7.帰還
アダリーシアがエラードの帰還を王城で待っていると、一団が姿を現した。先頭には護衛騎士に守られているエラードがいた。エラードは少し日焼けをして精悍さに磨きがかかっていた。思わず見惚れてしまったが、怪我などしていないか観察する。どうやら体調はよさそうで顔色もいい。とにかく無事であったことが喜ばしい。
エラードは国王陛下に挨拶を済ませると真っ先にアダリーシアに声をかけた。
「アダリーシア。戻った。元気だったか?」
「はい。私は元気にしていました。エラード様のご無事のお戻り、お喜び申し上げます」
「ああ、ありがとう」
言葉少なだがエラードは懐かしそうな表情でアダリーシアに優しく微笑んだ。自分に向けるその瞳の奥には蕩けそうな甘いものが滲んでいた。いつもなら無表情に近いが雰囲気が変わった気がする。
エラードはこのあと宰相たちに公務の報告をしなければならない。アダリーシアには明日面会の時間を設けてもらっているので挨拶だけで別れた。
ふと突き刺さる視線を感じ周りを見渡す。すると一人の女性と目が合った。その女性はミス聖女のロゼットだった。向けられた敵意を含む視線に思わず口を引き結ぶ。ロゼットはすぐに視線を逸らした。
アダリーシアはなにごともなかったようにその場を後にした。
翌日、約束の時間にエラードを訪ねた。
「よく来てくれた。半年間、変わりはなかったか?」
「はい。恙なく過ごしておりました」
「そうか。それはよかった。アダリーシアのおかげで無事に帰れた。礼を言う」
「私はなにも」
エラードは懐から小さな巾着を取り出し掲げてみせた。
「このお守りのおかげだ」
「ずっと持っていてくださったのですか?」
「当然だ」
アダリーシアは感激して言葉が出ない。気休めのお守りを肌身離さず持っていてくれたのだから。ますます彼のことを好きになってしまいそう。
「二か月後には結婚式だな」
「はい」
そう。二か月後にやっと私たちは結婚できる。式の準備は出発前に終えていて、あとは最終確認をするだけ。体型維持も念入りに心がけたのでウエディングドレスを手直しすることもない。
当日が晴れるといいなと願うばかりだ。大聖堂でエラードと並ぶ姿を想像して思わず笑みがこぼれた。
「ただその前に明日からの慰労会がある。それさえ終わればアダリーシアとゆっくりできる」
「街中がお祭りになるのですからとても賑やかになりそうです。でも主役であるエラード様は忙しくなってしまいますね」
『勇者の旅』慰労会と銘打ったお祭りが明日から十日間開かれる。エラードは旅の一団と王都を周ることになっていた。王都のこの行事でこの公務は完了となる。
「正直なところ面倒だが仕方がない。幸い旅の報告書はほぼ終えている。各領地の問題点や改善案はすでに宰相に渡してある」
世間では勇者の名目でエラードが各領地を回るのをお祭りと捉えている。長い旅行をして遊んでいるように見えるかもしれない。だが実際は間違いなく公務だ。
領主の報告通りに領地が治められているのか、齟齬や問題がないかを確認し報告書を作っている。道の舗装や建物の老朽化に、作物の状況や民の暮らしぶりを観察している。もちろん普段から役人がそれらをチェックしているが、王族が直々に見ることで領主たちの気持ちを引き締める効果がある。
この結果を陛下や宰相、そして各大臣などと共有し話し合うことになる。
一見気楽そうな旅でも責任は重い。エラードはそれを見事に成し遂げたのだ。自分の婚約者の優秀さを再確認せずにはいられない。
「まあ、もう終わっているのですか?」
「ああ、面倒事はさっさと片付けてアダリーシアと過ごしたいからな。ずっと会いたかったよ」
「あ、う、嬉しいです。私もエラード様に会いたかったです」
突然の甘い言葉に恥ずかしくて語尾が小さくなった。でもエラードはしっかりと聞こえていたようで、ふっと相好を崩した。その表情に胸がきゅっとなりアダリーシアは頬を染めた。顔が熱い。
エラードはアダリーシアに綺麗とかドレスが似合っているとかの賛辞は普通に口にしていた。でもどこか社交的に聞こえてしまい流すように受け入れていた。
でも今の言葉は彼の思いだと感じられ心に響いた。
「このあともまた会議だ。せっかく来てもらったのにすまない」
「いえ、私はエラード様の顔を見られただけで充分ですわ」
「ありがとう」
従者が扉をノックしてエラードを迎えに来た。会議の時間が迫っているらしい。きっと無理矢理アダリーシアとの時間を作ってくれたのだろう。
エラードを見送り自分も帰ろうとしたら、エラードの侍女ヒルダに声をかけられた。
「エラード殿下には内緒でお願いしますね」
ウインクをしながら楽しそうに、ある部屋に案内してくれた。
その部屋にはたくさんの箱が綺麗に並べられている。箱が開いているものもあり、布やレースが広げてある。ヒルダがいくつかの箱を開けて中を見せてくれた。そこには美しい食器や工芸品などもある。どれも素晴らしい品々だった。
「エラード殿下が旅先でアダリーシア様のために買い求めたものですよ」
「まあ! 私のために?」
アダリーシアは喜びで胸が熱くなる。旅の間も欠かさず手紙をもらっていたが、品物はもらっていなかった。旅はエラードにとって公務で遊びではないのだから当然だと思っていた。
でも密かに用意してくれていたのだ。きっとアダリーシアを驚かせようと内緒にしていたのだろう。エラードが教えてくれる前に知ってしまってよかったのだろうか。喜色を浮かべながらも問いかけるようにヒルダを見れば胸を張って頷いた。
「おかしな噂が流れていますが絶対に事実無根です。どうか信じてくださいませ」
ヒルダはエラードの乳姉弟だから特に日頃からアダリーシアを気にかけてくれている。ヒルダはもしかしたらアダリーシアが噂を信じているかもしれない、傷ついているかもしれないと思い教えてくれたのだ。その心遣いが嬉しい。
「ありがとう。ええ、信じるわ」
エラードと再会するまでは心の奥底に色々な不安を抱えていた。
婚約して埋まらない距離感が、半年の時間でさらに遠ざかっていたらどうしようと。ところがいざ再会したらエラードは以前よりも口数が多くなっていて、しかもアダリーシアに甘い言葉をくれた。杞憂だったのだ。
アダリーシアは明るい気持ちで帰ろうとした。
ところが馬車止めでミス聖女であるロゼットに声をかけられた。そして噂の謝罪をされ、意味ありげに告げられた。『私、アダリーシア様の知らないエラード様の姿をいっぱい知っていると思います。私だけには見せてくれた』と――。
果たしてそれは、挑発だったのか、または宣戦布告だったのか、ただの嫌がらせだったのか……。




