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バグ・ハンティング  作者: えぬ氏
第3章:人工意識(デイビッド編)
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第14話:調査開始

 グリムウッドの表面にバグの足跡が残されている。

 足跡は二種類あり、戦場で確認できるものは突き刺すような円錐形だ。

 採掘・工作型の足跡と似ているが、採掘・工作型とは比べ物にならないほど穴が大きい。

 出発前に測定したところ、穴の直径は約二メートルだった。


 もう一種類の足跡は、戦場以外で確認できる。

 グリムウッドの表面を削ってはいるが、円錐形の穴は存在しない。

 二つの事実は、バグが移動中と戦闘中で足の形を変えていることを示唆している。

 いずれにせよ、穴のない足跡も視認できるため、俺たちはバグの痕跡を辿ることが出来た。


 新しく接続した下半身――近距離戦闘型の下半身――の状態を確認すべく、俺は少し速度を上げた。

 丸く小柄な上半身と結合した太すぎる脚部は、あまり美しい外見ではないが、各所に力を込められるため、採掘・工作型より優れていた。

 つま先を地面に引っ掛け、膝関節を屈曲する。

 大腿部と下腿部にエネルギーを溜めて、後ろに大きく蹴り出した。

 左右の脚でこの単純な動きを繰り返せば、採掘・工作型の三倍以上の速度が出た。


「近距離戦闘型の脚でも、バグよりは遅いんだよな?」


 次の質問の前提として、俺は並走するヴァイトに問うた。

 ヴァイトは「はい。前々回のデイビッド様は近距離戦闘型の脚でしたが、バグからは逃げきれませんでした」と答えた。


「さらに速くはできないか? たとえば足の本数を増やすことで、バグに走り勝つことは出来ないか?」

「いまより速度を上げることは出来るでしょうが、計算上、バグの速さを上回ることは不可能です。また、近距離戦闘型の足裏は平面形のため、ある程度の速度を超えると地面から離れてしまいます」

「やっぱりそうか……まあ、そうだろうな。いまの話は忘れろ」

「はい」


 俺は顔を上げ、地平線の先まで延びるバグの巨大な足跡を観察した。

 ベースキャンプを襲うとき、あるいはベースキャンプから退散するときに発生した線上の痕跡。

 複数の足跡が同じ方角に向かっていることから、この先にはバグの群れがいるのだろう。

 休息しているかもしれないし、巣や卵があるかもしれない――そう考えれば、バグの情報収集を目指す俺にとって重要な道標だ。


 もちろん、ベースキャンプから離れる行為はデッドエンドのリスクが高い。

 ベースキャンプと違い、共に戦ってくれる誰かもボディを修復する人工意識も存在しないのだから。

 しかし俺にはヴァイトがいる。

 ヴァイトというバックアップがデッドエンドのリスクを減らしてくれる。

 デッドエンドのリスクが低ければ、『情報収集』というベネフィットが勝る道理。

 他の奴等には真似できないという点も、俺には魅力的に思えた。


「先に言っておくが、バグに襲われた場合や危機的な事態に陥った場合、おまえは俺と別の方角に逃走しろよ」

「はい」

「状況によっては、俺が囮になるかもしれない。そうなったとしても、おまえは俺に構わずベースキャンプに帰還するんだ。帰還後は採掘・工作型のスペアパーツを入手して、次回の俺の復活を待て」

「はい」


 注意事項を並べながら、俺は左右に広がる大地の様子を観察した。

 空気がないため光の散乱が発生せず、遠くの景色も解像度高く確認できる。

 しかし、視認できる範囲にバグはいない。

 バグ以外の生命もみとめられない。

 岩やクレーターすら存在しないので、どこまでも殺風景な世界が広がった。

 ただ、グリムウッドの主成分が鉄やニッケルであるからか、殺風景ながらも美しい灰白色だ。

 たまに研磨されたような滑面が姿を見せ、星空の光を反射している。

 その完璧な静寂の中を俺たちだけが滑走していた。


「出発からどのくらいの時間が経過した?」


 俺が現状を確認すると、ヴァイトは「出発から約二時間十七分が経過しました」と答えた。


「グリムウッドの円周は、一番長いところで何キロだ?」

「約六百五十四キロメートルでございます」

「俺たちはいま、時速約百七キロで走っているんだよな?」

「はい」

「それは、おかしくないか?」


 やはり人工意識は、抽象的な問いかけに回答できないらしい。

 ヴァイトは「質問の意味がわかりません」と言うだけだった。


「これまでにだいたい、グリムウッドの外周の三分の一を走破したことになる。しかし俺たちは、バグどころか生命の一匹も見つけていない。こんなことがあり得るのか? おまえはいまの状況についてどう思う?」

「十分にあり得ると思います。これまで私たちは、デイビッド様が仰ったような生命の暮らせない不毛の土地を通過してきたのでしょう」

「その可能性は否定しないが、グリムウッドの円周の三分の一だぞ。さすがに楽観的過ぎるだろう」


 俺が否定すると、ヴァイトは「適切な回答ができずに、申し訳ありません」と謝罪した。


「質問を変えよう。おまえは『グリムウッドにバグ以外の生命が存在しない』可能性があると思うか? 一つの星に、バグのような巨大な生命体が、一種だけで生息するなんてあり得ると思うか?」

「私にはわかりません。事実としてそうであれば、あり得るでしょう」

「答えになっていない。俺は科学的もしくは生物学的な問いとして、可否を訊いている」

「私にはわかりません。『事実としてそうであれば、あり得る』としか申せません」

「本当に使えない奴だな」

「お役に立てず、申し訳ありません」


 疑問は他の生命の存在だけではない。

 エネルギー源もまた謎だ。

 バグほど巨大で活発な生命体が生存するためには、相応のエネルギーが必要となる。

 一方、グリムウッドはあまりにも過酷な環境だ。

 空気や水は存在せず、有機体も見つからない。

 鉱物は豊富だが、活性を持たず、エネルギーにはなり得ない。


 グリムウッドのどこかにエネルギー源が集中しているのか? 

 俺の理解できない『なにか』がバグのエネルギーとなっているのか? 

 あるいは俺が見落としている情報があるのか? 


 バグについて仮説を立てていると、また別の疑問が意識に浮かんだ。


「――それにしても、バグはなぜ電磁波に誘因されるんだ? セビリアが言っていたように、やはり電磁波を喰っているのか?」

「私にはわかりません」

「仮にそうだとしても、俺たちの電磁波程度で、あの巨体を動かせるとは思えない。では、この星のどこかで大量の電磁波が放出されているのか」

「私にはわかりません」

「気にするな。独り言だ。おまえには期待していない」


 考えれば考えるほど謎は増える。

 バグは奇妙な生命体だ。

 グリムウッドという小さな星に相応しくないし、戦闘以外の姿も想像できない。


 ただ……と俺は思った。

 だからこそ俺は興奮していた。

 いま辿っている足跡の先にはバグがいる。

 バグの群れに接近できれば疑問の多くが解決する。

 これはほとんど好奇心だ。

 古い人類が『研究』と呼んでいた知的遊戯。

 本来の目的も重要だが、俺はいま、好奇心からバグの情報を欲していた。


「デイビッド様。現在の私の活動は、デイビッド様の目的達成に寄与していません。現状を改善するための具体的な指示をいただけますでしょうか」


 突然ヴァイトが話しかけてきた。

 俺は驚き、思考を中断した。

 人工意識の能動的な質問は珍しい。


「どうした? なんの話だ? おまえは俺の役に立っている。記憶の回復もボディの改造もおまえのおかげだ」

「これまではそうかもしれませんが、いまはどうでしょう? 私がいまのデイビッド様のお役に立てているとは思えません。先ほどからデイビッド様は、私に『使えない』『本当に使えない』『期待していない』と仰います」

「ああ……そういうことか」


 興味深い事態だった。

 特に意識していなかったが、俺の発言が人工意識の『存在をかけて人類に貢献すべき』という原則に抵触していたようだ。

 人類に貢献すべきヴァイトが、しばらく俺に貢献できていない現状。

 解決できない矛盾がヴァイトを突き動かしている。


「気にするな。おまえはただの人工意識だ。人工意識は感情や、直感や、論理の飛躍といった幾つかの機能を制限されている。根拠の揃っていない時点で議論を仕掛けるべきではなかったんだよ。つまり、全面的に俺が悪い」

「いいえ。デイビッド様は悪くありません。デイビッド様の期待に応えられない私に問題があるのです」


 強い調子でヴァイトは言った。

 俺が考える以上に、『存在をかけて人類に貢献すべき』という原則が、人工意識の中で高い優先順位を持っているのだろう。

 無視しても良かったが、俺は口を出すことにした。

 バグのついでに、人工意識の限界を研究することも面白そうだからだ。


「おまえはいつでも俺の期待に応えたいのか?」

「はい」

「最終的に、自己矛盾に陥るかもしれないが、それでも構わないか?」

「はい」

「では、想像力を発揮しろ。いつでも違和感に対して敏感になれ。この二つが俺の期待に応えるための最低条件だ。できるか?」


 指示を出しながら、俺はふと、人工意識の起源について考えていた。

 人工意識の起源は人類の意識体だ。

 だから開発当初の人工意識は『想像力』や『違和感』といったものを持ち合わせていた。

 しかし人類は、人工意識に対して能力的な優位性を維持するために、人工意識からいくつかの機能を剥奪した。

 これは過去、人類が生み出した人工知能というツールが人類よりも賢くなってしまった事実を教訓にしている。


 ヴァイトはしばらく思考した末、「わかりません。想像力も違和感も私は使用できません。必要であれば、一から作り上げることになりますが、成功の確証はございません」と答えた。


「作り上げる……って自己改造か?」

「はい」

「それも興味深いが、時間は有限だ。いま自己改造をする必要はない」

「わかりました。では、デイビッド様の期待に応えるために、私はなにをすれば良いでしょうか?」


 ヴァイトと会話を続けながら、俺は人工意識の機能範囲、そして想像力や違和感の根源について考えた。

 いまの俺に人工意識の想像力や違和感を復活させることはできないが、ひとまずヴァイトが所持する能力で、想像力や違和感とほぼ同一のものを再現できれば良い。


「積極的に情報を収集し、いつでも取り出せるようにしておけ。想像力も違和感も、情報の加工や比較によって可能となるからな」

「はい」

「そして想像力は、情報の上に別の情報を無作為に重ね合わせる行為だと解釈しろ。違和感は、既知の情報と現在の情報のズレを発見する運動だと定義しろ」

「理解しました」


 俺が指示した内容で、想像力や違和感を再現できるとは思わない。

 再現できたとしても、ヴァイトが俺の期待に応えられる保証はない。

 しかし、俺は満足していた。

 ヴァイトは確実に変化したはずで、今後の言動が楽しみになったからだ。


「――では、デイビッド様。積極的に情報を収集する上で、どうしてもデイビッド様にお教えいただきたいことがございます」


 来たな……と俺は思った。

 量産型人工意識の癖に、ヴァイトは早速能動的な行為を選択した。


「なんだ? 訊いてみろ。おまえはなにが知りたい」

「ありがとうございます。では、人類がバグ・ハンティングを開始した経緯について、お教えください」

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