新生
「夕刻前まで時間はあるのに、大丈夫ですか」
部屋から出、廊下を共に歩くリリスが心配そうな顔でそう言ってきた。
何が心配なのかは大体分かった。考える時間はもっとあるのだからぎりぎりまで時間を費やし先々を考えた方がいいと言うのだろう。もっとな考え方だと思うが、どうにも時間を費やした所で良い案が浮かぶとも俺には思えなかったのだ。
だから、そんなリリスに俺は、
「確かに時間はある、だがこれ以上の案が思い浮かばない。だから問題があるかどうか、父上に直接問う」
誰にでも意見を聞け、と言っていたのだ。本人に聞いてはいけない等と言うことはないだろうし、そんな意地の悪いことはすまい。
もししたら、もうその時はその時だ。そう思い父上がいるであろう部屋に行き、扉を叩く。おう、と声が返ってき、
「俺だ」
入れ、そう言われ扉を開けリリスと一緒に部屋に入った。
父上は書類の束を机の横に置き、椅子に座っていた。
「なんだ、お前達二人か」
無言で頷き、部屋の扉を閉める。
「で、どうなんだ。いい案でも浮かんだのか」
「分からない、だがこれ以上の考えが思い浮かばず来た次第だ。今から言うから意見を聞かせて欲しい」
ふむ、そう言いながら父上は腕を組んだ。
「聞かせてもらおう」
その言葉に頷き、
「弓隊を説得する」
「説得?」
首を傾げられた。
「そうだ、説得だ。今は何はどうあれリリスは遊撃隊の隊員の一人。それを今更将に戻すことは通らない」
「朝と意見が違うようだが、どうした。戻さないと暴動が起きるのではなかったのか」
「そこで、遊撃隊を弓隊の上の立場につけてほしい」
「それで、お前は一体どうするつもりだ。立場を変えた所でどうにもなるまい」
「いや、なんとかなる。そして弓隊の将ではなく遊撃隊の将としてリリスに弓隊を率いさせる。だがリリスは遊撃隊、これなら問題あるまい」
「ふむ。しかし遊撃隊の言うことを聞くだろうか」
「聞かせるさ、力づくでも。ここで新たな制度を設ける。下克上制度、一騎打ちの制度だ」
「なんだ、それは」
「おそらく、そうなると俺が遊撃隊の副官であることに不満を持つものが出るはずだ。それらと全員気が済むまで一騎打ちをする、どうだ」
父上は少し考え、
「ちょっと待て、全員呼んでくる」
そう言って父上は部屋を出て行った。
「あの」
後ろから声がした、リリスの声だ。
どうした、そう言い振り返ると、
「ヴェル様、貴方まさか、死ぬつもりでは」
「俺は、死ぬつもりはない。どうしてそう思ったのか尋ねたいくらいだ」
「一騎打ちとは、命がけで行われるものでしょう。それでも」
「それでも───」
そこで再び扉が開き、父上と村正さんが入ってきた。村正さんは入ってくるなり、
「如何でしたか、愉快な気持ちで時には考えてみるのも良かったでございましょう」
と言われ、それに、
「はい、有難うございます。良い酒を飲むと良い考えが思い浮かぶものですね」
そう答えておいた。
「そうではないでしょう、ヴェル様。この方は!」
後ろからリリスの声がしたがそれを手で制止し、首を振った。リリスはそれで黙ったが、納得はしていない様子だったのは顔を見れば分かった。
次に入ってきたのが、失礼します、とミリアが入ってきた。
「何か良い考えが思い浮かんだと伺いましたが。本当でしょうね」
ミリアに問われ、
「どうだろうか、最善、ではないのかもしれない。だが、朝とは違った考えだ」
それに、そうですかとミリアは頷き、横に立った。
そして最後にバルバロッサがゆっくりと入って来、扉を閉めた。そして俺達の前に来、
「考えを、聞かせてもらおうか」
そう言って腕を組んでこちらの様子を伺ってきた。その言葉に頷き、
「弓隊を、説得しようと思う」
「ほう」
バルバロッサだった。続けよ、そう言われ、
「今やリリスは遊撃隊に欠けてはならない一人の将だ。もう弓隊に戻すことは出来ない。更に今回の決定事項を簡単に覆すわけにもいかない、軍団長の判断力が疑われる。そこで、俺は提案したい」
そうして少し間を開け、
「立場として遊撃隊を弓隊の上に格上げする、そして遊撃隊の将のリリスが弓隊を率いる形、即ち弓隊を全て遊撃隊に組み込む形となる。これならば問題あるまい」
するとバルバロッサは苦笑し、
「いや、問題は山積みであろう。明らかに不満が出る者も居るのではないか、それはどうするつもりだ」
「下克上制度を設ける。不満のあるものは一騎打ちによってその座を奪う制度を整える。最初はそうだな、遊撃隊副長の座を賭けるなんて言うのはどうだろうか」
「お前は、それでいいのか」
「これならば問題あるまい。不満があれば全員が俺に突っかかってくる。後はそうだな、幕舎を焼くような卑怯な真似をせぬよう釘を刺しておくか。ばれれば死罪か、それに値する罰を与えることにしよう。罰は、隊長若しくは副長が下す。まあ、当面は俺がやるがな。ミリアにはやらせない」
バルバロッサは、ふむ、と一言言うのみだった。
「それで、いいのか」
「悪くない案じゃないか」
「そうではなく、一騎打ちとなれば名乗りを上げる必要があるわけだが、お前はそれでいいのか、と問うている」
そう言ったバルバロッサは笑っていた。
「名乗り、か。さて、俺はどう名乗ればいいんだ」
「素直に名乗るのか、それともファフニルの名を借りるのか。お前は、どうする」
そう尋ねられ、少し考える。そして考えた末に、
「ヴェルファリア・バルバロッサ・エルグランド、と、名乗ればいいだろう。誰もバルバロッサの息子だとは思わないだろう。同名の人間や魔族がいてもおかしくはない」
「そうだろうか、いやまあいい。そういうことにしておこう」
その方が面白いしな、そう言ってバルバロッサは微笑んだ。その微笑みが妙に引っかかったが、まあいいだろう。
結論をいうと、この案は採用された。副隊長に伝えられ、その日のうちに弓隊全員が一箇所に集められた。
遊撃隊の俺達が前に、そして弓隊がその前に整列している形となる。
ミリアとリリスを隣におき、中央に俺がいた。二人は武器を持っていたが、俺は手ぶらである。そしてそれを見守るかのように、後ろに軍団長である父上、そして副団長が。さらに後ろの方で様子を伺うようにして麦わら帽子をかぶったただのおじさんにしか見えないバルバロッサが、そこにはいた。
俺は前に一歩出、弓隊を見渡し頷き、腹を決め口を開けた。
「弓隊諸君、私は遊撃隊副長のヴェルファリアという者だ。私から君たちに報告がある。弓隊はこれより遊撃隊に編入される」
一瞬弓隊がざわついた。
「静粛に。君たちが混乱するのも無理は無い、だがこれは決定事項なのだ。軍団長、副軍団長、共に了承も得ている。今日より弓隊は正規軍のみで構成され、我々は遊撃隊となる。そして君たちが率いる将は、リリスだ」
そう言ってリリスに一歩前出るように促し、前に出させる。
「リリス、君からも一言言って欲しい」
少し戸惑うリリスであったが、瞬時に何かを察したように頷き、
「リリスです、本日より貴方方の命を預かる将となりました。今回は一部隊としてではなく、弓隊全員の将、と言うことになります」
すぐさま俺が言葉に割って入る。
「君たちから陳情があった事は聞いている。その陳情を受け考えぬいた末に出した結論だ、不平不満があると言う者がいればいますぐ名乗りでて欲しい」
そう言うと、かつて俺の隊長であった大男が騒ぎ出した。
「納得いかねえな。リリス殿はいいとしても、お前が上官、と言うことか」
「そうだが、何か問題でも」
「あるだろう、かつてはお前も俺の部下だったわけで。リリス殿の副官に何故お前がいるのか、説明してもらおう」
「説明等必要か。私は元より遊撃隊副官であり、引き続きその任を受けた。それだけのことだが。隊長のミリア様からも信任を受けているし、リリスからも信頼されている。それでは不服と、そう申されるか。何なら君たちが尊敬しているリリスよりもう一言もらおうか」
そう言ってリリスの方をちら、と見る。リリスもこちらを見ていた、目で合図し頷きあい、
「わたくしは、ヴェルファリア殿を信頼しています。僅かの期間でありますが、とても大切に扱ってくださり、また一人の兵としてでなく将として優遇して下さいました。彼の侮辱はわたくしにとっても侮辱であるとお知りおき下さい」
リリスがここまで言うとは、内心驚いた。ひょっとすると思った以上に上手く行くかもしれない。そんなことを少し考えていたが、もうひと押しだとも思う。
だから俺は引き続きこう述べていた。
「と、言うわけでリリスからの信任もあついと言うわけだ。さて、次の確認事項だが、実は遊撃隊の幕舎に何者かに火をかけられ焼かれるという事件があった」
その瞬間、ぴくり、と動く者がいた。そう、幕舎の焼け跡の様子を見に来ていたものだった。
「犯人は分からないが、焼け跡の匂いから火矢に使われる油が使われていることが分かっている。何か知っている者はいるか」
しかし弓隊全体静まり返っていた。
「分からないか、実は目処がついている。三列目の、そこの男、そしてそっちの男、前に出よ」
しかし出てくる気配はなかった。
「何をしているか、前に出ろ、と言っている」
かつてリリスの部下だった男は、俺の言葉に面倒だ、という様子で前に出、もう一人の方はびくつきながらも出てきた。
「目星はついている。お前達、幕舎の様子を見に来ていたな」
「何のことだか分かりません」
リリスの部下だった人間が言う。
「悪いが俺はその様子を見ていた。そしてその横、お前だ。お前もだな。何をしに来ていた」
しかし、もう一人の方は顔が青ざめるばかりで何も話そうとしない。
「これもまた悪いが尾行させてもらった。何らかの関係があると思っているのだが、何か知らないか」
「何も、知りません」
二人してこの場をなんとか切り抜けようとしていた。
「おいおい、何か証拠があって言ってるのか遊撃隊の副隊長さんよ」
かつての隊長が俺に言う。それに、そうだそうだ、と周囲が賛同しだした。
「証拠はないが、根拠はある。お前はミリア様に手を砕かれ、遊撃隊に恨みを持っていたな」
「そ、それとこれとは話は別だ」
「そうだろうか。さて、怪しき者は罰する、それが遊撃隊の掟だ。身内に敵を作ると言うのも居心地が悪い。ここで断罪しようと思うがどうだろうか」
「だから証拠が」
「あい分かった。証拠が必要と言うならば証拠をだそうではないか。実は穏便に済ませたかったのだが致し方あるまい。私ではなく、君の意見だし最もだ。では、前に出た二人、まず君たちが疑わしいのでそこにひざまずいて座れ。今すぐ尋問を始める」
そう言って二人を正座させ座らせた。そして二人それぞれ肩を触り、雷の魔力でもって「死ぬな」と命じた。これによってどんな尋問でも、死にたくても死ねない状況になる。
そして、俺は周囲に雷竜の爪を展開し、地面を大きくえぐり取った。巨大な岩が出来上がる。それを三つに分け、1つ目を二人の足の上に載せた。
二人は唸る。だが、喋ろうとはしなかった。
「喋らないか、まだこの程度では足りぬと見える」
「お、おい」
「黙れ、君の発言は許していない。二度目ないので言っておくと、隊長、副隊長の命令は絶対、反すれば死罪。では続ける」
そうして二つ目の岩をそれぞれの足の上に載せた。重量は相当なものだ。
「吐け、吐け!歩けなくなっても良いのか」
だが、それでも二人は話そうとしない。俺は少し苛立つ風を装いながら、
「お前達の中に、何か知る者がいないか。いればこの二人はすぐにも開放するのだが」
数秒待ち、何の返事もないので、
「では仕方あるまい。三つ目を載せる。おそらく足は砕けてこの二人、歩けなくなろうな」
そうして三つ目の岩をそっと載せ、二人が悲鳴を上げる。その悲鳴を聞きながら、俺は弓隊全員に言う。
「かつてお前達、否。お前は言ったな。こいつは仲間ではないのか。仲間を助けたいとは思わないのか。正直に知っている事をいえば開放するつもりだったのだが」
そう言ってかつての隊長に、ミリアに手を砕かれた男に言う。男は唸っていた。
「ふむ、本当に何も知らないのか。ならば拷問を続けるが。さらに石を積んでみるか」
と、そこで観念したのか。後ろから、
「お、俺がやりました」と叫ぶように声が聞こえてきた。
───が、
「ふむ、しかし一人の犯行とは俺は考えていない。お前に指示した者がいるはずだ。話せ」
そう言って再び岩を砕き、4つ目の岩を足の上に載せた。嫌な音がしたが、気にせず拷問を続ける。
あまりの痛みだったのか、二人共気絶したが、魔術で叩き起こし、気絶すら許さぬよう命じる。
「誰が寝ていいと言ったのか。知っていることを喋れ」
「おい、もうやめろよ」
かつての隊長だった。
「ほう、庇い立てするわけか。何故だ。仲間だからか」
「そうだ、俺達弓隊は仲間だ」
「そうか、仲間か。ならば全員処罰が必要だな。全員死刑に処す。君と、君の部下前に出よ」
「そういう意味じゃねえよ」
そう言って俺に掴みかかろうとするが、それを叩き、思い切り蹴り飛ばした。
「ならばどういう意味だ。犯行を行った仲間、と言うことだろう。認めたのだろう。死をもって償え」
「お前、どうせなら袋叩きにするときに殺しておけばよかったな」
「ふむ、犯行以前に歯向かって来るとは」
「おい、お前達。あいつを助けるぞ。全員でかかればこいつ一人くらい殺せる」
俺は、心の何処かでこの展開を望んでいたのかもしれない。
「上官への反抗は死罪、それを見ておくが良い!」
俺は思わずそう言っていた。そして雷竜の爪を周囲に展開し、反抗してきたかつて、俺を袋叩きにした味方とも思えぬ味方、全員に向けて突き刺すように投げ飛ばした。一瞬にして全員が骨すら残らず灰と化す。
そうして、その場に残ったのはかつてリリスの部下だった人間と、僅かな人間と魔族のみであった。
「さて、さらに俺に歯向かう者はいないか。いれば今すぐ出て来い。殺してやるから」
そう言って、かつてリリスの副官だった男の隣に歩き、声をかける。
「どうした、何も言わんのか」
そう言って、拷問にかけていた男二人も雷を落とすように雷竜の爪で上から突き刺した。
「疑わしき者は罰する、このようにな。お前も例外ではない、と言っている」
そこでようやく声を絞りだすように、副官は答えた。
「わ、私は、やっておりません」
「そうか、まあそうだろうな。やる理由もないからな。が、俺はお前を信用していない。理由は、分かるな」
「かつて遊撃隊を馬鹿にしたため、ですか」
「それもある。内心俺を馬鹿にしているのだろう。が、それもよかろう。ただし、反抗し、邪魔になるようなら迷わず躊躇わず俺はお前を、そしてお前の部下を殺すだろう」
と、そこで後ろから、お止め下さい、と声が聞こえてきた。リリスである。
「どうした、リリス」
「その者は、そしてその者達はかつてわたくしの部下でございました。どうかご慈悲を」
リリスを利用しているようで悪い気はしたが、実はその言葉を待っていた。はっきりいって俺にしてはやりすぎた。これによって弓隊の大半は失ってしまった事になる。これ以上は、と思っていた所だったので助かった。
「ふむ、リリスがそう言うならば。良かったな、命拾いをして。リリスの言うことはよく聞くように。もし何かあれば、俺が殺す。俺が遊撃隊の法だ、良いな」
そう言って、残った数少ない弓隊を前に、
「これより弓隊は新生し、遊撃隊と生まれ変わった。隊長、副隊長の命令は絶対、反対すれば即死罪とする。良いな!」
俺は叫んでいた。当初の予定と大きく狂ったが問題あるまい。実際に使える部隊はリリスが率いていた部隊のみ、くらいだったのだから。
「は、はっ!」
元弓隊が慌てて頭を下げる。
「もし何かあれば俺の所に来い。ただし───」
そう言って特大の雷竜の爪を一つ横に展開し、上空に飛ばす。
「これが最後だが、命令を遵守出来ぬ者、反乱の気がある者、全て容赦なく殺す。それがここの法だ」
そう言って俺と弓隊の前に、先ほど上空の飛ばした雷竜の爪を地面に叩きつけるように突き刺した。轟音がし、地面が大きく割れ、えぐれる。
「う、うわあああああああ」
中には悲鳴を上げるものもいた。
まあ、これくらい脅しておけば問題はないか。
「では以上だ、以降リリスの命令に従え。リリス!」
「は、はい!」
リリスが慌てて俺の前に出、頭を下げる。
「頼んだぞ。よく彼らを導くように!後、城には戻ってくるように。鍛錬があるんでな」
城に戻るように、は小声で囁くように言っていた。
「は、お任せ下さい」
そう言ってリリスはかつて弓隊だった者達に指示を与えているようだった。
一騎打ちをするまでもなかったし、何より全員俺が殺してしまった、しかも何の証拠もなく。
だが、彼らは俺を責めはすまい。すれば、それが俺に知れれば死ぬからだ。
そう思いながらミリアの傍に戻ると、
「やりすぎですね」
と、流石のミリアにも言われてしまった。
「万事解決、と言うわけでもないが、な」
と、そこで後ろで見ていた父上、バルバロッサ、そして副団長を見る。
父上とバルバロッサは呆れ顔でこちらを見ており、副団長は俺と目が合うなり震え上がっているようだった。
それを見、俺はもう一つ思いついたので実行に移すことにした。
「副団長殿!」
「ひっ、は、はい!」
慌てて返事をする副団長。
「そういうわけで、弓隊の大半を処刑してしまいましたが、残った者で遊撃隊を結成します。反対は、ありませんな」
「ええ、ええ。ありませぬ」
「そうですか、何かありましたら私の方に言って下さい。善処いたします。後、これはまこと勝手な願いではありますが新兵をこちらに回して頂きたい」
善処、そう言ったがろくでもない事なら全部殺して済ませてしまおう、そう考えている俺がいた。
「そ、そうですか。分かりました。兵の方はすぐにはどうにもならないと思いますが」
「分かりました。それでは」
そう言って父上とバルバロッサの方に行くと、父上が呆れ顔で、
「話と違うじゃないか。まさかほぼ全員お前が殺すとは思わなかった」
「疑わしき者は罰する、それを徹底しようと思ったら勝手に身体がそうしていた」
「まあ、もうどうしようもないが。しかしここまで容赦がないのは思いもよらなかった」
父上がそう言った所で、隣に居たバルバロッサは麦わら帽子を深くかぶり、
「もう手の内を隠すのはやめたのだな。一騎打ちはどうした」
「言うまでもなかった、それだけの事ではないか」
「それも、そうだな。が、お前、これからが大変だぞ。恐怖とは時に味方を動けなくする」
「それでいい。俺が率いる兵ではないからな。逆にリリスの元なら安心だと思ってついていくんじゃないか。ほら」
そう言ってリリスの方を見ると、リリスが遊撃隊となった者達に指示を与えているようだった。おそらく事態を収拾しようとしているに違いなかった。
「彼らの中で、俺は恐怖となろう。が、そうすることによってリリスはより輝けるのだ。恐怖の中にある、唯一の善、そして救いとして」
するとバルバロッサは苦笑し、こう言ってきた。
「まあ、そうだろうな。お前の言うことよりはリリスの言うことを聞くだろう。聞いておけば死からは免れられる」
「恐怖は、毒だが、上手く扱えば薬ともなろう。少し効きすぎかもしれないが」
そう答えておいた。
何はともあれ、こうして、遊撃隊は新生した。
恐怖と絶望、そしてリリスという名の一つの希望。その矛盾をその中に抱きながら。




