第13話:過去
一秒も我慢できず、俺は記憶の回復を要求した。
ヴァイトは「少々お待ちください」と言って、背中からコードを取り出した。
片方はヴァイトの背中に接続したままで、もう片方には三又の端子がついている。
ヴァイトは当たり前のように、その端子を俺の背中に近づけた。
一瞬身構えてしまったが、瀕死の俺を救い出したヴァイトに害意があるとは思えない。
「小さな疑問だが、このコードは他の採掘・工作型にもついているのか? 採掘・工作型という単純なアンドロイドが、情報共有用のインターフェースを装備している意味はなんだ?」
「いいえ。情報共有用のインターフェースは元々存在していたものではありません。デイビッド様を修復するあいだに私が急造しました」
「は? つまり、俺に無断で俺を改造したってことか」
「それも違います。以前のデイビッド様が『絶対に必要になる上、時間の無駄だから、インターフェース増設の際に次回の俺の許可は不要』と仰いました」
「なるほど。それは感覚的にも信じられる」
記憶の回復が待ち遠しかった。
ヴァイトの言葉を介して現れる前回の俺は、間違いなく俺だった。
合理性を追求し、ルールの隙間を探し、与えられた環境や状況の中で最善を目指す性格。
「転送用の接続を終了しました。これまでに蓄積した記憶をお送りしてよろしいでしょうか?」
ヴァイトが俺の背中から離れて言った。
一本の細いコードが、俺とヴァイトを繋いでいた。
「容量は?」
「約三百十三テラです」
「わかった。転送しろ」
「はい」
ヴァイトが返事をした途端、視覚とは別の部分――意識の辺縁――で映像が走った。
同時にアンドロイドのボディ全体が、無数の冷たい針で撫でられるような感覚があった。
映像は二十以上。
感情のタグ付けがされていない、無機質で膨大なログの奔流だ。
ヴァイトが見た映像、計測した数値、タイムスタンプ、それらが時系列通りに、あるいは時系列と無関係に進み、俺の記憶の隙間に割り込んだ。
パズルのピースのように嵌まり込んでいく複数の物語。
受信と同時にヴァイトの記憶は俺の意識の中に溶解したのだ。
俺がヴァイトと出会ったのは、六度目の戦闘中だった。
初めて採掘・工作型を選び、試行錯誤をしていた最中に、『記憶の外部バックアップ』のアイデアを思いついたらしい。
たまたま近くにいたヴァイトを捕まえ、語り部として働くよう命じた。
個体ナンバーしか持っていない人工意識に、容量単位を意味する『ヴァイト』と名付けたのも俺だった。
六度目の戦闘中、俺はアンテナの製作に挑戦した。
電波の放出を抑え、持ち運びできる重さの個人用アンテナだ。
しかし稼働テストのたびにバグが襲ってくるため、完成には至らなかった。
俺は自分のアンドロイドを改造し、移動速度を高めたけれど、最後はバグに追いつかれてデッドエンドした。
バグは状況に応じていくらでも速く走ることができた。
元々アンドロイドとバグのサイズ差は大きく、アンドロイドがバグに走り勝てる道理はないが、本気で突撃してくるバグはまるで小さな彗星だった。
セビリアの遊撃部隊ですら、最高速度のバグを相手にする際は、散開して仲間の一部を囮に使った。
七度目の戦闘で俺は、罠や巨大兵器の製作に取り組んだ。
アンドロイドは戦闘力で劣るため、技術力で対抗しようと思ったわけだ。
具体的には『バグの大きさに合わせた落とし穴』と『砲台型の荷電粒子砲』を検討した。
しかし前者は時間と労力の問題で実践できず、後者は稼働テストの段階でバグの襲撃を受けた。
七度目の俺は装甲を強化していたが、バグの質量とパワーを前に、ほとんど無力だった。
「おまえをアンテナ代わりにしたところまでは良かったが、他はまったく成果なしか……巨大兵器や罠は作製できず、装甲も失敗に終わった。やはりバグが強すぎる。採掘・工作型でなかったとしても、アンドロイド単独では勝てる気がしない」
一連の感想を言葉にしたが、ヴァイトはまるで、俺を無視するかのように沈黙していた。
質問されれば反応は早いが、質問形式でないと発言しないらしい。
当然と言えば当然だが、ヴァイトは量産型の人工意識だ。
人類に対する意見を含め、能動的な行動の多くが禁じられている。
「――おまえはどう思う? バグ・ハンティングを攻略する上で、なにかアイデアはないか?」
ヴァイトが発言できるよう、俺は半強制的に促した。
なんでも良いから今後の手がかりが欲しかった。
しかしヴァイトは、「私にはわかりません」と無機質に答える。
「俺と出会う前の記憶を残しているか?」
「残している部分もありますが、記憶は時系列に上書きされていますので、古いものはございません」
「古い記憶であれば大事な情報でも上書きされるのか?」
「はい。そもそも私には情報の優劣を判断する権限がありません」
「質問を変えよう。おまえの記憶の中に、バグに関する情報はないか?」
「ございます」
「転送できるか?」
「可能です」
「やってみろ」
バグが強すぎるから、正攻法の単独討伐はほぼ不可能だ。
どれだけ自身を改造しても、おそらく一人で勝利することはできないだろう。
次善の策は、バグの急所や休息といった『生命としての弱点』を突くことだが、俺はバグに関してほとんど無知だった。
基礎情報とバグの強さしか理解していない。
残念ながら、ヴァイトから送信されたデータに、役立ちそうなものは一つもなかった。
九十パーセントはセントラルによって説明された内容で、残り十パーセントも今回の戦闘中に経験した。
おそらくヴァイトは、このミッションに対するモチベーションや知的欲求がないのだろう。
そもそもの問題として、バグを視界に収めた時間が短かった。
「――全然ダメだ。全然足りない」
「申し訳ありません」
「本当にこれだけなのか? 俺よりも長くこのグリムウッドで生き長らえるおまえが、この程度のことしかわからないのか?」
「提供した情報が、私の知るすべてです」
「使えないな」
人工意識に感情をぶつけても仕方がない。
命令以上のことを期待するほうが間違っている。
仕方なく俺は、いまの俺にできる最善を考えた。
バグの情報を得るために、他の戦闘員を襲うことは可能だろう。
アンドロイドはバグよりも弱いし、弱ければ自由を奪うことができる。
捕獲に成功すれば、ヴァイトから記憶を入手した方法で、他の戦闘員からバグの知識を奪えば良い。
シャルロット・バトラーやセビリア・グッドウィンをはじめ、俺よりも長生きしている戦闘員は幾らでもいるし、長く生きた連中はバグに関する知見を蓄えているはずだ。
トラブルがあったとしても問題はない。
デッドエンドさせてしまえば、恨みは記憶ごと消滅するのだから。
ただ……と俺は思った。
他の奴等が知る内容に、どれほどの価値があるだろうか?
もしもバグ討伐に関する効果的な情報があれば、人類はその情報を活用しているに違いない。
しかし、ベースキャンプの周囲を観察する限り、そんなものは存在しなかった。
他の奴等もバグをよく知らないと考えるほうが素直だ。
「修復させたばかりだが、俺の下半身を改造する必要がある。出来るか?」
「はい」
ヴァイトにも他の人間にも頼らず、バグの情報を集める方法。
消去法で俺の選択肢は一つだった。
成功すればメリットは極大だが、リスクもかなり大きい。
いずれにせよ、俺には速く丈夫な脚が必要だった。




