第10話:新しい戦い方
南西にはブナ林があり、北東には栗の木が疎に生えている。
その他はオオバコやナズナを中心とした草地で、どこを見ても緑だった。
気候は快晴かつ無風。
真上に位置する恒星の輝度が高く、俺の影は足元で真っ黒に凝集している。
「うおおおおおおお!」
本来であれば無音の丘陵地帯に、メイナードの咆哮と多銃身旋回砲の射撃音が響いた。
第八区で二番目に強く、いつも冷静だった戦士が感情を露わにする姿は滑稽だ。
この事態を想定していた俺ですら目を離せないのだから、野次馬たちの衝撃はどれほどのものだろう。
誰一人として口を開かず、ルシアンとブリジットは真顔を続けた。
クローヴィスは拳を握り、ずっと俺を睨んでいる。
同じように黙っていたが、ヴァイオレットだけは楽しそうだった。
たまに俺を見て頷き、右手の親指を立てることもあった。
「こんな……こんなことが!」
メイナードの顔に焦燥が満ちている。
二本の多銃身旋回砲は撃ちっぱなしだが、状況は微塵も改善しそうにない。
俺はメイナードの周囲に複数の長柄斧槍を出現させ、同時に、あるいは時間差で射出した。
使い慣れた長柄斧槍だから、召喚速度は網の十倍。
雨のように降り注ぐ長柄斧槍を前にして、メイナードは防戦一方となった。
『召喚』と『長柄斧槍』の結合が、俺とメイナードの力量差を逆転させた。
「デイモン! おまえはこれで満足なのか?」
多銃身旋回砲はコンマ一秒に二百発の弾丸を放つ。
攻撃速度で比較すれば、俺の長柄斧槍に勝ち目はない。
しかし、出現範囲を限定せず、前後左右上下から襲ってくる場合はどうか?
予測不能な位置で実体化する長柄斧槍の集団――そのすべてを多銃身旋回砲で撃ち落とせるだろうか?
「こんな卑怯な方法を使ってまで勝ちたいのか!」
俺が攻撃を継続すると、メイナードは草の生い茂る坂を駆け上った。
身を捩り、跳躍し、ときに這いつくばるほど姿勢を低くした。
移動しながら撃つ多銃身旋回砲は、ほとんど照準が定まらない。
メイナードは『雨』だけでなく、俺にも銃口を向けたが、弾丸はきまって見当違いの方角を目指した。
ただ、仮に照準が定まったとしても俺は無傷だっただろう。
俺とメイナードの中間地点に『壁』を設置したからだ。
五十三本の長柄斧槍を積み上げただけの小山。
工夫はないが多銃身旋回砲の銃弾を跳ね返せる硬さと重さをもっている。
メイナードの動きに合わせて移動させれば、立派な防護壁の完成だ。
長柄斧槍の『雨』と長柄斧槍の『壁』――この二つが俺の基本戦術だった。
「卑怯? 卑怯と言うなら、倍以上の容量差があるにも関わらず、平気な顔で試合をするおまえはどうなんだ?」
俺が返答すると、メイナードは機関部で長柄斧槍を弾きながら「だからこそ、勝利後の報酬に差をつけただろう!」と叫んだ。
「差と言っても倍程度だ。容量差が倍の相手と試合をするときの勝率は五パーセント未満。どう考えてもフェアとは言えない」
「おまえだって合意したはずだ! 卑怯な試合だと言うなら、最初から受けなければ良かっただろう!」
「そうだな。その点はたしかに、おまえの言う通りだ」
「ふざけるな!」
メイナードの口から再び怒声が漏れる。
俺は改めて、メイナードの前方斜め上から、後方斜め上から、さらに左右の水平方向から長柄斧槍の束を突っ込ませた。
メイナードは両腕の多銃身旋回砲を狂ったように乱射し、襲い来る長柄斧槍を撃ち落とした。
撃ち漏らした分は、自身の敏捷性でギリギリ回避する。
驚くべきことに、メイナードはただの一度も大きな傷を負わなかった。
ここに来て俺は、メイナードの強さの秘密を理解した。
総合的に高い身体能力と判断力。
多銃身旋回砲に頼らずとも――たとえば他の武器を使ったとしても――メイナードは充分に強かっただろう。
「しかし、メイナード。おまえが方法を知らないだけで、武器の自由な召喚は誰にでもできる。おまえがその気になれば、空中に無数の多銃身旋回砲を出現させられるはずだ」
言いながら俺は、実際に召喚されたら勝負にならないだろうなと思った。
全方位から多銃身旋回砲に狙われて、無事に済むはずがない。
ただ、この試合に限って言えば、俺は安全だった。
物質の召喚にはコツと慣れが必要だ。
いまのメイナードには練習するだけの時間と余裕がない――その意味で俺は、たしかに卑怯だった。
「嘘をつくな!」
メイナードは文句を言いながらも、次々と長柄斧槍を回避する。
力押しだけでは長引きそうだったので、俺は次の作戦に移行した。
メイナードの左側二メートル先に数本の長柄斧槍を突き立て、右側面は開けておく。
恒星の光を反射した銀色が簡易な障害物となった。
メイナードにしても俺の思惑は理解しているだろうが、『雨』に追い立てられた状態で、取れる選択肢は多くない。
メイナードは俺の狙い通り、右へ右へと移動する。
メイナードは長柄斧槍の存在しない広い場所に移動し、俺はメイナードが行った先でまた長柄斧槍を突き立てた。
ゆっくりとだが着実に、メイナードは敗退に近づいていた。
あと三十歩も進めば終わり。
俺の準備した『捕獲ポイント』に辿り着く。
その網はいつも通りの十メートル四方で、地面から高さ三メートルの位置に設置した。
『三メートル』は戦術的柔軟性に乏しいが、獲物が真下を通過すれば確実に仕留められる高さだ。
工夫は色にあった。
空気に近い半透明。
存在を意識しなければ、絶対に視認できない。
「なんだこれは!」
透明の繊維に絡め取られたメイナードは、地面に横たわり、多銃身旋回砲を持ち上げることもできない様子だった。
俺は無防備なメイナードの背中に『雨』を集中させた。
約二秒間のスコール。
百本近い長柄斧槍が降り注ぐと、オオバコとナズナの葉が宙を舞った。
メイナードの身体がズタズタに切り裂かれ、多銃身旋回砲の破片と混在した。
ただ、メイナードの頭部下半分と左肩と左腕だけは、奇跡的に繋がった状態で残っていた。
「デイモン! トドメをさしなさい!」
ヴァイオレットの少し焦った声が、離れた場所から俺まで届いた。
妥当な忠告だった。
あと一本でも長柄斧槍を突き刺せば、試合はその瞬間に終わるだろう。
メイナードは負け、俺は八ペタの容量を獲得する。
しかし、俺はヴァイオレットを無視した。
まだ終わらせてはいけないと思った。
メイナードは嫌な奴だし、自分より弱い相手と勝負してばかりの卑劣漢だが、戦闘に魅入られた戦士でもある。
容量に執着しているわけではないので、カジノを楽しむこともない。
機会があれば賭け試合を行い、勝つことで容量を増やし、いつかは最強になると信じている。
ほぼ同じなのだ。
俺と同じ。
だから俺には、メイナードがいまなにを考えているのか理解できた。
「デイモン! 聞こえているんでしょ! 早くトドメをさしなさい!」
俺に卑怯な戦い方をされて、腹が立っただろう。
意味もわからぬままズタズタにされて、無念だっただろう。
ペナルティの大きな試合に負けるくらいなら、すべてを捨てたほうがマシだと思うだろう。
「早く!」
ヴァイオレットが次に叫んだとき、メイナードは宙に浮くが如く立ち上がった。
両脚の代わりに多銃身旋回砲の砲身を使ったのだ。
脚だけではない。
腹部も、胸部も、右腕も、削れた頭部も、欠損した部位は例外なく、多銃身旋回砲のパーツで補っていた。
元々の身体との接合部は、静脈血を連想させる赤黒いノイズが明滅している。
唯一左手だけは元のままで、しっかりとコンソールを握っていた。




