3.反面教師
屋敷に戻ると両親がいた。
「ただいま」
「お帰り。シア」
「お帰りなさい。シア」
二人は応接室でお茶をしていた。仕事がない日はずっと一緒にいる。というかお父様がお母様から離れない。
お父様はアダリーシアにあけすけに問いかけて来た。
「エラード殿下とのお茶会はどうだった? 手くらいは握ったか? 口づけまでなら父は許すぞ? もちろん膝抱っこはしたのだろう?」
「……」
矢継ぎ早にデリカシーのない発言をするのは父フォルカー・レッドモンド。アダリーシアのお父様だ。お母様はミリセント・レッドモンド。お父様はミリーと呼んでいる。
アダリーシアは年頃の娘に対し、破廉恥なことを問いかける父に軽蔑の眼差しを向ける。
「なんだ、婚約して一年も経つのに何もないのか?」
「あなた。貴族ならそれが普通なのよ。ましてや殿下は王族で品行方正なお方ですもの」
「いや、でもなあ。私の見立てではエラード殿下は私と同じタイプだと思ったのだが……見当違いだったか? 娘は父親に似た男と一緒になると幸せだというからいい縁談だと思ったのだが殿下は少々奥手過ぎだな。健全な男が婚約者の手も繋げないとはまったく情けない」
「お父様、エラード様に対して不敬です!」
アダリーシアの抗議をお父様は聞き流している。
(お父様がエラード様と同じタイプですって?! 聞き捨てならないわ!)
一つも共通点ないし、むしろ真逆だ。真面目で寡黙で凛々しいエラードと、おしゃべりでお母様にデレデレして締りのないお父様を、一緒にするなんて図々しいとアダリーシアは呆れた。
「エラード様は私を大切にしてくださっているのよ。下世話なことを言わないで。それに手くらい繋いだわ」
「社交場でのエスコートはカウント外だぞ?」
「うっ………」
エスコートを除外する? そうなるとないし、いつどんなタイミングで手を繋ぐのかアダリーシアには見当がつかない。
「もしも結婚後もそのままだったらどうする? シアには私たちのような深く愛し合える夫婦になってほしいのだよ。そうなるためには婚約中からイチャイチャするべきだ。そう思うだろう? 愛しの可愛い私のミリー」
「そうねえ」
お父様はお母様の肩を抱き寄せ頬にちゅっと口づけをした。お母様は幸せそうな笑みを浮かべている。一年中熱々ラブラブの両親はこれが通常運転だ。
「でもエラード殿下はあなたと違うのよ」
「殿下は優れた方ではあるが愛情表現が下手だと見受けられる。それがどうにも歯がゆい。このままでシアを幸せにできるのか心配だ。ここに素晴らしい見本がいる。私を見習うべきではないか?」
「ふふ、あなたは極端なのよ」
お父様が不満そうに鼻を鳴らすとお母様が宥めるように腕を撫でた。
「だが、なあ?」
お父様は首を傾げながらお母様を自分の膝の上に横抱きにしてしゃべり続ける。お母様はうっとりとお父様を見つめていた。娘の前なのだからもうちょっと控えめにイチャついてくれないかしら。
「誰だって愛する妻が傍にいたら抱きしめたくなるし口づけたくなるだろう? 私はミリーを目にしたら愛を囁きたいし賞賛せずにはいられない。我が妻ミリーは髪の一本まで気品に満ち、その姿は女神のように神々しい。笑うと少女のようなのに社交場では凛として素晴らしい貴婦人に変身する。どの瞬間のミリーも愛している。私は毎日ミリーに跪いて愛を乞いたいのだよ」
「私もあなたを愛してるわよ」
「ああ! 嬉しいよ。ミリー。私も愛してる」
愛を囁きあったあとは口づけて抱き合っている。娘はお腹いっぱいです……と心の中で溜息がてら呟くと、アダリーシアは二人の世界に入った両親を残し自室に向かった。夫婦仲がいいのは素敵だと思うけれど、恥ずかしくて両親のようになりたいとは思えなかった。
部屋に入るとソファーに座り侍女の淹れてくれたお茶を飲んで一息ついた。
しばらくすると来客があった。
「こんにちは。シア」
「いらっしゃい。リーゼ」
彼女は由緒正しいアーレント公爵家のご令嬢のリーゼロッテ。彼女とは学園で仲良くなって気付けば一番の親友となった。その家柄に相応しく凛とした美人のリーゼロッテはとてもモテるが、本人は喜ぶどころか面倒くさそうにしている。社交界では近寄りがたいオーラを放っているものの、公爵令嬢として社交はしっかりこなしている。
「シアのご両親にご挨拶してきたけど、相変わらず仲睦まじいわね。さすがに私の両親もあそこまでではないわ」
リーゼロッテは感心しているが、たまに見るならいいけど毎日は胸焼けする。ちなみにアーレント公爵夫妻も夫婦仲が良くて有名だ。
「あれは仲睦まじいを通り越していると思う。私は物心ついてからあれをずっと見てきたせいで、お父様と正反対の人と結婚したかったのよ」
「学生時代からよくそう言っていたものね。希望が叶ってよかったじゃない。まさにエラード殿下は正反対ですもの」
「ええ、そうね……」
思わず顔が曇った。そう、婚約当初は本心からそう思っていた。大喜びで浮かれていた。寡黙だけど優しくて真面目で理想の男性。お父様と全然違う。だけど――。
「何か不満があるの?」
歯切れの悪いアダリーシアの様子にリーゼロッテが首を傾げた。
「不満というわけじゃないの。エラード様は優しいわ。贈り物も欠かさないでくれるし、手紙はないけれど会えないときはメッセージカードを送ってくれる。夜会のエスコートだって紳士的で非の打ち所がないわ。ただ……」
「ただ?」
「寡黙すぎてちょっと寂しいというか。私たちの婚約は王家の申し出で決まったものだけどエラード様は本当に私でよかったのかしら? リーゼみたいに美人でもないし特別優秀なわけでもない。存在感が薄くて平凡を絵に描いたような容姿で能力だって特筆した取り柄もないのに」
リーゼロッテは呆れ顔になった。
「まあ! シアったら本気で言っているの? 学園での成績はいつも上位だったじゃない。優秀だから王家から婚約の打診が来たのでしょう? それに男子生徒が選ぶ『儚げな雰囲気で守ってあげたい女性一位』で大人気だったのに。シアとエラード殿下の婚約が決まって陰で泣いている子息は多かったのよ」
「え、なあにそれ? 守ってあげたいとか迷惑なのだけど」
リーゼロッテに優秀と褒められるのは嬉しい。何しろリーゼロッテは在学中ずっと一位をキープしていたのだから。それにしてもエラードとの婚約で泣く人がいる理由がよくわからない。
いやいや、それよりもゆくゆくはレッドモンド侯爵家を継ぐアダリーシアのことを、か弱いと思っていたのだ。それって失礼じゃない?
(私は家を継ぐ、領民を守るという自覚をもって研鑽を積んできた。リーゼのように優秀とはいえなくても、責任を担えるだけの能力を身に付けたと自負しているのに、侮られるのは悔しいわ)




