明暗
その日の夜。いつものように六人で晩飯を食べ終わり、魔術の鍛錬に入ろうか、と考えていると、待て、と止められた。止めたのはバルバロッサである。
「もう取り返しのつかぬことだが、敢えて問いたい。もっとやりようがあったのではないか」
勿論、やりようとは今日の一件であろうことは明白だった。
「もしかしたらやりようもあったのかもしれない。だが、あれ以上の方法は思い浮かばなかった」
「そうか。ただひとつ忠告しておこう。命を道具として扱うな。お前の代わりがいないように、彼ら一人一人の代わりもまたいないのだ」
「そう、だろうか。俺の代わりなら幾らでもいそうだが。済まないが、少し一人になりたい。退席させてもらう」
待てまだ話は、と後ろから声が聞こえてきたが無視をして部屋を後にした。
そうして俺は一人、城の最も上に位置し、魔族軍全体を見渡せる展望階に来た。
夜の暗がりを照らす松明があちらこちらに灯されている、その様を見て美しさすら感じるのだから不思議だ。
あの炎一つ一つに、何か意味があるのだろうか。そんなことを漠然と考える。本当は、そんなくだらない事を考えるためにここに来たのではないのに。
やりようがあったのかもしれない、心の何処かでそう思う俺がいた。きっと、あったのだろう。だが、そんなことを後で言われた所でどうしようもないだろう。
死体すら残らぬよう消し飛ばした、それをどうしろと言うのか。
やりようがあるのなら、最初から俺にそれを提示してくれれば良かったではないか。
何故、その何処に向けて良いのか分からぬ怒りが俺の中で渦巻いていた。
いくら考えた所で、答えは出なかった。気づけば、朝になっていた。
朝食は取らない事にした。彼らと顔を合わせる気にならなかったからだ。合わせた所でどう答えればいいのか、分からなかった。
俺は、どうすればよかったのだろうか。どうしたかったのか。
「いかんな、遊撃隊の朝礼があったか」
気づけばそんなことを呟いていた。展望階から羽を展開し飛び、人目のつかぬ所で下り立ち、俺は遊撃隊の方に歩いて行った。
朝礼はまだ行われていなかった。少しばかり早かったか、そう思いながら昨日の場所に行く。あちらこちら地面がえぐれ、割れ、引き裂かれている様を他人事のように見ていた。
嗚呼、これを俺がやったのか。
否、やってしまったのか。確かに、これは惨状だ。やりようがあったかもしれない。もっと穏便に済ませる方法もあったかもしれない。
そう考えていると、数人の人間がこちらにやって来た。
こちらが挨拶しようとすると、向こうから慌てて走って来、挨拶をされた。
「ふ、副隊長様!お、おはようございます!す、すいません。遅れました!どうかご容赦を」
そう言いながら頭を下げられてしまった。
「いやいい。遅れてなど居ない。俺が早すぎた。そうびくつくな」
そう言ってみた所で無意味か、そんなことを恐怖で固まっている彼らを見ながら思っていると、
「あら、おかしいですね。あなた、何処から来たの」
「おはようございます」
城からミリアとリリスがやって来た。
「ん、ああ。ちょっと、な。早く来すぎてしまった」
まさか空から飛んできた、等とは言えなかった。
「朝食の時間も顔を見ませんでしたが」
「食欲がなくてな」
そうですか、どこか訝しげにミリアがそう言うのであった。本当は顔を合わせづらかっただけのことだったのだが。
「俺は下がってる。これでは話にすらなるまい?」
「いえ、あなたも居なければ」
「そうか」
そうして朝礼の時間となる。
「隊長、訓示!」
俺が大声で言う。
「遊撃隊隊長のミリアです。昨日は色々あり混乱もあったでしょうが、どうか皆さん落ち着いた行動を取って頂きたいと思います。もし何か問題があればすぐに私か副隊長まで報告に来るように。報告を怠ることはまかり通りません、よろしいですね。報告と連絡を厳に」
その言葉に静まり返っている彼らに思わず俺は苛立ち、
「返事はどうした!分かったのか分からぬのか返事をせねば分からぬ!返事をしろ!」
俺は叫んでいた。何故自分でそんな行動をしたのか分からなかった。
「は、はっ!」
慌てて彼らは返事をし返してきた。
「わかれば良い。必ず返事をするように。返事は分かりましたという報告の一つであることを忘れるな」
「はっ!」
よし、と俺は頷いた。そこでミリアが咳払いし、
「では、後の事はリリス殿にお任せし、昼に様子を見に来る。しっかりやるように」
そう言い終え、そうしてその場は解散となった。
「力が入ってますね、あなた」
城に戻る道、ミリアにそう言われ、
「そうだろうか、いや、そうかもしれないな。最初が肝心ではないか」
「そうだ、それと王が話がある、と言っていましたよ」
「話、か。昨日のか」
「いえ、おそらくこれからのことだと思います。昨日の話をした所でもうどうにもならないでしょう」
「そうだな、俺もそう思っていた所だ」
「では、私は鍛錬があるのでこのまま。必ず王の所に行くのですよ。いつもの場所と言えば分かると言ってましたが」
「分かった」
そう言って城の中でミリアと別れる。いつもの場所、それは鍛錬でいつも使う部屋に他ならなかった。
部屋に行くと、王、バルバロッサはそこにいた。
「朝礼はきちんと出たか」
「ああ、そこまで抜けては居ない」
「そうか、話がある。まあ、適当に座れ。少し長くなる」
そう言い、バルバロッサはあぐらをかいてその場に座った。俺もそれに習い座る。
「これからの事だが、おそらくお前は孤立する。それは薄々感づいていよう」
「そうだ、な。俺を見るなり震え上がる彼らを見ていると、な」
「どうするつもりだ」
「さて、副長の座をリリスに渡せば済むのではないか」
「そうか、そういう風に考えているのだな。まあ、とやかくは言わないが。そうだ、昨日の死んだ連中な、分かる限り見舞金は家族に送るよう手はずは整えておいた。副隊長に任せたが。あれも頭を抱えていたが、まあなんとかしような」
そう言ってバルバロッサは苦笑した。
「そうか、それでやりよう、という話をしていたのか」
「そうだ、兵を養うには金がかかる。命と金とどちらもな。まあ、彼らが戦場で役立つとは見る限りとても思えなかったが、それでも無駄に散らす命ではなかった。が、殺していなければお前が死んでいたのだろうから文句も言えまい」
それに無言で頷いた。
「む、ヴェルファリア、寝ていないのか」
「あ、ああ。だがこのようなことはざらにあった。だから問題ない」
「いや、疲れは一気にやってこよう。昨日の事なら気に病む事はない。ただな、これからの事を考えると大変だぞ、とそう言いたいのだ」
「孤立、か。また、俺は孤独になるのか。いや、けどいいのかもしれない。俺は組織と言う物には向いていないのかもしれない。兵の練兵もリリスに任せているし、いざ俺が出た所で兵は動くまい」
「そこは分からぬが、まあ、王と言うものは常に孤独なものよ。一人考え、悩み、それでもなお進まねばならぬ。あらゆる選択肢がある中の、一つを選び生きていかねばならない。普通の道は歩めぬのだ。仕方のないことだ」
「俺は、王では」
するとバルバロッサは苦笑しながら、
「いや、いずれ分かるさ。噂は広まり、お前は魔族軍の魔王ヴェルファリアとして名が広まることになるだろう。あれほど暴れたのだからな」
「そんなことは。あれくらいなら魔術師部隊でも出来るだろう」
「出来るだろうな、百人単位で魔力を込めれば。それほどの物だったのだぞあれは」
そうだったのか、内心驚く。
「驚いているようだな、だが事実だ。お前の魔力は、魔術はもうその域に到達している。そして雷竜の技もおそらく全て扱えるはずだ。最後の一つ、雷竜の咆哮、と言う技を除いてな」
「雷竜の咆哮?」
「そうだ、雷竜最強の技にして、最後の技。これこそが何故俺が王と呼ばれているかの所以ともなっている技だ。これを教えればもうお前に伝える技はないと言っていい」
「それは一体どんな技なんだ」
「簡単に言ってしまえば、雷の魔力を収束させ一気に放出する魔術だな。敵が一気に消し飛ぶが、同時に己の魔力をほぼ使いきってしまう。使い所が難しい魔術だ。戦略魔術とも言うのだが。雷竜の爪は謂わば単体相手に戦うための魔術にすぎない。その発展した魔術に雷竜の爪を雨のように降らせる技、これは戦術魔術。さらに上の、戦略魔術。これを使えば敵の部隊は簡単に消し飛ぶだろうな。ただし、味方も消し飛ぶ事になるから使うなら先制か、もうどうしようもない時か、相手が竜の場合のみ、に限られるだろうが」
「ふむ、要は雷竜の爪を収束させ一気に前に放出すればいいのか」
「簡単に言えばそうなる。だが、意外と難しいぞ。後周辺に味方がいれば下がらせろ。邪魔だから。おそらく周囲のあらゆる物が消し飛ぶ。いいな、絶対に撤退させろ」
「分かった、必ずそうする。早速練習するから見ていて欲しい」
「そのつもりだったが、お前寝てないんだろ。いいから風呂にでも入って寝てこい。部隊を持ったんだ、多少忙しくもなろう」
「そう、か。ならお言葉に甘えさせてもらおう」
「うむ。それと、すまぬな。やりようがある、と言うのはやり方もあったが、今後のことだったのだ。良いか、ヴェルファリア。一つ注意しておきたい。魔術師部隊には気をつけろ。声をかけられても近寄るな、いいな」
「何を臆する必要があるのか分からないが。なんだ、どういうことだ」
バルバロッサは少し考える仕草を見せた。少し間が空き、こちらを見据えて来、こう言った。
「こうならなければいいという話だが。あの惨状を魔術師の誰かが見て、どう思うか、だ。そこで生まれる選択肢は二つ。興味を示すか、お前を殺そうとするかのどちらか、だからだ。そしてどちらに転んでもお前に利点はない。そういう意味でのやりようがある、だったのだ。良くも悪くもお前は興味を持たれた。それが遊撃隊の中だけならば良い。だが、魔術師部隊の魔術師に話が行ってしまってはまずい。いいな、魔術師部隊だけは俺もよく分からんのだ。降伏した人間を部隊長に据えたのは良かったのだが、この人間が実に胡散臭い」
「なら何故任命したんだ」
「そいつが、この大陸中央の元国王、とも呼べる存在だったからだ。選択の余地がなかった」
思わず頭を抱えてしまった。そういうことか。
「処刑も考えたが、降伏した王を殺せば反乱が起きるのは必死。ならば、と魔族軍の魔術師部隊と言う一種の隔離部隊を作り治めさせたのだ。権限をそれなりにやればいいだろう、とやったのだがまずかったな。戦は下手だし、ジークフリートに愚痴を言われる始末だ。邪魔だからといつも連れて行かぬしな」
「ならば恐れる必要はないのでは」
「いや、戦の上手下手さと、外交手腕や人心掌握と言った技術はまた別だ。奴はそっちの方が上手なのだ。だからこそ上手く魔術師という胡散臭い人間や魔族を纏めているのも実情だ。彼らが大暴れしてみろ。通常の人間では歯が立たぬ。いつ反乱が起きるとも知れぬ、というのが実情なのだ。いいな、あそこには絶対に近づくな」
「わ、分かった。忠告されたのだからそうしよう。父上も毛嫌いしていたしな」
「まあ、あれは合わないのもあるからな。仕方あるまい。だが、そんな闇の部分もまた組織には必要だということを忘れるな。そしてお前が闇になることはないことも忘れるな。お前は、リリスに副長を譲れば良いと言っていた。そこから察するに、お前はいつ消えても構わない、若しくは自分自身が毒として彼らを制そうとしているのだろう。そうすることでリリスも、ミリアも動きやすくなる、それは事実だ。だが、お前はどうなる。お前は本当にそれでいいのか。そこをきちんとよく考えて欲しいのだ」
「いい、それが彼女らのためになるのならば」
するとバルバロッサは少し悲しそうな顔をし、
「やはり、そこらの考えはファフニルと変わらぬのだな。それもひとつの生き方だ、とやかくは言うまい。だが、己から闇に落ちることはないと、俺は思うのだがな」
そこでバルバロッサの話は終わった。俺は勧められた通り風呂に入り、一眠りした。
そして昼にミリアに起こされ遊撃隊の様子を見、共に練兵をした。まだ味方の動きが固く、このままでは全軍死んでしまいかねなかった。まだまだ練兵する必要があるだろう。
「リリス」
兵たちと離れた場所にリリスを呼ぶ。リリスが走ってこちらに来、返事をする。
「特に陣を意識した練兵を心がけるように。最初は形から覚えさせたほうがいい。このままでは全滅してしまう」
「分かりました、そのようにします」
「すまんな、面倒な事を任せて」
「いえ、そのようなことは。寧ろ嬉しく思います。ようやくヴェル様が日に当たる場所に出られたのですから」
そうは考えていなかったので正直驚いた。
「そう、か。では、頼んだ」
「はい」
そう言ってリリスは練兵に戻っていった。指揮に力が入っているようだった。
それもこれも、俺のために、か。
だが、リリス。俺はお前とミリアのためにしか遊撃隊を考えていなかった。
そうしてそこでバルバロッサの言葉を今一度思い返す。
自ら闇に落ちることはない、と言うのはそういう事か、と。
俺は一人、孤独になっていくことを考えていた。だが、彼女らはようやく俺が戦場に立てる位置に来たのだと考えていたのだな、と思い知った。
俺はどうすれば良いのだろうか。
空を見上げ考えるが、未だその答えは出ないままであった。




