4.友人
アダリーシアは将来の伴侶に一方的に庇護してもらおうとは思わない。力を合わせてレッドモンド侯爵家を支えてほしいと考えている。
基本的には両親の姿が理想だ。お父様はお母様が男性と話をするだけで嫉妬するけど、絶対に社交の邪魔はしないし、お母様が担うべき侯爵夫人としての仕事にも口を出さず全面的に信頼して任せている。
愛しているからといって役割を取り上げて、真綿でくるむような甘やかす真似はしない。お母様も家政をしっかり采配して使用人のことも上手く回しているし領地経営についても手伝っている。
格好いいお母様の姿はアダリーシアの目標だ。
その点、エラードはアダリーシアを大切にしてくれているが、ただ美しく笑っていればいいなどとは言わない。世の中には女性は仕事や政に口を出すなという頭の固い男性もいる。そういう男性は女には仕事の話をしても理解できないと思っている。
エラードは公務で色々な領地で見聞きしたことで、レッドモンドの領地経営の参考になりそうなことがあると教えてくれる。縁を結んだ方がよさそうな貴族や商人を紹介してくれたこともあった。これはアダリーシアを尊重し、また対等だと思ってくれている証拠だ。
一度そのことでお礼を言ったら「アダリーシアと結婚したら私は王族ではなくなる。今のうちに使えるものは活用しておいた方がいいだろう? それにアダリーシアの夫になれば対等であるのは当然だ」と優しい笑みを浮かべていた。あの時、ちょっと、いや……すごくときめいた。
「シアならそう言うと思った。シアは芯があって守ってもらわなくても人を頼らず自分で何とかするタイプだしね。順位は男子が勝手につけていたのよ。本当に男子って夢見がちでくだらないわよね」
「ところで儚げって何? 私、幸薄そうってこと? 存在感がない? あ、顔が薄いってこと?」
健康で元気なのに今にも死にそうに見えるらしい。これからはお化粧濃くしてレッドモンド侯爵の後継ぎの健在ぶりをアピールしよう。
「違うわよ。シアが可愛いってことよ。男性って守りたい願望があるからシアに頼られたいのではないかしら」
確かに女の子だから時には守られたいけど、日常で守ってもらう出来事はほぼない。侯爵令嬢という身分だから騎士に護衛してもらっているし、国は平和で今まで荒事になるトラブルはなかった。
「頼れと言われてもねえ」
「もしくは尊敬されたいのでしょう。そうそう、学園の剣術大会でシアに報告する男子いっぱいいたじゃない。あれは自慢しにきていたのよ」
「目の前で見ていたのになぜわざわざ私に勝敗を知らせるのか不思議だったけど、あれ自慢だったの?」
「ふふ、シアにアプローチをしていたのに通じていなかったようね」
「うん? アプローチ? ああ、婚約者がいない男子の婿入り希望の打算的なアプローチね。でもそれなら私にではなくお父様にしてもらわないと意味がないのに」
アダリーシアは高位貴族の令嬢として、結婚は家のためにするものだと弁えている。あれだけイチャイチャしている両親だって実は恋愛ではなく政略結婚なのだ。
アダリーシアはお父様の決めた人と結婚するつもりでいた。お父様はお母様を一番に愛しているけれど、アダリーシアのことも大切にしてくれているのはちゃんとわかっている。娘が不幸になる結婚相手を選んだりしないという信頼はあった。
「…………シアはご両親を見て育った割に、自分に向けられる好意に疎いわよね。単純にシアが可愛くて好かれていたのに……」
リーゼロッテは眉間に皺を寄せブツブツ言っている。リーゼロッテも公爵令嬢だから身分による恩恵を期待して近づいてくる人が多いはずだ。同じような経験があるのだろう。
「まあいいわ。話がそれちゃったわね。とにかくシアはエラード殿下に不満があるということね」
「違うの。不満じゃないわ。ただもう少し気持ちを言葉にしてくれると安心できるなあと思って。これから半年間離れて過ごすことになるのだし」
婚約当時エラードは「アダリーシアの婚約者になれて嬉しく思う」と言ってくれた。だけどこれは礼儀としての言葉だ。その証拠に好きだと言われたわけじゃない。
もしかしたら身分違いの、密かに想う女性がいたのかもしれないと心配になる。でもあの真面目なエラードに限って、とも思う。むしろ真面目だからこそ自分の心を殺してこの婚約を受け入れたのでは?
アダリーシアが難しい顔で考えているとリーゼロッテが明るく言った。
「オズワルト様の話だとエラード殿下はシアとの婚約を本当に喜んでいたそうよ。気持ちを表すのが苦手なだけかもしれない。だから焦らないで結婚後にゆっくり仲良くなればいいのよ。そのためにも半年の公務の間に浮気をしないように、オズワルト様にしっかり監視してもらうように頼んでおくわね!」
「浮気は心配していないけど、でもありがとう。リーゼもオズワルト様と離れ離れになるから寂しくなるのに強いわね」
オズワルト・コルティン公爵子息はエラードの側近でリーゼロッテの婚約者だ。今回の視察がエラードの側近としての最後の仕事となり、戻り次第オズワルトは公爵家を継ぐ。そしてリーゼロッテと結婚式を挙げることになっている。
オズワルトは二か月前にリーゼロッテに好意を抱き猛アタックの末に婚約をした。オズワルトは美男子で懇意にしていた令嬢もそこそこいたと聞く。
当然ながらリーゼロッテは最初オズワルトの求婚を断ったが、最終的に根負けしたそうだ。今はオズワルトがリーゼロッテ一筋でものすごく溺愛しているのは有名な話だ。もっともリーゼロッテは塩対応で応じているが。
「私は結婚すれば嫌でも一緒にいることになるから寂しいとは思わないかな」
「リーゼはクールよね。というかオズワルト様と温度差を感じるわ」
「そう? う~ん、そうかも。でもオズワルト様がいない間に結婚式の準備を進めないといけないから寂しがっている暇はないのよ。準備期間がもっと必要だと説得したけれど、オズワルト様がこれ以上遅くはできないと頷いてくれなくて」
リーゼロッテは手を頬に当て眉を下げながら溜め息を吐いた。公爵家同士の結婚ならば、盛大になる。大聖堂の日にちも押さえてお披露目も豪華になるから当然準備期間も最低一年以上は必要なのに(それでも短い)、オズワルトが一刻も早く結婚したいと譲らなかった。リーゼロッテと結婚するために一度はエラードの旅の同行を拒否しているほど。
説得に応じないオズワルトに双方の家族が頭を抱えている中、リーゼロッテが「ウエディングドレスをオーダーで作る時間もくれないのなら結婚しない」と伝えたところ、ドレスが出来上がり次第の結婚ということで話がついた。
ちなみにリーゼロッテがオズワルトに「エラード殿下の公務に同行してお土産をたくさん買ってきてください。楽しみにしていますね!」と伝え、公務に同行することを受け入れさせた。すでにオズワルトはリーゼロッテの尻に敷かれているようだ。
オズワルトのようにごねてほしいわけではないが、アダリーシアもエラードに離れたくないと言ってほしかった。自分だけがエラードに片思いをしている気がして寂しい。
「シアはエラード殿下をお慕いしているのね。婚約は王命で、それまで殿下と親密ではなかったのにきっかけはあるの?」
「うん、実は私が社交界にデビューしたときに助けていただいたことがあって。きっとエラード様は憶えていないと思うけれど」
それは三年前の出来事だった。




