妊娠
それから数週間が経ったある日、俺はいつものように遊撃隊の練兵を行っていた。練兵は苛烈を極め、練兵中に死人が出るほどであったが、結果的に統率が取れるようになり、更に噂を聞きつけ様子を見ていたらしい副隊長の「はからい」により、馬も手に入ることが決まっている。
気が早いと言われればそれまでなのだろうが、すぐにも大工役を呼び出し、金を準備し厩を作らせ、すぐに馬が入居可能なよう手配を整えた。作る場所は、雷竜の爪で大地を割り、削ったあの場所だ。現状誰にも見られている気配はないので、大工役に整地させ、埋め立てさせる予定である。
大工は、旦那これは何があったんで、とたまげていたが、練兵で重量のある武器を振り回す事があったのだと説明すると合点が行っていたようだった。我ながら無茶苦茶な言い回しだが、物は言いようである。
さらに大工に金を与え、個別部屋に風呂付きの三階建ての長屋も作らせることにした。三階建ての建物は城以外にはなく、魔族軍にとっては初の建物となる。金は、勿論バルバロッサの払いなのだが、好きにしろと言われているので好きにすることにした。この長屋は遊撃隊の兵達への兵舎となる予定である。厳しい訓練に耐えぬいた猛者達へのご褒美のようなものである。収容人数はおそらく大体五十人程度の見込みとなるが、現状遊撃隊にそれほどの人数はいないので問題はないだろう。
その後は訓練所の建設に、馬達の餌場も用意せねばなるまい。忙しくなるな。そんなことを考えていると、
「ふ、副隊長殿!」
兵の一人に声をかけられる。
「どうした!」
「はっ、城の使いと言って来られた方が。火急の用だとの事」
急ぎ、と言うことか。しかし城で何があったのだ。
「分かった、伝令感謝する。君もすぐに練兵に戻れ。皆、すまぬ。俺は少し持ち場を離れねばならない、が練兵は続けるよう。いつものようにすれば良い。手を抜いたら許さんぞ。ただし、しっかり水を飲み休息を取りながら行うようにな」
最後の方は苦笑しながら言うと、
「ははっ」
兵達は元気に返事を返すものの、彼らが手を抜いて訓練をすることは火を見るよりも明らかなことは知っていた。だからこそ苦笑しながら言ってしまったのだった。
精神的に兵を囲うことなかれ、必ず逃げ場は作るべし。苛烈さだけでは兵は生き残れぬ。時と場合をきちんとわきまえさせ、分別をつけさせることもまた将の務めであろう。
と、俺は思うがリリスやミリアはどうだろうな。
そんなことを思いながら俺は城の使いの元へ走った。
城の使い、とは軍団長ジークフリート、その人であった。
「父上、どうされたのですか」
それより、あの兵は軍団長の顔も知らないのか、と思ったが、最初俺も気付かなかったし、分からないかそりゃ、と得心が行った。が、今はそれどころではない。
「ロゼッタ様が倒れた」
「なんですと!」
「済まないが、急ぎ城に戻り様子を見て欲しい」
「わ、分かった」
すぐさま城に戻り、ロゼッタが倒れている部屋に向かった。
ロゼッタはベッドで青ざめた顔で倒れていた。その横にはバルバロッサが侍るようについていた。
「ともかくも治療をしなければ」
そう思い治療の魔術を開始するものの、一向に良くなる気配はなかった。
「治療の魔術を施してはみているものの、これは一体どうして。病気じゃないのか」
「うむ、やはり、そうなのか」
バルバロッサが横で何やら呟いている。
「いや、王よ。父さん、王妃が、ロゼッタ王妃が倒れたんですよ。何を冷静に」
「慌てるな。いやなに、原因が分かったと思ってな。治療の魔術をやめい」
言われ治療の魔術をやめる。
「原因とは、一体なんなのですか。病でもなければ怪我でもなさそうだ」
「うむ、どうやら、妊娠しているようだ」
「───え」
「あれ以来、お前以外と抱き合って居ないのならば、お前との子、と言うことになるな」
「は」
一体何が起きているのか分からなかった。思わず父上の方を見るが、父上も首を振るばかりであった。
「俺の、子」
「うむ、めでたい!」
バルバロッサが嬉しそうに言う。
「いや、しかし。この方は第一王妃で、しかも王、妃。お、俺は」
「良いのだヴェルファリア。竜族にとってそのようなこと些細な事、それに前にも言ったようにこれは竜の性、如何ともし難い事だったのだ」
「そう、か」
「納得がいかぬと見える。が、俺が良いと言っているのだ。良いのだ。さて、問題はこれは一応俺の子として扱わなければならぬ、と言うことだが」
その一言ではっとする。それは即ち、
「現状、男か女かは生まれて見なければ分からぬ。が、王位継承権を持って生まれる事になるな。非公式のお前と、公式のこの子とでは立場が変わっても来よう」
そういうことになるだろう。
「安心して欲しい、俺は王になるつもりはない」
暗にバルバロッサは言っているのだ。万が一王が二人いたら王位を争うことになるのではないか、と。そして俺はそのつもりはないのだ。
「分かった、すまぬな。要らぬ心配だったか」
「我が子と争う程愚かではない。俺は、今一度ファフニルを名乗ろう」
バルバロッサはただただ、すまぬ、と謝るばかりであった。
「うぅん」
「ロゼッタ、目が覚めたか」
青ざめた顔のロゼッタが目を覚ました。
「バルバロッサ、あなたどうしてこんな所に」
「馬鹿者、お前が倒れたと聞いたから慌てて駆けつけたのだろう。治療のためにヴェルファリアまで呼んだ。が、治療の必要はなかったようだが」
「私、どうして」
「廊下で倒れていたらしかったのが良かったな。侍女が見つけて悲鳴を上げたから気づいたようなものだ。そうでなければ気付かなかったろう」
「そう、けど記憶が無いわ」
「そうか、それとロゼッタ。お前に報告がある。お前、妊娠している」
「え、そんな」
「良いか、その子は俺との子、と言うことにする。ロゼッタには悪いが、先々の事を考えたらそうせざるを得ない事は分かるな」
バルバロッサが説明をする。ロゼッタもそれほど愚かではなく、素直に頷くばかりである。
「そう、ね。ヴェルファリアには悪いけれど、そういうことにさせてもらうわ」
俺はそれに無言で頷き、こう勧めておいた。
「親父にも話を通しておこうと思う。それと、母さんを呼んだ方がいいと思う。ロゼッタ、王妃もその方が不安が少ないだろう」
一瞬ロゼッタと呼び捨てになりそうになったのを、慌てて王妃とつけたが誰も気にする様子はなかった。その事に内心ほっとする。
「そうだな、ファフニルに頼んでおこう」
俺の提案にバルバロッサも笑顔で頷くばかりであった。
「ロゼッタ、身体を大事にな。酒は飲むなよ、魔術も使うな。俺が付きっきりで居るからな」
バルバロッサがロゼッタの手を握るが、ロゼッタは複雑そうな顔をしていた。
それもそうだろう、俺との子であって、バルバロッサの子ではないのだから。そしてその上、今まで放置されていたものが、突然愛される形となり、不安にもなろう。
俺はそんなバルバロッサとロゼッタを置いてそっと部屋を出た。父上も一緒に部屋を出てきた。
出るなり、
「複雑だな、まさか子を成すとは、な。可能性はあった、が、しかし奇跡としか思えん」
「と、言うと」
「今まで暗黒竜に子が宿る等実は聞いた試しがない。伝え聞く限り、絶対に生まれないだろうとすら言われていたのだがどうしたことだろうな」
「そんなことが」
「竜の強さが強ければ強いほど子を成す可能性は限りなく低くなっていく。雷竜のお前の存在も相当に奇跡だが、いやまさか暗黒竜に子、か。もし生まれたら文字通り最強の竜として生まれてくるだろう」
父上はそう言いながら震えていた。
「どうした、めでたい事ではなかったのか」
父上は目をそらし、腕を組み考えながらもこう答えてきた。
「確かにめでたい。次代の王はあの子なのだろうよ。だが、末恐ろしくもある。万が一その王が暴走しようものなら、俺は、殺せるだろうか。竜殺しの剣を持ってしても、もう殺すほどの力はないかもしれん」
そう言われ、そうだろう、と漠然と思った。幾ら父上が強くとも、老いには勝てない。更に最強の魔力を備えた竜族相手にどこまで太刀打ち出来るのか、正直疑問だった。
が。今の俺に言えることは唯一つだった。
「先の行く末を案ずるのはまだ早すぎる。しっかりと導いてやればいいではないか。俺もいる、大丈夫だ」
「ヴェル、お前にいずれ託す時が来るかもしれない。竜殺しの剣、竜族が持つとは皮肉な事だが、いざというとき、頼んだぞ」
「俺に、己の子を殺せと仰るか」
「お前にしか、頼めぬ。お前しか、勝ち目がないんだ。分かるな」
父上は珍しく冷静さを欠いていた。俺の両肩を力強く握る程熱くなっていた。それほどに必死なのだろう。
「バルバロッサは聡明だ、あいつが生きている限りは大丈夫だろう。ファフニルもいる、まだ俺もいる。次代であるお前もまた成長途中ではあるが聡明さを持っているからまだ安心だ。だが、更に次の子がどうなるか等わからん」
それにただ頷くしか出来なかった。
「いいか、竜族の力は圧倒的だ。間違った方向に行けばこの大陸は滅ぶ。それほどに危うい立ち位置にある、そのことは忘れないでくれ」
「わ、分かった」
「魔術の鍛錬もいいが、武技の方もしっかり身に付けろよ。わしが鍛錬してやるから」
「いやしかし。リリスの方もあるだろう」
「どっちの面倒もみてやる。まだまだ衰えてはおらんわい」
等といって父上は苦笑するのであった。
そこでようやくいつもの父上に戻ったか、と内心安心し、
「分かった、夜に尋ねる事としよう。では、俺は軍があるからそっちに戻る。あいつら、多分手を抜いて練習しているからな」
「上手くやっているようだな、最初はどうなることかと思ったが」
「まあ、存外上手くいくものだと俺自身驚いている。練兵中に死者も出たが、実戦で敵は手を抜いてはくれないからな、どうしても力が入るし、それまでなのだと割り切りのような物も生まれてきた」
「そうか、一つ一つの命は大事だが、大事にしすぎると考えが曇る事もある。難しいか」
それに頷き、
「が、それを考えるのが将の務め、なのだろう。では、練兵と、後は大工との話し合いもあるので失礼する」
「ああ、待て」
そう言われ、足を止める。
「何か」
「さらに独立した部隊にするには食料を耕すことも考えねばならないし、水源も確保する必要がある。治水工事の練習だと思ってそこらにも力を入れてみろ。そうだな、食料担当の部隊から何人か引き抜いてこいよ」
「いいのか」
すると、父上はにやりとし、
「その方が面白かろう」
そう言われ、そんな気がしてくるから困る。本当にこの人は、人の気持ちを引き出すのが上手だ、と感心するばかりである。
「いい顔になったな。馬の食料に目をつけるのはいい事だが、兵の方もな。きちんと食料庫を確保するように。後、後々の事を考えたら工場も新設するべきかもな。全員が全員、武技が強いわけでもあるまい」
それにただただ頷くばかりであった。
「工場の話は多少きいていよう。効率化をしっかり図ろう。設計図、書いて持ってこい」
「と、言っても俺は設計図等書けないが」
見ることはあっても、書き方は今ひとつ分からなかった。
すると父上は呆れ顔で、大工にやらせりゃいいだろ、と言われてしまった。
「大工から聞いて見て学べ。金はそうやって使え、良いな。後設計図は全て俺を通せよ、分かったな」
最後にそう言われ、その場は解散となった。
大変なことになった。父上も遊撃隊に力を入れるようになってきた。本当に魔族軍から独立でもさせるつもりだろうか。この一角に全てが整う事になるのだが。整った暁には、全てが最適化、効率化された軍部が出来上がる予定だが、案外父上もそれを見越して口を出してきているのかもしれないな。
とにかくも目の前の仕事、特に大工との交渉をより密にせねば、そう思いながら遊撃隊に戻るのであった。




