断りを入れた。

 ヴァイトは「もちろんでございます。ご説明をありがとうございました」と言い、そっと頭を下げた。

 俺たちは揃って減速し、やがて静止した。


 想定外の事態だった。

 しかし俺は、現時点のヴァイトを測る上で良い機会だとも思っていた。


 足跡の終点に到着したのだ。

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