8.目撃
アダリーシアはロゼットとのやり取りをリーゼロッテに打ち明けて相談した。
心の中のもやもやを誰かに聞いてほしかった。
「聖女といってもただの人気投票で選ばれただけで、何か力があるわけでも清らかな心を持っているわけではないものね。それにしてもロゼットさんって嫌な言い方をするのね。オズワルト様からの報告書には、二人は適切な距離で接していたとあったから気にする必要ないわよ」
リーゼロッテはムッと表情を顰め怒っている。オズワルトからの手紙を報告書扱いしていることが気になったが、何はともあれオズワルトのお墨付きがあるのなら安心だ。リーゼロッテに相談してよかった。
「ありがとう。そうだ。リーゼがオズワルト様との婚約を決めた理由を聞いてもいい?」
政略的な意味合いが強いのは薄っすら知っているが、リーゼロッテの家は力のある公爵家だ。公爵当主夫妻も優しい方たちなので娘の意志を尊重する。だからリーゼロッテがどうしても嫌だと言えば、婚約は成立しなかっただろう。
「婚約を決めたのはね。お兄様が手掛けている事業の共同開発を申し出てくれたからよ。資金もオズワルト様がかなり多く出してくださるそうだし、コルティン公爵家との繋がりならあっても悪くないでしょう?」
「でもオズワルト様に少しくらいは好意があるからお受けしたのよね?」
「いいえ。まったくないわ。散々浮名を流しておいて、これからはあなた一筋だと言われても嬉しくない。だから最初はお断りしたの。でも全然諦めないからこの婚姻によって我が家に相応のメリットがあれば考えますって言ったのよ」
「それで共同開発と資金提供?」
「そうよ。あと結婚してもいいけれど、結婚して三年以内に私を好きにさせてみせて、好きになれなかったら離婚ねと追加条件を出したらオズワルト様は了承したのよ。そのときちゃんと離婚の条件も弁護士を入れて交わしたのでせいぜい頑張ってもらわないと」
「どうして三年なの?」
「お兄様の事業の目処が立つのが三年くらいなのよ」
リーゼロッテはすまし顔でティーカップを取ると口を付けた。
「それはなかなか手厳しいわね……」
美味しいわねとお茶の感想を呟いてティーカップをテーブルに戻すとふふっと笑った。
「この提案でプライドを傷つけられたと気分を害するような男なら一生好きになれないから破談にしてもらってもよかったのだけど『その挑戦受けて立つ! あなたを好きにさせてみせる』と意気込んでいたわね」
「オズワルト様はそれほどリーゼを好きなのね。リーゼはそれでいいの?」
「ええ。今まで好きになった人もいないから、家の役に立つ結婚ができるのなら幸せだわ。でも私、少しはオズワルト様に期待しているのよ。もちろん私だって努力はするわ。だって幸せになりたいもの」
リーゼロッテが幸せを諦めていないと知れて安心した。
「でも家のために結婚するのが普通よね」
高位貴族のほとんどは政略結婚だ。その上で良好な夫婦関係を築いている。そう考えると自分はある意味、片思いながら恋愛結婚といえるかもしれない。
「あら。シアは王族と縁を結ぶのだからどう考えても政略結婚よ。シアがエラード殿下を密かに慕っていたことは、誰も知らないのだから」
「私は運が良かったのね。でもエラード様にとっては政略結婚なのよね。ちゃんと好きになってもらえるかしら」
「もう好きになっていると思うけどなあ。旅の間も忙しい中、手紙をかかさずくれたのでしょう? 心配しなくても大丈夫よ」
「うん。ありがとう」
考えてみればロゼットとエラードが接触するのは王都での慰労会まで。それ以降は会うことはなくなる。もしも本当に国に魔獣がいて、エラードが勇者でロゼットが聖女なら、苦難の旅の間に二人が想いを寄せ合う可能性もあったかもしれないが、実際はエラードには常にオズワルトが傍にいて二人きりになる機会はほとんどなかったらしい。オズワルトは自分も浮気をしていないという潔白の意味を込めて、リーゼロッテへの手紙に詳しく記していたそうだ。
アダリーシアは明るい表情を取り戻した――はずだったのだが。
エラードはオズワルトやロゼット、そして護衛騎士たちと王都内を騎馬で練り歩く。この祭りが終わるまでゆっくり会うことは叶わない。
それならば見学の人たちに紛れてエラードの雄姿を見ることにした。街娘の格好をして彼の通る道で待ち構える。もちろんお父様に相談して変装した護衛騎士を付けている。
エラード一行を待っている人々は、彼が姿を現すと大きな歓声を上げた。
「エラード殿下!」
「ロゼット様!」
「オズワルト様!」
神話の主役は王子と聖女の二人なので、みなが二人の名前を叫んで盛り上がっている。ときどきオズワルトの名前を呼ぶ黄色い声も混ざっていた。
馬の上で美しい姿勢で前をまっすぐ見ているエラードは控えめにいって雄々しくも美麗だった。女性たちは熱いため息をもらし見惚れている。男性は可愛らしく着飾っているロゼットに歓声を上げている。
「噂は本当なのかしら? エラード殿下とロゼット様はとてもお似合いよね!」
「ええ。このまま一緒になれば素敵なのにね!」
目の前の女性二人の会話はただの戯言で、本心からの願いではないはずだ。だけど聞いてしまうと苦い気持ちが湧き上がる。アダリーシアは頭を振って迷いを払い気を取り直した。
このあと一行は休憩場所で休息を取ることになっている。そこに顔を出して労おう。二人の仲を疑ってなんかいない。探るわけじゃない。ロゼットがエラードをどう思っていても、エラードはアダリーシアを裏切ったりしないと信じている。
自分はエラードの婚約者なのだから、堂々と声をかければいい。
アダリーシアはゆっくり進む一行を追い抜き休憩所に先回りをした。そして休憩所となる天幕の後ろに隠れて到着を待つ。
(隠れているのは……後ろめたいからじゃなくて、なんとなくよ)
しばらくするとざわざわと人の声が聞こえてきた。
「エラード様! どうして馬を降りるときにエスコートをしてくれないんですか!」
「護衛がいるだろう」
「せっかくのお祭りなんだから殿下にしてほしいんです。街のみんなも期待しているのだから、応えてくださいよ」
「誰も期待などしていない。お前の思い込みだ。相変わらず妄想が激しいな」
「妄想じゃありません。私と殿下の名前を呼ぶ歓声が一際大きかったの、聞いていたでしょう?」
「さあな。幻聴じゃないのか? みなは楽しめればいいだけで我々は見世物に徹すればいいだけだ」
「神話では勇者と聖女が結ばれるんです。街の子供たちはその幸せな結末に憧れているのです。王族ならみんなの幸せを叶えてあげるべきじゃないですか?」
「神話など後の人間が都合よく書き上げたものだ。真に受けるなど馬鹿馬鹿しい」
「もう! エラード様ったら。いつも――――――」
(私の……知らないエラード様……)
アダリーシアは佇んで動けなかった。目の前が暗くなっていく。
エラードが来たら笑顔で声をかけるつもりだった。でもエラードとロゼットの会話を聞いて動揺した。エラードの言葉は皮肉交じりではあるがそれはロゼットに心を許しているように感じた。二人は親密でまるで恋人同士のよう。あれほど打ち解けた会話をアダリーシアはエラードとしたことがない。比べてしまうと、アダリーシアへの態度はよそよそしいとすら思えた。
まさか、噂は本当なのだろうか。目の前で見た光景がアダリーシアの胸を押し潰す。
アダリーシアはエラードに声をかけることなく、その場を後にした。




