思考
展望階で考え事をしていると日が昇り始め、空が明るくなってきていた。
もうそんな時間か、そう思い階を降り部屋に戻った。ミリアもリリスももう既に起きており、部屋に戻るなり、おはようございます、と挨拶された。
「おはよう、起こしてしまったか。まだ時間には早かろう」
「いえ、鍛錬がありますし。何処に行っていたのですか」
ミリアにそう尋ねられ、展望階だと答えると、
「あまり一人で行動しないでくださいね。何度も言いますけど、貴方の身体はもう一人の物ではありません」
それに、ああ、と一言答えておいた。
「しかし展望階でいったい何を」
リリスに問われ、
「考え事をしていた、あの場所は物を考えるにはいい場所でな」
その言葉に、そうですか、と返され、
「次はわたくしも連れて行って下さいませ」
と、言われ少し考える。しばらく間を置き、俺はその言葉に首を振った。
「いや、来てもらっても相手は出来ないぞ。暇だろう」
「身辺警護です。それならば」
「いや、いい。考えが纏まらない気がしてならない。一人の時間はやはり欲しいのだ。すまないな、これは俺の我儘だが許してくれ」
「そう、ですか。仕方ありません」
と、リリスは何処か悲しげな顔をしながらそう言うのであった。
それから俺達はそれぞれ得物を持ち、朝の鍛錬と少し身体を動かしてから朝御飯に向かった。
向かうと、父上が腕を組んで一人部屋にいたから驚いた。
「おはようございます。父上、どうされたのですか」
朝御飯にはまだ少し早かった。にも関わらず一人この方はこんな所で何をしているのか、と思っていると突然拳骨をもらった。
「いて、何をする」
「お前、夜は鍛錬じゃなかったのか」
そう言われはっとする。しまった、そういえば約束していたのだった。
慌てて頭を下げて、
「すいません、失念しておりました」
と素直に謝ると、まあいい、と一言言いおかれ、
「リリスが嬉しそうに、今日は久しぶりにヴェル様と話せる、なんて嬉しそうに報告されりゃそりゃ何も言えないんだが、ただお前から一言欲しかったな」
「すいません」
折角稽古をつけてくれると言ってくれたのに、それを反故するような真似を初日からしてしまうとは。我ながら情けない。
「いや、まあ、お前も色々あったしな。全てに気が回る程器用と言うわけでもないだろう。構わんさ、ただ今日からは絶対鍛錬だ、いいな」
そう言われ、頭を下げて、はい、と返事をしておいた。
「さて、本題だが」
「む、これが本題じゃなかったのか」
「これはお前が気が緩んでいる、いや。緩んではいないのか。考え事が増え油断していたから釘を刺す形を取ったまでで、本当は今日の話をしておきたいと思ってな。少し早いが、待たせてもらっていた」
「それで、今日の話と言うのは」
「うむ、もう副隊長の方には言ってあるんだが、お前今日は遊撃隊の方はいいから食料部隊の方に行って遊撃隊に引き抜いてこい。何人連れてこれるかは知らないが、馬にしろ人にしろ食料は必須だろう。遊撃隊の近場を開墾させ、食料作りをさせるんだ」
「まだ長屋もなければ厩もないのに、気が早くありませんか」
「お前は馬鹿か。食料はすぐには出来ない。早めに手を打たずしてどうする」
と、言われ何も言えなかった。一理あった、先に準備して悪い物ではないか。
具体的に何処に建物を構えるか、と言うのも長屋を除けば他はまだ決まっていない。が、漠然と考えて水場の近くの土地を開墾すべき、だとは思っているが。
「分かりました、今日中に話をつけて参ります。何人連れてこれるかは分かりませんが、最低でも農業書の一冊も貰ってきましょう。最悪私がやります」
と、言うとまた頭を軽く小突かれ、
「それこそ遊撃隊の武のない者にやらせりゃいいだろう。最初の指導はいるだろうがな」
「それも、そうか」
「まだまだだな」
「はっ、これからもご指導の方よろしくお願いいたします」
と言うと、可愛げのない奴め、等と言われ頭を撫で回されるのであった。
「まあ、農業書か誰かを入手出来たら城に来い。わしは城にいるからな。手ぶらで帰ってくるなよ」
「善処はする。相手次第だろう。食料部隊もどの程度部隊として整っているかは怪しい所だしな」
すると、父上は、ほう、と言い、
「何故そう思うのか、聞いてもいいか」
と、にやりとしながら言われたので、
「根拠ではないが、疑問がある。食料の配給にむらがある。魔術師部隊を優先しているのはなんとなく分かるが。見ていて思うが、各部隊に入れる量が一定でないのは気になった。部隊規模も勿論あるのだろうが。どう優先順位をつけているのか、よく分からない所ではある。そのあたり、組織の基準が曖昧なのではないか、と俺は思っている」
「ふむ、やはり、よく見ているな。食料は安定して供給されているわけではない。不作、豊作と言うものがあるからな。その上で一定ではない、即ち基準が定められていないのだ。漠然と農業をしている、そして義務だからと食料をとりあえず入れているのだろうよ」
父上に言われ、俺は頷いた。大体同じ事を考えていたからだ。
「食料部隊長は、確か魔術師崩れだったかな。自尊心の強い奴で、さて、お前がどう動くか楽しみだな」
と、父上は腕を組み何処かを見ながらそう言うのであった。父上が大抵何処かを見ながらそう言う時、ろくでもない事やついてない事ばかりだった気がしないでもない。
今回も一筋縄ではいかない話なのだろうな、と心の中でそう溜息をつきながら思うのであった。
そうしているうちにいつもの面々が集まった。いや、一人増えていたが。ロゼッタである。
「すまぬな、ロゼッタも入れてやってほしい。なるべく傍にいてやりたいのだ」
とバルバロッサの頼みである。誰も断れるわけもなく、そして断る理由もなく八人で御飯を食べた。
朝食を食べ終わり、さて食料部隊に行こうか、と思っていると、ロゼッタに声をかけられた。
「どうした」
「貴方には本当感謝しているわ、同時に悪い気もしているの」
その言葉を聞き、少し考えるが、どうにも考えが纏まらなかったので、
「別に、感謝されることも、悪いこともないだろう」
そう答えると、その言葉が意外だったのか驚かれた。
「どう、とも思っていないの」
「よく分からないが、どう、とは」
「嬉しいだとか、そういう気持ちよ。ないの」
と、言われ首を傾げると、もういい、とロゼッタは部屋を出て行った。
なんだったんだ。俺が何か悪いことでもしたのだろうか。
まあ、いいか。大したことならもう一度何かしら行動してくるだろうし、大したことでないならもう何も言ってこないだろう。
さて、行くか。
と、思うとリリスが部屋の前に立ち塞がる形で立っていた。
「どうした」
すると、リリスは怪訝そうな顔をしながら、
「お尋ねしますが、ヴェル様は今度お生まれになる子についてどう考えているのですか。おそらく、ロゼッタ王妃はその事を話したかったのではないでしょうか」
そう言われ、やはり首を傾げた。
「どう、と言われてもな。それを考えるのはバルバロッサであって、俺ではないだろう」
そう言うと、リリスは珍しく考える仕草を見せ、
「いえ、そうですか。ただ一言申し上げるならば、ヴェル様、これは致し方ない事かもしれませんが、やや異常かもしれません」
「異常、とはこの俺がか」
「はい」
よく分からなかった。俺が異常?
「ではお尋ねしますが、わたくしとヴェル様の間に子が生まれたら、どう思いますか」
「それは嬉しいしめでたい事だろうな。お前のことを大事にも思うだろう、とは思うがそれがどうした」
「ではロゼッタ王妃はどうでしょう」
「だから、それはバルバロッサが」
と、言った所で言葉が詰まった。そういうことか。俺は思わず頭に手を当て、大きく溜息をついた。
「なるほどな。ロゼッタの身も、その身ごもった子も何とも思わないのは異常と言うことか。しかし俺にどうして欲しいのだろうな」
するとリリスは微笑み、
「不安なのだと思いますよ。急に出来た子ですし、どうであれヴェル様との子でございましょう。これから先のこともありますし、いずれ時を見て話をした方が良いと思います。差し出がましい真似とは思ったのですが」
「いや、リリス分かったよ。済まないな、そこまで気が回っていなかった。また何かあったら言ってくれ」
「いえ、ただ少し安心もしました。ヴェル様は完璧なお方だと思っていましたが、そうではないのですね」
その言葉に驚き、俺は苦笑し、
「完璧な人間や魔族等いないだろう。俺もまた然り。分かる事より分からない事の方が圧倒的に多いさ。だからこそ、何かあったら教えて欲しい。俺もまた気づけば言おう」
「分かりました」
「ああ、そうだ。リリス、ミリアに言っておいてくれ。俺は今日は遊撃隊に参加出来ない。食料部隊の方に行くのでな。遊撃隊の食料に関わる事だ、今後の活動にも影響するやもしれん」
「食料部隊に、ですか。わたくしも参りましょうか」
「いや、俺一人でいい。何かあれば報告しよう。ではな」
「分かりました、そう伝言しておきましょう。それとヴェル様、余計なお世話かもしれませんが全てを一人でお抱えにならぬよう」
「ああ、分かった。抱えてるつもりはないのだがな。つもりなだけで、そう見えているなら、そうなのかもしれんな、気をつけよう」
「はい、どうかご自愛を」
「分かった、お前もな。ではな」
そう言ってリリスと別れ、俺は一人食料部隊に向かう。
城を出、いつもとは違う道を歩みながら考える。
ロゼッタにも不安な事があるのか、と。バルバロッサが傍にいて、それでも尚何か思うことがあるのだろうか。まあ、あるのだろうな。何かを言おうとしていたわけだし。
これに関しては、いずれ時を見て話をするしかあるまい。答えはどうにも出そうにない。
それよりも今はこれからの事だ。食料部隊長が果たしてどんな人間か。まあ、抜けた人間であることは間違いないとは思うのだが。
食料を運搬していた父上と接点がない、若しくは接点があって気づいていないあたり、食料運搬を重視していないわけで。作ることを意識していてその後の事に無関心すぎる辺りが抜けているとしか思えない。
で、自尊心だけは高いと来ている辺り、厄介なことこの上ない。更に、何かにつけて利用しようとする人物、な気がしないでもない。食料運搬に従事する者に対して無関心な所が全てだとするならば、おそらく人の価値を「使える」か「使えないか」若しくは「利用出来るか、出来ないか」この二択で決めて組織で運用している可能性が極めて高いだろう。そしてそれが上の人間なのだ、そういう組織体制がきっと出来ているに違いない。
無関心、即ち使えない人間を食料運搬に充てて任せきり、なのだろう。そして使える人間を食料作り等に充てる。自尊心とは、そういう所からも来るに違いない。
と、考えた所で首を振る。いかんな、まだ会ってすらいないのにその人物像を決めつけては。案外話の通る人間か魔族かもしれないではないか。どうにもこの疑り深いのは悪い気がする。
が、常に最悪を想定しておかねば。
とりあえず、こういう人物ならばどうするか、だが。
「人間をくれ」と言うと難しいから、「どんな人間でもいいから連れてきて欲しい」ならば何とか話が通るかもしれない。ここでの要所は「どんな人間でもいいから」である。
おそらくその一言で相手は考えるだろう。そして「使えない」人間を連れてくるはずだ。相手にとって邪魔で面倒な存在なのだろうし。とりあえずこれで一人は確保出来よう。そして実際に「俺にとって」使える人間かどうかは置いておいて、農業書は頭を下げて手に入れるべきだろう。こちらさえ手に入れば後はやっていることを食料部隊の面々に直接聞いて、実際どうなのか尋ね回れば問題ないことだ。それくらいは許してもらえよう、頭を下げてへりくだれば、な。
いかに相手の自尊心をくすぐるか、これだな。
と、心の内で大まかな作戦が決まった所で食料部隊長がいるであろう幕舎が見えてきた。
しばらく様子を見てからにするか、それともすぐにも話しかけるか。
父上との話し合いもあるし、早めに話はつけたほうがいいか。そう思い、幕舎に入ろうと移動すると幕舎から男が出てきた。幕舎から出てきたのは、魔族だった。汚れ一つない服を着、身長は低めで太っていた。
俺はその男を遠くから見、足を止め考える。
食料が潤沢にあるから太っているのか。単に運動不足か。もし後者ならば、自分で開墾したりしないのだろうな。
その姿を見て、俺は作戦を変えることにした。正確に言えば、しばらく様子を見て「確信」が欲しいと思うに至った。
この男、もう少し見極めてから動いても問題あるまい。
そう思い、俺は少し遠くからこの太った男、食料部隊長を観察する事にした。
どんな交渉においても、敵を知らずして勝ち目はないだろう。少し様子を伺ってあの男がどんな人物か、確実な情報を集め、それから行動したほうが上手く行きそうだ。
遊撃隊の食料、即ち未来に大きく影響するのだ。慎重すぎるくらいが丁度良い。焦らず行こう、時間はまだある。




