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バグ・ハンティング  作者: えぬ氏
第3章:人工意識(デイビッド編)
12/50

第12話:ヴァイト

 気分が良かったので俺は仰向けになり、どこまでも広い空をぼんやりと眺めた。

 星々は唯生園の住人のように点として散り、ガス星雲は赤、黄、橙、白の色彩を煙のように漂わせる。

 宇宙自体は闇のはずなのに、むしろ明るくすら思えた。

 光の強さが距離の二乗に反比例するならば、各光源はいまの姿と比べ物にならないほど輝いているのだろう。

 もう覚えていないが、俺たちが地球で親しんだ太陽はグリムウッドで見る姿より明るかったのかもしれない――そんなことを考えながら太陽を探したが、すでに地平線に沈んだのか、どこにも見当たらなかった。

 夜だ。


「いかがでしょう? 記憶や意識に不具合はありませんか?」


 修復作業が完了したらしい。

 ヴァイトが俺のボディをチェックしていた。

 三本の腕で俺の脚部に触れ、捻ったり回転させたりと稼働範囲を確認する。

 残り一本は電流用のセンサーらしきものに変換し、頭部から胸部にかけて俺の回路に接触した。


「問題ない。良くやった」


 ねぎらいの言葉をかけてやると、ヴァイトは手を止め、「ありがとうございます。デイビッド様」と頭を下げた。

 俺はヴァイトを押しのけて上体を起こし、約一時間ぶりにアンテナ跡地とその周囲を眺めた。

 アンドロイドの群れがバグを囲い、なにも変わらぬ様子で戦っている。

 近距離戦闘型は蹴散らされ、遠距離戦闘型はあまり効果のない荷電粒子砲を放った。

 遊撃部隊の集中攻撃を受けたバグは、どうやら退散したらしいが、新しいバグが増えて結局は二体だった。


「――確認作業を継続してよろしいでしょうか?」


 黙っているとヴァイトから話しかけてきた。

 人工意識としては珍しい態度だ。

 俺がボディチェックを中断させ、そのまま放置したことが原因かもしれない。


 俺が「確認はもう良い」と断ると、ヴァイトは改めて直立姿勢をとった。

 管状の腕とナイフ状の腕は上向きに生えているので、体幹に沿って降ろす姿は窮屈そうだ。


「――そんなことよりも説明をしてもらおうか。おまえはなぜスペアパーツを持っていた? それとも、人工意識は常にスペアパーツを所持しているものなのか?」


 バグに蹴り飛ばされたとき、俺はデッドエンドを覚悟した。

 意識の維持が困難なほど大きな損傷を負っていたからだ。

 加えて腕の半分が千切れており、下半身も消滅していた。

 元の姿に戻るだなんて想像すらしていなかった。


 しかし、ヴァイトが俺を待ち構えていた。

 放物線を描いて落下する俺と並走し、最後はしっかりと受け止めた。

 ボロボロの俺を地面に横たえると、背部に抱えていた空のボディ――まだ人間の意識を転移していない採掘・工作型――を材料に、修復作業を開始した。


 もしもヴァイトが俺を見つけなければ、採掘・工作型の俺を人間だと判断しなければ、あるいは空のボディを所持していなければ、俺の意識は保たなかっただろう。

 ほとんど奇跡のような偶然だった。

 あと数分でデッドエンドしていたと確信するほど、俺の状態はギリギリだったのだ。


「いまから五百四十七時間前に、『バグや事故による破損に備えて、スペアパーツを携帯しておけ』と命じられました。特別な理由がない限り、私たち人工意識がスペアパーツを持ち歩くことはありません」


 ヴァイトはピクリとも動かず、俺の質問に回答した。

 よく見ればヴァイトの脚は二本だった。

 他の人工意識と同様に、ヴァイトは採掘・工作型のボディを使っていたが、下半身は近距離戦闘型と取り替えていた。


「採掘・工作型の機体を使う人間は、あまりいないと思うが、おまえはなぜこの機体に人間の意識が転送されていると思った?」


 俺が別の疑問を投げかけると、ヴァイトは「注意して行動を観察していればわかります。人工意識が単独でアンテナを調べることも、人工意識が単独で遊撃部隊と接触することもありません。人間が操作する採掘・工作型を見つけることは容易です」と淀みなく答えた。


「もしかして、おまえはずっと採掘・工作型を監視していたのか?」

「はい」

「なぜだ? それも命じられたのか?」

「デイビッド様を見つけるよう、いまから五百四十七時間前に命じられました」

「命じたのは誰だ?」

「デイビッド様です」

「は? 俺が命じたって?」

「より正確に申し上げますと、以前のデイビッド様に命じられました」


 ヴァイトが使った『以前の』という表現で、謎の大部分が解決した。

 俺は前回のバグ・ハンティングでヴァイトと出会い、ヴァイトに命令をくだしていたのだ。

 おそらく今回の俺がミッションに復帰して早々にデッドエンドをしてしまわないように。

 『デッドエンド』と『採掘・工作型の選択』という最悪のサイクルから抜け出せるように。


 一方で、過去の俺がそんな命令を出すとも思えなかった。


「詳細に言え。俺が今回の俺を救おうとしたんだな? その認識に間違いはないな?」

「仰る通りでございます。デイビッド様は、『バグ・ハンティングの再開直後、俺はこの作戦についての知識が不足している。バグが強いことも、採掘・工作型が脆弱であることも、アンドロイドが改造できることも知らずにバグと遭遇してしまう。つまり、復帰早々にデッドエンドする可能性を否定できない。そこでおまえだ。万が一俺がデッドエンドし、再びこの戦場に戻ってくるような事態になれば、おまえはすぐに新しい俺を見つけてサポートしろ。このとき、バグや事故による破損に備えて、スペアパーツを携帯しておけ』と指示されました」


 ヴァイトは俺の口調を真似ながら説明した。

 たしかに辻褄は合っている。

 ヴァイトが採掘・工作型に転送した人間を探していたことも、ヴァイトが採掘・工作型のスペアパーツを持っていたことも、前回の俺の命令だと考えれば自然だ。

 もちろん他の戦闘員の指示で動いた可能性も否定はできないが、ヴァイトが嘘をつくとも思えないし、他の戦闘員が俺を救うメリットは皆無に近い。


 ただ、やはり違和感はあった。

 現在と未来を連結する『アップロード』のような例外を除くと、俺は現在に尽力するタイプだ。

 次回の安全対策を検討するくらいなら、今回の生き残りを考える。

 そうやって俺はセントラル内の戦闘ゲームで勝利を積み重ねてきたし、バグ・ハンティングでも変わらないはずだった。

 つまり俺の行為と俺の性質が矛盾していた。


「繰り返すが、それは本当に俺だったのか? 別人の可能性はないか? 嘘をつかされているんじゃないのか?」

「間違いなくデイビッド様です」

「俺は他にもなにか言っていなかったか? 救助以外にも別の指示を出していたんじゃないか?」


 俺は思考を一歩進めることにした。

 前回の俺が、今回の俺の初期デッドエンドを避けるため『だけ』に手立てを講じるとは思えない。

 そこに別の意味があるはずだ。


 新しい問いに対し、ヴァイトは「今回の救助を含め、ご命令は大きくわけて四つあります」と言った。


「では、残りの三つを簡単に説明しろ」

「まずは私の身の安全です。デイビッド様は『どんなことがあっても危険には近づくな』と私に命じました。二つ目は私の孤立です。デイビッド様は『他の人間から距離を取れ。そして他の人間の命令を聞くな』と私に指示されました。そして最後は記憶です。デイビッド様は、私に『今後おまえが見聞きしたすべてを覚えておけ』と仰りました」

「最高だ」


 俺は興奮で叫び出しそうになった。

 前回の俺は完璧だった。

 完璧にこの作戦の欠陥を埋め合わせていた。

 アンテナが故障し、アップロードができなくとも、グリムウッド上で記憶のバックアップを残せば良い。

 俺はヴァイトを『語り部』として扱い、常に近くに置くことで、記憶の保存を目指したのだ。


 ヴァイトの安全とヴァイトの孤立にしても、同じことを意味している。

 端的に言えば、『記憶』という命令の保全。

 前回の俺は、ヴァイトに与えた語り部の役割を邪魔されないために、『安全』と『孤立』という特殊な指示をくだしたのだ。


「――おまえが蓄積した記憶を入手したい。方法はあるか?」

「はい」

「すぐに実践しろ」

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